01-プロローグ
チリンチリン、カウンターの呼び鈴が鳴らされる。
「やあマリさん。このクエストの受付頼むよ」
皮の防具に身を包んだ男はそう言ってクエスト用紙を差し出してきた。ゴブリン討伐を依頼するその紙には、はっきりと【達成難度C】と記載されている。
「ええと、あなた様は【Fランク】の冒険者ですよね?推奨されている難易度とは大きく差がありますが…」
ギルドの決まりだ。一応、そう尋ねなければならない。
「全然大丈夫だよ、心配しないで。必ず成功させるから」
だから受注許可よろしく、男はずいぶん気楽そうに言う。
「心配はしておりません。あなた様が人目につかない所で、上級魔獣を狩っているのは承知しております」
これは事実。彼はFランク冒険者にも関わらず、それ以上の実力を隠し持っている。
上級魔獣を一人で狩れるならば、Aランク相当の力があるのは確実だ。
「いい加減、冒険者ランクを上げてみては?待遇もかなり違いますよ」
もう何度も誘っているが、彼の返答はいつも決まってこうだ。
「いやあ、俺にはそんな実力ないから…」
彼はやや目を伏せて、そそくさとカウンターを後にした。
そんな実力ない?ふざけたことを言うものだ。
私は知っているんだぞ。
お前がチート勇者から転生していることを!!
はぁ….
思わず溜め息が漏れる。最近の冒険者はどうしてこうも実力を隠したがるのだろう。
富も名声も、これ以上ないほど得たから?
厄介事に巻き込まれるのが面倒だから?
確かにそれも一理あるが…
私は無性に腹が立つのだ。才能ある者がその実力を隠し、弱者のフリをすることに。
努力しても努力しても、力を得られない人だっているんだぞ。
ギルドをぐるりと見渡す。そこにはたくさんの冒険者。彼らはいつも命懸けで、自ら進んで危険に飛び込んでいく。己が持つ力を存分に振るい、精一杯生きている。
その命に灯った炎の輝きに、どうしようもない美しさを感じてしまう。
それなのに、実力を隠す奴の中にはただカッコつけたいだけの輩もいる。
『あの低ランク冒険者がこんな力を!?』
『なんて強くて素敵なの、惚れちゃいそう!』
こんなビックリサプライズを披露するために、今も虎視眈々とその機会を狙ってるに違いない。
私がここにいる限り、実力隠しなどさせてたまるか。力ある者は、その実力を十分に発揮してもらわなければ困る。
まずはあの能天気な転生勇者。ほんの少しでも同意があれば無理やりにランクを引き上げられるのだが。
そんな偏見で頭をいっぱいにしていると、目の前に現れた人物に気づくのが少々遅れた。
「おや、マリ嬢、今日はいつにも増して冷たい目をしてますね。せっかくの綺麗な顔が勿体ない」
全身煌びやかな装備で身を包んだ青年。白を基調とした装飾の数々は、金色の髪とよく合っていた。
「ヒーラ様、お久しぶりです。本日はどのようなご用件でしょうか」
実力隠しの冒険者とはまた違った厄介者が来たな。彼の目的など、ほとんどお見通しだ。
「今夜暇してない?夜景が綺麗な場所を見つけたんだ。そこで一緒にディナーでも…」
言い寄られるのには慣れている。エルフと人間のハーフである私は、整った顔と珍しい黒髪のせいで、血気盛んな男を惹きつけてしまう。
「ここはクエスト受付の場です。そのような個人的な用件は受け付けておりません」
いつものように冷たく言い放つ。大抵の男はここで引き下がるのだが、彼は違うらしい。
「全く、君はいつでもクールだな。そんなとこも素敵だけどね」
カウンターに肘を置いて、わざわざ目線を合わせてくる。
完全に脈なしだと分からないのだろうか。
次なる手段を講じようとしたとき、黒いローブを目深に被った男が近寄ってきた。
「彼女、嫌がってるだろ。ここで引いとけよ」
彼は低い声でそう告げた。
「いきなり出てきて、君は誰だい?それに彼女は嫌がってなんかない。軽く談笑してるだけじゃないか」
ヒーラは明らかな嫌悪の目でローブ男を見下ろす。
そうして、腰に掛けた派手な短剣に手を伸ばすとこう続けた。
「いますぐ僕の前から消えな。さもないと─」
ヒーラがそれを言い終える事は無い。それよりも速く、彼の体は後方に吹き飛ばされたのだ。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
「ちょっとやり過ぎてしまったか…? あ、お姉さん、この事は内緒でお願いしますよ」
でも、今ならハッキリ理解できる。
こいつも実力隠しだ!!!