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31話 渡海の要所と美食への道

 

「街が見えてきたわよ! あれがノトホッスよね? 風から潮の匂いが香ってきたわ!」

「ああ、予定よりだいぶ早く到着したな……昼前にはなるはずだったが……」

 ※

 《おおお》

 《あ、マジじゃん》

 《たまたま早起きしたらちょうどだったw》

 《仕事帰りまでに間に合ったぜ》


 夜明けからそう間もない朝日に照らされた大地の上で、多少路面が整備された道を進む二台の馬車のうち、先頭の台から顔を出す灰色の髪と瞳の少女ヒカリが前方に広がる街並みを見渡していた。


「んん……もう着いたんですかぁ……?」

「はいイズナ、お顔洗いましょうね……せっかく港町に来たなら海で遊びたい気もするけど……」

「今は二月だぞ? まだ肌寒さが去り切っていないこの時期の海は大分冷えると思うが」

「残念、本格的にあったかくなるのは五月以降だものねぇ。皆んなが楽しみにしてた水着イベントってやつは当分お預けみたいね!」

 ※

 《ぬおおお》

 《せめて着るだけでも!》

 《まあ寒いからしゃあない》

 《ヒカリは風邪引かんやろ体バカ強いし》


 そのまま街の中へ入ると、ドゥナダスやアーユグラほどではないもののやはりとても背の高い石造りの建造物群に出迎えられる。

 駐馬車堂(ノックル)へ馬車を二台とも馬ごと預けて各々が荷物を持って徒歩で移動しようかというところで、馬車の中でヒカリがなにやら荷を開けているようだった。


「さてと! それじゃあ新しい仕事を始める景気付けって感じで、前回同様MDさんに提供してもらった新しい衣装をお披露目しましょうか!」

「ああ、前回の依頼の時着て行ったんだったね。たしか地球側の服飾人に作ってもらっているんだっけ」

「そうだな……俺はあまり好きではないが、彼女はこれで随分やる気が出るらしい」

 ※

 《きたーーー!!!》

 《やっぱり今回もあるのか》

 《MDさんありがとう》

 《アダムこの流れお気に召してなかったの草》


 アダムたちや配信のカメラも馬車の外で少し待機すると、彼女はすぐに皆の目の前に飛び出してその着飾った姿を衆目に晒した。


 ヒカリは前回と同様の白い傭兵服の上に、より上質な品格を(かも)し出すような黒いゴシック調のフロックコートを羽織っている。

 そして頭には大事なアクセントとして一枚の羽があしらわれた黒い三角帽を被っていた。

 わかりやすいドクロの意匠はないものの、その衣装を見た多くの人々は同じ存在を連想するだろう。


「じゃーん! 今回はこの気品ある海賊風でやっていくわよ!」

「ほお、これは評判なだけあるな」

「たしかに、すごく綺麗だね。その姿で海に出たらよく絵になりそうだ」

 ※

 《おおお!!》

 《かっけえwww》

 《出来良すぎだろ さすがはプロの仕事だ》

 《本人のテンション高すぎてコスのお上品さと噛み合ってなくて草》

 《M/D:何着ても似合いすぎて最高!》


 そうして盛り上がりながら一行はこの街にやってきた目的である依頼の発行元となる、レミュディア漁業組合へと赴くために歩みを進める。

 街の中心地へ向かう途中の道程で、街中では多くの商店街や市場などが賑わっている様子が見受けられた。


「とっても商業が(さか)んみたいね。やっぱりここか貿易の中心地だからかしら」

青瞳(せいどう)大陸の北側ではここが唯一安全に船が滞在できる港だからね。ここと南側の教国領の港でたった二つしかないんだよ」

「ちなみに以前の墳泥(ふんでい)竜の上陸を発見したのはこの街だ。警海船(けいかいせん)が偶然海上でヤツを見つけたおかげであそこまで迅速な対応が可能になったわけだ」

 ※

 《はえー》

 《大陸単位で二つってマ?》

 《本当に安全なエリア狭いな…》

 《へーやるやん》

 《因果関係的にヒカリちゃんがパイセンたちと出会えたのもそれのおかげでは?》


 しばらく進み続け、街の中でも停泊する巨大な船の数々がすぐそこに見えるほど海に近い区域までやってきた一行。

 そこで海獣を三叉槍(さんさそう)で貫く漁師が描かれた大きな看板が掲げられた建物を見つけた。

 そこが目的の漁業組合で間違いないと確認し立ち入る一行だが、まず一歩入った段階で魚をはじめとした生物特有の強烈な匂いが出鼻へ一撃と言うように彼女らの鼻を突いた。


 内部では早朝から様々な海産物に向き合っている人々の仕事模様が目に映る。きっとこうして彼らによって選び抜かれた食材たちは、国内や海外で食を求める者たちの元へ届けられるのだろう。

 そんな感慨もそこそこに受付に身分と要件を告げるとすぐに上へ話を通してくれたようで、奥から一人の男性が現れて歩み寄ってきた。


「やあやあ! あんた方がドゥナダスからやって来られた傭兵さんたちだな?」


 ヒカリより頭ひとつ分近く高いランドロックと同程度のよく鍛えられた体格に、立派な口髭をたくわえた壮年の男性が快活に話し掛けてきた。


「そうだ。あなたがレミュディア漁業組合の名義で俺たちに依頼を出した代表者で間違いないか?」

「おうとも! 組合長のギールコンだ! 気軽にギールとでも呼んでくれ! 一応言っとくが指名した三人以外のお客さんは何人でも歓迎するぞ! 詳しいことは中で話そうじゃないか! さあ入ってくれ!」


 荒波のように彼女らを連れ去る勢いで話を進めるギールコン。

 流されるままに組合事務所の客室に通される一行。挨拶代わりと言わんばかりに出される海鮮の小料理をつまみながら、ギールコンと依頼の内容について話し合うことになった。


「それで、依頼は確か……究極の料理、とやらを作りたいのだったか?」

「そうなんだよ! きっかけは数年前に気まぐれで立ち寄った街の古本屋で見つけた料理本なんだけどな。そこに書いてあった料理の一つが”内なる自分と対話できそうなくらい究極の一品”なんて言われてるもんだからよ! こいつぁ知っちまったからには一度くらい食わずにはいられねえってなもんよ!」

「へぇー、たしかにそれなら食べたいわね!」

「言葉選びが少し変な気がするけど大丈夫かなぁ」

「内なるって……うーん……」

 ※

 《ほーー》

 《どゆこと?》

 《異世界の古本屋なんかすごそう》

 《ちょっとなに言ってるかわからない》

 《ヒカリちゃん能天気でかわいい》

 《絶対適当に書いてるように見せかけて実はマジですごいレシピなパターンね》


 ギールコンの説明はあまり具体的とは言いづらいものではあったが、それでも究極の料理というものが実際に存在するのかどうか、心中で信ぴょう性を問うくらいには曖昧な情報なのは確かだった。

 アダムたちは今回の依頼が大した結果を得られない徒労に終わる可能性を考え始めていたが、ヒカリは無邪気故か直感からか、特に話の真偽を疑うといった感情はないようだった。


「それで、一体どんな料理かはわかってるの? 究極っていうからには希少な材料とか特殊な調理法とか、他とは作る段階から一味も二味を違うんでしょうね!」

「そこがあんた方に手伝ってほしい三つの課題その二でな! 俺ぁ趣味でよく作ってるもんで料理の腕は自信があるから、本に書いてある調理法は殆ど自力でも問題ねぇんだが……どうも途中で魔術を使わなきゃならねぇみたいなんだ。そこに力添えを頼みたいってわけよ」

「魔術を使う料理……基本的な火や水の用意なら分かるが、それ以外の複雑な工程が必要ということか?」


 アダムたちの知識が及ぶ限りでは料理に魔術を使うという行為は、魔法を操る技術がある程度熟達していなければ難しいことから一般的な調理法とはとても言えないものだった。

 故に調理の中で魔術を行使しなければならないために自分たちが手を貸す必要があるという流れを理解することはできる。

 しかしそもそも料理のレシピが書かれた本の中に、調理工程に明確に魔術を使うことを指定することなど普通に考えればあり得ないことであり、少し気乗りしていなかったアダムたちも一体どんな料理なのかと徐々に興味を惹かれつつあった。


「それも気になるんだけど。まず三つあるうちあと二つの課題の内容を聞かせてくれますか? 察するにその三つの課題の完遂によってこの依頼の達成と考えていいのですよね?」

「そういうことだな! 一つ目の課題は食材集めになるんだが、この街(ノトホッス)での活動に限定して手に入れられるものだけあんた方に頼むぜ。まあ実はそれ以外の食材はもう手に入ってるんだ。例の本を手に入れたのは数年前だって言ったろ? それから全てを自費で賄って世界中のギルドに依頼を張り出してよう、傭兵に必要なものを手に入れてここまで輸送してもらったりしていたんだよ!」

 ※

 《熱量がすごいなw》

 《何年も前の食材とか腐ってるだろ》

 《↑魔法で完璧な保存処理できるだろエアプが》

 《全部自腹って一体いくら掛かってるんだ》

 《書いてあることが真実とも限らない本一冊に対する入れ込みようじゃないな 俺には真似できない》


 一行はギールコンがその料理へ注ぐ情熱の程度が尋常なものではないことを感じ取り、その結果がどう転ぶかに関わらず、少なくとも彼の気持ちに対しては真剣に向き合いこの依頼を全力でやり遂げるべきだと意識を切り替え始めた。


「ふむ……ノトホッスの近辺を除いて収集していたというのは? 普通に考えればむしろそこから集めていくものと思われますが」

「そいつは課題その三に関係していてな! 完成した料理の試食を頼みたいんだが、その一の材料集めを頼んだ傭兵にもまとめてやってもらおうと考えてたんだよ。名の通った傭兵が美味いと言った料理となりゃ初めから見劣りしない程度に箔が付くだろうからな!」

「なるほど。本の内容を確かめる試金石にはちょうどいいってわけね。もし本当なら究極なんて言われるくらいの料理を食べられるんだから役得と言っていいわよね! それはもう天にも(のぼ)る心地になるような美味しさなんでしょうね!」

「ふふふ……それじゃあ、我々はここでの滞在の準備を整え次第仕事を始められますが、事前条件通り宿の紹介と代金はそちらが––––––––」


 そうして暫しの話し合いを終えたヒカリたち一行は海が見える場所にある宿泊施設で荷解きを済ませ、最初の仕事の詳しい内容を聞くためにギールコンが指定した集合場所である船着場へと向かっていた。


「食材集めはやっぱり大海原へ航海に出て漁をしたりするのかしら!」

「必ずそうというわけではないけど、たしかにわざわざ関係のない船を眺めながら説明をしようという意図とは考えづらいね」

「なんにせよ俺の新発明品の実験には付き合え! おもしれぇ武器を作ってみたんだが、もし出先で魔獣が現れたらいい試し撃ちになるし使ってみてくれよ!」

 ※

 《ガチで海賊出てこないかな》

 《ここから何時間も釣りか網漁の絵面なのか?》

 《おお新武器!》

 《言うてあんまいらんくね》

 《ロゴウとやらのお手並み拝見だな》


 途中巨大な帆船(はんせん)を見物しながら船着場の入り口に到着した一行は既に待機して待っていたらしいギールコンがいたのだが、どうやらその近くに立つ見覚えのない二人の何者かとなにやら話し込んでいるようだった。


「ギールコンさん! 例のなんとか料理だかの件で他の街の傭兵まで呼びつけたって本当なんですか!」

「しかも材料集めのために造船所で出来たばっかの船買うとか……ちょっとアホすぎ」

「ガハハ! まあいいじゃないか! うまくいきゃ今回の依頼の分でようやく何年も準備してきたあの料理を作れるんだからよ! 心配するな、完成したらお前たちにも食わせてやるさ!」

「結構です」

「いらねー」

「お! 来たか! それじゃあ早速最初の仕事を説明するぞ!」


 自分に詰め寄る二人を傍に置いて一行を出迎えたギールコンは勢いのまま彼女らに一つ目の材料の在処を説明し始める。

 ヒカリたちの予想通り船に乗り、北西に約一.三コウル(39km)進んだ先にある海域に生息していると言われる”ファレワルナミヒゲザメ”が第一の食材であるそうだ。


 それを捕獲しにいく航海のために彼は最新式の小型帆船を購入し、組合の部下に頼んで乗組員を集めたのだとか。

 改めてその熱意に感心半分呆れ半分といった思いの一行だが、今回その漁に同行する”海の専門家”を二人紹介されることになった。

 そうして一行の前に立ったのは、後ろで結んだ黒い長髪の物腰柔らかな女性と、紺色の髪のぶっきらぼうな表情を浮かべる少女だった。


「ネヘディヤ・メリベヤルと申します。今回は私が航海士として皆さんを目的の海域までご案内いたしますので、よろしくお願いしますね」

「ベルデリーリア、ベルって呼んで……一応言っとくけど、()()()()()今回はウチが”船下警護(ナルースル)”だから。よろしく」


 ベルの言葉に彼女の格好を見直すヒカリは、その服装が水中へ入ることに適した全身を覆うものであることに気付き、同時に彼女の()()から魚類の胴体のようなものが生えているのがわかった。

 それにはとても大きなヒレが四枚生えており、尾鰭(おびれ)も下側が特に長くなっている。

 ヒカリは彼女がこの間知った魚人族(ウェルキル)という種族であること、そして航行中の船を水中で守るためにここにいることを理解した。

 そしてヒカリはこの少女から生える大きなヒレを持つ魚の体の正体を、自らの知識の範囲で当てはめて考えすぐに答えを導き出した。


「……トビウオ!?」

「え、なに……? そうだけど、なんか変?」

 ※

 《おおおお!!》

 《魚人きたーーー》

 《背中から生えてんのね》

 《別に魚面とかじゃなかったw》

 《これ飛べるのか?創作化学考察待ち》


「気にしないでくれ。それより出航はすぐにでも出来るのか? 準備ができ次第すぐに始めようかと思うんだが」

「おう! もう船と乗組員の用意はバッチリだぜ! ニフ! ベル! あとは頼んだぜ! 例のサメと一緒に帰ってくることを祈ってるぞ!」

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