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5話 Ark Live.chとこれからの日々

 

 火の上の街ドゥナダスの空で話をつけたヒカリとアダムは、それから少しして地上に降りてまた仲間たちのいる酒場”ナツィラ”へと戻ってきた。


「……おかえり、気持ちの整理はついたかい?」

「もちろんよ。もう情けない姿は見せないから安心してちょうだい」

「はっ、やっぱ俺サマの見立て通り(つえ)ぇ女だな」

「そ、それじゃあこれからは……世界を救うために、世界中を旅したりする、とか……?」

 ※

 《ノア:いずれはそうなるだろうな》

 《やったー》

 《スローライフは?》

 《冒険だ》

 《↑十七でその生き方は枯れすぎだろ》


 店を飛び出す直前と比べて今の彼女の表情はとても晴れやかなものであり、雲が散り始めた空が暗示しているようにもうその心に迷いがないのだと傍目からも察することができた。


 ※

 《ヒカリちゃんはどこ住みなの?》

 《てかVAやってる?》

 《なんで髪その色に染めてんの?》

 《高校は?部活は?キスの経験は?彼氏はいるの?》

 《いかがでしたか?》

 《↑クソブログやめろwww》


「な、なによ、いきなり質問攻めね……髪は地毛よ。家は東京にあるわ。VideAll(ビデオール)は……携帯家に置いてきちゃったわよ。高校は名前とか出さない方がいいかしら……部活はバスケ部とテニス部を兼任してたわ。んー、キスはしたことないわね。人工呼吸なら……」

 ※

 《ノア:御山さん、こういうのはいちいち答えてたらキリがないからある程度は無視しろ。何日かして時間に余裕ができたらまとめて答えてもいいかもしれんが》


「わかったわよ」


 本来彼女の振る舞いというのは明快で誠実なものであり、予想もできない事態ばかりが起こり混乱の最中に置かれていた昨日から先ほどまでは控えめになっていた言動も、落ちついて己を改めて律することで本来のものへと取り戻されていた。


「……そうだわ。さっきは聞きそびれたけど、ニュースの件はいったいなんだったの!?」

 ※

 《あー》

 《それな》

 《それも知りたかったわ》

 《そういえばあの広告ノアの仕業か?》

 《うちテレビ置いてないから俺も知らんわ》

 《世界中で同じ広告表示されたやつ?》

 《ノア:とりあえずあの一連の流れは全部俺がやったぞ。改めて言っとくと単独な》

 《やっぱりなー》

 《やってることえぐいて》

 《俺は最初期から単独犯説言ってたからな【URL:写真】》

 《↑すげーな まるでノストラダムスだ》


「あんた達だけで盛り上がってんじゃないわよ。ノアがなにをしたわけ?」


 ヒカリが思い出したことで疑問が再燃したのは、先ほど世界間で物体を送る実験をしている最中、ライブ中にテレビでこの配信の内容をニュース放送で取り扱っている映像が流れていた件だった。

 自らの行動がどこまで地球側の世間に知られているのかというところが彼女にとって気になっているところだった。


 ※

 《ノア:さっきまでの話で可能な限り多くの人間にこの配信を見せることが重要なのはわかってるよな?だから俺はこの配信が始まる前、つまり御山さんが異世界に行く一週間前から、世界中ありとあらゆる国々の全地域でこの配信の広告を打って人の目に触れるようにしたんだよ》


「世界中で……!? それハッキング技術だけじゃどうしようもないわよね。例の預言者(よげんしゃ)ってやつが協力してやったってこと?」

 ※

 《ノア:そういうこと。ウェブサイトや動画の広告に高頻度で表示されるようにしたり、テレビCMの合間に必ず10秒広告が差し込まれるようにしたりな。その広告がこれ》


 そうして新たに表示された画面には、『Ark Live.ch』『本物の異世界を公開』『1月×日始動』『毎日24時間生配信』などというなんともコメントに困る文字ばかりが詰め込まれた広告が映っていた。


「……これ本気?」

 ※

 《草》

 《そらそうよ》

 《クソ広告で草》

 《これブロッカーでも消えないからウザかったわ》

 《なんなら未だに似たような広告は出てくる》

 《ノア:5秒で作ったからこんなもんだろ。とにかく大勢の目に留まるのが重要だから広告の出来の良さなんてどうでもいいんだよ。現に初動も今も人数かなり多いぞ》


「人数? ……そういえばこの配信を見てる視聴者の数って聞いたことなかったけど……今、何人いるの……?」

 ※

 《ノア:今の同接は570万人ぐらい居るぞ》

 《草》

 《570万wwww》

 《やっぱ多すぎで草》

 《日本の最高記録余裕で超えてるぞww》


「………………は?」

「五百……? なぁトリィ、ドゥナダス(ここ)の人口っていくつだったよ?」

「大体一千二百万ぐらいだったかな。ドゥナダスの人口の半分近くいるようだね……」

「うえっ、そんな大勢の人に見られてるの!?」

「……配信というものはそこまで多くの人々が同じ景色を共有できる方法ということか……」


 絶句したヒカリを始めとした皆がその数字を聞いて驚いている。

 詳しい仕組みのわからない妙な画面であるが、彼らもその向こう側にはこちら側を観測して、感想を文字として届けている不特定多数の人間がいるのだろうという察しはついていた。


 しかしそれが十万や百万という大変な人数にまで上るとは予想もしておらず、それほどの人間に一挙手一投足を見物されているのだと考えると、彼らの心中に大小と肩肘を張る気持ちが湧き起こっていた。


 ※

 《ノア:これはあくまでも現時点での数字な。3日前の配信が始まったばかりの初動では1億は越えてたぞ。まあ例の広告の件で世界中がてんやわんやだったからな。誰でもその詳細を確かめようと一瞬でも覗きに来るのは当然だ》


「おっ……!?」

 ※

 《!?》

 《エグすぎて草》

 《まあ実際宣伝の仕方が派手すぎたし妥当っちゃ妥当》

 《ノア:ぶっちゃけ同接の数自体は別に重要じゃないんだけどな。目的としてはあくまでも意思を集めることだから一番そこに近い指標としては登録者数になると思うが、これからはそこを稼いでいく方針になる》

 《ほーん》

 《なるほろ》

 《今もう百万行ってるぞ》

 《そっちも既にミリオン越えてるけどな》

 《ほんまやww》

 《金の剣ヒカリちゃんにあげようぜ》

 《ハッキングで宣伝して登録者稼ぐってありなのか?》

 《データはいじってないだろたぶん》

 《↑今の今まで世界救うために必要だって丁寧に説明あったやろ》

 《世界を救ったヒーローの法律違反を許さない間抜け政治家かおまえは》


 億などという滅多なことでは口にすることもない人数に、とうとうアダムたちは語る言葉を失い、その辺りの状況をよく知らない今日から見始めた視聴者たちも驚き、コメント欄はかつてない規模の記録に興奮して半分お祭りと言えるような状態だった。

 そしてヒカリはその人数を聞いた途端魂が抜けたかのように力なく席に座り込んで頭を抱え込んでしまった。


「うそ……1億人にあのみっともなく騒いでたところを見られてたの……!? もうだめ……お嫁にいけないわ……」

「あらら……もしかしたら、世界が救われるまでこうして晒しものにされちゃうのかな……ボクには大したことはしてあげられないけど、とりあえずおいで?」

「うう……お耳触らせて……」

「しかたないなぁ」

 ※

 《かわいい》

 《あら^〜》

 《キマシタワー》

 《反省しろ元凶どもwww》


 アトリエルはこれからヒカリが置かれる立場を(おもんぱか)り、獣体の四足で歩み寄り落ち込む彼女を抱き寄せて慰めている。


「さすがに(まい)っているようだな。一先ず今日はここまでにするか。彼女はこれからこの世界で生きていくことになるようだし、こちら側の知識を覚えてもらうのを優先すべきだと思う。しばらく余計な情報を頭に入れるのはなしにしよう」

 ※

 《ノア:わかった。こっちとしても改めて情報を整理するなら地球側の世情も落ち着いてからの方がいいと思ってたからな。話の続きは数日後にしよう》


「んじゃ俺サマは工房に戻らせてもらうぜ。試作段階の武器たちに改良を加えたいところだったんでな」

「では先ず寝泊まりする場所を用意しなくてはな。トリィ、頼めるか」

「任せておいてよ。ほらヒカリちゃん、もう落ち着いたかい? ついてこれる?」

「わかった……」


 意気消沈のヒカリはアトリエルに支えられてようやく歩けるというほどに脱力しており、アダムの言葉通りこれ以上情報を頭に取り入れられる状態にはないようだった。


「あの、ご両親は健在なんですよね? なんとか話させてあげたりって、できないんですか……?」

 ※

 《ノア:それについて実は初日の夜夫妻に連絡したんだが、御山さんの方がどうしてもしたくなったら通話しようって言ってたぞ》

 《マジ?》

 《普通に応対してて草》

 《なんで状況理解してんだよww》

 《※コメントは削除されました》

 《いやまてまて》

 《ノア:↑心当たりがあっても実名を出すなクソボケが》

 《はいアウト》

 《草も生えんわ》

 《ノア:これもやったやつは個人情報公開だからな》

 《ひえっ》

 《残当》

 《忘れますぅ〜》


「な、なんだか荒れてますね……とりあえずこのことは今日の夜に教えてあげようかな」

「頼んだぞイズナ。俺はギルドに報告に行ってくる。帰りは晩以降になるかもしれん」

「あ、いってらっしゃい!」


 そうして一旦解散になり、ヒカリはアトリエルたちに先導されてナツィラを出て、近くにある木造の大きな建物の前にやってきた。

 そこはヒカリにとっても見覚えがある雰囲気の、古風な和式建築によって作られた旅館だった。


「ここにボクとイズナも泊まっているんだ。今日から君の帰る場所にもなる。こっちにいる間はね」

 ※

 《わーい》

 《和風建築じゃねぇか!》

 《本物なのになんで雑に日本要素出しちゃうんだよwwwwwww》

 《真偽鑑定もういらんからシュバってくるな》


「ん……なんだかとっても()を感じる建物なんだけど、ほんとに違う世界なのよね……?」

「へぇ、君の世界にも似たような様式があるのかい?此処の主人はカズガラ出身だからね。故郷と同じ雰囲気の店を経営したかったんだってさ」


 そうして三人は旅館へ入っていく。

 正面玄関を抜けてすぐに立派な庭園が覗かれ、慣れ親しんだ木材の匂いで多少気の休まったヒカリは、周囲に気を配る余裕が出来たことでこちらに歩み寄ってくる人物の姿を視界に捉えることができた。


「おっかえりトリっちイズっちー! 今日はえろう早いやんかぁ……あり? そっちの子は?」


 旅館の女将である女性の姿の中で初めに目を引き、そして最も特徴的なものはその()()()だった。

 それは白や黒、黄色などという人種の範疇(はんちゅう)に収まる程度を越えた()()だった。


「やあユリさん。彼女はちょっと訳あって、ボクたちとしばらく一緒にいることになってね。同じように泊めて上げてくれるかい?」

「マジ? よっしゃ固定客確保ー!じゃあ代金は二人と同じ週一金貨一枚(シュキイチ)でいいやんなー」

「もちろん。ボクらの共有資金から払わせてもらおうかな」


 アトリエルと親しげに話す女性の体は塗料で紫に染めたようには見えない自然さだった。

 さらに彼女の耳は細長く突き出ており、その部分だけに限って視聴者だけでなくヒカリの知識にも該当する情報が存在した。


「ウチん名前はユリカ・ランね。できるだけ長いこと住んでってやー!」

 ※

 《エルフ!?》

 《ギャルだ》

 《エルフきたーーー!!!》

 《しかも関西弁キャラww》

 《ダークエルフじゃね?》

 《肌色的に魔族とかの方が近そうなんだが》


御山光纚(ミヤマヒカリ)、です……ちょっと聞いていい?あなたってもしかして、()()()っていう種族なのかしら」

「えー? なんやのそれー。ウチは見ての通り、れっきとしたカズガラ生まれの仙人族(ティオラ)やんかー」

「ごめんねユリさん。彼女は少し事情があって世の中の事をほとんど知らないんだ。よければ彼女が疑問に思ったことは軽くでいいから教えてあげてくれると助かるよ」

「なぁんや、そういうことならかまへんよー。そしたら早速お部屋に案内しますわー」


 ユリカの案内でヒカリたちは旅館の二階にある一室に通される。

 そこは台所はないものの、手洗いや浴室、リビングなどの主な部屋とは別れて、寝室と書斎(しょさい)まで備えられた2LDの広々とした部屋だった。


「こんなにいい部屋に住んでいいの? もっと値段を抑えた所でも構わないのだけど……」

「そない広いかな? 抑えるもなにもここが一番普通の部屋やから気にせんといてー!」

 ※

 《ひっろ》

 《本当か?》

 《実は高級ホテル?》

 《めちゃくちゃ高いだろこんなとこ、お金足りるんか?》


「平気だよ。1週間……5日で金貨一枚だから3人分で()()()ってことだけど、実際のところ金貨はかなり余裕があってね。ヒカリちゃんは何も気にしなくていいんだよ」

「それじゃ私が納得できないわ。必ず返してすぐに自分の面倒は自分で見られるようにしてみせるわ! あなた達と同じ傭兵が向いてるんじゃないかしら!」

「うーん、わざわざ危険な傭兵業を選ぶ必要もないと思うけど……もう魔獣を倒してるみたいだし実力は十分だから、君がそうしたいなら明日傭兵ギルドに顔を出してみようか」

「決まりね!」

「ほんなら後ん分からんことは2人が教えてくれるって感じでいーよね? そしたらウチは下に戻っとるよー。夕餉(ゆうげ)はお部屋に持ってくるからねー! 嫌いなもんあったら教えてやー!」


 部屋の案内が終わったところでユリカは出ていった。

 彼女の寛容で大らかな人格にこれからの生活への不安感が取り除かれると共に、ヒカリはこの旅館の女将ともいい友人になれそうだと感じていた。


 そしてヒカリは三日ほど身体をまともに洗えていないことを思い出し、アトリエルの助けを借りながら、彼女が手に持っている親指大ほどの魔石という代物の使い方を覚えつつ風呂を沸かし始めた。


「簡単に説明すると、魔力は世界に存在するあらゆる物質等の(みなもと)と言われていて、魔力がその他の存在に変換される現象が”魔法”と呼ばれてるんだ」

「へぇ。魔力が世界の起源そのものだって論説が出回ってそうね」

「昔はね。今はもう一捻りした説が主流かな……そしてその仕組みを利用する技が”魔術”。魔力には変換する過程で()()を組み込むことができて、それによってより複雑で強力な魔法を操ることができるのさ」

「理論……プログラミングに似てるわね」


 アトリエルは説明をしながら己の手で魔術を実践する。

 魔力を変換して手の上に水を生み出した後、そこへ新たに”暖かくなる”ようにして、”どの程度の温度か”を決めて、”どのように出すか”を定める。

 そうした理論を魔力に組み込んでから変換すれば、風呂の湯にちょうどいい温水が螺旋を描きながら彼女の手から放出された。


「魔石はそれを応用した技術でね。練洞石(れんどうせき)という軽くて頑丈、そして魔力をとても多量に蓄えることができる石に特定の理論を組み込んだ魔力を溜め込ませることで、魔石を持っていればその理論通りの現象をいつでも使えるっていう便利なものなんだ」

「ふぅん……自分でやった方が早そうだけど」

「もちろんそうだけど、人は魔力が減りすぎるとうまく身体に力が入らなかったりするから、普通に生きていく上ではできるだけ節約するのも大事なことなんだよ」

「まあ、そこも地球の文化と同じか……」

「それじゃあ魔石の使い方を覚えた後はお風呂に入ろうか。疲れてるだろうから身体を流してあげるよ」






 *






「え、えっと……それでなんでアタシのところに……?」

 ※

 《ノア:2人の風呂を映すわけにはいかないだろ。しばらくこうしてるしかない》

 《そんなー》

 《横暴だー》

 《サービスシーンよこせ》

 《必ず邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)のノアを除かねばならぬ》

 《ノア:お前らが保存してる秘蔵フォルダの内容公開されたいか?》

 《ひえっ》

 《さーせん》

 《イズっちなんか面白い話して》


「ギヴェーシツォレ……」

 ※

 《?》

 《なんて?》

 《今の何語?》


「何語でもないですぅー」

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