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54 ウィリスの家族と同室の誰か

前半ヴィクター目線、後半は騎士学校の誰かさん目線となります。

サイラスが連れ去られたと聞いたのは、事件のあった日の翌日。ダライアス様によれば、サイラスは、イントゥリーグ伯爵の子息レナード様の身代わりとして王都の騎士学校へ送られた可能性が高いという。


(騎士学校……確か騎士を目指す貴族子弟が学ぶ施設ですが、なぜ『身代わり』など…?)


十年前にウィリスへ移り住んだ私の情報は古い。表情を読んだカリスタ殿が教えてくれた。


「それは昔の話よ。今は奴隷養成所の代名詞だわ」


「奴隷養成所?!」


騎士学校と言いながら、その実態は生徒の魔力を延々搾り取り、威力増幅魔道具を生産する施設――生徒たちから集めた魔力を魔道具に貯め、戦場に出る魔術師たちの攻撃魔法の威力を爆上げするのに使うのだ。


「一度入ったら出られない。使い物にならないと判断されたら、戦争で前線に放り込まれるわ」


貴族子弟の施設が信じられないほど環境は劣悪で、魔力を搾り取るだけではなく、厳しい戦闘訓練まで課しているという。先ほどの言葉通り、戦争が起きれば動員されるということだろう。


グワルフとの停戦から既に十年。開戦はしていないものの、小競り合いならしょっちゅう起きている。いつ、サイラスが戦場に駆り出されても不思議ではない。


「サイラス…」


私は唇を噛んだ。しかも、信じられないことに、ダライアス様はサイラスを助けないという。


どうして……!あの子は女の子なのに!


私は知っている。あの子が到底男性にはなれていないことを。


声を変え、服で体型を誤魔化していても、不意に見せる表情は年頃の無邪気な娘そのもの。成長につれ、メリハリの出てきた身体は程よく引き締まり、陽射しに恵まれぬ気候のせいか、その肌は雪のように白く、染み一つない。

十年前は子供らしく可愛かった顔は今や美しく整い、凛とした意思の強そうな眉に、快活な光を宿した大きな空色の瞳、すっと通った鼻筋に、瑞々しい薄紅色の唇、血色のよい頬――男装していてすら、街に出れば道行く人が振り返り、女性なら頬を染め、男性なら落胆する姿を何度見てきたか知らない。


場所が騎士学校に変われど、男を惹きつけないはずがない。何かがきっかけで、あの子の本当の姿が知れるようなことがあれば……


寒気がした。


騎士学校は鬱屈した男の牢獄。そんな中に紅一点などあればどうなるか。日頃鍛錬している彼女は、そこらの軟弱貴族よりは腕がたつだろう。けれど、相手が大勢となれば話は変わる。その先を想像するのは、頭が拒絶した。


あの子を助けなければ…!一刻も早く!


私ははやる気持ちのまま、ダライアス様の元に向かった。


◆◆◆


「再雇用……だと?王都の屋敷にか?」


ダライアス様は私の申し出に片眉をあげた。


「田舎者の戯言とは重々承知しております。下働きでも構いません。どうか私を雇って下さい。お願い申し上げます…!」


あの子のためなら、望まぬ職でもなんにでもなってやる。


もし、ダライアス様に断られたとしても私は王都に行く決意を固めていた。


「どうせ…」


ダライアス様はしばし私を見てから言った。


「どうせ断っても行くのだろう。おまえもずいぶんあの小僧に毒されたものだ」


そう嘆息混じりに言うと、ダライアス様はさらさらと羊皮紙に何かを書きつけ、私に「持っていけ」と差し出した。


「紹介状…!」


「おまえに心配させるのもまあ…アレの力だろう。しかし、わしの紹介状を預けた以上、短慮は許さぬ。よいな?」


「ありがたきご配慮…!」


ダライアス様は、冷酷な時こそあれ、こうして突っ走りそうになる部下を、無謀はならぬときっちりと止めて下さる――やはりこの方は尊敬に値する領主様だ。


感謝を込めて一礼する私を、ダライアス様は早く行けとばかりに――表面上はうるさそうに手を振って――部屋から追い出した。


紹介状を懐にしまい、私はすでに旅の荷物を積んでいた黒い馬に跨がると、一路、街道を遥か王都に向けて走りだした。



しかし――



重い荷を背負わせているにもかかわらず、力強く地を蹴り風のように走る馬を見下ろし、私は首を傾げた。


このような大きな黒毛の馬など、村の厩にいただろうか…?


◆◆◆


鉄格子の向こうから、青白い光を湛えた月が狭い部屋を見下ろしている。月が照らし出す窓側の一番上の寝台には、何故か主の姿はなく、空っぽだった。


「気が早いですね。まだ潜入して数日しか経っておりませんよ?」


笑い含みの艶めいた声は、遥か上方…屋根の上から聞こえた。


「ふふ…相変わらず手厳しいですね。…ええ、確かに頃合だとは思いますよ?例の絵の悪影響で、この国の軍の質は下がりに下がっていますが…。ここではそうでもないんですよ。恐らく、あの逆臣はこの風潮に抗ってますね」


そこまで言うと、『彼』はしばし聞き役に回っているようだった。ややあって、おや?と、『彼』はその紅色の瞳を意外そうに瞬かせた。


「それはそれは…。貴女を追い返すとは…」


一転、愉しそうにクツクツと笑う。話している相手はよほど憤慨でもしているのか、彼が耳に入れた通信魔具からキンキン喚く声が漏れ聞こえてくる。


「それで?その『魔の森』とは何なんです?」


唇の片方を吊り上げて、『彼』は不敵に問いかけた。サアッと吹き抜けた夜風に靡いたサラサラした白髪が、月光を浴びてきらきらと輝いた。


美しい夜だ――『彼』は思った。


月はまあるい銀貨のよう、輝く金糸で幾匹もの蜂を刺したかのような満天の星空。彼方には黒く市壁の影、森の縁のその小高い丘には、まるで子供が砂山に立てた頼りない小枝のように、傾いだ無人のシルエット、視線を巡らせば家々の中にポツンと佇む尖塔――大聖堂の鐘楼。王都中に祝福の音を響かせるあの大きな鐘は、この場所からはまるでちっぽけな鈴のように見える。


『おお!地上は…詩人は囁くように夜に詠った…香しい萼だ。雌蕊たる唯一の月、取り巻く数多の雄蕊たる星を戴く…』


どこで見たのか定かではない。が、なんと美しく、故になんと皮肉な夜――


《夜のガスパール》


ああ、そうだった。『お尋ね者』の一節だったな。あれは。二十年以上も前に、あの逆臣によって故国から持ち出された禁書――。


「あの男はわかっていないの。アレに記された魔術がいかに悍ましく、恐ろしいのかを。アレは永遠にこの世から消し去られるべきモノ。無知で欲深い者の手に渡る前に、ね」


件の男が持ち出して以来、手を尽くして探したものの未だ見つかっていない。恐らく男が持ち歩いているのだろう。だから、いくら周辺を探っても出てこないのだ。


「だから、騎士学校(ここ)にならあるとは、思えないんだよなー」


彼の落とした呟きは、()()()()誰にも聞かれることもなく、夜の闇に溶けて消えた。


◆◆◆


『先輩』との通信を終えた『彼』は、その目立つ容姿を幻惑魔法で変えると、音もたてずに宛がわれた寝台の上に戻ってきた。


「アンタ本当に馬丁の息子?」


不意に問いかけられたかと思うと、ひんやりした指先が己の髪を梳き、「ああ、やっぱり」と合点したとばかりに声――周りには男性の声と聞こえても『彼』にはその下のハスキーな女性のそれが聞こえる――が呟く。その手にあるのは、抜かれたことで魔法が解けた『彼』の髪……白く輝く一本。


「なんだよ?夜這いに来てくれたの?」


動揺など欠片も見せずに、へらりと問い返せば。


「アンタは見た目を誤魔化してるワケか。目立つもんな、サラ艶の白銀のロン毛に、紅色の瞳なんか、さ?」


「ッ?!」


思わず我が耳を疑った。髪の色はともかく、長髪であること、瞳の色までなぜわかった…?


通信魔具で話したときは、人の目がないか十分に警戒したはずだし、普通、服を着た下の身体が見えないように、幻惑魔法で変えた姿の下の本来の身体など例え魔術師でも見破れないというのに。


「あと、これ魔道具?イヤホンみたいな?」


ハッとして耳に手をやるが、そこに通信魔具はない。目の前の少女が不思議そうにそれを弄んでいる。焦りから、咄嗟にその腕を掴んで寝台の上に引き倒し、拘束した。彼女の手からこぼれた通信魔具が、ころりとシーツを転がった。


「どこまで知ってる…!」


ドスのある低い声で問うた『彼』の喉元に、間髪を入れず鋭い切っ先が突きつけられた。


「な、ぜ…?!」


両腕を封じられているのに、どうやって短刀を突きつけることができるのだ?!


大いに戸惑いつつ、視線だけで見た短刀は、どういう原理なのか、宙に浮いていた。しかも先ほどから妙に寒い。本能が拒絶するような冷気に、全身を撫でられているかのよう。気のせいか、背中に何か重石を乗せられたような感じまでしてきた。


「私、情報漏洩って嫌いなんだ」


組み敷かれた体勢のまま、凄絶な笑みを湛えて、彼女が言った。


「ねぇ…覚えておいて?私に誤魔化しは効かないよ?」


するりと拘束を抜けた彼女の言葉に、嘘はない。なぜなら『彼』の生まれながらに持つ『真実の耳』は、他人の嘘を見誤ったことなどないのだから。


厄介な女とご一緒したものだ…


けれど。


「ねえ…君の本当の名は?」


ふと問いかけた『彼』に、寝台の下段から聞こえた答えは――


「ここでは、レナード。でも…秘密を暴いちゃったお詫びに教えとこうか。私はサアラっていうの」


よろしくね?と、(うそぶ)く声は確かに、彼女本来の声だった。

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