表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/205

99 疾駆

長閑な田園地帯の街道を、数騎の馬が疾走する。


「モルゲンが、落ちた…!」


フリッツからの急報を受けて、私たちは一路、モルゲンへと馬を走らせていた。


「何の前触れもなく、大軍が押し寄せてきたんだ」

フリッツの話を思い出す。


襲撃は夜明け前の刻限だった。突然の来襲に、眠りから覚める前の街はひとたまりもなかったという。


じわりと頭の芯が痺れるような感覚――過去の記憶が、子供の頃に見た悪夢のような光景が脳裡を過る。火に包まれる村、村人を屠る兵士、地を埋める屍……ざわりと体内で湖の魔力が蠢いた。


「サイラス…落ち着いて」

エヴァがそう言って、私の背に触れてくれなかったら、私はまた魔力を暴走させていたのかもしれない。


「そう…急襲してきたのは、ベイリンなんだ…」


そう。

モルゲンを襲ったのはベイリン領軍。


どうして直截な暴挙に及んだのかは、まだわからない。ブルーノ様やお嬢様からの話では、王妃様の怒りを買って、ベイリン領主は失脚し、力を失ったはず…。


なのに、何故?


「南部が蜂起しただろう。王国がそちらにかかりきりな今なら、辺境でドンパチやっても叩かれないと踏んだんだろう」

とは、フリッツの考えだけど。


それもあるし、今王国は、グワルフにも警戒しなきゃならなくなっている。


森で暴れてたトカゲ……もとい火竜(フレイムドラゴン)は、温泉を湧かせた後「我は自由ぞー!!」とか言ってどっかに飛んでったし。

森に転がってる多数のグワルフ兵の死体を見れば、侵攻されかけていたことなど一目瞭然だ。辺境に目を向ける余裕はないだろう。


「男爵様はウィリスに、逃げてきたモルゲン領民は、とりあえずギデオン公の屋敷に避難させた。その後は知らん。すぐに出てきたから」


ダライアスは急襲を受け、すぐさまニミュエへ救援を求める早馬を飛ばしたという。ニミュエ領には、確かまだブルーノ様がいるはずだ。彼は有能だし、帝国に人脈もある。必ずこの窮状を好転させてくれると、信じている。


大丈夫だ。落ち着け。

まだ、希望を失うには早すぎる。


表情を翳らす私をどう捉えたのか、フリッツは申し訳なさそうに眉を下げた。


「すまないな。まだ情報を集めている最中なんだ」


彼の話では、モルゲンを襲った兵は少なく見積もっても数千。彼はそんな途方もない数の敵兵の間をすり抜けてきたのだ。


「君が無事でよかった。フリッツ」


その勇気に感服しこそすれ、責めるなんて有り得ないよ。

何より、君を喪わなくてよかった。

ほんの少し前に、友人を――ロイを喪ったばかりで。胸に冷たい悲しみが横たわっている。

感情の起伏に影響されたのか、体内の魔力が不安定だ。ともすれば暴走しそうで――


ああ、ウィリスは遠い。


まっすぐ帰れる保障もない。恐らく、街道の封鎖くらいしているだろう。迂回を強いられるかもしれない。


「父さん…」

王国も、ベイリンも、私の大切な人を――


胸に在るのは、言いようもない不安と焦燥、近い未来、『戦い』という直接的な手段しか選べない哀しみと己に対する嫌悪だ。



どうかみんな、無事で――


乱れる魔力に目を瞑り、黙して。私はただ馬を急がせた。


◆◆◆


モルゲンを急襲したその日に、かの街は陥落した。ダライアスは取り逃がした。奴はウィリスに、そして領民はギデオン公の屋敷に逃げこんだ。


モルゲンの街を占拠したアーロンがまず行ったのは、街道の封鎖である。


敵が逃げこんだのは街道の終点。糧食を絶たれれば、多くの避難民を抱えた奴らが持ちこたえられるはずもない。予想では、備蓄は保ってせいぜい一週間。ウィリスは勿論、ギデオン公も。


「ギデオン公に使者を。我らが丁重に故郷にお送りすると伝えよ」


メドラウドの貴族は邪魔だ。下手に巻き込めば帝国を敵に回す。

街道封鎖につき物資が来ないことを理由に、穏便に退去願おう。そうすれば、敵の盾は消え失せる。


広げた地図に指を這わせた。

モルゲンとベイリンが合わされば、その領地は北部でも随一の大きさとなる上、帝国に開けた港の存在は大きい――いくら王妃といえども手出しはできまい。下手に攻めれば、帝国を刺激する。王妃が喚こうと、彼女を囲う臣下が黙っていない。東のグワルフと戦争中に、さらに西の帝国と険悪になる愚かな選択はしないはずだ。


それに、こちらには切り札がある。


「皇帝に親書は、届きましたかねぇ…」


『ロザリー』と名乗る奇妙な少年から得たのは、王国の意志に背いて帝国に亡命を図った貴族子息のリストと、ダライアスがそれに関わった証拠の手紙。つまり、ダライアスは王国の意思に反して、亡命の手引きをした――叛逆者。



大義名分は手に入れた。



帝国には、亡命子息の引渡しを求める。帝国にとって、ペレアスは重要な貿易相手だ。亡命貴族子息という反乱分子を匿い続けて、良好な関係に(ひび)を入れる愚は犯さぬだろう。王国には既に、証拠書類の写しと対象貴族の爵位剥奪の請願を送ってある。アーロンとて、王妃派との繋がりを全て失ったわけではない。功績を欲しがっていた盟友の高位貴族は、喜んで情報を受け取った。


「それに…成してしまえば何とでもなりますしねぇ…」


歴史は証明しているではないか。『正義』は常に勝者の手にある、と。


ベイリンは叛逆者たるモルゲン男爵を討伐すべく兵を挙げた。あのメドラウド公爵も、地位も権力も失ったダライアスなど見捨てるだろう。


古参派を討ち、帝国との繋がりも手に入れれば、娘の断罪による失点を取り返して余りある。


「無駄な希望など持たぬよう愚かな者共に教えてやりなさい。我らにつけば、地位も財産も保障すると情報を流せ」

己の前を慌ただしく行き交う部下に命じ、アーロンはうっそりと笑った。


ニミュエとの街道は封鎖し、南のヴィヴィアンにも既に手は打ってある。かの領地には、モルゲンに差し向ける援軍はいない。南部の鎮圧を理由に、アーロンの盟友が圧をかけ、出兵させたからだ。当然、街道にも盟友が目を光らせている。


大軍での総攻撃を前に、ウィリスは為す術もなく落ちるだろう。そう確信できた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ