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4.冒険者の生活

 ダンジョンでの生活は毎日が新鮮だった。

 初めてオオキノコと戦った時は緊張した。相手が人型だったから、殺人をしているようで、攻撃を躊躇ってしまった。しかし、勇ましく戦うジンやアキトを見て、剣を握りなおし、オオキノコの心臓を貫いた。その瞬間、痺れるような感覚を覚えた。罪悪感や怖れといったものまで切り裂いた気分。倒れ伏したオオキノコを見て、いろいろと吹っ切れた。

「やったな!」とアキトに背中を叩かれ、頷く。オオキノコは、スズキに捌いてもらい、焼いて食べた。その日からキノコが好きになった。


 モリオオカミやオオコウモリといったモンスターとも戦った。地上で生活していたら、絶対に犬や蝙蝠を殺せない。しかし、こいつらはモンスターなんだと思った瞬間、慈悲の心は無くなって、容赦なく、その体を斬ることができた。


「お前、冒険者の才能があるよ」とジンが言った。

「ありがとうございます!」

「ほんと、もったいないことをするよな、上の連中は」とアキトが呆れる。「こういった才能に、活躍する機会すら与えないんだから」

「そうですね」


 タロウは頷く。前から思っていたことをアキトが代弁してくれて嬉しかった。肩書や試験でしか人を判断できない冒険大学校なんて潰れればいいのにと思った。

 またある日、屋台で珍しいものが出てきた。興奮するアキトを見て、タロウは首をひねる。赤ワインにしか見えなかった。


「これが珍しいんですか?」

「おう! こいつはマジックワインだ。飲むと、魔力が回復する」

「あぁ、聞いたことがあります」

「少し飲んでみるか? ただ、気をつけろよ。魔力適性が無い人にとっては、ただの毒だからな」


 アキトからグラスを受け取り、少しだけ口に含む。その瞬間、視界がはじけ、強烈な嫌悪感に襲われた。「うえぇ」と口に含んだ液体を吐き出し、急いで水で口の中をゆすぐ。それでも口の中は痺れ、タロウは嫌悪感を露わにする。


「へへっ。タロウも無理だったか。でも、俺は飲めるんだぜ」


 そう言って、アキトはワインを流し込んだ。まずそうにしているものの、空になったグラスを見せ、アキトは胸を張る。


「すごいですね。それを飲めるなんて。アキトさんは、魔力適性があるんですか?」

「ない。けど、飲んでいるうちに体が慣れてきた。酒と一緒だ。これで、知恵の実を食べたら、俺も魔法が使えるぜ」

「食べると魔法が使えるようになるという果実でしたっけ?」

「そうだ。俺はそれを食べて、魔法が使えるようになるんだ」


 モリオオカミの魔力胆の刺身が運ばれてきた。魔力胆は魔力の貯蔵器官だ。これも、魔力を多く含んでいるため、魔力適性が無い者にとってはただの毒だし、そもそも、得体の知れない寄生虫がいるかもしれないので、生で食べるようなものではない。しかしアキトは、刺身を食べる。さすがにきついのか、目が血走っているものの、そこに執念を感じた。


(すげぇな……)


 タロウは感心する。冒険者になることへの強い気持ちを感じた。


「ジンさんは食べないんですか?」

「ああ。俺はそこまで魔力が欲しいわけではないからな。アキトみたいなことはできんよ」

「そうなんですね」


 その言葉でタロウの気持ちは軽くなる。同じ感覚の人がいた。しかし、ジンが毎朝、1000本の素振りをしていることを思い出した。魔力はいらないが、別の形で冒険者として成功したい。そのためにジンも努力していることに気づく。


(すごいな、二人とも)


 アキトもジンも、冒険者として生き残るために必死だ。しかしタロウには、そこまでの熱量が無かった。だから、二人との意識の差を感じ、表情が曇った。


 アキトに誘われ、長期の探索にも行った。『始まりの森』は、大阪と同じくらい広いらしい。だから、一週間かけて、フロア中を移動し、別のフロアへの入り口や宝物がないかを探す。20年ほど前から、このフロアの探索は行われているので、正直、新たな発見があるようには思えなかった。しかし、数か月に一回、新たな発見があるので、3人はその新たな発見を目指し、歩き回った。結局、その探索で見つけることはできなかったが。

 その道中で、タロウは壁に囲まれた街を見つけた。小高い山の上から街を見下ろす。


「あれは『始まりの街』だ」とアキトに教えてもらった。

「あれが、そうなんですね」


 始まりの街は知っている。冒険者と特別許可証をもつ人間だけが滞在できる、このダンジョンで一番安全な場所だ。政治家や芸能人、経営者など有名な人間も旅行感覚で短期の滞在ができる。しかし、タロウのような一般人には無縁の場所だ。しっかりとした街が形成されているらしく、レンガ造りの街並みが遠目にも分かった。


「あそこが、知恵の実の果樹園らしい」とアキトが街の一角を指さす。木々の茂る場所だった。「いつか、あそこに忍び込んで、知恵の実を食べるのが、俺の夢だ」

「忍び込まなくても、今のアキトさんなら、くれるんじゃないですか?」

「ふん」とアキトは鼻を鳴らす。「やつらは俺の相手なんかしてくれないよ。闇の年寄が何を言っているんだと言われるのが関の山さ」

「そう、なんですね」


 どんなに頑張っても認めてもらえない。始まりの街の壁は相当高いようだ。


 アキトに「いいものをみせてやる」と言われたこともある。探索中の野営で焚火を囲んでいるときのことだ。


「何ですか?」

「こいつは、読むと発狂する本なんだ」アキトは古い革の本をタロウに見せる。「ダンジョンの探索中に見つけたんだ」

「へぇ。あれ? でも、そういうのはカミシマさんに報告するはずじゃ……」

「へへっ。俺たちだって、命を懸けているんだ。宝物をタダで人にやるわけねぇだろ」

「抜き打ちチェックとかあるじゃないですか。あのときはどうしているんですか?」

「俺くらいの人間になると、それくらい、うまく切り抜けることができるのさ」

「なるほど」

「それより、この本なんだけどよ。読もうとすると、頭がおかしくなるんだ」


 アキトは本を開き、目を通し始めた。読み始めて数秒で、ふふっと笑い始めたかと思うと、徐々に笑い声が大きくなって、狂気じみてきた。その瞬間、アキトは本を閉じて、目じりの涙をぬぐう。


「はぁ、あぶねぇ。あと少しで、いっちまうところだった。タロウも読んでみるか?」


 アキトに本を手渡され、タロウは開く。知らない言語で書いてあった。


「これは、何語なんですか?」

「さぁな。わからん」


 数ページ読んでみるが、とくに何も起きなかった。タロウは戸惑う。アキトも戸惑っていた。


「あれ? 何も起きんのか? ジンも、確か笑ったよな。読んでみろ」


 ジンが本に目を通す。ジンも数ページ読んで、とくに何も起きなかった。が、突然、「ぷっ」と吹き出し、慌てて本を閉じた。


「相変わらず、ビビりだな」とアキトが笑う。

「うるせぇ」

「しかし、どうしてタロウは読めないんだろう?」

「読み方が間違っているんですかね」

「これに、読み方とかあるのかな? まぁ、あれかな。タロウは若いから、俺たちおっさんみたいなことにならないんだろう」

「なるほど……」


 アキトやジンと同じ感覚を共有できないことを、タロウは、少し寂しく思った。


「まぁ、とにかく、ダンジョンを探索していれば、こういう面白い物を見つけることができるんだ! だから、タロウも探し続ければ、きっと見つけることができるよ」

「そう、ですね」


 不思議なアイテムが実在する。それが知れただけでも良かった。


「他にも、そういうアイテムはあるんですか?」

「ああ。俺は持ってないけど、聞いた話によると――」


 アキトやジンが、今までダンジョンで見てきた魔法のアイテムについて語ってくれた。どのアイテムも、地上には存在しないもので、聞いているだけで面白かった。彼らの話を聞けば、自分も早くお宝を見つけたいという気持ちが強くなるはず。だからこそ、タロウは焦った。彼らの話を聞き、関心は湧くものの、自ら見つけに行きたいとは思わなかったからだ。

 アキトやジンの話を聞き終え、タロウは頷く。


「面白いものがたくさんあるんですね! 早く、見つけたいです」


 タロウにとって、その言葉は社交辞令みたいなものだった。


「ああ。きっと、面白いものが見つかるぜ」


 しかしアキトは、少年のように目を輝かせた。そんなアキトを見て、タロウの焦りは濃くなる。冒険者なら、自分でお宝を見つけたいと思うのが、当たり前らしい。


「やっぱり、お二人は、そういう宝物を見つけたいと思ったから、冒険者になったんですか?」

「まぁ、それもあるが……」


 アキトやジンは互いの顔を見合い、照れくさそうに笑った。


「……どうしたんですか?」

「いや。タロウだから話すけど、俺たちは他に見つけたいものがあるんだ」

「何ですか?」

「居場所だ」

「居場所」

「そう。俺たちは、中学からの同級生なんだが、どちらもいじめられていたんだ。それで、ここで一山当てて、俺たちを馬鹿にしてきた連中を見返してやるんだ! って前までは思っていた。でも、ここである程度、経験を積んでいくうちに、考え方が変わったんだ」

「……どう変わったんですか?」

「地上の人間のこととかどうでもよくなった。ほら、地上って、いろいろ面倒くさいじゃん? ここは、そういった煩わしさが、ないわけじゃないけど、地上に比べたら、ずっと楽だ。だから、地上で人の目を気にするよりも、ここでずっと暮らせる居場所を見つけたいと思うようになったんだ」

「なるほど。わかる気がします」

「だろ? タロウなら、そう言ってくれると思ったぜ。タロウも、俺たちと一緒に、ここで居場所を見つけよう!」


 そう言って笑うアキトに、タロウは笑い返す。アキトやジンに認められた気がして、嬉しかった。そして、彼らと一緒に、居場所を見つけることができたらいいな、と思った。


 それからタロウは、アキトやジンと一緒に行動し、彼らと同じ居場所を見つけるために、一生懸命、冒険者であろうとした。


 しかし3か月後、問題が発生する。


 タロウは冒険者の生活に飽きてしまった。

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