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6話 化身と傭兵の意義

 

「これからも毎日話したい……」

『そうしたらおまえも俺たちも寝不足になっちゃうじゃないか。話そうと思えばいつでもできるんだから、焦らなくたっていいんだ』

『いいですか、どこへ行こうとも常に節制を心がけ健全な生活を送って、贅沢をするのは自分へご褒美をあげていい特別な日だけになさいね』

「はぁい……」

『まあ俺たちも若い頃はそれぐらい破天荒(はてんこう)な冒険をしたものさ。おまえならきっと乗り越えられる』

『帰ってこれる時期には新しい家族の顔を見れるでしょう。母の教えは覚えていますね』

「”自分の最善を貫くこと”。もちろんわかってるわ……それじゃあまたね……」


 日が沈みドゥナダスの住民も多くが寝静まる深夜。

 ヒカリは入浴と夕飯を済ませた後、誰の邪魔も入らないであろう摩天楼(まてんろう)の頂上に登り、ノアの手引きによって元の世界にいる両親とタブレットを用いたビデオ通話で話をしていた。


 気を遣ってかこの家族の時間は配信に映さないようにしているらしく、カメラやコメントを映し出す画面などは近くに存在しないようだった。

 そうしてヒカリ自身はとても名残惜しそうにしながらも、それまでの彼女と比べればどこか()き物が落ちたかのような表情で通話を終えたのだった。


「ふぅ〜……そうよね。最後にどうなろうと、結局は私がどうするか次第なのよね……なにを悩んでいたのかしら」


 彼女は見事な彫刻(ちょうこく)が施された石屋根のへりに腰掛けて、地球では見られないであろう色とりどりの星光が(きら)めく夜空を見上げ、短くも激動だったこの数日間を思い返していた。


「それにしても……私ともあろうものが、この世界にやってきてからずっと調子を狂わされっぱなしだわ。でも魔法なんてものが実在してしかもそれを自由に操ることができるのは、私にとっては幸運だったわね」


 夜空に向かって伸ばした手から炎や氷、風や雷を発して目の前の空中にまるで踊るように滞留(たいりゅう)させる。

 ヒカリは己の手で生み出したその不可思議な光景に面白そうに口角を上げ、そんな力を持つことになった意味、そしてその力によって自分に成し遂げ得るのだろう使命に思いを馳せる。


「世界を救う、か……実感はまだないけれど、2人を……いいえ、皆んなのために戦うこと……それが私の果たすべき大義……」




()(ナンジ)運命(サダメ)デアル』




「っなに……!?」


 その声がヒカリの頭の中に響いた瞬間、彼女の目に映る周囲の光景は夜空の下の街並みではなくなっていた。

 光が全くない漆黒の空。

 辺りに立ち並ぶ金や銀の煌びやかな貴金属で作られた巨大な建築物たち。

 目の前の広場の中央に置かれた大きな(さかずき)から白い炎がごうごうと燃えており、その炎の上に人影らしきものが宙に浮いていた。


「ここって……夢じゃなかったの?」


()(ナンジ)(ココロ)、ソノ(モット)(フカ)(トコロ)(モット)(ナンジ)(タマシイ)()リノ(ママ)姿(スガタ)(アラワ)(トコロ)


 辺り一面に響き渡るようであり、頭の中で直接語りかけてくるようでもあるその声は、ヒカリと向かい合うように相対する人影が発しているのだと彼女は無意識に確信していた。


 それは人型だが身体中に灰色の鱗が、腰からは細く長い尻尾が生え、顔を黒いベールで覆い隠しどこか妖しく神秘的な空気を纏っていた。


「あなたは……?」


(ワレ)(ナンジ)可能性(カノウセイ)(ナンジ)(ウチ)(メグ)()(タバ)ネラレタ(チカラ)()一筋(ヒトスジ)具現(グゲン)スルモノ』


「ふぅん……内なる自分と対話するってやつ? そういう漫画とかはあまり詳しくないのよね……」


 その存在はヒカリの(もと)に近づいてくる。

 ソレの声は成熟した女性的なものだったが、そこに込められて然るべきである情感が欠けており、どこか機械的な印象を受ける話し方だった。


(ワレ)(モト)メル。(シン)ナル()(チカラ)()メラレシ(リュウ)欠片(カケラ)


「かけら? いまいち要領を得ないわね……私に何をしてほしいわけ?」


(ナンジ)(ワレ)(ヒト)ツト()リ、(オオ)イナル(ミチ)ヘト(ミチビ)ク|(モン)(ヒラ)カン』


 ソレは互いに手を伸ばせば触れられるだろう距離にまで迫り、彼女が取るのを待つかのようにその手を差し出してきた。

 ソレの言葉の意味を完全に理解することは難しいが、ベールの向こう側にあって見えていないはずのソレの瞳に惹き込まれるような感覚と共に、ヒカリは(あらが)(がた)い衝動に突き動かされて自らの手を伸ばし始めた。


「…………」

「––––ヒカリ!」


 そうしてあと数センチのところでソレの手に触れようかというところで、危険なものから遠ざけるように何者かが彼女の手を掴んだ。


「はっ……!」

「しっかりしろ。意識はハッキリとしているか?」

「あ、アダム……?」


 その瞬間からヒカリの目に映る景色はドゥナダスの街並みに戻っており、咄嗟に自分の腕を掴み肩に手を置く人物に目を向けると、そこには険しく、しかし彼女を心配するような目で見つめるアダムの姿があった。


「危ないところだったな。今のは何が起きているのか俺にもあまりわからない、あと一歩で取り返しがつかなくなっていたかもしれん」

 ※

 《こわ》

 《なにあれ??》

 《魔法となにが違うん》

 《教えてえろい人》

 《↑bbrks》


 彼の後ろにはいつも通りコメントが流れる画面があり、ヒカリは身近な現実を認識したことで頭が冷えて落ち着きを取り戻した。


「今のは……幻覚とか、私の頭の中だけで起きてる光景ではなかったってことかしら」

「そうだろう……俺も実際には初めて見たが、知識の中に該当する現象があるかもしれない」

「というか、よく私のいる場所がわかったわね」

「ああ、これが落ちてきたからな」


 そう言うとアダムは彼女が持っていたはずのタブレットを掲げてみせた。

 ヒカリは例の謎の存在と接触している間にそれを取り落としてしまい、それをちょうど今彼女がいる建物の下を通りがかったアダムが見つけ、ヒカリの居場所と状態を知って介入が間に合ったのだった。






 *






化身(けしん)?」

「ああ、大昔から研究されているが未だに殆どが未知の存在でな。かなり古い文献にいくつかそれらしきものが記されてはいるが、その正体に繋がる情報はなかったな」


 魔石の光が照らす街道を二人は横並びに歩きながら話しをしていた。


「初期の頃は人間を(たぶら)かして魂を喰らう魔獣の一種という考えもあったようだが、近代の研究では”人の精神の中で誕生する、人でも魔獣でもない存在”と言われている……理論上は誰の内にも化身は存在するが、自分の化身の存在を裏付ける記録はほぼ存在しない。それに実体を持っているかも定かじゃないせいで標本も干枯体(かんこたい)も存在しないから、学者たちも日々頭を抱えているらしいな」

「ふん?都市伝説が実在したようなものかしら、ところでかんこたいってなに?」

「乾燥して水分が抜け切った生物、主にその死体のことを指して使われる言葉だ」

 ※

 《へぇー》

 《長い、産業で頼む》

 《聞いたことある設定》

 《ペル…スタ…》

 《おいやめろ》

 《↑化身 よくわからん さっき出てきた》

 《ミイラやん》


 アダムは数少ない記憶の中から先ほどヒカリが接触しようとしていた存在を示す情報を探っている。

 口に出すことはないだろうが、それは彼が過去に知った希少な化身について部分的に詳細が記された古書を読んだ時の、『姿を現したその存在と接触した人間が理性を失い強大な力を見境なく振りかざす怪物になり果てた』という情報を覚えていたからこそ、彼女が同じ末路を辿るのを防ぐためだった。


「まあ結局詳しいことは何もわかっていないってことだ。この先また現れても下手に接触するなよ」

「りょーかい……今日はいろいろあって精神的に疲れちゃったわ。帰ったらすぐに寝ることにするわ」

「それがいい。ゆっくり休んで明日に備えておけ」






 *






 それから翌朝のこと。

 心まで休まるほどたっぷり睡眠をとったヒカリは、アダムたちの馴染みの店であるナツィラで朝食を済ませ、昨晩からなろうと決めていた彼らと同じ傭兵の仕事に就くためにアダムとアトリエルの案内で街の中を歩いていた。


「なんだか馬車と違って(ひと)りでに走ってるものがあるけど、アダムが身に付けてたアレも相まって機械がたくさん発明されてたりするのかしら」

「今の自走馬車ならミレスターからの輸入品だろう。あそこは械工術(ロゴウ)の本場だからな。技術的な貿易(ぼうえき)が始まってからまだ年数が浅いので数は少ないが、近い将来には街中を馬が歩く光景も見られなくなるかもしれんな……」

「切ない話だねぇ。その頃には普通の動物たちがもっと自由に生きていける世界になってることを祈るばかりだ」

 ※

 《ろごうってなによ》

 《↑魔法と科学を組み合わせた技術なんてゲームとかでいくらでもあるだろ》

 《技術革新が起きて間もないってこと?》

 《なんかこっちの世界と同じ歴史辿ってそうだなぁ》

 《もう動物愛護団体を設立するしかない…》

 《↑そのうちモンスターすら保護しろとか言い出しそう》


 ヒカリが溢れる好奇心のまま質問をしてそれをアダムたちが答える雑談を挟みながら街道を進んでいく。

 そうしてやってきた建物は並び立つ摩天楼(まてんろう)の一角、扉のない大きな入り口を彼女らは通り抜けていった。


「ヘイルダムだ……」

「アトリエルさんも一緒だぞ……」

「なんか美人なねーちゃん連れてやがる、何もんだ?」


 到着した傭兵ギルドは手の込んだ内装に、数十人は(くつろ)げる席や女性が数人いる受付など、ヒカリのようなファンタジーの知識が浅い人間でも想像できるギルドの姿があった。

 そこには何人かの武器を持ち防具を身に付ける人間がおり、彼らもアダムたちと同じ傭兵という役職の人間だと察するのは簡単だった。

 そんな彼らは今入ってきたアダムたちの姿を見つめながら小さな声で密かに話をしていた。


「あなたたちずいぶん人気みたいね」

「自慢するほどのことではないがな。ただ傭兵として他より階級が上というだけの話だ」

「まあ、ドゥナダスではボクたちだけが一流(カラオル)だから、人材として貴重なのもあって注目されやすいのかもね」

 ※

 《へー》

 《ランク制きた》

 《最初はブロンズから?》

 《いきなりS級だろどうせ》

 《一旦魔力測定で水晶割っとく?》

 《別にお決まりじゃねぇよww》


「後ろにいる者が傭兵に()くことになった。登録の手続きを頼む」

「は、はい……!」


 彼女らはギルドにいる人々の視線を集めながら受付に向かい、傭兵対応担当の女性に話を通してヒカリが傭兵になるための手順を進めていく。

 その最中に受付の前に立つアダムが(はた)から見ると背丈のせいで背伸びして卓上を覗き込む子供のような光景になっており、それを見た女性陣の緩んだ笑顔や小馬鹿にしたようなコメントの数々に彼自身が気づくことはなかった。


「それでは、こちらの書類に従って必要事項のご記入をお願いいたします」

「ええ……今気付いたけど、私でもこの世界の文字を理解できるみたいね。日本語に近い文体だわ」

 ※

 《マジ?》

 《読めん》

 《俺読めないんだが》

 《↑国語の成績いくつ?》

 《平均80点代じゃボケ》

 《↑日本の識字率疑ってる?》


「……()()()()の彼らと彼女とではどこか感覚が乖離(かいり)しているようだね。彼女だけがこっちの世界にやってきた影響ってことなのかな?」

 ※

 《ノア:それについて俺は預言者から何も聞かされてないからな》


 受付嬢に手渡された書類に書かれている文字をヒカリは理解できるようだったが、配信を見ている地球側の人々はどの国に住む者もそれを読むことができなかった。

 そんな状態を誰もが不思議に思うが、アダムたちは彼女を取り巻く問題の中心にいるであろう”預言者”がいなければ答えを得ることはできないのだろうと考え、それ以上余計なことを考えないよう思考をリセットしていた。


「初仕事は何になるのかしら。早速魔獣を討伐しちゃってもいいわよ!」

「……傭兵になったばかりの者に魔獣の討伐はできないぞ」

「ええ? どうしてよ」

「そういう依頼を受けられないからだ。そもそも魔獣というのは……これは詳しく話すと長くなるが、一番危険度が低い分類の個体でも上級(アーデシャ)……7つある中の上から3番目の階級を持つ傭兵が複数人いてようやく太刀打ちできるような存在なんだ。それ以下の階級の傭兵は緊急時でもなければ魔獣に近づくことすら禁止されて––––」

『––––––––––––!!』

「な、なんだ……?」

「地震……?」


 アダムの言葉の最中に突然彼らがいる建物全体が揺れ始め次第に大きくなっていき、そう遠くない場所で巨大な破壊音が聞こえてきたことで、それがこの建物だけでなくこの街(ドゥナダス)の地盤を揺るがすほどの事が起きているのだとその場の皆が一様に察せられた。


 ※

 《!?》

 《地震だ》

 《でかいな》

 《みんな頭を隠すんだ!へそを取られるぞ!》

 《↑全部違うんだよなぁ》

 《早く出ていかないと倒壊するぞ》


「これは……地面から来る揺れじゃないぞ。外で何が起きて……!」


 いまだに大きくなり続ける揺れと音。

 アダムたちはその原因を見つけようとギルドから出て外の景色を見渡そうとするが、その瞬間目の前を何か巨大なものが目にも止まらない程の速さで通り抜けたかと思うと、次にその場所へ上から石の瓦礫(がれき)が大量に雪崩(なだ)れ込んできた。

 その場から見える限りの街中も同じような混乱の渦中となっており、何かの間違いで実はただの事故だったとはならないのだと誰もがそう認識せざるを得なかった。


「街が……! どうしていきなり……!?」

「……どうやら、()()の仕業らしい」


 空を見上げるアダムにつられて皆が同じ真上に目を向けると、彼らをすっぽり覆うほどの影を生みながらソレは全体像がよく見える高さにまで加工してくる。

 ソレは大まかには、(ツノ)の先から尻までが50メートルを超えているだろう巨大な昆虫(こんちゅう)らしき生き物だった。

 ソレは地上に嵐かと思うほどの風を叩きつける四枚の羽ばたきによって空に留まり、鱗のような小片(しょうへん)状になった甲殻と、鍛治によって鍛えられたかのように黒光りする立派なツノを頭部から三本も生やしていた。


「コイツは……」

「ま……魔獣だぁ〜〜〜!!」


『––––––––––!!』

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