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31 謀略の奴隷オークション

シャンデリアが煌々と照らし出す大広間。貴族や大商人と名高い面々が集い、酒食を楽しみながら催しを待っている。その様は、自国の王宮で催される夜会にも似ていた。


会場の至るところに見える(おり)さえなければ、の話だが。


(奴隷オークション…民は度重なる戦役で喘いでいるというのに)


この会場にいる奴らは、戦争を別世界だとでも思っているのだろうか。アルフレッドは笑いさざめく人々を冷めた眼差しで眺めた。とは言っても、仮面をつけているため、彼の表情など誰にもわからない。身なりの良い少年が一人、佇んでいるだけだ。


(今から会う貴族も、この巫山戯(ふざけ)た宴を喜ぶヤツなのか…?)


この病んだ国で密かに勢力を広げる男がいる。接触し、帝国に利があるなら、その男と密約を結び支援せよと、アルフレッド一行は皇帝から命じられていた。

皇帝は、この国を内側から食いやぶれる勢力をお探しなのだ。いずれはその野心家を足がかりに、ペレアスを支配下に置くために――。


「もし?メドラウド公とお見受けする」


コツッと靴音が響いた。

振り仰ぐとサラサラした銀の長髪を背に流し、悪魔を模した黒の仮面をつけた背の高い男が口許に柔らかな笑みを浮かべていた。


「おや、ご子息をお連れで?」

アルフレッドの頭上で、穏やかに会話する大人たち。


(…ん?)


奇妙な気配に、アルフレッドは目を瞬いた。

仮面があるのであの男は気づかなかっただろうが。生ぬるい風――アルフレッドの精神を|搦《からめ捕ろうと魔法が執拗に体に纏わりつく――ああ…これがこの男の手か。

見上げたその男は、表情一つ変わらない。こちらを見もしない。ただ、並々ならぬ魔力が男の左腕の周りで渦巻いている。


…なるほど。

ただの(ただ)れた強突(ごうつ)()りではないらしい。


アルフレッドは注意深く大人の話に耳を傾けた。


「おやおや、ずいぶんと買い被られたものです。私はただ、自領の発展を願うに過ぎませんよ。国境の護りという大役は、荷が重すぎます」


「それはまたご謙遜を。貴殿の采配が素晴らしいが故に、民もまた貴殿を受け入れ従うのでしょう。貴殿なら、もし港を任されたとしても良くそれを治めましょう」


「ええ、穏やかな入り江の港なら私も力を尽くせましょう。しかし、列強と差し向かう外港は、貿易よりも防衛が(かなめ)。となると、また話が変わりましょう」


傍目にはただの世間話。

しかし、アルフレッドの父は、言葉巧みに男の野望の程度をあぶり出そうとしている。しかし、対する男――アーロン・フォン・ベイリンも謙遜に隠して、なかなか真意を晒さない。父の誘導をのらりくらりと躱してくる。そんなやり取りが互いに手を変え品を変え、しばらく続いた後。


「そうだ。こうしてお会いしたのも神のお計らい。ご子息に娘を紹介させていただいても?」

アーロンの後ろからぴょこんと小柄な少女が出てきて、綺麗なカーテシーを披露した。


(この娘…気配をまったく感じなかったぞ…!)


「アーロン・フォン・ベイリンが娘、ノエルと申します」


年の頃はアルフレッドより一つか二つ、年下だろうか。

少女は仮面越しに微笑みを浮かべて、控え目ながらしっかりした口調で完璧な挨拶をした。瞳の色は仮面の影でわからないが、緩く編んで背に流した艶やかな銀朱の髪が印象的――


「ノーマン・マルス・メドラウドが息子、アルフレッドだ」


アルフレッドが名乗ると、少女は仮面越しにもわかるほど華やかな笑みを浮かべた。仮面を取れば、それこそ花が咲いたような愛らしい顔が見られるだろう。


「アルフレッド様…アル様とお呼びしてもいいかしら?」


先ほどの挨拶とは打って変わり、年頃の少女らしい明るい感情の乗った声で、彼女はアルフレッドに問いかけた。


「……。」


アルフレッドは敢えてそのジャブをスルーした。

この娘、仮面の向こうでどのような目をしているのやら。歳にそぐわない計算高さ――馬鹿な子供なら簡単に騙せそうな手練手管、警戒するに越したことはない。


「…緊張していらっしゃるの?」


愛らしく小首を傾げて問いかける声は、無邪気なようでそうではない。じいっとアルフレッドの些細な反応も逃すまいと見つめている。


「ワッハッハ。息子は奥手ゆえ、可愛らしい姫君に照れておるのだろう!」

父が大きな声で笑い、周りの目がざっとこちらに集中する。


見極め時だな。さあ、どう出る?


「ノエル、おいで」


アーロンは優しく娘を抱き寄せると、

「ご子息殿にはぜひ、前向きに考えていただけると嬉しい。仮面を取れば、我が娘は親の贔屓目を抜きにしても愛らしい故…。我が領では、いつでも貴方様方を歓待しましょう」

穏やかな笑みで父に手を差し出した。


「よしなに」

父もまたその手を握る。そして、二人は笑顔で別れた。


◆◆◆


ロリエッタ侯爵に半ば無理矢理エスコートされて、やってきたのは美術館かと思えるやたらご立派な建物。内部は体育館のようにドカーンと広い広間だった。そこかしこにテーブルが#(しつら)えられ、飲み物や軽食が彩り鮮やかに並べられている。そして、広間の前方には一段高い舞台。あそこで商品たる奴隷をお披露目するんだね。


イライジャさん、さっきから後ろで「エルフの女人…エルフの女人、」とうきうきしている。この女好きめ。


広間では、ドレスや正装姿のお貴族様っぽい大人達が歓談している。皆仮面をつけており、誰が誰なのかはわからないようにしているみたい。その辺の事情はよくわからないけどさ。


「ここには遠い外国からの賓客も来るんだよ。でもね、外国の中には奴隷を禁止しとるところもあるんじゃ」


「だから仮面なんだね」


「おおっ!初めて喋ったぞ!も、も、もう一回その可愛い声を聞かせておくれ~」


……喋るんじゃなかった。

ロリコン侯爵を喜ばせてどーする。ふいっとそっぽを向くと、目の前には鉄格子。中には、フワフワしたミルク色の尻尾を揺らした二足歩行のキツネさんの姿がある。顔や体は人に近いのに、頭には大きな三角の耳がピコピコと動き、そして手触りの良さそうなモフモフ尻尾…


まさか、獣人?!

この世界って獣人もいるの?!

わーお、ファンタジー…


そのキツネさん……獣人は、私とロリコン侯爵を見比べると、同情的な視線をくれた。色欲オヤジに買われた美少女…やっぱそう見えるワケね。


「おおっ!これはこれはゲッティモーノ公爵夫人!今日もお美しい…」

ロリコン侯爵社交中…。なんちゅう名前の貴族だよ。

私は空気を読んで他人のフリ…


「君、君、」


「ん?」


檻の中から、あのキツネさんが私に囁いた。


「オークションが始まったら逃げな。みんなで大暴れするから、」


「え?」


キツネさんの声は、オークションの始まりを告げる大音量のファンファーレに掻き消された。


会場が暗くなり、舞台にパッと光があたり、珍しい奴隷――獣人や羽の生えた人の入った檻が暗闇に浮かび上がった。会場がどよめき、


「えっ?わっ!」


前に出ようとした大人たちに突き飛ばされて、私は尻もちをついた。と、


「ややっ!こんなところに紛れこんでいたのか!」


(しわが)れた声と共に乱暴に腕を摑まれた。そのままグイグイ引っ張られる。


「ちょっ…何するんだ!」

抵抗したけど、大人の力に敵うはずもない。

慌ててロリコン侯爵を呼んだけど、値を叫ぶ声でうるさくて私の声は届かない。ならばと暴れたら、カチャンと手に何かを嵌められた。


手錠ー?!


何してくれるんだ、コンニャロー!


こうなりゃ魔法を使ってやる!と、雷撃魔法を使おうとしたのだけど…


「嘘?!使えない?!」

魔力を練ろうとしても霧散してしまう。なんで?!


ズルズル引きずられて、連れてこられたのはなんと舞台袖。ドン、と背中を小突かれる。


「ギャッ」


「ほら!すぐ出番だ、座ってろ!」


居丈高な声の直後にガチャンと聞き覚えのある音がした。


◆◆◆


「さてさて!続いて登場しますのはぁ~」

ファンファーレが響き、大きな鳥籠が舞台に運ばれてきた。


「世にも稀な美少女!瞳は澄んだ空色!唇は瑞々しい薔薇色!しかも魔力持ち!呪術用生贄はもちろん、愛玩用としてもお楽しみいただけますよぉ~?」


空色の瞳、という紹介にふとアルフレッドは舞台を見て、我が目を疑った。


「サイラス?!」


性別詐称の次は身売りか?!

いや、違う。阿呆なことを考えるな。

「親に売られたのか?!」

まあ、その線が妥当だろう。アルフレッドは勝手に推理した。……真実はもっと間抜けな事情なのだが。


アルフレッドが見ている間にも、サイラスの値はつり上がっていく。確かに顔は整っているし、スタイルもいいから着飾ると化けるのだが…


(すっげぇ仏頂面…)


恋愛方面は純朴なアルフレッドからしたら、なぜアレの値がつり上がっていくのかまったく理解できない。


「間違いない!あれは極上のツンデレ!」


「おおっ!私だけに微笑む小鳥に!」


「泣かせてみたい!」


「マリーちゃ~ん!」


…会場が――主に中年のオヤジたちを中心に異様な盛り上がりを見せている。


「300、450、470…え~、他に」


奴隷少女の一般的な価格は50フロリン前後だ。それがあれよあれよという間に約10倍にも跳ね上がった。


「「病んでるな…」」


檻の中のサイラスと招待客に紛れたアルフレッドは、図らずも同時にそう独りごちた。


◆◆◆


事件が起きたのは、サイラスが760フロリンという馬鹿みたいな値で競り落とされた後。次の商品――あるキツネの獣人が競りにかけられた時だった。


「え~、では120フロリンから始めます。どなたか…アアッ!!」

司会者が叫び声をあげている。


「なんてことをっ!せっかくの銀白の毛並みがぁ!!」


嫌な予感がする。


『売約済』の札をかけられた鳥籠の中から、舞台の様子を見ようと身を乗り出して、私は息を呑んだ。血に汚れたふさふさの尻尾。ぴくりとも動かない三角の耳。檻の周りで司会者が右往左往しながら叫んでいる。


「クソッ!せっかくの売り物が!おい!鍵を開けろ!!」


そして、


「おおい!こっちもだ!コイツら自害をっ!」


「幕だ、幕!!」


反対側の舞台袖も騒がしくなった。怒号が飛び交い、私の鳥籠の前を下働きっぽい汚い格好の男が、鍵束を持って走っていく。しばらくして、ガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえた数秒後…


「ギャアアアアッ!!!!」


耳障りな絶叫が舞台に響き渡った。

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