21話 闇からの刺客と異形なる意志
「ゴッハゴッハゴッハ! どうやらガルムボーグの先を越して脳ケーキをいただくのはこのバロンダルクさまになりそうだぜーーー!!」
突如としてアーユグラの上空から現れた二体の異形の存在。
そのうちの一体は街から数キロメートル離れた地上に、自然落下の勢いに任せてあたりの地面を砕き散らすほどの衝撃と共に着地した。
「それにしてもこの世界の生物はちッぽけだなァ? あんな場所に巣穴を隠さねェと生き残れもしねえなんてよォ! ひ弱すぎて一息に潰すのがもッたいなくなッちまうくらいだぜ!」
その異形の存在バロンダルクは、肉体が全て薄い紺色の金属質になっており、分厚く巨大な体格と合わさってとてつもない重厚感と威圧感を放っていた。
首長竜のように複数の関節によって広い可動域を持つ太く長い首があり、先端に蜻蛉のような大きい複眼が一つと、蚊などの口吻に似た突起物が生えている。
腕らしき部位は二本づつ非可動の螺旋状に捻れた器官が生え、その先辺りから同じ色の液体金属らしきものがバロンダルクの腕のように振る舞っていた。
そして獣の後ろ足と同じような四本の脚を踏み鳴らし、バロンダルクは姿勢を低くして力を溜め始めた。
「だがまァ、弱いだけのカスをいじめるッてのもつまらねェからな。ここは一思いに俺のタックルであの巣穴を山ごと根こそぎぶッ潰してやるぜ! いくぞォォ!! ワイルドパンク・キャノン!! ジュリャァァァァァァァァァァァ!!!」
体に溜めた力を爆発させるように前に走り出したバロンダルクは、まるで鋼鉄の砲弾になったかのように目にも止まらない速さでアーユグラへ向かって突進していく。
あっという間に山の麓にまで到達するが、突然何かがバロンダルクの足に衝突し、体勢を崩された異形はつんのめり倒れそうな姿勢のまま前に飛んでいってしまう。
「ヌッ!? オオオオオオオオオオオ!!」
そのまま転げ回ることになるかと思われたが、飛んできた異形の体を何者かが受け止め、超重量のその巨体を持ち上げてしまった。
「急ですまんがなぁ……回れ右やァ!!」
「ドオオオオオオオ!?」
その並外れた巨体を持つ男はバロンダルクの体を力一杯放り投げる。
しかし異形の体はとてつもない重さだったようで、数十メートルほど飛んだ途端に地面を砕きながら落ちてしまった。
バロンダルクはそこからなんともないというように立ち上がる。
「ビュゥ〜、びッくりさせてくれやがッてよぉ……ちョろちョろと湧いてきちャッてまぁ、そんなに遊んでほしいのかァァ?」
「おおせやなぁ、最近本気で暴れさせてくれる相手がおらんせいでチカラぁ有り余っとんねん。お前さんは少しくらいワシを楽しませてくれるんやろなぁ?」
それは紫色の肌に額から角が生えている異色の巨漢であるオウガだった。
彼は異形の敵と真正面から対峙して強烈なプレッシャーをぶつけ合い、それによって空気そのものが震えているかのようだった。
そんなバロンダルクの背後からもう一人の人間が姿を表す。
「ほォォ? さッき俺さまの足をすくいやがッたのはテメェだなァ? 惨めッたらしいことしやがッて……生きてる時間を少しでも伸ばしたきャもッとおもしれェ芸をみせろや。小細工しか思いつかねえなら一瞬で潰しちまうぞォ??」
「知能がある魔獣……! 奴らの仕業か……!」
加速魔術によって突進するバロンダルクの足を攻撃して体勢を崩したアダム。
だが彼は目の前の魔獣としか思えない異形の存在が人と同等の思考能力を有し、言葉を話している事実に驚愕を禁じ得なかった。
それは彼にとって、幼い頃の記憶の中に焼きついている怨敵が生み出した、”人間を魔獣に変える薬物”によって作られた存在だという推測が成り立つのは難しいことではなかった。
しかしバロンダルクはそんなアダムの胸中で渦巻く感情などどうでもいいというように視線を外し正面に向き直った。
「巣穴に引ッ込んでりャ同族どもと仲良く一纏めに吹ッ飛ばしてやッたのによォ! まあいい! どんな邪魔が入ろうがなにがなんでもぶち抜いて突き進むのが俺さま流だぜェ!!」
*
「フホォ〜〜〜! みャちぎャいにャい!! こ、コレが聖地にしか存在しないと言われる噂の固有種、人=間! なんて無駄のないかわいらしい造形なんでしョーか!!」
※
《うわ》
《キモ!!!》
《なんだこいつ!?》
《シャベッターーーーー!》
《なるほど、今回はこいつか》
突然そこに現れ、当たっていればアーユグラが丸ごと消し飛ぶほどの被害が出ていただろうというほどの攻撃を仕掛けてきた謎の存在、ガルムボーグ。
血の雨を降らせるという初めの言葉はどこへやら、なぜか非常に興奮した様子でヒカリを観察しているようだった。
そんな様子を彼女や他の人間たちは気味が悪そうに見ていた。
その時どこからともなくというべきか、出所ははっきりしないが自然と耳に入ってくるような声が聞こえてきた。
※
《預言者:気を付けたまえ、奴は今まで戦ってきた魔獣などとは一線を画す、文字通り次元の違う敵だ》
《!?》
《預言者やん》
《喋れるんかワレェ!》
「あら、ここにきてようやくあなたと話せるのね。ずいぶんシャイなのかと思ってたけど」
※
《預言者:今までは少し忙しくてね。奴らが現れる時間と位置を特定するために余計な行動は控えなければならなかった。未来で起こることを知るというのは簡単なことではないからね》
《なんでわかったんや》
《さらっと未来予知すなー!w》
この声が聞こえるのは自分だけなのだろうかと彼女は戸惑う。
ノアの人工音声とも性質が異なる、ただ漠然と聞こえていることだけがわかるその声。
それはどうやらノアと共にこの配信を計画し、ヒカリの異世界での様子を地球側の世界中に放送している、預言者と名乗る謎の人物のようだった。
そして彼若しくは彼女は、今ヒカリの目の前にいる異形の存在のことを何故かよく知っているようだった。
「それで? 魔獣とは違うらしいけど、具体的にこいつはなんなのよ」
※
《預言者:奴の名はガルムボーグ、先ほど地上に向かった方はバロンダルク。どちらもこの世界の外側からやってきた”侵略者”だ。君には世界を滅亡の危機から救ってほしいと以前伝えたね。その世界の危機というのが、とある神の手によって送り込まれる、このような眷属たちによって引き起こされるものなのだよ》
《へーーー》
《な、なんだってー!?》
《まって情報量多すぎて追いつけないっす》
《世界滅ぼそうとしてんの神なの??無理ゲーじゃね??》
「なるほど、どうも想像していたより簡単な相手とはいかないようね」
預言者の言葉によって明かされるその事実は、誰もがなんとなく想像していたビジョンの一つに当てはまる、言ってしまえばありきたりな展開の範疇に過ぎなかった。
しかしそれでも尚彼女をはじめとした多くの人間の様子に余裕は見られない。
それはガルムボーグと呼ばれたその異形の侵略者の存在感とでも言えるようなものが、あまりにも異質すぎるが故だった。
「それで、コイツ一体どういう種族なわけ? 普通の生き物がどう進化してもこうはならないわよね」
※
《預言者:ふむ。侵略者の手先となるものの大半は本来人間に近しい骨格を持つ知的生命だったとだけ言っておこう。どのような原理で変質を遂げるのかは私でもほとんどわからない》
《まじ?》
《うえっ…》
《つまり人間もああなる可能性があるってことか》
ガルムボーグの外見はヒカリなどが知り得るどのような生物とも類似しているとは言い難いものだった。
まずソレの生身の部分を守るように覆い隠している巨大な頭蓋骨らしきものが目立っている。
全長にして五メートルは超えているだろうそれ!中央部には一つだけ空いた逆三角形状の眼窩があり、そこから乱雑に牙が生え揃ったワームのような器官が顔を覗かせている。
下顎は存在せず、人で言う頬骨の辺りからまるで象の牙のように歯が並んだ両顎骨が突き出していた。
頭頂部に当たる骨は風船の如く膨張した後内側から食い破られたかのような破裂痕と共に穴が空いており、その穴から光沢のある赤黒い色で、脳のしわのような模様がある外殻が除いていた。
頸椎が生えているべき下部には同じような外殻と、そこに空いた幾つものの穴から伸びる節くれ立った無数の鉤爪が生える触腕が蠢いていた。
「たしかに怪物に成り下がったって表現がしっくりくるわね。逆に魔獣と同じで遠慮する必要がなさそうで安心したわ!」
ヒカリは目の前の異形をたとえ言葉を発し人と同じように知性を持つものだとしても、世界の破滅をもたらすものの一因となる存在なのであればとその命を絶つという行為への躊躇はすぐに消え去った。
彼女はすぐそばへ瞬時に先日作ったものと同じような鉄製の兵器であるレールガンを作り出す。
そして一秒にも満たない合間に発射準備を整え、ガルムボーグに向けて円錐状の鋼鉄の魔弾を撃ち放った。
「わひョうッ!?」
音をも止まっているかのように追い越す程の超高速で打ち出された魔弾。
それが真っ直ぐガルムボーグの身体に飛んでいくまでのほんの一瞬の時間。
それを目の当たりにする人間は、たった一人を除いて誰も魔弾がその骨に包まれた異形の肉体に風穴が開くことを疑いもしなかった。
だが素っ頓狂な声をあげて驚いた様子のガルムボーグを貫通するかと思われたその砲弾は––––––––。
「––––なっ……!」
最初にそれを魔獣へ向けて放った時の対比となっているかのようにあっさりと弾かれてしまった。
「ウルルルル……ふーー、まぶしかッたーーー! まッたく目潰しとは! かわいい形に似合うかわいい戯れ付きじャないの! ん〜〜〜人=間サイコーーーーーーーーーー!!!」
※
《は?》
《マジで???》
《うわあああああ》
《預言者:ちなみに今のでわかっただろうが、奴らは皆元々本来の生物としての枠組みを超越するほどの強者だったから生半可な攻撃は通用しないよ》
《それを先に言えーーーーーーーー》
「(物理的な強度か魔術的な防御なのかくらい明言しなさいよ……それより、今の攻撃でダメとなると魔力を出し惜しみして勝てる相手じゃなさそうね……)」
砲弾が着弾した箇所には小さな焦げ目が残るのみであり、貫通どころか罅すらも見受けられない有り様だった。
ヒカリは戯けたように触腕をばたつかせて小躍りするガルムボーグを前に歯噛みをするような思いだった。
しかし今の一撃が完全に塞がれたとしても、まだ彼女がこの戦いの行く末を悟ったわけではなかった。
むしろ時を経るごとに自分でも驚くほど増大していく自分の力を、この未知の侵略者を相手に全てぶつけた時の感覚を期待する意味での武者震いへ呼応するように力が沸き起こってくる。
それはまるで炎が如き闘志に薪が焼べられていくかのようだった。
「よーしきーめた! 血の雨計画中止ーーー! おめェさんはオレ様のペットとして今後永遠に飼ッてあげちャうもんねーーー!! 初めて人=間さんをゲットしたなんてーみんなに向こう二万年は自慢できるにョ〜〜〜〜〜!!」
「はっ! 私はあんた如きには大きく手に余るわよ!!」
*
そうして地上と上空の二面において戦いが始まろうとしている最中。
突然起こった巨大な爆発による轟音と地震は、アーユグラの住人たちを一気に混乱の渦中へ叩き落とすのに十分だった。
「ひ、ヒカリさんにアダムさんまで突然飛び出して行っちゃったかと思ったら……」
「いったいぜんたい今なにが起きてるんスか!?」
「二人とも落ち着いて! ヒカリさんたちはきっとすぐ戻ってくるよ! こういう時はぁ、えぇ〜っと……そうだ! らんすーでも数えてみようよ! うーん、いちにーさんよん……」
「落ち着けメリィ、乱数は数えようがないぞ……」
「……感じるかぁ兄弟? この臭い」
「あぁ、知恵をつけた魔獣が奇襲をかけてくる時の臭いだ……」
「畜生相手なんがちと味気ないが、どうやらワシらも少しは楽しめそうやなぁ」
「フン、喰い殺し甲斐のある獲物ならいいがな」
街に近づいてくる不穏な気配に気づいている人間はごく少数だった––––。




