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92 黒竜

影から出た私の目に映ったのは――


ギラついた目の王子サマが、友を屠るところで。


「いやあぁぁぁぁ!!!」


アナベル様が絶叫の後にパタリと倒れて。


「ハッ…ハハッ…ハハハハッ!!!」


無数の氷の刃を飛ばすイカレた男の哄笑――


理性を保ってなどいられなかった。


「サアラ?!おい…!」


アルの静止は半ばで聞こえなくなった。


身体が軽い。

魔力が漲ってくる。

意識の片隅で、これは異常だと警鐘が鳴るけど…


ハチから飛び降り、地を蹴る。まっすぐ、標的に向かって(はし)れば、風のように景色が流れていく。跳躍し、嗤う男の横顔目がけ、短刀を振り下ろす。


ガキン!


異様な光を宿した瞳が、結界に短刀を突き立てる私を見た。


怖くなどない。それに…


「その程度で…!」


結界に突き立てる刃に魔力を注ぎ込む。ピキピキッと空間に亀裂が入り、私は(ひび)の入った見えない壁を蹴破り、結界内に飛びこんだ。


殺す…!


しかし、振り下ろした短刀は、見る間に氷に覆われる――ライオネルの魔法だ。氷は、短刀だけで無く、私の右手をも侵そうと迫ってくる。


負けない…!私は…!!


左手が疼くような痛みを訴えるが。


「《放電(スパーク)》!」

結界内に、いくつもの雷が這い、火花を散らす。


コロス!!


短刀を覆う氷が砕け散り、真っ黒な稲妻を纏った刃が、吸いこまれるように標的に向かって。


「?!」


あと少し、という時点で強い衝撃に身体ごと真横に吹き飛ばされた。脆くなった結界を突き抜け、地を転がる私の目が捉えたのは、王国兵とは少しデザインの違う鎧を纏った集団――魔術師団。確か、この国の主力部隊だとかいう…


けれど、そんなことはどうでもよかった。


立ちあがった私は、近づいてくる集団をぎっと睨みつけた。


「邪魔するなら、アンタたちも…」


短刀を持ち直し、己の魔力を纏わせた。

相手は数十人。私一人で突っ込んでも不利だね。


恐ろしく冷静な頭脳が、邪魔者を黙らせる算段をたて、素早く魔力を練る。瞼に浮かべた怪物は、不思議と細部までリアルで……

もう左手の痛みは気にならなかった。


◆◆◆


赤々と燃える森を後ろに、黒く巨大な影が頭をもたげた。漆黒の鱗に被われた長い体躯が蜷局(とぐろ)を巻き、冴え冴えとした水色の眼が地に佇む兵を睥睨した。


「なんてものを…」


魔の森に竜はいないって、アイツ言ってなかったか。何だ、アレ。


呆然とするアルフレッドだったが、視界の端にあの幼女を見つけて、駆け寄った。


「サアラは?!サアラはどうなってる?!」


魔獣の檻の前で、魔術師団と竜が魔法の応酬をしている。竜の頭上には、いつの間にできたのか黒雲が渦を巻き、細い雷がチカチカと瞬いている。


「……。」


虚ろな目の幼女が無言で指さしたのは、怪獣映画のワンシーンのようになっている檻の前。


「あそこかよ」


嘆息したアルフレッドは、次に傍らに座りこんでいる黒い馬の魔物――ハチに目をやった。


「乗せてくれるか?」


念のため声をかけたが、案の定威嚇された。鼻息荒く呻り声をあげるハチの前に、アルフレッドはしゃがみこんだ。


「おまえの主を助けたいんだ。おまえなら、影から…下から近づける」


あの修羅場に、並の馬なら怯えて突っ込めないだろう。


「あのままだと、魔力が尽き次第、魔術師団にサアラが捕まる。頼むから…護りたいんだ、彼女を」


振り仰いだ黒竜は、未だ数多の雷を纏っているが。冷静に見ればわかる。黒竜と魔術師団の温度差が。


先程から、魔術師団は小さな斑に別れて、距離を取りながら黒竜を様々な方角から何度も攻撃し、その度に黒竜は大きな攻撃をやり返しているが。戦い慣れた魔術師団は、幻惑や目眩ましを上手く使ってそれらを躱しているのだ。


疲れさせている。


あんなデカい竜だが、操っているのは一人の人間。魔力の消耗を考えれば、あのバカみたいに魔力を纏う竜を長く維持することは不可能だ。


「サアラの魔力が尽きたら危険だ。魔の森の魔力は、無限じゃないんだろう?」


幼女とハチを代わる代わる見て、説得する。


「頼む!俺をあそこに連れて行ってくれ。必ず、アイツを取り戻すと約束する」


言葉を尽くして馬と幼女に頭を下げてしばらく。ヒヒン、と妙に馬らしい鼻息が聞こえて、馬の方が身を起こした。


「連れていくだけだって」

幼女が通訳した。


「ありがとう。感謝する」


表情を和ませたのは一瞬、すぐに鋭い眼差しでアルフレッドはハチに跨がった。


◆◆◆


「ギッ、ギギッギッ」

影に潜ったハチを見送るティナの横に、蛾の従魔が舞い降りた。


「ん。まあ、なるようになるよ」


「ギギッ?」


無表情に答えるティナを、丸顔が不思議そうに見上げる。


「ん…サアラは好きよ?アイツがどうでもいいってこと」


「ギッ」


「気まぐれだよ、そういう気分だったの」


何だかんだ言っておませな従魔だ。ティナは珍しく言い訳をして、黙ってサアラのいる方向を見つめた。


◆◆◆


ハチは約束通り、黒竜の真下まで送ってくれた。頭上を飛び交う攻撃をかいくぐり、アルフレッドは、漆黒の竜の真下にいるであろうサアラを捜した。しかし、見当たらない。


(どこだ…?)


従魔がここだというのだ。間違いなく近くにいるはずだ。 素早く辺りを見回し、飛んできた攻撃を躱して、背が竜にぶつかった。


「ん…?」


奇妙な感覚を覚えたアルフレッドは、もう一度竜の身体に触れ…


「まさか…中か?!」


竜に触れたとき、サアラに触れたときと同じ魔力を微かに感じたのだ。彼女自身の温かな魔力を。なら…


「《聖なる光よ》」


少年の時、腕に刻まれた呪印に魔力を流す。強引だが、竜の『中』にいるサアラに近づくために、()に穴を開ける。


「《闇を照らし、邪を祓いたまえ!》」


淡く白む浄化魔法に照らされた黒い鱗から、靄のように色が抜け落ちたかと思うと、ピリピリと乾いた音を立てて、色の抜けた鱗が砕け散った。


オオオオォォォン


くぐもった咆哮をあげ、巨大な竜がその身を(よじ)る。同時に、いくつもの細い雷が雨のように降り注ぎ、己を傷つけた元凶を叩こうとする。


「サアラ!!俺だ!!」


穴を開けた竜の体内は、新月の夜より暗い闇。まるで見通せない。 


(なんて冷たくて、強い魔力だ…それに、)


はっきりと目視できるほど強力な魔力など初めてだ。

いくつもの真っ黒な細い繊維が束のように結びつき、脈動する――しなやかで強靭な筋繊維がごとく。しかし、その幾千もの黒い糸の中に、微かだが『彼女』の気配が混じる。


(この向こうに…!)


意を決して闇に身を捻じ込み、アルフレッドは強健な黒い魔力に、光魔法を纏わせた腕を差しこんだ。木の根のように硬い感触のそれをかき分け、力づくで前へ進む。頼りなるのは、微かに感じる彼女の柔らかな気配のみ。冷たい闇の中にある、温かな生気――


「サアラ!!」


魔力の樹海へ声を張りあげる。少し、近づいた。


(くそっ…!この魔力は魔の森のか?!)


全身を刺す寒気。アルフレッドの体温を根刮ぎ奪っていくような凶悪な冷たさ。子供の頃に飛びこんだ湖の比じゃない。ここに長く留まるのは危険だ。アルフレッド自身も、サアラも。


「サアラ!!返事しろ!!」


早く、見つけなければ…!進まなければ…!なのに、ここでは方向すらはっきりしない。

ままならない空間に、焦りだけが募っていく。何か…もっと確かな手がかりさえあれば!彼女につけた魔道具も、あまりに強い魔力に吞まれて、本来の機能を果たしていない。


「!」


突如、どおん、と空間が揺れた。遠くに竜の咆哮が聞こえてくる。


(マズい。魔術師団が…!)


竜が、斃される。サアラが!


「サアラ!!」


黒の樹海が、軋むような怪しげな音を立てる。視界を埋める黒の向こうに、一瞬茶色いものが見え隠れした。


「サアラ!!」


必死に樹海をかき分け、前へ身を乗り出し…


「サアラ!いた!」


まるで闇に搦め捕られたような、彼女の茶色い髪を見つけた。堅く彼女を捕らえる魔力を無我夢中で払いのけ、真っ黒な闇に両腕を差しこみ、中の身体を抱えて引き寄せた。(おり)のような闇から掬い上げた彼女の身体は冷たく、青白い顔の瞼は重く落ちて、まるで死人のよう。


彼女を取り戻した直後、また空間が軋むように揺れた。ギシギシと怪しげな音を立てて、強靭だった魔力の束が解けてゆく。


(そうか…本体を失ったから)


竜が消滅する。


「ハチ!ハチ、いるかー!?」


叫べばどこからともなく、黒い馬が現れて、サアラを抱えたアルフレッドの襟首を咥えた。そのまま影に潜ると同時に、地上では竜の残像が消え失せた。


◆◆◆


緩やかに身体が落ちてゆく――


誰かに抱かれているような不思議な浮遊感が身を包む。広がるのは、水底のように静謐な紺青の世界――


ここはどこだろう。


私はどうなったんだろう。


思考はつかみ所の無い靄のようで――


顔の横を小さくて透明な気泡が、一列になって遥か上へと上っていった。



さざ波は流れに揺蕩(たゆた)う水の精霊たち

すべての流れは曲がりくねった小径

水の宮殿へと連れてゆくの

私の宮殿はね

流れに護られ 湖の底深く

火と土と風の大三角

その只中に在るのです



鈴を振るような、知らない声が響いてくる。

なんだかうとうとしてきて、私はまた目を閉じた。

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