69 逃げた先は
時を少し巻き戻す。
夜会で断罪されたマーリン伯爵だが、彼自身はヴァンサンのように、その場で投獄されなかった。むしろ、王妃の側近捕縛の衝撃でマーリン伯爵断罪は忘れ去られ、どさくさに紛れて夜会会場から抜け出すことに成功していた。
その後、彼はどうしたか。
大胆なことに、自ら反王妃派を含む有力貴族に接触して、かの威力増幅魔道具の在処を仄めかし、それを交渉材料に失脚を帳消しにしようと画策したのである。なんともあっぱれな悪人である。
元より、ヴァンサンが開発し量産させた威力増幅魔道具は、有力貴族からの関心が高く、彼らは大量破壊兵器にもなり得るその武器を大層欲しがっていた、という事情がある。
彼らはその有用性が明らかになって以来、度々ヴァンサンに掛け合ってはその最新武器を手に入れようとしたが、王妃の忠犬たるヴァンサンは、国内に火種をもたらす可能性が高いその武器を、どんなに金を積まれても売ることはなかった。
しかし、そのヴァンサンは今や罪人で。
魔道具倉庫の番人は消えてしまった。そこにいち早くつけ込んだのが、追いつめられたマーリン伯爵だったわけだ。
サイラスたちが司祭サマから廃校舎に逃げこんだまさに同じ日、接触した有力貴族らを引き連れて、マーリン伯爵は騎士学校の魔道具倉庫に堂々と彼らを案内したのである。無論、ゴシックの部屋を経由しない、関係者以外立入禁止の入口から。そして、入った先で司祭サマ方と、にっくき生徒たちと鉢合わせした……と。今はここである。
サイラスたちを見つけたマーリン伯爵は、有力貴族を味方につけたことで気が大きくなっていたらしい。
「ネズミが侵入したようだな。全員捕らえろ!」
意気揚々と連れてきた教官たちに命令した。
「ずらかるぜ!」
フリッツの号令を合図に、私たちは一斉に元来た道を駆け出した。
「待てぇ!殺せェ!!」
「追え!追えー!!」
バタバタと追ってくる教官たち。
地上へ続く階段を駆け上がり、図書館を飛び出し、そのまま廃校舎の裏庭を走り抜けると、高い生垣の向こうに瀟洒な建物の屋根が見えてきた。シャルロット魔法学園だ。
「レオ!レーザービーム!!」
「ギギッ!」
私の意思を正確に掴んだレオが、強烈なビームを生垣めがけて発射し、二つの施設を隔てる壁に穴を開けた。人一人がギリギリ通れる穴から順番に魔法学園側へと脱出する…と見せかけて。
「最後に一発、殴りたかったんだよ!」
私たちは七人、追っ手の教官は十数人。レオのレーザービームで蹈鞴を踏ませ、その隙をついて、私たちは追っ手の教官に襲いかかった。
「今まで散々魔力吸い取りやがったな!」
「汚い部屋に押し込めやがって!」
「ピアスの恨みィ!」
もう魔法の制限はないし、何よりここでの生活で身につけたチームワークが私たちを強くしていた。しかも、ここは騎士学校本部から遠く離れた敷地の端。少々騒いでも応援は来ないと見た。教官側も応戦してきたが…
「よっわ…」
「ま。魔法頼みで鍛錬しないとこーなるよな」
地に伸びた教官らを見下ろして、クィンシーが唇の端を持ち上げた。
そして。
ボコボコにした教官たちの服を引っ剝がして、彼らの服を着た私たちは、逆に私たちの服を着せられぐんにょりした教官たちを引きずって、騎士学校と魔法学園側を繫ぐ正規の門へと向かった。そこを守っていた衛兵に、騎士学校の生徒の服で伸びている教官たちを突き出した。
「なっ!なんだこれは!?」
「廃校舎でたむろしていたところを捕らえたが、魔物を取り逃がした。我々は魔法学園へ連絡してくる。この者たちを牢へ」
いけしゃあしゃあとクィンシーが言った。いいタイミングで先ほど壁をぶち抜いた所で閃光が光る。レオだ。
「応援は呼んである。魔法学園の生徒の安全がかかっている。頼んだぞ」
一方的にまくし立て、私たちは衛兵たちが状況を理解する前に、特にジーナ扮するニセ教官がナイスマッチョ過ぎて制服のボタンが全て弾け飛ぶ前に、駆け足で魔法学園側へと抜けた。
「なっ!?アンタら…!」
「頼んだぞぉ~」
衛兵たちが我にかえった頃には、ニセ教官たちの背は遥か遠くへ消えていた。
◆◆◆
成り行きとはいえ、シャルロット魔法学園へと侵入した私たち。
約一名、全てのボタンが弾け飛んだ怪しさ満点のナイスマッチョが一緒のため、人目につかないよう植栽の陰に隠れながら、魔法学園の敷地内を移動している。時刻はそろそろ夕暮れ時。授業が終わると人通りが増えるため、その時刻までに潜伏場所を見繕うことに決めた。目指すは、ほぼ無人と思われる男子寮。理想は空き部屋の一つに入れたらいい、というところだ。
騎士学校と違い、貴族子息子女が優雅に学ぶための施設とあり、警備はさほど厳重ではなかった。あくまでも騎士学校と比べて、の話だが。ネイサンが聞きかじった話によると、大っぴらに攻撃魔法を使わない限り、警備兵が駆けつけてくることはないらしい。
「実に平和ボケした施設だな」
「さっさと忍びこもうぜ」
狙い目は最上階の五階。エレベーターもエスカレーターも概念からして存在しない異世界では、下の階ほど人気が高いという。理由は階段の上り下りが嫌だから。よって、最も不人気な最上階は空き部屋だらけだろうと思ったのだ。
しかし…。
物事をなめてかかった時に限って上手くいかないものである。
まず、外から侵入するにあたって、男子寮には足がかりになるバルコニーがなかった。窓も装飾過多ならロープを引っ掛けることもできたろうが、全体的にスッキリしたデザイン故、それもできない。
結局…
「足場にしてごめん!ジーナ」
「いいわよぉ」
ジーナの肩を足場に順番に階段の踊り場の窓から侵入。最後にジーナを引っ張りあげたときには、賑やかにお喋りしながら寮に戻ってくる生徒たちの声がすぐ後ろまで聞こえてきていた。
「と…とりあえず最上階まで来たわ…!」
「早く隠れるぞ!」
「突きあたりの部屋へ行こう。一番歩く距離が長いからな!」
というわけで、私たちは廊下の突きあたり、角部屋の鍵をクィンシーの持っていた針金でこじ開け、室内に侵入した。
「ねぇ…、まさかの『他人の部屋』みたいよ?」
「うっ」
まさか、こ~んな不便な部屋に住人がいるなんて思わなかったよ。焦りまくる少年たちだが、今から廊下に出て他の部屋を探せば、生徒とうっかり鉢合わせの危険がある。追いつめられた彼らは……
「私がハニートラップ仕掛けるから、フラフラ来たところで殴って気絶させて」
短絡的な解決策に走った。
◆◆◆
私は今、不〇子ちゃんだ。
具体的にはベッドの上に座って髪を下ろし、服を脱いで胸を潰していたサラシも取り、セクシーに見えるようシーツで身体を隠している。
「な…なんだおまえ?!」
と、部屋の主が来たら、
「もぅ…せっかく待っててあげたのにィ♡」
と、思わせぶりに言って油断させ、部屋の主がフラフラ近づいてきたところで、部屋に隠れていた仲間たち――顔を隠すため全員目鼻の穴を開けたずた袋を装着済――が、一斉に襲いかかる、という算段だ。
………最低である。
部屋に足音が近づいてきて、扉の前でパタリと止まった。
キィ…とゆっくりと扉が開き、隙間から夕焼け色の光が差し……
「?!」
衝撃は一瞬。
矢のように何が入ってきたかと思うと、視界が反転し、私はベッドに縫いつけられた。
「動くと死ぬぞ」
喉元に冷たく鋭利な感触――刃物を突きつけられている。
逆光と顔にかかった髪で見えづらいが、私を一瞬で封じた相手の瞳は、吸いこまれそうな緑玉色。髪の色は光の具合でよくわからない。けれど、どことなく見覚えのあるような顔だ。
「……アル?」
問いかけて、そんなはずはないかと思い直した。
アルはアルスィル帝国の栄えあるメドラウド公爵子息。そんな彼が落ち目のこの国に学びに来るとは思えない。
そんなことより、この状況をどうにかしなければ。か弱い女の子を押し倒してくれた男の顔をとくと見ようと、身じろぎして顔にかかった邪魔な髪を払った。
「……サアラ?」
緑玉色の瞳が微かに見開かれ…
「おい!なんでおまえが俺を襲うんだ!!」
次いで肩を掴まれ勢いよく半身を起こされたかと思うと、憤怒の形相で怒鳴りつけられた。
「キャーッ」
ぱらりと落ちたシーツに悲鳴をあげる。
「ッ?!あ、悪…」
「なんてな!甘いぜ!」
そーなっても見えないようにしてあるのだ!さっきのお礼だとばかり、回し蹴りを繰り出す、が…
パシン!
黒い手袋を嵌めた手が、がっしりと私の脚を掴んだ。
「…へ?うわっ!?」
挙げ句そのまま掴んだ脚を持ち上げられたから堪らない。ベッドの上にひっくり返され、
「うぎゃあ!いだだだだ!!」
お返しとばかりに関節技をかけられ、私は情けない悲鳴をあげた。
そして…
「どういうことか説明してもらおうか」
部屋に隠れていた仲間たちは、全員ずた袋マスクを外され、床に正座させられていた。私は未だベッドの上で、部屋の主――アルの横で両手をご本人に拘束された状態。人質である。
ちなみに、私が関節技をかけられた直後、クィンシーが「なんだ、メドラウドのアル坊じゃん!」なんて、馴れ馴れしく言いながら出てきたが、幻惑魔法が徒になり正体が通じず、見事に空回る行があった。
「本当に申し訳なかった…!」
ネイサンとアレックスといった『本物』君たちが、これまでの経緯とアルに危害を加えるつもりがないことを懇々と説明した上で、見逃してくれと、アルとその横に佇むアルの従者――二十歳くらいのクールな顔つきのおにーさんで、部屋に隠れていた仲間を次々と摘まみ出した有能な従者さん――に頭を下げた。
「ほら、おまえもなんか言えよ」と彼らが目顔で訴えてくるが、無理ですだってアルの手がサラシの結び目を押さえてるんだもの抵抗したら今度こそ皆の前で全裸だ私の精神が死ぬ。自業自得だけどね!
「アルフレッド様、いかがいたしましょう。彼らの言うことが本当ならば、ニミュエ派に貸しを作ることができるかと」
「そうだな。交換条件は何にしようか。ああ、関税を下げさせるのもアリだな」
あれもいいこれもいいと、どす黒い笑みを浮かべる二人。彼らが『交換条件』を挙げる度に青ざめ首を横に振る少年たち。
アルよ、君ってこんなに黒い顔で笑う少年だったっけ?
成長して背もグンと伸びたし、顔立ちからあどけなさが消えてより精悍に、ついでに程よく引き締まった細マッチョで恋愛小説のヒーロー役を張れるくらい格好よくなったけどさ。間違っても『友達』を「抵抗したら全裸な?」って脅す鬼畜では…
「それとも例の紙の製法と引き換えか」
「うわぁ!待ったー!!」
それ、ウチが大損するやつ!
「わかったよ!悪かったから!ソレは勘弁してくれ!」
悲鳴じみた声で訴える私に、アルはニヤリと唇の端を持ち上げた。へぇ…と低く呟いて、緑玉色の瞳が探るように私を見つめる。
あれ…?アル、君は私の記憶する限り、純朴で優しい少年だったはずだけど…
「じゃあ代わりに身体で払ってもらおうか?」
性格変わってない?




