12. 強敵
グロ注意です
ヒューとマックスを先頭に薄暗い洞窟を進む。タロウは引率の先生よろしく彼らの後ろを歩いた。その顔は暗い。ヒューやマックスがいなければ、何度もため息を吐いただろう。
(どうしてこうなったのかな……)
本当は、この場所に来て、あっさり死ぬつもりだった。生きていたって、いいことはないからだ。しかし、不思議な力を手に入れ、生きることを強いられた。思い通りにいかない世の中に、大きなため息を吐きたかった。
(何で俺なんだろう……)
と被害者のふりをしてみるが、答えはわかっていた。適当な人間だからだ。よく考えもせず、そのときの気分に任せて行動する。そのいい加減さが招いた結果だ。
タロウが思い悩んでいると、マックスがうなり始めた。顔を上げると、マックスは天井を睨んでいた。タロウも天井を見る。黒いシミのような広がりがあった。しかし、そのシミには立体感と弾力感がある。新手のスライムであることに気づいたとき、スライムが飛びかかってきた。
投げ網のように自分に向かって広がってくるスライムの体に、タロウはすべてをゆだねようとした。が、自然と両手が伸びる。スライムの体に触れた瞬間、アルケミアの力が発動し、両手の甲が輝く。スライムの体が、瞬時に気化して、蒸気に代わる。網に開いた穴が瞬く間に広がっていく。そしてタロウは、スライムのコアをキャッチした。ボーリングの球くらい大きくて、硬い球体だった。弾力もある。頭に直撃すれば、間違いなく、致命傷になる。
(やっぱり、スライムも強くなっているんだな)
地面にたたきつけてみた。しかし、球体は割れることなく、そのまま逃げるように、転がった。
「いいの? 逃がして」
「ああ」
それからタロウは、モンスターと頻繁に遭遇するようになった。マックスのうなり声が敵の襲来を知らせるし、神経系が強化されたタロウも殺気を感じるようになっていた。
マックスと同じ、目元に傷のあるクマが現れた。角が光るシカもいた。軍隊めいた統率のとれたコウモリの群れもいれば、スライムもまた現れたし、前歯が鋭利なウサギなんかもいた。勢いで殺した相手もいるが、一部だけ破壊して逃げていった相手もいる。共通して言えることは、それらのモンスターでは、今のタロウの足元にも及ばないということだ。
(はぁ……。強すぎるだろ、俺)
逃げていくウサギの背中を見ながら、タロウは呆れた。
(ってか、急にモンスターが現れるようになったな)
アキトたちがいたときは、全く気配が無かったのに。
それに、気になることがもう一つあった。モンスターは、ヒューを狙わなかった。たいてい、マックスかタロウに敵意を向ける。そして、一番弱そうなタロウに攻撃をしかけてくる。
(モンスターは子供を襲わない紳士なのか?)
ヒューが襲われないことは良いことだとは思うが、それなら、最初から逃げてほしいと思った。
タロウが考えていると、ヒューが神妙な顔で言った。
「ねぇ、タロウ。さっきから現れるモンスター、少し変じゃない」
「ん? ヒューもそう思うのか?」
「うん。なんていうか、洞窟にいるようなモンスターじゃないと思うんだ」
「……なるほど。そういうことね」
その視点は無かった。言われてみたら、変な感じはする。出現するモンスターは森の仲間たちといった感じ。洞窟にいてもおかしくないのは、スライムとコウモリくらいか。とはいえ、ダンジョンにそれほど詳しくないので、これが当たり前なのかもしれないが。
「もしかしたら、森とかに通じているのかもね、この洞窟」
「それはあるかも。ってか、よく、そんなことに気づいたな」
「うん。まぁ、アキトやジンの知識のおかげかな」
「……へぇ」
「もしかしたら、森が近いかも。行こう!」
「ああ」
歩き出したヒューについていく。タロウはその背中を眺めながら、ヒューの存在を改めて疑問に思った。彼はいったい何者なのだろう。自分で生み出したものの、彼の存在についてよくわからない。
(子供ってこんな感じなのかな)
自分とは一生無縁な感覚だと思っていたから、奇妙に感じた。
しばらく歩いて、マックスが立ち止った。牙をむき出しにして、うなり声をあげる。マックスが警戒していた。タロウも先の方から禍々しいオーラを感じ、冷や汗が流れる。目の前に敵がいるわけではないが、その道の先に、何かヤバいものがいることを察した。
ヒューだけが、不思議そうに振り返る。
「どうしたの?」
「ヒューは何も感じないのか?」
「感じる? よくわかんないけど、何かある気はする」
ヒューは恐れているように見えなかった。不吉な気配を感じていないらしい。
(思い過ごしか?)
しかし、マックスも恐れていることから、自分の気のせいではない気がした。面倒なにおいがするので、正直、行きたくはない。洞窟の構造的に、分かれ道がいくつもあったから、他の道を使うという選択肢も考えられる。
(でも、待てよ)
危険な場所ということは、死ぬ確率が高いということ。つまり、死ねる可能性も高くなることを意味する。そう考えると、行く価値がある場所に思えた。
「……行ってみるか」
タロウは、ヒューの背中を叩いて歩き出した。ヒューは頷き、タロウの後に続く。マックスだけは、警戒したまま動けずにいた。
「タロウ! マックスはどうする?」
「放っておけ。べつについてくる必要はないよ」
「……わかった」
タロウとヒューはマックスをその場において、先に進もうとした。しかし、一人にされるのは嫌なのか、マックスは警戒心を露わにしながらもついてきた。ヒューは嬉しそうにマックスの額を撫でた。
「ありがとう、マックス!」
「そのクマのこと、気に入っているのか?」
「うん! だって、マックスは、僕の弟なんだよ? むしろ、タロウは愛着とかないの? タロウは、僕とマックスの父親じゃん!」
「……とくには」
「そうなんだ。それは何か、ちょっと寂しいね」
タロウはため息つきそうになった。本音を言えば、ヒューもマックスも、生み出したくて、生み出したわけではない。だから、愛着を持つ方が難しい。むしろ、彼らを疎ましくさえ思う。もちろん、面と向かって、そんなことを言えるわけはないが。
(こんな風に思っちゃダメなんだよな、きっと)
普通の人間ならば、彼らに対し、深い愛情を抱くのだろう。そんな当たり前ができない自分に呆れが止まらない。
開けた場所に出た。洞窟内にあるとは思えない、石畳で整備された広い部屋だった。タロウは中央にあるものを見て、息をのむ。人の形をしたモンスターが立っていた。白くて筋肉質な肉体。顔に目はなく、口は紅を塗っているかのように真っ赤で、耳まで裂けるほど大きい。異形のオーラを放つそのモンスターは、天井から差し込む月明かりを見上げていた。
そのモンスターが、今まで遭遇したどの敵よりも強いことは、まとう雰囲気からわかる。
(思った以上に関わっちゃいけないやつだな、これは)
タロウは背筋が寒くなったが、ヒューを見て、眉を顰める。ヒューは平然としていたからだ。
「なぁ、ヒュー。ヒューは、あれを見て、何か思わないのか?」
「なんだか、懐かしい感じがする」
「懐かしい?」
やはり、2人の感じ方に差異がある。タロウは戸惑った。
そのとき、2人の間を抜け、マックスがモンスターに歩み寄った。
「マックス!」
ヒューの声にも反応することなく、マックスは進む。そしてマックスは、モンスターの前でお座りした。モンスターが動き出し、マックスの額を優しくなでる。ペットを愛でる主人のように見えた。
微笑ましい光景だった。が、次の瞬間、モンスターはニヤリと口角を上げ、マックスの顔を握りつぶした。