02-僕また何かやっちゃいました!?
受付嬢はただカウンターに立ってクエストを受理していればよい、と言う訳では無い。
クエストの難度分け、人員派遣、日々魔法省から送られてくる冒険者リストの確認。働き手がほとんどいないこのギルドでは、店内の清掃、備品管理までもが私の仕事だ。
ここ最近は猛暑が続く。冷凍石の在庫を確認しておかなければ。幸か不幸か、ボロめの木造建築であるこのギルドは風通しが良い。そのため冷凍石の消費は少なくて済む。
そしてもう一つ、私には重要な仕事がある。
「あのう、冒険者登録はここであってますか」
淡い青の髪をした少年。どこでも買える安い皮防具を身につけて、おどおどしながら私を見つめてきた。
「新規冒険者の方ですね。登録用紙はこちらでございます」
毎日、数十人やってくる新規冒険者の登録作業だ。誰でも気軽に登録でき、年齢制限も存在しない。世の中には問題が山積みで、解決の糸口となる冒険者は一人でも多い方がよい。
「まずは体内魔力を測定しますので右手をお出し下さい」
登録時の冒険者ランクは、この魔力測定によって決められる。強さを決める要因は様々あるが、一般的には体内魔力の質と量がその大部分を占めるからだ。
さっと差し出された小さな右手に測定紙を掴ませる。対象者の保有する魔力を感知して、様々な反応を起こす特殊なものだ。
少年に握られた紙はみるみる黒くなり、ついにはボロボロと崩れ落ちた。
明らかな異常反応に、彼は目を輝かせる。もしかして、すごい力を秘めているのでは、と。
しかし残念、これは彼の期待に沿う反応ではない。
「Gランクの反応ですね、それも飛びっきりの。申し上げにくいのですが、体内魔力がほぼゼロです」
彼の目からゆっくりと光が失われていく。差し出された右手は、だらんと垂れてしまった。
「ゼロ─?そ、それじゃ活動なんかできるわけ…」
やっぱり、冒険者なんて目指すんじゃ無かった。体を小さく震わせながらそう呟く少年を見ながら、私はある疑問を浮かべた。
「そう落ち込まないで下さい。Gランクの仕事も多数ございます。が、その前に少々お時間を頂きますね」
体内魔力ゼロ、こんなことは滅多にない。どんな生物であれ、生きている、というだけで多少の魔力を消費する。それがゼロであるならば、彼は今までどうやって生命活動を行ってきたのか。
さて、私には隠されたスキルが存在する。
その名は『品評』。使用することで、当人すら自覚しない身体能力、潜在意識を計り取ることができる。しかし、プライバシーに関わる情報も見えることがある為、無闇に使いはしない。
眼前でしょんぼりと肩を落としているこの少年は一体何を隠しているのだろうか。
『品評』発動!
たくさんの情報が頭に流れ込んでくる。この中でステータスに関するものは…あった、これだ。
なになに、軍神の加護を受けた選ばれし勇者。魔力はゼロだが筋力はSランク…!
やっぱり、私の見立ては間違ってなかった。
Sランクともなれば、軽く殴るだけで数多のモンスターは灰塵と化すだろう。
細い手足からは想像も出来ないが、どうやら彼は全ステータスが筋力に振り切られているようだ。
しかも無自覚ときた。ここ以外のギルドで診断していれば、この逸材をみすみす見逃すことになっただろう。
フフ、また実力隠しを阻止してしまったな。
思わず口角が2度上がる。
『魔力ゼロのGランク冒険者、隠された筋力は超一級!?』なんてドッキリスローライフを与えてたまるか。才能あるものは、その実力を存分に発揮してもらわなくては。
「筋力測定を行います。次は左手をお出し下さい」
言われるがままに手を出す少年。幼さが残るその手からは筋力など微塵も感じ取れない。うっかり指でも掴まれれば、跡形もなく粉砕されるのだろうか。
ほんの少しの恐怖を抱きながら、今度は筋力測定紙を握らせる。
瞬間、金色に輝いた紙は小さな赤い宝石へと変貌し、彼の手に収まった。
「おめでとうございます、Sランクの筋力です。年齢と経験を加味して、あなた様をAランク冒険者として登録致します」
「え、え?さっきGランクって─」
何が起こったのか理解できない、そんな表情で狼狽える少年を横目に続ける。
「本日からでもクエストを受注できます。初めてでしたら、このドラゴン狩りに向かわれるのをお勧めします」
【高難度】【達成難度B】と書かれたクエスト用紙を手渡す。
「それでは、ご武運を。またのご利用をお待ちしております」
未だ現状を飲み込めていない少年は、首を傾けながらカウンターを去っていった。
こんな逸材が見つかるなんて、今日は気分がいいな。帰りに甘味でも買うとしよう。