39 お祭り?からの…
その二日後のことだ。体調を整えた私は、改めてノーマンさんとの商談に臨んだ。
「これは…今まで植物紙とは別物だね」
流し漉きで作ったあの植物紙を手に、笑顔で話すノーマンさんだが、その目は探るように私を見ている。
「森の力を借りて作ったものです。村の外で同じものは作れませんよ」
私は平然とほらを吹いた。もう油断はしない。
「俺の下僕のスクイッグたちが関わらないとああはなりません。スクイッグたちは俺の言うことしか聞きません」
そういうことにしている。
秘密にしたいことは、そもそも秘密に言及したらいけないのだ。
「なら、一体あたり金貨を出すと言えば?エルフ殿によるとアレは不死身なんだろう?」
この程度ではノーマンさんも引かない。
「かまいませんが、維持はどうやって?魔の森の魔力がなければ、アレはタダの猛毒キノコに退化します」
そ。ティナ先生曰く、エリンギマンは魔力というエネルギー源がないと活動できないという。不死身だが、魔力が取り込めなくなると猛毒キノコに退化してしまう。ちなみに、魔力の供給源は使役者である私だ。ウィリスの森ではないけど、そこは隠しておく。
要は、魔の森の傍――ウィリス村でなければ、植物紙が作れないことにすればいいのだ。メドラウドには持っていかせないよ。
「スクイッグは魔物だから夜通し作業が可能。ご心配いただいた生産面の問題も解決しました」
流し漉きにしたおかげで、効率的にもなったしね。
「親切なエルフ殿のおかげで窮地を救われました。感謝しかありませんよ」
朗らかに笑んで、私はノーマンさんの目をまっすぐ見つめ返した。
「素晴らしい、エルフ殿ですね」
ノーマンさんも笑顔だ。目が泳がないのはさすがだね。抜け目のないノーマンさんのことだ、あの紙を完成させてから、何度かフリーデさんを村に差し向けたよね。けど、カリスタさんたちに邪魔されて村には入れなかった。私が眠ってる間にも、森に潜伏して隙を窺っていたみたいだけど、ね?
「さあ、我々は条件をクリアしました。取引のお返事をいただいても?ああ、アルスィルの他の貴族や商会に話を持ちかけてもいいのですよ?入り江は皆に平等ですから」
モルゲンが僅かに土地を持つ入り江は、アルスィル帝国メドラウド領に開けているけど、出入りする船は多国籍だ。食いつく奴は必ずいる。今度はこっちのペースで商談をすすめるぜ!
「ふむ。その様子だと、エルフ殿はそちらの手に落ちたか」
ノーマンさんの問いに私は微笑んだ。
「もう一人、忘れてはいませんか?」
「なに?」
怪訝な顔をするノーマンさんに、私はニヤリと笑ってみせた。
「息子をあんまり自由にさせるのも考えものよォ?」
「なっ…!まさか…!」
「アルは今、魔の森で遊んでるよ。ああ、ギデオン様ってベタな武人さんじゃん?森が怒ってさー」
喰っちゃうかもよ?と嗤うと、ノーマンさんが今度こそ慌てた顔で立ち上がった。
「アレを回収すればいいのか?!」
「回収するだけ?」
私の問いに、ノーマンさんは苦虫をかみ潰したような顔をした。
「くっ…!わかった。居留地の要求を呑もう。だが、アルは返してもらう」
「ま、それは本人次第だね」
ノーマンさん、覚えておくといい。スマートで合理的なやり方なら誰もが納得するわけじゃないんだ。貴方の息子は、少なくともフリーデさんを使った植物紙の交渉のやり方に疑問を持ってたよ。甘いと言われればそれまでだけど、彼はモラルを重視するみたいだからね。今みたいにいざという時、身内に足を引っ張られちゃ、目も当てられない。
◆◆◆
さて。交渉は済んだから今度はあの人をシメよう。
私は、村人たちを連れて森に入った。森の中ほどに、つい最近まではなかった大きな木が枝葉を茂らせている。その幹の真ん中あたりに…
「も~おぉ~!出しなさいよぉ~!!」
コソ泥、もといフリーデさんを捕まえてあったのだ。幹に身体をがんじからめにされたフリーデさんは、私を見るなり喚いた。
フリーデさんは森の妖精たるエルフ。女性ということもあり、湖も快く彼女を受け入れていたのだが。私がネリを探して夜通し森を彷徨ったのが、フリーデさんの悪事のせいだと知れた途端、湖はガラリと態度を変えた。
カネで男に内通した…
女の子を苦しめた…泣かせた…
村の情報を売って、ノーマンさんに媚びたことが湖の逆鱗に触れたようだ。ティナの報せで森に入ってみると、ご覧の通りになっていたわけだ。煮え湯を飲まされたからね。さて、どう料理しようか。
私は一緒に来たシェリルを振り返った。今回のことで、彼女もほとんど寝ずに紙作りを手伝っていたのだ。お怒りのほどは…推して知るべし。
「ねえシェリル、すご~く悪いことをした人が出たら、どうするんだっけ?」
無言でフリーデさんを睨んでいたシェリルは、私の言わんとすることを察したらしい。寝不足でクマのできた顔に氷のような冷たい微笑みを浮かべた。
「そうね…お祭り、できるわね」
「おお、お、お祭り?何よ、それ?」
疑問符を飛ばすフリーデさんに、私は説明してあげた。
「悪いことした奴を磔にしてぇ、火をつけてぇ、イエ~~ってやる、お祭り」
両手を挙げ、イエ~~っとやって見せた。
「ちょうど磔になっていますし、今、やりましょうか」
得意の火炎魔法を手のひらに顕現させるヴィクター。目がマジだ。
「「「「「イエ~~」」」」」
村人&ついてきたエリンギマンズが、フリーデさんが捕まっている木を取り囲み、両手を挙げて足踏みするヘンな踊りをした。
シュール……そして、みんな目が疲労で濁ってるからめっちゃ不気味。湖も乗り気なのか、火もつけていないのに、木の根元からブスブスと黒い煙がたちのぼりはじめた。
「ちょ…え?!そんなっ…!酷くない?!」
泡を喰ったフリーデさんが暴れるが、モクモクと膨れあがった黒煙にあっという間にその姿はのみ込まれた。
「ゲホッ!ゲホッ!お…お~ぼ~え~て~らっしゃ~い!ゴッホン!!」
ウィリスの森にフリーデさんの捨て台詞がこだました。
◆◆◆
煙が消えた後、真っ黒になった幹には人型の穴だけが残されていた。フリーデさんは間一髪で逃げたようだ。まあ、森を怒らせたから潜伏はもうできないだろうし、村に彼女を受け入れる家もない。厄災をもたらしたエルフは、ウィリスを去ったと見ていいだろう。
「ところでアル、まだ帰らないのか?」
私は、いまだここに留まる家出息子に目を向けた。
私が倒れたり、村が夜もろくに眠れないほどてんてこ舞いになったことについて、アルはノーマンさんのやり方に反発を感じているらしい。
「貴族は人の上に立つ存在。いくら領の利のためとはいえ、他国の民を苦しめていい理由にはならない」
だそうだ。
そんなの理想論だよ、と思ってしまうのは、私の性格が悪いからだろうね。たぶん。
「いずれ…帰らなければならないだろうが…」
膝の上で両の拳を握り締めて、アルは言った。
帰らなきゃいけないことはわかってるんだね。けど、当主に反発なんかして…大丈夫なんだろうか。
◆◆◆
「なあ…俺は間違っていたか?」
時を同じくして、モルゲンの滞在先でノーマンは、対面に座るディルクにそんな問いを投げかけていた。
「反発した以上、罰は与えねばなるまいが…」
悩ましい、と不出来な父親は嘆息した。
何せ、アルフレッドは嫡男なのだ。代わりに据えられる弟はいない。つまり、失敗できないのだ。
「まさか本当に家出されようとは…」
消沈するダメパパに、ディルクは苦笑した。
「毅然と、なさいませ」
ひとしきり落ちこんだノーマンだが。
「ハッ?!まさかっ!本当に男色に目覚めてしまったのか?!」
「それだけは絶対にございません」
主のとち狂った推測を、長年の護衛は即座に否定したのだった。
◆◆◆
情報漏洩の元凶も去り、ウィリス村に穏やかな日々が戻ってきた。エリンギマンズのおかげで生産効率もアップしたしね。
「なあ、サイラス。その…今日は俺と街に行かないか?」
のんびりしていたら、どういう風の吹き回しか、アルがモルゲンに遊びに行こうと言いだした。ちゃんと父さんとヴィクターの了解も取ったという。律儀だなぁ、アルは。
「けど、いいのかよ。公爵令息サマが家出して遊びに行って。親父さん、よく思わないだろ?」
あれからノーマンさんはウンともスンとも言ってこない。マズいんじゃない?しかし、アルは心配ないと言った。
「見ろこれ」
「ん?」
アルの滞在している部屋にどーんと置かれた長櫃を示され、私は首を傾げた。中には暖かそうな服やアクセサリーっぽいもの、本などがぎっちり詰まっている。
「表向き、ディルクから俺への贈り物だ」
「ディルクさんから?……ああ、そういうこと」
護衛隊長が公爵令息に、こんな田舎の母さんが息子に送るような支援物資、贈るワケがない。つまり…
「親父だ。隙間に魔除けやら防寒やらの魔道具まで…」
そんなにヤワじゃない…と、げんなりした顔で、魔道具と思しきネックレスを引っ張りだしてアルがため息を吐いた。
「何だよ。愛されてんじゃん?」
私は苦笑した。心配で心配で仕方がないってこの物資が言ってるよ。
「なあ、アル。今からでもいいから、親父さんに謝ってこい?」
大人になるとさ、素直に歩み寄れなくなるんだよ。意地とプライドばっかりデカくなってさ。
「ぐう…そりゃ、俺だってこのままじゃダメなことくらいわかってるけど…」
もごもごと俯いたアルは、「けどっ!」としかめっ面を私に向けた。
「帰ったら次はいつ来れるかわからないんだ。だから!今しかできないことを、したいんだ!」
何故だか私の目を見つめて、アルは言い張った。




