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真実の愛からの婚約破棄の行方〜親は黙って見ていません〜

作者: 如月霞

キーワードと分類がいまひとつしっくり来ていません。もしお勧めがありましてお手間でなければお知らせ下されば幸いです。2021.01.21、何となく着地したかもです。

 トランスバース皇国の大広間では皇王の側妃が皇子を出産したという慶事を祝うパーティーが開かれていた。煌めくシャンデリア、笑いさざめく貴族達、招待された帝都高等特別学園の生徒達のうち下位貴族や特待生の平民の学生は、余程の事が無い限り縁の無い皇家主催のパーティーに参加出来た事を喜んでいる。


「おめでたいこの場を借りて、私から皇太后陛下、皇帝陛下、皇后陛下に、私、第二皇子ケラヴノス・ラエド・トランバースよりお願いがございます。許嫁である公爵令嬢、ネージュ・シュネー・ブリズとの婚約を破棄し、聖なる乙女に選ばれたセレーノ・ハイテルスと新たに婚約を結びたく、また、その理由として、ネージュ嬢によるセレーノ嬢に行われた卑劣な行為をこの場所をお借りして(つまび)らかにしたいと思います」

「ほう」


 特別席に座った皇太后の扇で隠された口から声が漏れ、ケラヴノス、ネージュ、セレーノに眇めた視線を変わるがわる投げかける。そんな皇太后に皇帝が目を向けると、皇太后が頷き、その隣に座って相手をしていた皇后が席を立って広間を出て行く。

 皇帝の両脇に座る第一皇子シュートスと側妃は一度席を立ち、皇后を見送ったのち首を傾げてケラヴノスに視線を向けた。


「母上!」

「良いのだ、皇后には私が頼み事をしたからな。話をせよ」

「お祖母様、では申し上げます。セレーノ嬢は聖なる光と星の魔法に目覚めた聖なる乙女です。これは大聖堂でも認められた力です」


 ふむ、と頷き、閉じた扇を振って話の続きを促す皇太后。それまでケラヴノスの側近達に守られる様に囲まれていたセレーノがとてとてと変な足音を立ててケラヴノスの腕にひしっとしがみついた。そんなセレーノの髪を微笑みながら撫でるケラヴノス。二人に学園の生徒達の呆れた視線が向けられる。貴族令息令嬢達はネージュに対して失礼だと思い、特待生からすれば平民ならこの距離が普通と言うセレーノのせいで、自分達が(平民は)常識知らずと思われるなどあって欲しくないと思っている。

 例外はケラヴノスの側近でセレーノを囲んでいた、皇国軍将軍の息子で騎士見習いのレーゲン、侯爵で魔法省長官の息子アヴェルス、辺境伯の息子ナンビュスのみだ。この事態に関わるケラヴノス達6人は全員17歳で特別学園の同学年に在籍している。


「セレーノ嬢は明るく清廉潔白、平等を掲げる学園の中で、貴族と平民の橋渡しをし、聖なる乙女でありながら決して驕らず、常に皇国の正しい在り方を考えて私に提案してくれています」


 いや、国の在り方を考え、舵取りをするのは皇帝と宰相と将軍達と大臣達だろ。もしここに人の気持ちが読める者がいれば、みんなの感想がほぼ同じだと感じたに違いない。


「そんな素晴らしいセレーノに危害を加えるネージュを赦す事は出来ません。こちらに、告発文を用意致しました。提出に先立って私から内容を上げさせていただきます」

「王太后陛下、皇帝陛下、私は」

「ネージュ、先ずは全部聞いてからにしよう」


 王太后に発言を止められたネージュは、ぐっと唇を噛み締めたが、王太后が小さく頷き扇が小さくパチリと鳴らす音を聞いて、表情を緩めた。


「ネージュは貴族のマナーを理由にセレーノの行動に文句を言い続け、学園の雰囲気を壊した」


 いや、貴族とか平民と関係無く、人としてのマナーってあるよね?と呟く数人。


「平民の生活に理解を示さず、貴族のマナーを押し付けた」


 いやだから、特待生って事は、将来貴族と一緒に仕事をするよね。ましてセレーノは大聖堂に認められた聖なる乙女だから、むしろ足音を立てて走ったり、大口を開けて大声で笑ったり、上階の窓から身を乗り出して校庭の皇子達に手を振りまくったり、カトラリーの音高く食事したりしたらダメだよね?と呟く数人。


「己の学力をひけらかし、セレーノの理解出来ない勉強を押し付けた」


 それ、必要な知識だよね。セレーノは聖なる乙女枠で入学したから、特待生と違って学力が格段に低いから、子供向けの本や参考書を親切に進めてただけだよね?と…。


「セレーノに掃除の汚水を掛け、制服や文房具を破損した」


 初めて聞く話に、生徒達がざわつくが、王太后の視線で静かになる。


「私がセレーノに好意を寄せた事に嫉妬して、学園の噴水に突き飛ばした」


 静かに顔を見合わせる招待客達。


「セレーノに匿名で毒入りのチョコレートや紅茶を贈った」


 証拠があれば良いが匿名とだけ言われても…。


「何処ともなく四大極大魔法で次々と襲われた。これは各得意分野の生徒を買収したに違いない。偶然私達がそばに居たからアヴェルスが防御魔法を展開させる事が出来たが、直撃したら死んでいたぞ。これは、セレーノだけでなく、私達にも危険が及んでいた!」


 お前は何もしてないんかい、という空気が流れる。アヴェルスのドヤ顔がウザイ。


「そして遂に学園の正面大階段からセレーノを突き落とした!これにははっきりとした証人がいる。私も一階からであるが、レーゲン達と犯行を目撃した!」

「してその証人とは?」

「魔法科の生徒、ブルイヤールです」


 名を呼ばれたブルイヤールが前に出て来て、皇太后と皇帝に対して臣下の礼をとる。


「偶然階段の下に居合わせたブルイヤールが、落ちる寸前に風魔法を使って助けたのです」

「ふん、それだけか?」

「お祖母様、いえ、皇太后陛下、同じ生徒であるセレーノを殺そうとしたネージュに罰をお与え下さい。そしてこの様な残虐な者が皇家に嫁すなどあってはいけません!私とネージュの婚約破棄を、そしてそんな残虐なネージュすらも命は取らないと助命嘆願する優しき聖なる乙女、私と真実の愛を育んだセレーノとの婚約をお認め下さい」

「あの、私、ネージュ様がケラヴノス様を大切に想う気持ちは分かりますので、そんな酷い罰は…」

「誰がお前に話して良いと言ったのだ?」


 ばちん、と扇を掌に当ててセレーノの言葉を止める皇太后。ピリッとした空気が大広間に広がる。


「では私の見解を話そう。その前に」


 皇太后は皇帝の隣に座り、孫を抱き抱えた側妃に視線を向けた。


「エクリュヌは下がれ。可愛い孫にこの様な話は聞かせたくないからな。今日は、孫の生誕を祝う宴だ。つまらぬ話を主役に聞かせたくは無い」


 ふわりと微笑む皇太后に、側妃エクリュヌは嬰児を抱きながら簡易的ながら美しい挨拶を行い、侍従に連れられて退出した。


「陛下、皇家の正妃に一番必要な資格、今回は孫であるから皇子妃となるが、それを説明してくれぬか」

「畏まりました、母上。良いか、ケラヴノス、正妃は支障が無い限り全ての公務を行わねばならない。その為には色々な能力が必要だが、一番大切なのは、自分で自分の身を守れる事だ」

「お祖母様にもお母様にも護衛騎士がいるではありませんか!」

「そうだな。しかしな、最後の最後、自分を守れるのは自分だけだ。社交が苦手なら側妃と力を合わせれば良い、語学に問題があるなら通訳を介せば良い、病気等で動けないのなら代理を出せば良い、だがな、襲撃に会った時最低限自分を守る時間を稼げないのなら正妃にはなれぬ。良いか、今ここに複数の暗殺者が現れたとしよう。母上、私、ブルイヤール、ケラヴノスが襲われたら近衛騎士はどうする?」

「父上とお祖母様をお守りします」

「うむ、一度に守れない場合優先順位があるな。私、ブルイヤール、ケラヴノス、母上だ。今は席を立っておるが、その後に皇后、それから側妃となる。正妃は公務などで表に出る事が多く、狙われやすく、優先順位は然程高くない。皇族が複数で行事を行なっている場合、危険度が上がれば正妃の護衛騎士は優先順位の高い方に行ってしまうのだ」


 戸惑うケラヴノスにぎゅっとしがみつくセレーノ。その姿に皇太后はふっと笑いを漏らして口を開いた。


「たかだか階段から落とされた程度、自分でなんとか出来ずにどうするのだ?ネージュならどうする?」

「はい皇太后様。私は風魔法は使えませんので、氷魔法で体を固定致します。少々怪我をしますが、落ちていく事は止められます」

「そうだな。私や皇后なら防御壁を展開して受け止めるだろう」

「お祖母様、セレーノはまだその様な魔法の使い方を知りません。後々覚えれば…」

「ふん!少なくとも今は聖なる乙女は手持ちの魔法で応用出来ぬのだろう?ならば、皇子妃として婚約出来ぬ」

「私、殿下の為に頑…」

「黙れ、先程も言ったであろう?其方に発言を許しておらぬと。さて、ここまでは良いな。では先程の訴えについて幾つか質問するから余計な言葉を挟まず、返答だけせよ。先ずはケラヴノス、告発文には全て証拠がついておるか?」

「破損した制服や文具、毒入りの食品があります」

「噴水の証人は?」

「おりませんが、濡れたセレーノの体の痣を校医が確認しております」

「噴水に落ちる事自体、正妃の資格が無いのだが、それは置いておくとして、ネージュが突き飛ばしたと証言するのは、その娘のみという事だな」

「私はネー…」

「何度言えば分かるのだ?聞かれない限り其方に発言権は無い。最低限の礼儀も理解せぬ、私に何度注意されても口を開く。全く呆れたものだ。が、今は不問としよう。ケラヴノス、其方の大切な者ならきちんと止めよ」

「はい。セレーノ、少し黙っていてくれ。お祖母様は公平な方だから、纏めて話を聞いて下さる」

「でも」

「良いから、僕の願いを聞いてくれ。君の為でもあるんだ」


 頬をぷっと膨らませて、上目遣いをしたセレーノはこくりと頷き、甘ったるい微笑みを浮かべて抱きしめる、あとちょっとで接触事故状態のケラヴノスの行動について、心の中で突っ込むのも面倒になった皆に無視されている。本人達は誰もが羨む真実の愛に酔いしれている様だが。


「魔法による襲撃の目撃者は?」

「居りませんが極大魔法を使える者は少ないので、犯人と黒幕であるネージュの特定は簡単であるかと」

「であれば、汚損破損品については品はあっても目撃証人は居らず、噴水については自己申告のみ。ここまではその娘の自作自演の可能性があるな。魔法で襲撃された件についてはその場に居たのに、当事者以外の証言者も居らず、犯人も捕らえられず、証拠品も無いとは、情けないのう」


 声を上げようとしたセレーノの口を軽く押さえ、自分も言葉を飲み込むケラヴノス。


「さて、最後に階段の話だが、こちらでも証人を用意しておる。皆の者、騒ぐ事無く最後まで話を聞く様に」


 皇太后の言葉の後、皇族専用の出入り口から一人の令嬢が現れた。


「ネージュ…?」


 二人のネージュ・シュネー・ブリズに驚愕の表情となる一同だが、皇族はケラヴノス以外落ち着いている。一人は先程からケラヴノスの近くに、そして入室して来た一人が王座の近くに立ち止まる。皇太后に促され、皇帝が新たに現れたネージュを皇太后の隣、皇后の席に座らせてからぐるりと一同を見回して口を開いた。


「学生の内に様々な経験や人付き合いが出来る学園という場所では、それまで周囲に無かった考え方や人との接し方を受ける。また、人として成長する為にも、学生による自治が認められ、自由度も高い。そこで出会った今までに無い考え方を持った異性に惹かれる事もままある事だ。それ故、婚約者がいる者が、己の気持ちを優先させたり、婚約という制度を正しく理解していない者がトラブルを起こす事がある」

「父上、そんな事より何故ネージュが…」

「焦るな、順番に説明する。婚約者より好ましい者が出来る事自体は悪くないし、お互いを想い合う同士がより良い未来を作り出す事が出来る事も多いだろう。だがな、大概の婚約は家と家の結び付きで、それには両家にとって利益となる理由があるのだから、本人達が勝手に破棄や解消などを決定出来ぬ。解消したいならそれを定めた当主なり、親なりに相談すべきで、この様な所で、しかも弟の誕生祝いの場を乗っ取る様に発表する事では無い」

「それは、謝罪致します。しかし、学園で行われた卑劣で残虐な行為を皆に知らせる為には…」

「皆に知らせる必要が何故あると思った?」

「は?」

「ブリズ嬢が実際に学園の風紀を乱した者だとして、何故この場で知らせる必要があるのだ?告発文と証拠を私に提出すれば、司法院に話を通し、そこから学園に問い合わせ、更なる調査が行われ、ブリズ公爵にもきちんと話を通す。これが正しい筋道だ。皇家の者であれば、皇国のルールを率先して守らねばならぬ。今回の様な真似をしたのは、正妃としての能力も資格も足りぬその娘を、勢いだけで認めさせたいと思う打算があったのでは無いか?」

「違います、ネージュの罪が揉み消されない様にと思い」

「高位貴族であればこそ、潔白であればそれを証明する為に司法院で大々的に公示して結果を求めるものだ。ケラヴノスはその上、皇家の者である。司法院を通さぬとは愚かとしか言いようが無い」


 言葉に詰まったケラヴノスを力付ける様に、高速瞬きをしながらぎゅむぎゅむと体を押し付けて顔を覗き込むセレーノ。ケラヴノスはちょっと回復した。


「そして、皆が気になっている二人のブリズ嬢の事を説明しよう。聖なる乙女を階段から落としたのは、ブリズ嬢では無い。皇后だ」


 皇帝の言葉に、皇太后の隣に座っていたネージュが立ち上がり、微笑むと次の瞬間、先程退出した皇后の姿になった。


「なっ⁉︎母上?」

「ケラヴノスに聖なる乙女とされた女生徒が付き纏い、その後、二人の仲が進展していると聞いて、乙女の為人を調べさせて頂きましたわ。ネージュには冤罪が掛けられる可能性を話し、皇子の婚約者として堂々としている様にとだけ説明しましたの。ネージュ、その時私に言った事をケラヴノスに聞かせてやって」


 皇后の言葉に、ネージュは胸に手を当てて周囲を見回してから口を開いた。


「私はブリス家がケラヴノス殿下の後ろ盾になる為の婚約者でございます。ですので、殿下とハイテルス嬢が愛し合っておられるのなら側妃や寵妃としてお迎えするのに抵抗は一切ございません。但し、今のままでは少々知識とマナーに不安な所がございますので、そちらを提言させて戴きますと申しました」

「そうね。そしてネージュは乙女に参考書を渡そうとしたり、マナーを注意したの。乙女は相手にしなかった様だけれど。その後、ケラヴノスが本気で乙女を正妃にすると言い出したので、それなら最低限自分の身を守れるか試す為に私がネージュの姿を借りて階段から突き落としたのよ」

「危ないではありませんか!それに、何故ネージュの姿で落とす必要が⁉︎」


 皇后は口元に扇をあて、眉間に皺を寄せる。その余りに強い悲しみの表情に、皇太后がそっと背中を撫で、貴族の夫人達も心を痛める。


「私が息子の育て方を間違えてしまった事を、皇太后陛下と皇帝陛下にお詫びします」

「皇后よ、気にしなくて良い。若さ故の過ちは過去にもあった。だから我々がこの様な方法を取るのだから」

「ケラヴノスよ、母を悲しませるとは親不孝者め。少しは考える事をしないのか?さっきから言っているであろう。人を訴えるのであれば、証拠、証人、調べられる事を全て調べ、正しい手続きで糾弾せよ、とな。皇后が姿変えの魔法でネージュの振りをしたのは階段の時のみ。念の為、大きな怪我をせぬ様、その場に偶然を装ってブルイヤールが通りすがる様に手配したのも皇后だ」

「あんなにあっさり落ちるとは思いませんでしたわ。全く反応出来ない乙女は正妃として認められませんわ」

「卑怯です!私と殿下は真実の愛で結ばれているんです!何でこんな試すみたいな事をするんですか⁉︎私が平民だからですか⁉︎」

「ネージュは何度も襲撃されていますよ?」

「「へ?」」


 ケラヴノスとセレーノがポカンと口を開けた。


「婚約者になってから、少しずつ難易度を上げて襲撃しています。大階段については初日に同級生の姿を借りて突き落としました。先程の母后陛下への返答は実際に行った事だわ。それだけでなく、ネージュは襲撃や何か問題が起きる度、報告書を公爵経由で私に提出しています。ですので、階段から落とされた時、姿を借りた同級生は教室に他の生徒と居た事も複数の証言と共に纏めてあり、正妃としての教育であれば構わないがそうでなければ調べて欲しいとの記載もありました」

「ケラヴノスは純粋で素直であるが、単純で感情的だ。少し調べれば分かった筈だぞ。乙女に起きた問題について、色々と報告が上がって来ている。それも含めて正妃としての素養があるのか試したのだが、残念な結果であった。ケラヴノスの対応もだ」


 皇太后が立ち上がると会場が光に包まれた。皇家皇太后の伝わる情報封鎖の魔法により、この婚約破棄騒ぎを知る者はどの様な形であっても外部に伝える事は不可能となる。そして近衛騎士団が高速で二人を拘束、口を封じて退出させた。


 学園や留学やお忍びで生まれる皇子や皇女の真実の愛は、その愛を貫く為に努力し結果を出せる者のみ、正妃、正皇配の道が開ける。逆に言えば、幼き頃に決められた婚約者でも、真実の愛の対象者に能力が劣るのであれば皇家からの補償を受け取り婚約解消するか、側妃となる。皇家は皇国の民の税金で生かされ、貴族を束ね、皇国の安寧を守る者達なのだから、それに応えられる者でなければならないのだ。

 また、これは皇家の者にも適用される。新たな縁を結びたければ『愛』を主な理由にするのでは無く、正しく状況を把握し、婚約者と比べた時どこが勝りどこが劣っているのか、劣っている所をどう補うのかを明確にして、陛下に願い出ねばならない。婚約は家と家の結びつきなのだから、当然婚約者の家にも話を通し、関係者が集まってやっと婚約白紙撤回の話し合いとなるのだ。


 その為、ルール無視の真実の愛が爆誕した時、皇后が直接試練を与える。そして今回の様に資質が無ければ、その相手を選んだ子供に罰を与え、結果によっては我が子の皇籍離脱の覚悟も必要となり、皇后にとって、我が子が正しき道を選ぶ様にと願う最後の確認にもなるのだ。

 そして、皇家の醜聞である、真実の愛による公開婚約破棄が行われた場合、責任を持って皇太后が情報を封鎖、外部には別の理由をつけて処理される。この時、皇太后が居合わせなかった場合、皇家影の護衛達による即時現場封鎖、関係者を逃さない等の大事になるが、過去の公開婚約破棄事件は影の護衛からの的確な報告で、皇太后が参加するパーティーに誘導する事が出来ている。


 結局、単純で感情的で物事の表面で判断し、真実の愛に惑わされたケラヴノスは学園卒業後皇籍から分籍し一代限りの騎士爵を授けられ、愛するセレーノの大神殿の警護に着任した。

 が、皇子妃を夢見ていたセレーナは大神殿を出奔、レーゲン、アヴェルス、ナンビュスを頼ろうとしたが、レーゲンは皇国軍に所属し王都を離れて訓練の日々、アヴェルスは新しい魔法研究の機密保持の為魔法省で出入り禁止の面会謝絶、ナンビュスは領地の辺境軍でモンスター退治という状況だったので、無駄にフラフラしたのち大神殿に帰還した。当然、出奔したペナルティが課され、聖なる乙女として魔法を行使する以外には自由時間で外出も自由、専属の侍女が数人ついていたが、侍女は居なくなり炊事洗濯等の下働きもする事になった。


 真実の愛を貫くと思われた二人の間には喧嘩が絶えず、その後ケラヴノスは異動願いを出して皇国軍に参加した。


ーーーーーー


「本日は私の訪問願いを受け入れて下さりありがとうございます」

「お祖母様、お義母様、御壮健で何よりです」


 皇宮の奥、皇太后宮のコンサバトリーでテーブルを囲みアフタヌーンティーを楽しむ、皇太后、皇后、ネージュ、新たにネージュと婚約を結んだ王弟の長男ベデクトの姿があった。


「ベデクトは私の孫であるからな、これからも気軽に遊びに来て欲しい」

「私も、幼き頃からの義母です。側妃とは親友でしたし、ベデクトはシュートスと双子だと思ってますのよ。ですからネージュが娘になるのを楽しみにしていますの。ベデクトがブリズ公爵家に婿に入っても、皇家との縁が切れる訳ではありませんからね」


 ベデクトの母である側妃は彼が幼い頃に儚くなっている為、ケラヴノスより3歳年上のシュートスと同じ歳という縁もあり皇后に引き取られ、現在皇太子であるシュートスの側近として公私共に仲良く信頼を受けて支えている。

 そんな和やかな時間が流れ、ふと会話が途切れた瞬間に、ネージュが眉を顰め何とも言えない表情を浮かべつつ一通の手紙をテーブルの上に置いた。


「本日お伺いしたのはこの様な手紙を彼の方から頂いておりまして、こちら一昨日届きました五通目です。宜しければ皇太后陛下」

「お祖母様と呼んでくれると嬉しい。皇后も義母と呼ばれるのを楽しみにしておるからな。私の年齢なら、婚姻前でも可愛がっている子にお祖母様と呼ばれたいものだからな。さて、では拝見しよう」



◇愛する我が慈愛と美の女神 ネージュ◇


 便箋を見やすい様に皇太后が皇后との間に広げた次の瞬間、ネージュと同じ何とも言えない表情になった。ベネクトはガラス越しに見える薔薇園の方向に体を向けている為、女性陣からは背中しか見えないが小刻みにぷるぷると動いている。


◇愛する我が慈愛と美の女神 ネージュ◇◆◆◆


こうして辺境の風に吹かれていると、君の美しい歌声が何処からか流れ、瞼の裏に愛する君の幻が見え隠れする。

僕と君は遠回りしてしまったね。そう、僕らは魅惑のラビリンスに囚われて、お互いの真実の姿が見えなかったのだ。

心の底から僕を愛してくれた、僕のカナリア、僕の月、僕の慈愛、僕の流星、僕の真心、僕の太陽、僕のネージュ。

僕は悪い魔女の邪眼に囚われていた。魔女の邪眼の暗黒の光で真実の君の姿を歪められてしまっていた。

魔女は人を惑わし、誤らせる。それは、人には抗えない強力な力だ。これを打ち破るには強力な愛が必要だったのだ。

僕は魔女の虜になり、君という勇者を待っていた。けれど、あの時の君にはその力が足りて無かったのだ。

だが僕はあの時の君を、君のその輝く瞳に宿る愛の煌めきを知っているから許す事が出来る。

君の大いなる愛の(かいな)に抱かれ、君の熱い愛の言葉を、吐息を耳に注がれるのを、仮初の鳥籠で待つ事が出来る。

君の純粋な愛に応えられるのは僕しかいない。ああ、麗しき我が半身よ。もう躊躇わなくていい。

僕の両腕は君を抱きしめる時を、僕の双眸は君の瞳を捕らえる時を、僕の唇は君に愛を囁く時を待っているのだから。


僕も君も暗く辛く寒く悲しいラビリンスを彷徨い、そしてもう出口の直ぐ側にいるのだから。

君には出口が見ないのか?そうだね、君は、僕という半身に手を取られて初めて出口に辿り着けるのだから。

恐れなくて良い、怖がらなくて良い、僕の手は君を誘う為にある。

君がほんの少し勇気を出せば、僕らは永遠の幸せを手に入れられるだろう。

君が笑顔になれば、君の周りは僕らを祝福してくれるだろう


さあ、僕の手をとって、楽園の扉を開こう。僕と君の二人の愛を阻む者はいないのだから。


◇ネージュの愛の虜ネージュの半身ネージュの愛 ケラヴノス◇


僕らには無限の愛があるけれど、その愛をより深くする為に、君にお願いがある。

ブリス領の中から小さくても良いから豊かな領地と僕らの子供達が悠々と暮らせる大きな屋敷を用意して欲しい。

呪われていた僕は体を壊してしまった。でも君の愛がたっぷり詰まった食事があれば直ぐに元気になれる。

栄養たっぷりで美味しい食事を取れる様にして欲しい。やつれた身体を休める豪華なベッドは必須だ。

僕らの愛を邪魔しない様、使用人は最低限で構わないが、些事は全て任せられる有能な者を複数用意して欲しい。

田舎も良いが、偶には都会に出て、君と僕を美しく着飾ろう。乗り心地の良いコーチが良いだろう。

愛を探し彷徨った僕は痩せてしまった。新しい服が欲しいので僕を優しく包む最高級の生地と仕立て屋を用意して欲しい。

公爵令嬢の君に貧乏はさせられない。君名義の財産を動かせる様にしておいてくれ。そうすれば僕も直ぐ君への贈り物を選べる。


◇僕らの新たなる愛と幸せに満ちた生活を、君の迎えを待っている◇◆◆



「お、お義母様、わ、私は、息子の育て方を」

「皇后、いや、我が可愛い娘よ、孫がこうなってしまったのは、娘のせいでは無い。周囲の環境、乳母、家庭教師、学園での付き合い、その他様々な要因があり、そして、孫の元々の心構えが皇室に向いてなかったのであろう」

「お祖母様、お義母様、学園では庶民向けの乙女恋愛小説という物が一部で流行っておりまして、彼の方は、乙女経由でそれを見た可能性があります」

「ベネクト、そうなのか?」

「お、お祖母様、くっ、私も流行り物という事でシュートス殿下と目を通しましたが、くくっ、義弟は元々リリック(抒情詩)の才能があったのでは無いかと」

「そ、そうであったか。彼の者も、この様な文章を書ける程元気そうで良かった。籍は離れたが可愛い孫だからな」


 三人は味わい深い表情で、一人は笑いを堪えながら、暫くお互いの顔色を伺っていたが、笑いが止まったベネクトが、ネージュとどれだけ仲良くしているのか、ネージュの学園卒業後の結婚式の計画書をテーブルに広げたので、明るく笑いさざめくアフタヌーンティーが再開された。

 因みに、手紙の内容は無かった事にされたが、可愛い婚約者の心を不安にさせる電波文章をこれ以上送られては気分が悪いとベネクトが皇太后に相談して、送り主の住んでいる街の複数の掲示板に、宛先と差出人双方の名を伏せて複写を貼り出したところ送られて来なくなった。

 ただ、面白がった地方新聞や乙女恋愛小説が、差出人のリリカル大先生を探したり、記事や本に引用されたので、皇国内に一部のコアなファンが出たとか出ないとか……。


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本編に入れられなかった設定(魔道具)


◆皇帝の指輪◆

魅了、魅惑、その他精神異常を起こす魔法、能力、視線、魔道具等の効果を防ぎ、精神を安定させる効果を持つ。

嘗、皇国に伝説の傾城と呼ばれる娘が現れ、それはもう大変な限界ギリギリ状態になった際に作られた、皇家と魔術師達の技術と叡智と努力と反省から生まれた逸品。


◆皇太后の指輪◆

外部に漏れてはいけない内容について全ての形で封じる魔法を展開する。母は死ぬまで子や孫を心配し、その後始末をしてしまうものなのかも知れない。やらかした事で朝廷や国が揺るが無い様に、それはもう皇家と魔術師達の(以下同文)。

誤った使い方をしようとしても魔法は展開されない。また、頭を締め付けられ、何も考えられない様な激痛に襲われる。

皇太后が空位の場合、皇后、若しくは皇兄弟姉妹、皇帝が使用可能。


◆皇后の指輪◆

姿と声を変える魔法が使用可能。見た目が変わるだけなので能力は変化しない。皇后の演技力も試される。母は子供を心配し(以下同文)。

誤った使い方(以下同文)。

皇后が空位の場合、皇太后、若しくは皇兄弟姉妹、皇帝が使用可能。


 過去には、戦乱で皇帝と皇弟の二人とその子供のみになり、皇弟が公爵令嬢の姿を借りて甥や息子の真実の愛の相手を崖から突き落とした。この時の皇帝と皇弟は身罷るまで強い絆で結ばれており、事前に女言葉を練習する皇弟の姿に家臣達は涙を禁じ得なかった。

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― 新着の感想 ―
面白かったです! ただ、気になる点として、名前の間違いが。 「新たにネージュと婚約を結んだ王弟の長男ベデクト」とありますが、手紙を出した以降、ベネクトになっています。 どちらが正しいのでしょうか。
[気になる点] 皇帝が皇王 皇太后が王太后 になっているミス?が少し気になりました。 お話自体はとても面白かったです!!
[気になる点] VIPの専属護衛が足りない程人材不足で、脳筋な理由で阿呆な慣習を続けるこの国は近い将来滅ぶだろうな。
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