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59 魔獣キメラ

王都の郊外――まるで腐り落ちたか果実のような毒々しい色合いの花が咲き、枯れた草木の中に真っ黒な沼がぽっかりと口を開ける――気味の悪い荒れ地に、私たちは降ろされた。


辺りは霧が漂い、雨に腐った草の臭いが鼻をつく。黒い幹だけの、立ち枯れた木が、両腕を広げ呪詛を吐く悪魔のように枝を広げ、その根元には獣の頭蓋だろうか……白い骨のようなモノまで転がっている。


「なんなんだ…ここは」


ネイサンを筆頭に、少年たちは不安げに辺りを見回した。


「郊外っつっても、中心街からそんなに遠くないよな?」


「ここは騎士学校の敷地だ」


ざわつく少年たちの前に答をくれたのは、豪奢な服を来た男だった。歳は五十前後だろうか。金糸の刺繍に宝石を縫いこんだ貴族風ジャケットは、一応軍服らしい。胸元にチカチカと眩しい胸章がついてる。


「愚かにも反抗的な行動を取った君たちに、実戦の厳しさを教えてあげようと思ってね。見給え」


男が腕を振りあげると、荒れ地に金色に輝く魔方陣が突如出現し、地の底から響いてくるような不気味な唸り声と共に、その中から鋭い爪の生えた巨大な獣の脚が現れた。


「ひっ」と、何人かの少年たちが息を呑む。


続いて脚がもう一本、さらに鱗に包まれた体躯、鷲のような羽根、三本の長い尾の先端には鋭い刺がある。そして長い首の先に現れた頭部は鰐とも蜥蜴ともつかない……


「ドラゴンのキメラだと…?」


「双頭だぞ…」


恐怖のあまり尻餅をつき、震える少年たち。

その様に満足したのか、軍服男は説明を続けた。


「我らが王国が誇る魔獣キメラだよ。生き残りたくば、せいぜい必死で戦うことだ」


後の説明は、魔獣キメラの耳を劈くような咆哮に掻き消された。


「待ってはくれないらしいな」


「要はコイツを振りきって馬車まで逃げ帰ればいいんだろ?」


何人かの少年は覚悟を決めたらしい。


「《火球》!」


「《雷撃》!」


それぞれの得意魔法をキメラの頭部目がけて放ったのだが…


「グオオオオ!!!」


身の毛もよだつような咆哮と共にキメラが靄のようなブレスを吐いた。攻撃のために、逃げきれなかった二人の少年がその場に崩れ落ちる。


「アレックス!ロイ!」


「毒だ!伏せろっ!」


クィンシーが叫ぶ。それを…


「待って」


手で制し、私は魔獣キメラを見上げた。

見れば見るほど恐ろしい化け物……でも。


「気配が、しない」


「何?」


私の言葉にクィンシーが目を瞬く。その刹那、目を開けられないほどの閃光が炸裂したかと思うと、轟音と共に巨大な火柱が噴き上がった。


◆◆◆


噴き上がった火柱を見て、男はほくそ笑んだ。

我ながら完璧なシナリオだ。表向きは、演習中に起きた不幸な事故。実戦に馴れぬ生徒たちが、魔道具の使用を誤って予期せぬ大爆発を起こしてしまった――これだけの爆発で、生き延びた生徒などいないだろう。仮に一命を取り留めた者がいても、大怪我は免れまい。放っておけば死ぬだろう。


「さて」


そうは言ってもこの規模の爆発だ。のんびりしていれば怪しまれる。命からがら逃げのびた態を装い、不幸な事故を報告せねばならない。男は馬車に繫いでいた馬に跨がると、凶悪な炎が躍る一角を後にした。


◆◆◆


目を開けたら腕の中に知らない人がいました。しかもめっちゃイケメンの。


「どちら様ですか?!」


誰このイケメン?どっから湧いたイケメン?どーしてこうなったイケメン?

……イケメンって三回言った。


「なんだ…知ってるくせに…」


ぐったりと私の腕に身体を預けながら、蚊のなくような声で言って、そのイケメンは私を睨んだ。いや、そんなこと言われてもねぇ…。イケメンの髪は、炎に照らされてオレンジ色に輝く長髪。甘く整った顔立ちに瞳も炎を映して紅い。程よく引き締まって均整の取れた長身。


うん。知り合いにこんなのいないわ。


知らないおにーさんはとりあえずおいておくとして。


この炎の海を何とかしよう。


見渡したところ、キメラの姿はどこにもない。代わりにガラスか何かの大きな破片がそこかしこに散らばっている。たぶん、さっきの爆発で砕けて吹っ飛んだのだろう。私たちのいる一角だけはそれらが落ちていない…ということは、誰かが結界で防いでくれたに違いない。当たってたら間違いなく死ぬもん。


「熱い…なんだよ、突然」


「キメラは?」


後ろで少年たちがざわついている。


「アレックス!ロイ!しっかりしろ!」


「気を失ってるだけみたいだね。息はしてる!」


倒れた二人も無事のようだ。そもそも、彼らは毒に倒れたわけではないし。


キメラなんて、初めからいなかった。


おかしいと思ったよ。強大な魔物なら必ずゾワゾワした気配を感じられるはずなのに、キメラにはそれがなかった。恐らくは幻惑の魔法か魔道具で作った幻覚。


それが証拠に、あの気味の悪い荒れ地ごと風景が変わっているのだ。キメラがいた背後には、先ほどまでは見えなかった大きなお屋敷がある。


「おい、このままじゃ俺たちも丸焼きだ…!誰か、水魔法の得意な奴は…」

腕の中のイケメン(誰?)が訴える。


しかし、少年たちは途方に暮れたように炎を眺めるばかりだ。


「俺、水魔法は使えるけど…」


一人の少年が手を挙げたが、彼一人でこれだけ広範囲の炎を水魔法でチマチマ消してもらちが明かない。

私の知る限り、ここにいるメンバーは火炎系か雷撃系魔法の使い手だ。水系は、まるで謀られたかのようにいなかった。ネイサンが歯噛みした。


「あの男、最初っから俺達を爆発で始末する気だったのか!」


「すまない…俺が無駄にデカい結界を張ったから燃え広がった…」


腕の中のイケメンが項垂れる。その口から「目、さえあればな…」と自嘲めいた呟きがこぼれた。


「でも、雷撃系がいるってことは、風魔法使える奴はいるよな?使える奴ー」


私が「はーい」と手を上げて見回すと…七、八…あら、割といるじゃん?


「私も入れて十五人?おー!」


思わず拍手をしてしまった。


「風魔法なんかでどうしようって言うんだ。下手に使えば、余計燃え広がるぞ」

腕の中のイケメンが文句を言う。


ふふん、舐めるな私の前世の知識。

風魔法があるなら、一度はやってみたいじゃないか、アレを。 


「上昇気流を起こすんだ。あの辺で!」


燃え盛る炎の向こう、熱気に揺らめいて見えるのは、先ほどまでは真っ黒な沼に見えた、泉。泉自体は小さいけど、この辺りは緑豊かな田園地帯――つまり、水源も豊富とみていいだろう。たぶん、いける。


「じょうしょうきりゅう??」

聞き慣れない単語に、イケメンが首を傾げた。


「上へ吹き上げる風をありったけ起こすんだよ!できれば渦を巻くみたいに!」


ここにはすでに炎の熱気による上昇気流がある。普通、爆発が起こると、水蒸気も一緒に上昇して雲ができて雨が降る……はずなんだけど、どういうわけか今は多少(すす)が舞って、小さなちぎれ雲が浮いている以外は、青空が広がっている。積乱雲ができていない。


「泉の水分を風で…」

私の髪が、風にふわりと靡く。


「雲を作って、」


戸惑いつつも、他の少年たちも加勢する。砂埃が舞い、微かな渦巻きが泉の上に見え隠れする。


「そう…。水温の上昇した泉からは水蒸気、爆発による埃や煤は雨粒の核に…」


ヒュウヒュウと風が呻り声をあげる。湿った空気と、冷たい風――。次第に辺りが暗くなる。瞼の裏に、雨を降らせる真っ黒な雲を思い浮かべる。


温められた水源+雨粒の核+上昇気流…


「雨!!」


雷撃魔法ではない、自然の雷が光った。

同時に、ザアッと大粒の雨が燃え盛る炎に降りそそぐ。土砂降りの俄雨に、炎は徐々に勢いをなくし、やがて白い煙がたちのぼるばかりに。そして、雨が止む頃には、炎はすっかり鎮火した。


◆◆◆


情けないことだ。あんな子ども騙しな幻惑に騙されるとは。


彼女に指摘されるまで、気配がないという基本的なことにすら気づかなかった。間一髪で結界を張り、爆発から皆を庇ったものの、広範囲に炎を散らして延焼を招き、且つ自身も魔力切れを起こすとは。


全くもって情けない限りだ。


挙げ句、その後始末を自分より到底レベルの低い少年たちにさせてしまうとは。

すでにクィンシーのプライドはズタズタである。


(いや…)


彼女は気づいていたのだろうか。

いくら風魔法使いが十五人もいたとはいえ、あり得ない程の巨大な雲を作り出していたことに。

あの風魔法の大半は、彼女によるものだ。しかも、渦を巻く風は、泉はただの芯でしかないと言えるレベルに拡大していた。よほど膨大な量の魔力を保持しているか、あるいは――


「あら、お目覚めかしら?」


クィンシーの考え事は、鈴を振るような声での「ようこそわが国へ?」というひと言で寸断された。


「ご気分はいかがかしら?グワルフ国第三王子殿下?」

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