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60 ニミュエ公爵令嬢

巨乳美女の登場です

炎を鎮火した後、私たちはあの大きなお屋敷の主によって保護された。気を失ったイケメンはいいとこの坊ちゃんだったのか、屋敷の人が丁寧な手つきで別室に連れて行った。


私たちはというと…


「お肉!」


「白パンだ!」


「スープうめぇ!」


高級ホテルのディナーのような贅沢なご飯をご馳走になり、ふっかふかのベッドで昼寝をして、心も体もしっかり回復した。


惜しむらくは、大浴場のようなお風呂に入れなかったこと。他のメンバーは入ったのだが、私はご一緒できないからね。お湯に浸した布で身体についた煤を落とすに留めた。


欲を言えば、手作りボディーソープ(ティナ先生のアドバイスを元にウィリスの森の植物から作った百パー天然由来。お肌がすべすべになるよ)ですっきりしたかったけれど、一人だけ別にお風呂というのは大変贅沢なこと。


うう~…ウィリスに帰りた~い!


そうこうしていると、私たちを屋敷の人が呼びに来た。


◆◆◆


同じ屋敷の別室で。


寝台から半身を起こしたクィンシーは、ただの見舞い客のような態で微笑む少女と相対していた。陽光のような淡い金色の髪は、お茶会にでも出ていたのだろう、フォーマルすぎないハーフアップを華やかな七宝の髪飾りで留めていた。


「俺をどうする気だ?」


魔力も体力も既に回復してはいるものの、今更姿を誤魔化す必要もない。クィンシー――グワルフ国第三王子セヴラン・カプリース・グワルフは、見舞い客もといアナベル・フォン・ニミュエ公爵令嬢に問いかけた。


「もちろん、人質にいたしますわ」


敵国の王子の問いに、ブルーグレーの大きな瞳を細めてにっこりと笑い、えげつない答をくれるアナベル。とても健全な乙女とは言えないな、とセヴランは心中で盛大に顔を顰めた。


「俺を捕らえておけると…本当に思っているのか?」


表面上は穏やかな笑顔で余裕を見せ、注意深く彼女の顔を観察する。アナベルとは決して初対面ではないが、どうにも読み辛い女なのだ。

『真実の耳』があるとはいえ、その能力は相手の言葉が嘘か否かを聞きわけるのみ。心の奥底に秘めた思いまでは暴いてくれない。


「ふふ…。ご安心なさって?この部屋では魔法は一切使えない上、ドアの前には昼夜を問わず屈強な兵を護衛に配しておりますの。安全でしょう?」


彼女の台詞に呼応して、物静かに控えていた侍女がカチャリと扉の外を示す――鎧を纏い、完全武装した兵が複数見えた。あからさまな脅しだ。


「ほお…至れり尽くせりというわけか」


互いにその目をにこやかな三日月にしながらも、紅とブルーグレーの間で見えない火花が散る。


「世間話ついでだ。人質の対価は?」


「さあ…何にしようかしら。ガウェイン岩塩坑…カラブリア銀山、それから…ああ、貴方の一族に御落胤でもあれば、それと交換でも悪くはないわ。もちろん、本物と確認した上で、ね?」


ガウェイン岩塩坑もカラブリア銀山も長年二国で争っている地だ。最後の御落胤というのは嫌味だろう。妾腹の馬の骨と由緒正しき正妃の息子たる自分と交換――第三王子の無能ぶりを国内外にこれ以上なく晒せる手段は他にない。実にいい性格をしている。


(…嘘は言っていない、か。)


さすが公爵令嬢。下手な嘘はつかず、真意を悟らせない話し方で翻弄する。


(『目』があれば、な)


無いものねだりをしても仕方がないとわかってはいるが。『真実の耳』と『真実の目』の両方を顕現させているセヴランの母――現グワルフ国王妃ならば、目の前にいる公爵令嬢の取り繕っていない素の表情も見透かせるだろうに…


「お疲れでしょう?どうぞごゆっくりお休みになって?」


嫌みったらしく唇の端をつり上げ、セヴランを一瞥したアナベルが、優雅な仕草で椅子から立ち上がった。手を差し伸べ損ねた従者が、慌てたように彼女の手を取る。


(…?)


つと、らしくないと思った。

セヴランの知る彼女は、例え二人きりで周りの目がなくても、あからさまに嫌味な――傍目に醜いと揶揄されるような顔はしない。相手を詰るときは、見とれるような笑顔を作る――それが、アナベル・フォン・ニミュエという女だ。


肝心な時ほど能力など当てにならないの。よくよく相手を『観察』なさい


いつか、母に言われた言葉だ。


「ごきげんよう」と、カーテシーを取ろうとするアナベルの腕を咄嗟に掴んだ。


「ッ…何?腕が痛いわ」


冷たい眼差しが射るように自身を睨んでくるが、微かな動揺が見てとれた。セヴランは敢えてニヤリと笑って見せた。


「何を狼狽えている。俺が怖いか?」


アナベルに振り払われる前に寝台から素早く立ち上がると、華奢な腕を引いて己の腕に閉じこめた。所詮女だ。魔法以前に力では男の自分には敵わない。


「狼狽えている?囚われの貴方相手に?寝言は寝ておっしゃいな」


腕の中からセヴランの紅い瞳を見上げ、不敵に笑うアナベルだが…


「嘘だな」

その言葉を一刀両断にした、瞬間、


「お嬢様より手を放せ…!」


白刃が煌めき、一拍遅れて淡い色のカーペットに血が跳ねる。


「おやめ!アイナ!」


腕の中から身を躍らせ、アナベルが短刀を構える侍女の行く手を塞いだ。彼女の背中越しに見えた憎しみのこもった瞳に、セヴランは瞬時に悟った。


侍女(アイナ)は自国との戦で大切な者を亡くしたのだ、と。


恐らく、家族または恋人だろう。だから、彼女にとって自分は憎くて堪らぬ仇――


「ここが敵国であると、ご理解いただけたかしら?」


振り返ったアナベルと目が合う。その顔は、よく見ればずいぶん薄っぺらな嫌味を乗せていた。


◆◆◆


「さて、」

アナベルの去った客室で、セヴランは思案した。


まずはここを脱出するのが先決だ。既に寝間着は脱ぎ捨て、ここへ来るときに着ていた騎士学校の制服に身を包んでいる。けれど…


(もう一度話がしたい)


まだ彼女の真意を探り出せたわけではない。人質にするといいながら、セヴランの私物を検めただけで、取り上げはしなかった。通信の魔道具を捨て置くなど、並の神経では考えられないことだ。と、いうことは…


グワルフ(こちら)に歩み寄る意思があるのかもしれない。


しかしそう断ずるには、情報が足りない。最低でも、保護した騎士学校の生徒をどう処理するかくらいは知りたい。甘い(かんばせ)に似あわぬ顰め面をしたセヴランは、微かな羽音に顔を上げた。


(アイツの使い魔か…)


使い魔は魔物だから、この部屋には入れないはずだ。だから…


「窓の外か」


律儀にも監視に来たのだろう。


(せっかく来てくれたんだから、利用するか)


軟禁部屋だからして、窓は内側からは開けることができない仕様で、且つ物理での脱出を阻むためにこの部屋は建物の三階にある。足場にできるようなバルコニーもない。


退避場所確認。


イメトレ完了。


覚悟……完了。


セヴランは軽く身体を解すと、すぅと息を吸い込んだ。




「お~い!サアラのおっぱい、揉んじゃうぞ☆」


ビー ちゅどーん!!


思惑通り、怒った使い魔のレーザービームが外から窓をぶち壊してくれた。物音に、部屋の外にいた見張りがなだれ込んでくる。彼らが部屋に一歩入る前に、セヴランは壊れた窓を蹴破り、外へと身を躍らせる。


「ギギギギギッ!」


ビービービー 


「《転移》!」


詠唱と共にセヴランの身体が掻き消え、コンマ三秒遅れて


ちゅどどーん!! ばきゅーん!


その空間をレーザービームが貫き、火花を飛ばした。


◆◆◆


呼び出された部屋で、私たちはこの屋敷の執事さんと思しき男性から説明を受けていた。


この屋敷の主はニミュエ公爵であること。

私たちを解放する意思があること。

故郷へ帰りたいなら、路銀を渡すこと…

そして…


「先ほどの爆発の顛末を、君たちの口からも聞いておきたい。まず、君たちをここへ連れてきた者の名は?」


私たちは顔を見合わせる。少年の一人がおずおずと手を挙げた。


「あの男の名前はわからないけど…たぶん貴族、だよな?」


「五十がらみのオッサンだった」


「小太りで顎髭濃かった」


「服についてた勲章がさ、」


手をうろうろさせる少年に、私はササッと手持ちの植物紙を渡す。執事さんからペンを受け取った少年は、サラサラと勲章の絵を書いた。


「こんなのだった」

絵を見た他の少年たちも肯く。


「ありがとうございます」

証拠にでもするのかその植物紙を手に取った執事さんは、一瞬目を見開き、すぐにそれを懐にしまった。


「君たちはやはり故郷へ帰りたいですか?」

改めて問われた。

一も二もなく肯く少年もいれば、迷うような顔をする少年、はたまた頭を振る者まで、様々だ。


「私が消えれば、ロイ様も消えることになります。それだけは…」


「俺はここで解放してくれればそれでいいや。王都で商売したくて身代わりの話に乗ったからな」


「俺も。王都に知り合いがいる」


私が少年たちの最後にそう言い足した時。扉が開いて、淡い菫色のドレスを纏った一人の少女がしずしずと入ってきた。


おおっ…!


十数人ほどいた少年たちが息を呑むのが気配でわかる。それほどまでに、そのドレスの少女は美しかった。


緩くウェーブのかかった金髪、白磁のような肌に大きなブルーグレーの瞳は明け方の空のような神秘的な色合い。愛らしいというより、美しいという言葉が似合う端整な顔立ち…。


その少女は私たちを前にそれは美しいカーテシーを披露した。

…谷間がけしからんと思ったのは内緒である。クィンシーが見たら喜びそうだね。…ん?そう言えばアイツ、どこ行った?


「初めまして。私はアナベル。アナベル・フォン・ニミュエと申します」


淡い微笑みを浮かべて名乗る少女を、少年たちは惚けたように見つめた。ああ、この人が私が手紙をやり取りしていた公爵令嬢様なのか。あ、なんかいい匂いする…。


「みなさまには感謝してもしきれません。あの爆発…あなた方が結界でこの屋敷ごと庇って下さらなければ、私も母もここにはいなかったでしょう。そして、雨で火災を消してくださった。この屋敷で働く者達を助けて下さり、心より感謝申し上げます」

そう言って再び綺麗なお辞儀をするアナベル様。

少年たちの視線が、羨ましい谷間に釘付けになる。


わぁ~、公爵令嬢様がこんな巨乳美女だったなんて…眼福。

胸元編み上げドレスの破壊力、パネェ…


アナベル様曰く、当時屋敷の庭では公爵夫人主催のお茶会が開かれていたらしい。当然、身分の高い貴婦人方を招いて、である。そこに爆発が起こり、大火災が発生したのだと。


なんかきな臭いね。まるで狙ったみたいじゃん?


「あなた方を連れてきた者は、私たちを亡き者にしようとしたのでしょうね。あなた方を利用して」

悲しそうに目を細めるアナベル様。


「だからこそ、私は泣き寝入りなどしたくない。悪事を働いた輩を断罪し、あなた方のように民が貴族の身代わりになどならぬようにあの騎士学校の闇を暴きたい…!」


なるほど。

騎士学校に徴兵されているのは、主に反王妃派――ニミュエ公爵派の貴族子息。騎士学校を糾弾して、あわよくば味方の貴族子息を解放しようと…そういう事かな?


「危険は承知です。公爵家として最大限、あなた方を支援しますわ。ですからどうか、あなた方に非道を働いた者の糾弾を、手伝って下さいませ!」


真摯な眼差しで庶民の少年たちを見渡し、アナベル様は深々と頭を下げた。


「御意思のままに」

即座にロイが請け合い、彼に続けて心動かされた少年たちが「俺も行きます!」と、熱に浮かされたような顔で前に出る。


「ここで行かなきゃ男が廃るぜ!」


「おう!」


もぉ~、男ってば巨乳美女に弱いんだから…


「待った!」


鼻息荒く考えなしなことを言う身代わり仲間を押しのけて、私はアナベル様の前に立った。


「確約して。糾弾が済んだら、必ず俺たちを救い出してくれ」


穏便にあそこから脱出できるとは思えない。簡単に脱出できるなら、この間みたいな反乱は起こらなかったろうし、身代わりを用立てる必要もない。つまり、脱出の際に騎士学校側と交戦する可能性が高い。しかも相手側には、キラーシルクワームでさえ簡単に斃す戦力がいる。命がかかっているんだ。


「確約してくれれば、俺たちは行くよ。せっかく女神様みたいな美女と会ったんだ。成功した暁には微笑んでもらいたい…だろ?」

悪戯っぽく後ろの仲間を振り返れば、「それもそうだな!」と奴らも思い直したらしい。


いや~、巨乳美女は偉大だね。あ、ロイは憮然としている。

……目がマジだわ、この子。


「確約……」

一方のアナベル様は少し思案している。


やっぱり脱出の手だてまでは考えていなかったようだ。

勘違いしちゃいけない。これは貴族同士の戦いであって、庶民が巻きこまれる謂われはないから。雰囲気に飲まれて安い提案に乗ってはいけないよ。


「脱出の手引きをしてくれて、脱出先で匿ってくれればいいぜ?なあ、みんな!」


「ク…?!」


いつの間に現れたのか、いけ好かない茶髪のひょろ男が私の肩に腕を回していた。


「レナード、無理があるぜ?生粋のお嬢様に脱走なんて指示できるわけねぇだろ~?汚れ仕事は、男の役目だ」

と、意味ありげに仲間たちを見遣るクィンシー。


せっかくみんなの目を覚まさせてやったのに!


「おまえ…」


「怖い顔すんなって~」


ヘラヘラするクィンシーは、目を細めてアナベル様を見下ろした。


「頼みますよ?美しいお嬢様」


調子よくその白い手を掬い上げて、指先に口づけようとしたところで、部屋の扉が勢いよく開いた。


「その男から離れて下さい!お嬢様!!」


鋭い声をあげたのは、少し前にセヴラン(クィンシー)を斬りつけた侍女――アイナだった。

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