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78 商談と諫言

王都のとある料理屋。繁華街にほど近いこの店は、利用客の大半は庶民だ。大勢の客で賑わい、うるさいくらいの店内は、話を盗み聞きされる心配もない。密会にはおあつらえ向きだった。


「ブルーノ殿がこのような界隈に来られるとは、失礼ながら少々意外です」


相変わらず地味な格好をしたネーザルが、きょろきょろと店内を見回す。


「粗野な連中は断る店ゆえ、安心なさるといい」


店内を見渡せば、若い女性の姿もちら見える。

そう言えば先ほど店の前で、ひょろっとした若者が両手に麻袋を抱えた女の子を口説いていた。実はこの店、若いカップルも利用する人気店だったりするのだ。


さすがブルーノ。ナウい店は一通りチェックしている。


「とりあえずエールを」


給仕に酒を頼み、二人はテーブルを囲んだ。


「若者が多いですな」


「意外と料理が美味いんですよ」


ブルーノが言うと、ネーザルは「それは楽しみだ」と顔を綻ばせばせた。



まだ、この男と堂々と会うのは避けている。

完全に味方と判じたわけでもない。ただ、『美姫』の取引を既に始めているため、何の連絡もしないまま、というわけにもいかない。


「ネーザル殿は領地はよろしいのか?」

遠回しに、戻らなくてもいいのかとブルーノは尋ねた。

アーロンの足取りがわからぬ今、ベイリンに近い領地を放置して不安ではないのか。 


「ええ。信頼のおける部下に任せて参りましたし、」

人心地ついたのか、ネーザルはエールを一口飲み、こう答えた。


「アーロン殿は、恐らくエレイン辺りに逗留されておりますから」


常宿があるのですよ、とネーザルは付け加えた。

そんなことは初耳である。アーロンがエレインに…


「付き合いが長かったですから。あの方の行動パターンくらい、予想がつきます」


なるほど。

まだ、ネーザルにちょっかいをかける余裕はないと見たのか。


「ああ、失礼。取引の話でしたな。実は折り入ってお話したいことがありまして」


コトリとエールのジョッキを置いて、ネーザルは真面目な顔をした。


◆◆◆


「織物商人を?」


目を瞬くブルーノに、ネーザルは説明した。


「ええ。アーロン殿からは離れましたが、付き合いのある商人までも切り捨てるのは少々…」


曰く、アーロンはネーザルで加工した『美姫』を帝国の織物商人に卸し、染め上がった布地――主にサテンやベルベットを同じ商人から買い取り、自領の毛織物と合わせて国内で売ってカネに変えていたという。特に件のサテンやベルベットは、王妃をはじめとした有力者に献上もしていたという。


元・政敵から聞くベイリンのお財布事情はブルーノの興味を引くに十分な話題だった。


「なんと…!マダム・ヨランダのドレス地はベイリンから…」


「ええ」


念のため言うが、『美姫』の国内産地はネーザルだけではない。希少だが、王都の近くにも産地はあるのだ。そして当然だが、近隣の産地の方が織物の値も安くなる。遠方から運んでくれば、その分輸送コストが価格に上乗せされるからだ。

しかし、割高でも王都近隣産を差し置いて、オートクチュールの名店がベイリンの織物を買い取るとは…。


「輸送コストを差し引いても帝国の絹は質が良い。ぜひこのツテは手放したくないのです」


ゴクリと唾を呑み込んだ。


算盤を弾かずとも、かの商品が巨利をもたらすことは疑いない。丸ごと手に入れるチャンスが、手の届くところにある。


「その帝国の織物商人と今は?」


危ない橋かもしれない。


だが、相手が帝国人ということが、ブルーノを幾分積極的にした。何せモルゲンは、帝国に開けた湾に港を持っているのだ。


「かの商人はニミュエ領内の港に商館を持っておりまして。今まではそこで商談をしておりました。この時期なら会頭がいるはずです」


「紹介してくれないだろうか。モルゲンは湾に港がある故、ぜひにも」


ブルーノが問うと、「すぐに発てる」とネーザルは答えた。


◆◆◆


「サイラスは、男性です」


寮に帰ってきた俺に、グレンは開口一番こう言った。


「アルフレッド様にとって、()はあくまでも臨時で雇ったペレアス人であって、厳密にはアルフレッド様の部下ではない。私の言葉に間違いはありませんね?」


つらつらと流れるように言い放った部下は、懐から一枚の植物紙を取り出して広げてみせた。


領地の父からの手紙だ。


「ファントゥーシュ伯爵が養女を探している…?」


「伯爵の後ろには皇帝陛下が」


おわかりですね?、とグレンが圧のある眼差しを俺に向けた。


「サアラか…」


「伯爵の養女なら、次期公爵の妻にするのも可能…。ですが、それは皇帝陛下にも当てはまります。陛下はアルフレッド様が飛びつくのを手ぐすね引いて待っておられる。あの方から護りたければ、手放すべきです」


拳を握り締めた。


皇帝が、俺とサアラが古代魔法で蘇生したことを嗅ぎつけた。手の甲の呪印も黒い手袋で隠し、決して口外しなかったはずなのに、だ。


はじめは俺だけがターゲットだった。


宮廷に呼び出されたかと思うと、その時のことを根掘り葉掘り聞かれ、挙げ句縁戚たる俺に刺客を放ってきた。



蘇生した人間は殺したら死ぬのか。ぜひ知りたいものだ。



退屈しのぎに、モノを見るように。


そんな皇帝がサアラにたどり着くのに時間はかからなかった。宮廷に連れてこいと、戯れに言われたことが何度あったか。その都度、とぼけて素知らぬふりをしたものの、こうして貴族の養女の話を持ち出してくるということは、まだ諦めてはいないのだろう。


俺がアイツの手を放せば、皇帝の探索の糸は切れる…


「正式な妻にすることだけが、正解ではありませんよ」


グレンの忠告が、細い矢のように突き刺さる。

確かに、一理あるだろう。でも――何かを必死に抑え込むかのような空色の瞳を想う。


「アル…ダメ、だ」


震える声は確かに拒絶の言葉を紡いだ。普段ポーカーフェイスなアイツにしてはずいぶん下手くそな拒絶を。その裏にある心がわからないほど、馬鹿ではない。それに…


アイツはこのまま埋もれるようなヤツか?


植物紙を開発し、強大な『魔の森』の力を使役する――たった数年で、あの辺鄙な田舎の村を、小規模な街と言えるほどに発展させた。そんなアイツが、このまま『ド庶民』として終わるとはどうしても思えない。


「アイツは…皇帝陛下のことを知らない」


もし近い将来、その残虐性を名君の仮面の下に押し隠し、皇帝がアイツを引き寄せたら…


「グレン。手放すのは、最善の解ではない」


護ると約束した。そのために、強くなると決めたのだから。


◆◆◆


「戻る?貴女はそれでいいのか?」


王都でアルと会った翌日の夕方。男装して学園に戻ってきた私に、グレンさんは目を瞬いた。


「悩むのは性に合わないんで。仕事します」


アルとのいろいろに、良い解答を見つけたわけじゃないけど。でも、このままモルゲン邸に引きこもっていたって時間の無駄だ。せっかく王都に、学園に来たのだから、この機会を有効活用しようと思っただけだよ。ま、男色云々のことがあるから、もうしばらくアルとは距離を置くつもりだけどね。


「なら、」

グレンさんは言いかけ、ふと探るように私を見つめた。


「貴女は…何を望むのか聞いても?」


ぼかした問い方だけど、それがアルとのことだとはすぐにわかった。私は苦笑した。


「私が?田舎の農民風情がお貴族様に物申せると?」


私は庶民。アルは貴族。

庶民の私が、貴族たるアルを愛称で呼んだり、馴れ馴れしくすることなんて普通はできないし、したらいけない。


アルは私の意思を聞いてくれたけど、本来、庶民はお貴族様に望まれれば、一も二もなく従わなきゃいけない。はじめから『私の』望みの余地なんかないんだ、と。私はそらっとぼけた。


「貴女の意思はない、と?」


「仮にあったとして。それを私に言わせますか?」


返した言葉に、グレンさんはややあって「いえ…」と首を振った。


「読めない人ですね…」


「褒め言葉と受け取っておきますよ」


それでその話は終わった。グレンさんからは、アルと接触しない仕事として与えられたのは…


「え?事務仕事?それだけ?」


◆◆◆


仕事が減った分時間ができた私は、学園の図書室で過ごすことに決めた。田舎に本は少ない。だから、読めるだけ読んで知識を蓄えようと考えたのだ。ダライアスが当初命じてきた情報収集の仕事は、ヴィクターで事足りているようだしね。


「魔力増幅の呪印…?あ、コレ雷撃付与の弓のアレと似てる」


気になった情報を片っ端から手持ちの植物紙に写す。


「竜縛りの陣??」


選別の基準としては、ウィリスで役に立つかどうかと……厨二的な興味をそそられるかどうか。異世界のお勉強は楽しい。でも…


閉じこもってるだけじゃ、つまらないよねぇ?




そんなわけで。


「いらっしゃーい!王都名店のクッキーだよー!」


学園で働くメイドさんたちをターゲットに、お店、始めました!


売り文句の通り、王都で庶民に人気の菓子屋から日持ちのするクッキー等を仕入れ、植物紙で可愛くラッピングして販売している。


「あら、かわいいじゃない。これ」


「このクッキーってマダムシュクレの?!」


お昼時になると大盛況だよ。

植物紙は、折り紙の要領で袋にし、持ち歩いて食べるスタイルを提案してみました!うふふ…やっぱお店って楽しいよね!それに、王都の店やメイドさんたちとの何気ない話は貴重な情報源だ。


「ん?!なんかマダムシュクレのクッキー、味が変わってない?」

買ったばかりのクッキーを口にしたメイドさんが呟いた。


「んー?そう?」


「うん。小麦が違うのかしら…」

考えこむメイドさん。


そう言えば、店主のおばさんが小麦の産地が変わったとか言ってたね。味の違いがわかりますか。


「ま、美味しいからいいけどね!」


「私、そんな繊細な味覚してないしぃ」


きゃっきゃと笑いながらメイドさんたちが歩いていく。その背を笑顔で見送りながら、私はダライアスに送る手紙の文面を考えていた。


小麦を外国から買い入れているんだよ、この国。


今のところ、戦争が起こる気配はないけど、用心するに越したことはないよね。

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