44 帰還
ひやりとした空気に身震いして、私は目を覚ました。
湿った土と草の匂いがする。すぐ目の前に、見慣れた雑草の花が咲いていた。
「……え?」
ここ、どこ?と考えて記憶を辿って……
………。
………。
ガバッと身を起こすと、すぐ傍に黒髪の少年が倒れているのを見つけた。
「アル?!」
え?なんでアルの服がボロ雑巾みたいになってるの??
モルゲンのカフェに行った時、けっこう良い服着てたはずだけど…??
私が疑問符を飛ばしまくっていると、「う…」とアルが呻いて、うっすらと目を開けた。
「アル…?えっとぉ…大丈夫??」
なぜボロ雑巾を着てるの?とは言えず、言葉を濁した私の横で、身を起こし自身と私を交互に見ていたアルは、
「サイラス?!ん?いや、サアラ…?生きてるのか…生きてる、よな?」
ペタペタと私の顔を触って、なんか聞き捨てならないことも言って、
「よかった…!!」
勢いよく抱きついてきた。
「へ…?うわあ!?」
押し倒されたよ、アルに。
「よかった」と繰り返しながら、私の首に腕を回してぎゅうぎゅう締めつけてくる…く、苦しいっ!ジタバタしたら、泣き笑いな顔で「ごめんな、」とアルは謝り、身体を離してくれた。
と、その段になって私はようやく自分の格好を見たのだが…
「は?!」
やたらスースーするなと思ったら、マントとシャツのど真ん中に大穴が開いていて、しかも穴の周りは真っ赤に染まっている。あと、私の寝ていた辺りには、大量の……血痕。
何コレ?!殺人事件か?!
答を求めるようにアルを見たら、緑玉色の瞳に私を映したアルは目を見開いて、次いで勢いよく顔を背けた。
え…?なによ、その反応は。
「アル?」
「い、いや!すまないっ!いろいろっ!そ、その…見たことは忘れる!記憶から抹消するっ!」
真っ赤な顔で矢継ぎ早にそんなことを言われて、私はようやく理解した。…目のやり場に困ると。
「ふわぁあ!!こっちこそごめん!!」
慌てて服の前をかき合わせる。身体が外国人(?)なせいか、十一歳の子供でも見た目は女になりつつある。なんだっけ?こういうの。猥褻物陳列罪??いやいや、そんなことよりも。
「とっ…ところで、」
「な…なんだ?」
お互い顔を背けての不自然極まりない体勢で会話する。
「アルはどうして…その…服がボロ雑、ゴホン、ボロボロなの?」
「おまえ今『ボロ雑巾』って言おうとしたよな…」
顔を背けたまま、アルがぼやいた。
「これは毒蜘蛛やっつけたときにさ、奴の体液を頭から被ったから」
「はあ?!」
私は目を剥いて、服のことも忘れてアルの胸ぐらを掴んだ。
だって!毒蜘蛛の体液って猛毒だよ?!頭から被って無事で済むワケがない。
「おい、ちょ…」
「ちょっと見せなさいよ!」
ボロボロの服の下の身体を確認する。……うん、鍛錬してるだけあって、筋肉質な身体をしておられる。肌は見たところ傷もなく綺麗だけど…
「おまっ…!服!服ー!!」
アルの悲鳴で我にかえった。あ、ごめん。
「危機感をっ!持てっ!!」
アルに怒鳴られた。
いやまあ……善処します?
「まったく…にしても、」
苦笑してアルは己を見下ろした。
「父上には見せられないな」
アルの服は、毒を被ったからか紫色に変色しており、あちこち溶けたように穴だらけで、原型を留めていない。確かにアルを溺愛しているノーマンさんには見せられないな。弁解…というか説明がつかないもんね。
「それを言ったら私もだよ。ヴィクター先生や父さんには見せられない」
殺人事件の惨殺死体が着てた服をそのまま着ましたって格好だもん。説明がつかないよ。
「ぐ…この格好で帰るんだよね?」
「……そーだな」
二人して顔を見合わせた。互いの瞳に、神妙が過ぎて滑稽な顔が映った。
「ぷっ…アハハハッ」
私が噴き出したのを皮切りに、アルも笑いだした。
「秘密って説明して、大目玉食らうか」
「フフフッ、そーだね!」
笑いながら立ち上がって、手をつなぐ。温もりを取り戻した友の手をしっかりと握って、アルフレッドはふと感じた気配に振り返った。木の陰に見覚えのある幼女がいる。
よかった、おまえも無事なんだな。
「おまえも、帰ろう?」
声をかけたのだが。
「サアラ!手、つないで!」
ふいっと顔を逸らして、幼女は友の横に駆け寄った。
まだまだ気を許してはくれないらしい。サアラにくっついて、ベッとアルフレッドに向かって舌を出してきた。
「アル…?」
視えるの?と目顔で問う彼女に、アルフレッドは悪戯っぽい笑みを返した。
「秘密だ」
知っているのは俺だけだ。それが妙に嬉しく、誇らしかった。
◆◆◆
殺風景な執務室で視ていた男は、途切れた映像にため息を零した。
「ああ…失敗しましたか。やはり、ウィリスは遠いですねぇ」
優れた術者とて、『傀儡』との距離が開いてしまうと支配力が弱くなる。せっかくの強化人間だったのに、惜しいことをしてしまった。男は嘆息した。
「忠誠とは…これほど難しい代物でしょうかねぇ」
やはり生きた人間を術で操るのは心許ないか。あの『傀儡』は主の命令より、己の欲に従ってしまった。しかし、ネクロマンサーの能力で蘇らせた死体は、術者に絶対的に従う代わりに、どうしても見た目に難がある。間諜として潜り込ませるには向いていない。
「しかし…つくづく手に入れたい子供です。サイラス・ウィリス…」
まだ少年という歳にもかかわらず、植物紙を発明し、思いもつかない使い方を考え出す。そして何より――
ウィリスの森の強大な力を使役する
手に入れたい。
あの知能……殺してしまうのは惜しい。生きたまま、村と森も丸ごと欲しい。ああ、モルゲンを手に入れればよいのか。そうすればすべてが自身のものだ。
思案する男の手が、机に散らばった宝石をかき集めた。血のように紅い宝石を。
◆◆◆
村に帰って、予想通り双方の親から大目玉を食らった私とアル。アルはその日のうちに、ノーマンさんが連れて帰ることになった。
「世話になった。例の土地には予定通り人を派遣する故、案ずるな」
そう言って、息子を飛竜に乗せようとしたノーマンさんの腕をすり抜けて、アルが私の前までやってきた。
「サイラス…俺、強くなるよ」
自分がいかに未熟か、思い知らされた。
アルは言った。だから、メドラウドで研鑽を積むと。私は頷いた。
「うん。頑張ってな」
いろんなことがいっぺんに過ぎていった。願わくば、アルとは今後とも良い関係でありたい。メドラウドとウィリスは近い。互いの地の代表として向き合うことも、近い将来考えられるだろう。
元気で過ごせよ!少年!
「サアラ…」
唇だけ動かし、アルは淡く微笑んだ。
その手が、私の髪を軽く梳いて、左耳のイヤリングに触れた。
「いつか…ちゃんと守れるようになるから、」
それまで息災でな!
最後に片手を挙げ、アルはノーマンさんと飛竜の元に戻る。もう、振り返らずに。




