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18話 アーユグラと稀代の歌姫

 

 ヒカリたちはカレスデルフの傭兵からの襲撃や魔獣との戦いを切り抜けてから、およそ三日の間他に大した障害へ行き当たることもなく順調に旅路を歩むことができていた。

 そうしてドゥナダスを発ってから四日目の昼前、ついにアーユグラは彼女らの前に、半ばまで削り取られたように損壊した非常に巨大な山脈の傷跡の上に存在するという奇特な姿を現した。


「あんな場所に街があるなんて、ずいぶん面白い光景ね」

「あのヴーノル山脈は数千年前、とある龍人族(エルシア)の英雄が鏖災(おうさい)級の魔獣と戦った時に残った爪痕だと言われておりますな。事実かどうかは定かではありませんが」

「鏖災って……たしか上から二番目の危険度だったっスよね。どんな戦いだったか想像もできないっスよ……」

 ※

 《すっげ》

 《そうはならんやろ》

 《↑なっとるやろがい》

 《英雄レベルだと地形破壊も当たり前なんか》

 《えるしあisなに》

 《↑アダムパイセンみたいなドラゴンっぽい亜人族のことや 詳しくは過去配信の本読んでるとこ見てこい》


 山道の入り口から十分弱ほど、石材でしっかりと舗装されたゆるやかな勾配(こうばい)を登った先で、大勢の物々しい番兵たちが守る門を通り抜ける。

 その先で彼女らの前に現れたアーユグラの街並みは、遠目から見るだけではわからなかった壮観としてその目に映り込んだ。


 ドゥナダスのように石造りの長大な建物が立ち並んでいるのは同様なのだが、此処はそれよりも()()()()というものがとても強調されているようだった。

 見渡せば見えない場所はないと言うほどそこかしこに、色とりどりに(いろど)られた多様な種族の像が置かれていたり、建築師が自由に作ったのだろうと思われるような様々な装飾がそれぞれの建物に施されていたりと、いつまでも目が飽きない忙しい光景が広がっていた。


「わぁ……やっぱりこの世界の街って見てて面白いわね」

「そういえば、()()()()の景色を見たのはあの日の一度だけだったな」

「わ、私……ヒカリさんのいた世界のことも、気になる、かも……」

「それじゃあ、帰ってからたくさん教えてあげるわね」

 ※

 《たしかにおもろい》

 《建築士としてはマジで魔力欲しいわ》

 《俺らも異世界行って魔法使いてぇよなぁ!》

 《実際他の人間は世界行き来できないん?》

 《おせーてノアきゅん》

 《ノア:預言者が何も情報寄越さないから俺からはなんとも言えん》

 《おのれ預言者》

 《まあそこら辺については慎重になるのも仕方ない、下手に魔法関係の技術地球に流してもどうせろくなことにならんし》


「削れた山の中にある街だからか、地形的にはまるで皿の中か隕石で空いた穴みたいな高低差っスね……とりあえず俺はメリャンコラ様が歌って踊る予定の場所と時間を確認してくるっス! さすがにまだ時間も早いしもう終わってるってことはないよな……? 役所に行けばわかるはず……」


 慌ただしい様子で駆けていくエラヴロを見送り、ヒカリはこの巨木のように建ち並ぶ石塔の森の中ちょうど上から日光が差し込んでいる空を見上げて、自分の初仕事を万全の状態で完遂できそうだという達成感を抱き始めていた。


「ん……?」


 そんな彼女の視界にふと小さな影が差す。

 初めは鳥かと思ったが、ひらひらと不規則な動きでこちらの方へ落ちてくるそれが次第になにかの紙らしきものだということがわかり、近くにまで(ただよ)ってきたソレを捕まえてその正体を確かめる。


「これは、子供の絵……?」

 ※

 《落とし物?》

 《交番だ交番》

 《どこだよw》


 それは二人の幼い子供が並び立つ構図が絵の具らしきもので描かれた小さな紙のようだった。

 彼女は誰かが落としたのかと上を見渡してみるが、視界に映る限りでは建物等にそれらしい人物は見当たらなかった。

 そうするとこの絵をどうしたものかと思案するより先に、見上げた視線へと山の外周側、中央部と200メートル以上の高低差があるその場所にある高台が入り込んできたことで、強く興味を惹かれて絵のことは少し後に回そうと考えたようだった。


「あんなところにとっても見晴らしのよさそうな場所があるわよ! アーユグラを一望できそうね! イズナ、行ってみない?」

「そうですね……行ってみたい、です……!」

「アダムはどう?」

「俺はここのギルドに今回の依頼のことやカレスデルフの件を報告してくる。二人は好きにするといい」

 ※

 《自由時間だ》

 《パイセンいつもありがとう》

 《子供にいろいろやらせすぎじゃない?》

 《↑パイセンはヒカリと同い年だぞ つまりこの世界では成人だ》

 《カレスデルフのことはギルドに知らせたらなんかこじれそうなんだよなぁ》

 《そういえば他所の所属が自分とこの奴を襲ったとかヤクザならもう戦争じゃん》

 《まあギルドは国際的な組織で向こうはあくまでも民営だしこっちからそれなりに賠償吹っかけて和解が無難な落としどころかな》

 《ヒカリちゃんはそれで済ますつもりなさそうなんすけど》


 ヒカリは既にカレスデルフという、ああいった気の狂った男たちを野放しにしておく組織と仲良くすることはできないため、たとえどんな条件を提示されようとも、その組織の頂点に立つ人間を叩きのめすという決定を覆すつもりは毛頭なかった。






 *







 そうしてヒカリとイズナは起伏の差が激しいアーユグラの街並みで主に急な坂道や階段ばかりを登り、背の高い建物たちの大半を見下ろせるほどの場所にある高台へとやってきた。


「すっごく高いところまで来ちゃったわね!」

「の、登りばっかりで……足が、限界……」

 ※

 《かわいそ》

 《足ぷるぷるでかわいい》

 《わかる上りの動きはキツイよな》

 《でもこのイズナですらそこらの一般人より体力ありそうなんよな》

 《俺は絶対住めんわここ》

 《たけーー》


 高台から見渡す街の光景は圧巻の一言であり、地形故に全体像を俯瞰(ふかん)するとわかる特徴的な街の構造はそれを見る多くの人間にとって新鮮に映りこんだ。


「本当にいい景色ね……地球(あっち)にいたままじゃ見られなかったものなのに、不思議と向こうとどこか同じかもしれないって気持ちにもなるのよね」

「……おばあちゃんが言ってました。“たとえ形が違っていても、目で見えない場所にある()()()は、きっとみんな同じなんだ”って……関係あるかは、わからないですけど……」

「分かる気がするわ……いい言葉じゃない。そのおばあちゃんも、その言葉をしっかり聴いてるイズナも素晴らしいわよ!」

 ※

 《普通に絶景》

 《高所恐怖症には辛いっす》

 《まあどっちも人間が暮らしてる街だし》

 《婆ちゃんの言葉出たww》

 《年の功特有のなんか本質をついてそうなセリフだ》

 《探せば誰かしらの爺さん婆さんがこういうこと言ってるやつ》


 ヒカリたちはアーユグラの街並みを見下ろしながら、特にそれほど深い内容を思い浮かべるわけでもなかったが、ただ気の向くままに見たいものを見て、時には目を閉じて風を感じるというこの時間が、とても尊い瞬間であるように心地のいい表情を浮かべていた。

 そして彼女はふと思い出したように、腰の複鞄帯(ふくはくたい)の一つの中に手を入れるとあるものを取り出した。


「さてと、これはどうしたものかしら……」


 それは先ほどまで彼女らが見下ろしていた場所で見つけた絵の描かれた紙だった。

 とりあえずこの街にいる住民の誰かが紛失(ふんしつ)したものであることは間違い無いのだろうが、これを如何にして持ち主に届けようかということを彼女は決めかねていた。

 公共機関に届けたところで必ず持ち主の元に戻るかは確信できないし、自分で探すにはこの後重要な予定が控えていることに加えて長く滞在するわけでもない。

 せっかくこの絵が今自分の手にあるなら、確実にこれを探しているだろう誰かの手に返してあげたいものだと彼女は思っていた。



「––––あーーー!! あったーーー!!」

「んにっ……!?」

「あら?」


 そんな思案に(ふけ)っていたところで、突然近くからその場によく通る大きな声が響き渡った。

 驚いて飛び上がらんばかりに肩を跳ねさせたイズナと共にその声がした方へ目を向けると、フードで頭を隠した女性らしき人物が手を伸ばしてこちらに駆け寄ってきていた。

 急な接近に慌ててヒカリの背に隠れるイズナと対照的に、ヒカリは既にその人物の目的に察しがついていたため取り乱すことなく、彼女の目の前で立ち止まった相手が要件を切り出すのを待っていた。


「あの! その絵って私が落としちゃったもので! なんで私のかわかるかっていうと、それに描かれてるのが私とギンくんの二人で! 子供の頃ギンくんが描いてくれたのをずっと待ってるから……」

「はいはい、そんなに焦らなくても分かってるわよ。この絵を見てそんな反応をするのは持ち主くらいだものね……はい、もう失くすんじゃないわよ」

「よかったぁ〜! ありがとう! 素敵なおねえさん!」

 ※

 《おちけつ》

 《わたわたしててかわいい》

 《おお、落とし主見つかったか》

 《こんな高かったら風強いし飛ばされてもしゃあないか》

 《ここから落ちた絵がヒカリのとこに来るってすごい確率で草》


 女性はヒカリから手渡された絵を見て安堵(あんど)したあと、喜びを大きく表しながら彼女の手を取って感謝を伝えてくる。

 そしてその絵を懐から取り出した薄い額縁のような木の器に入れて保管したようだった。


「いつもこれに入れて持ち歩いててね。実は今日も外に出したわけじゃないんだけど、なんでかいつのまにか飛んでいっちゃったの! こんなこと今まではなかったんだけどなぁ……」

「ふぅん、どうしてかしらね」


 女性としても今回絵を落としてしまった原因に心当たりはないようだった。

 実際に額縁の中に入れていたのなら突然中のものが無くなることは考えづらかったが、ヒカリの背中に張り付いて話を聞いていたイズナがおずおずと顔を出した。


「……あ、あの……それ、もしかしたらですけど、“流煙精(ペクナ)”の仕業、かも……」

「なにか知ってるのイズナ?」

「えっと、流煙精(ペクナ)は小さな精霊の一種で……悪戯(イタズラ)で人を脅かしたり物を隠したりするのが大好きなんです」

「えぇ!? 精霊のイタズラだったの!?」

「体が煙だから、たぶん絵を盗んだあと一緒に飛ばされちゃったのかな……風強いし」

 ※

 《精霊かー》

 《さすがにやりすぎか?》

 《ワンチャンガチで戻ってこなさそうだったしな》

 《美少女だったら許すとこだけどじゃなさそうなので許せねぇよなぁ!》

 《風に飛ばされるの間抜けで草》


 それはヒカリや視聴者たちにとっては新しい概念だったが、イズナやこの女性にはそう珍しくはない存在であり、女性も驚きはせど詳しくはないだけでそう聞かされれば納得できる程度には精霊という存在に理解があるようだった。


「でもそれだけの精霊じゃなくて…… 流煙精(ペクナ)にイタズラをされても、驚いたり怒ったりしなければその人には幸運が訪れる、みたいな言い伝えがあったり……」

「へぇ、精霊っていうのも結構面白そうね」

「むぅ〜! さっきからたくさんびっくりしちゃってるよ〜!」

 ※

 《へー》

 《ネット依存ほど無理やなそれ》

 《普通の人でも厳しいでしょ》


 頬を膨らませて悔しそうにする女性を傍目に、ヒカリは妖精というものにもそれなりに強い関心を持ち始めているのを自覚していた。

 もしその精霊の言い伝えが本当で、仮にその人に幸運をもたらすという現象が魔術によるものだとしたら、それを自分がモノにすることができないものかと期待を膨らませていた。

 それは彼女が地球での師匠の一人からの、“戦う二人にどれだけの実力差があっても、時には運を味方につけた弱者が勝利を得ることもある”という教えからくる期待であり、自他共に認める天才である彼女がこの先ぶつかっていくであろう数々の戦いにおいて、万が一の敗因になるかもしれないその“()()”を自分が味方につけておきたいと考えていたのだった。


「そういえば名前をまだ言ってなかったわね。私のことはヒカリって呼んでちょうだい」

「い、イズナ・カラバリクです……」

「ヒカリさんにイズナちゃんだね! 私は……」


「あ、いたいたっス! ヒカリさーん! イズナちゃーん!」

「あら、エラヴロじゃない」


 忘れていた自己紹介をしっかり済ませたその会話の途中で、彼女らがいる高台にエラヴロがバタバタと走り込んできた。


「よくここがわかったわね」

「アダムさんに聞いたんスよ。それよりメリャンコラ様の公演の時間がわかったっスよ! 夕暮れ時に下の方の大広場でやるみたいっス!」

「そう、じゃあまだ大分時間の余裕はあるのね。よかったわ……それじゃあそろそろ昼食にでも行こうかしら」

「……あれ、ところでそちらの方は?」

「そうそうヒカリさん! 私もお昼ごはん一緒にどうですか! 絵を拾ってくれたお礼もしたいし!」

「もちろん構わないわよ。イズナもいいかしら? エラヴロもよかったらどう?」

「わ、私も大丈夫です」

「俺もっスか?じゃあせっかくだしご一緒しまっス!」

「えへへ! それじゃあ改めまして!」


 その女性は頭を覆うフードを取り、その中に隠されていた豊かな桃色の髪を広げる。

 そうすることで青空が広がっているかのような空色の瞳や、いくつもの流れ星が連なった耳飾りを付けた顔などがはっきりと見ることができた。

 そうして自分の姿をさらけ出した女性は満面の笑みと共にヒカリたちへ向き直った。



「私、()()()()()()・イデアルロード! 新しいお友達ができて嬉しい! 仲良くしてね☆」


「あらあら……」

「えっ、えっ、え……?」



「な、なな……なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」






 *






「よお〜チビスケぇ! 三日ぶりやないの。嬢ちゃん元気かいなぁ?」

「俺たちのナワバリによく踏み入れたもんだな……喰い殺されたいのか?」


「……貴様ら……」

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