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24 王国の手先?

王国第16部隊隊長ホレス・フォン・ゲイソンは上機嫌だった。理由は言うまでもない。小金を貯めた村を一つ、制圧したからである。しかも村は狩りの後で、魔物のものと思しき素材まで労せずして手に入れた。なんとツイていることか。


村に肉薄するように張らせた天幕で、銀貨を数えていたホレスは、人の気配に素早くそれらを小袋にしまった。


「メイナードか」


軍服を着たひょろ長い男――メイナード・フォン・ラスキン准男爵に、ホレスはにやけた顔を引き締めた。メイナードは王国第16部隊の副隊長の地位にある、ホレスの部下だ。


「村の連中の様子はどうだ?」


「気落ちしております。それだけで」


その報告にホレスは、ニヤリと笑った。


「フン。所詮田舎の下民どもよ」


傍にいた兵に命じて酒を持ってこさせるホレスに、メイナードは一転不安げな顔をする。


「しかし、ここはモルゲン領です。ダライアスが文句をつけてくるのは?」


自分たちがやっているのは、不法占拠だ。ホレスの指示で、モルゲン領主に勘づかれないよう進軍を夜間に行い、モルゲンの街に近づくのも避けた。しかし、ここに居座っていればバレるのは時間の問題だ。

そんなメイナードの指摘をホレスは、酒瓶片手に笑いとばした。


「ハハハ!!メイナードよ、よく見ろ。この村は地図には載っておらんのだ。つまり、モルゲン領主が文句をつけてくるはずがなかろう。我々はモルゲン領の空き地に駐在しているのだからな!」


トントンと、ホレスが指で弾いた地図には確かに人里を示す文字はなかった。


「それにほれ、我々は王国第16部隊。アルスィルとの国境を護りに来た部隊だ。わざわざこの辺境を護るために来てやったのだぞ?どう文句をつけると言うのかね?」


「ほほ、さすがはホレス様!そこまでお考えであったとは…!」


上司の悪知恵に感服するメイナード。ホレスは悪辣な笑みを口許に浮かべ、酒を呷った。


「しかし、こんな貧相な村が銀貨を持っているとはな。いったいどうして稼いだのやら…」


「森ではないですか?恐らく稀少な植物か素材を採って売っているのでしょう」


メイナードが部屋の隅に置かれたグラートンの毛皮を指し示す。ホレスも頷いた。何の知恵もなさそうな下民どもが簡単に金を稼ぐ方法など、それくらいしか浮かばなかったからだ。彼らはウィリス村が、今売れに売れているカードゲームの生産元だとは知らない。


「下民どもに命じろ!明日、我が部隊を森へ案内するようにな!」


「御意」


天幕の中でほくそ笑む二人は、物陰から話を盗み聞きしている侵入者にはついに気がつかなかった。


◆◆◆


私は急ぎ村に戻った。明日、軍隊が森に入るとか言っていた二人――ホレスとメイナード。


させるかよ!


アイツらが来てから、アイザックが倒れた。昨日までピンピンしていたアイザックが、だ。絶対、アイツらが来たせいだ。蘇るのは、あの日のアイザックの台詞――


「ウィリス村の領主は、湖と約束するんだ。この湖を静かに眠れるようにすると、ね。決して戦も争いも、湖を――森を騒がせてはならない。私は、森の周辺に住む人間の代表として、湖と契約している。もし、人間が森で争うようなことがあれば、湖は契約者を殺すだろう」


信じられないけど!信じたくないけど!湖がアイザックの命を奪おうとしているのなら、明日アイツらを森に入れるのだけは何が何でも阻止しなければならない。


いくつか考えはあるけど…私一人だけでは無理だ。村人の協力が要る。私は、大人達が集まっているヴィクターの小屋に急いだ。


◆◆◆


「森に入る、だと?!」


熊親父が目を剥いた。


「なるほど、森に金目の物があると考えましたか…」


ヴィクターも苦い声で村の方を振り返った。


『悪食の沼』の詳細は知らなくても、森を騒がせてはならないとは、村の大人達の共通認識だ。よくないことが起こる、と。現に(よこしま)な目的で森に入った者は戻って来ないからだ。


「なんとかせにゃならんが…アイザック殿が動けんとな…」


そう呟いて腕を組む熊親父の顔には、彼を案ずる色がある。そこへ、扉が開いてリチャードとダドリーが入ってきた。


「父さん、街道はダメだ。兵士が見張ってる」


「ニマム村側もだ」


やってきた軍隊は、約300人。そいつらに街道側は蟻一匹入れ込めないようにぐるりと囲まれているという。外から――ダライアス側からの助けは期待できなさそうだね。


「みんな聞いて。俺に考えがあるんだけど…」


作戦を聞いたヴィクターが眉をひそめた。


「それは危険が過ぎます!相手は兵士なのですよ!」


血相を変えた様子から、私をすごく心配してくれているんだとわかる。でも、この役をやれるのは私しかいないんだ。


「俺もサイラスに協力する!」


「俺もだ。相手が子供なら奴らも油断するかもしれない」


リチャードとダドリーが加勢してくれた。サンキューな、二人とも!一緒ならこれほど心強いものはない。


「ヴィクター先生、」


私はまっすぐヴィクターを見上げた。


「お願いがあるんだ。アイザックと、シェリルたち女子供をニマム村に避難させて欲しい」


森を通って。


街道は兵士に塞がれているが、森の中なら――道なき道だけどニマム村に行けるはずだ。今は天幕に引っ込んでいて出てこないけど、相手は兵士。女子供に乱暴とか、悪夢のようなことを平気でやるだろう。だから、今のうちに逃がしたい。


「ヴィクター先生なら信頼できるし、みんなついてくる!お願い!」


なんとかニマム村に辿り着けたら、モルゲンのダライアスに救援を求めることだってできるんだ。そして、それができるのはヴィクターだけだ。


「それは…断る理由はありません。でも貴…」


「ヴィクター先生!」


私は男だよ、と、目で訴える。ややあって、ヴィクターはおもむろに自身の首にかけてあったものを外して、私の首にかけた。紐の長さを私に合わせ、


「御守りです。」


と、言った。

紐の先には緑色の石が結んである。ヴィクターが肌身離さず持っていたものだ。大切なものじゃないのか?私が口を開く前に、


「すぐに出発します。くれぐれも無理はしないように」


ヴィクターは身を翻し、小屋を出ていった。黙って遠ざかる背を見送る。

危ない橋を渡ろうとしている自覚はある。後で小言は聞くよ。でも今は、守りたい者のために――。

彼の安全を祈って、私は緑色の石を落とさないように服の中にしまった。


「じゃ、森に行ってくるぜ!」


◆◆◆


肌に纏わり付く冷気に震えながら、私はいつもの奴らのところへ行った。


「うっす!今日も元気だな!キモ花ども!」


ピンク色の群生に魔力を与え、蔓が伸びて来たところを木の棒で釣り上げる。萎びてはいけないので、時折水をかけてやりながら、せっせと十数匹を採ると、それを森の入口のポイントに植えつけていく。植えつけた所には、ダドリーが後でワームをやって餌やりしてくれる段取りになっている。腐り花たちを植え終わると、また別の群生地から腐り花たちを釣って、同じく森の入口付近に植えてまわる。作業に勤しんでいると、魔物とは違うぞわりとしたとした気配が纏わり付いてきた。耳元で絶えず囁かれているような奇妙な耳鳴りもしてくる。


…お怒りかよ。

言っとくけど、アイツらを追い払うためにやってるんだからね?


けれど、私の思いは通じなかったらしい。いよいよそれらがしつこくなってきたところで、私は作業を中断させた。


「わかったよ!行けばいいんでしょ、行けば!」


ヤケクソに叫んで、私はあの湖――『悪食の沼』へ向かった。


◆◆◆


まるで凍てつくような冷気を纏う湖。今日も睡蓮が妖しく美しい。

私が湖畔に近寄ると、いよいよ冷気と耳鳴りが酷くなった。森を荒らすなと脅してるんだろうけど、甘いな。私は背負い籠を降ろすと、中から川で魚を捕る時に使う投網を取り出した。それを慣れた手つきで構えると、


「そぉ~れっ!!」


湖の真ん中目がけてぶん投げた。バシャッと水しぶきがあがり、網が水中に沈む。

………。

………。

無視かよ。

腹が立った私は、


「ゴルアァ!!来てやったんだからテメェも顔出せボケェ!!」


叫んで、網を力任せに引っ張った。すると…


「未だかつて、(わらわ)斯様(かよう)な狼藉を働いた者などおらぬぞ…!」


出た。


網に引っかかった服の裾を恨めしげに睨みながら、女が一人湖面に浮かび上がってきた。途端に冷気が強くなる。耳鳴りもだ。


女はまるで波打つような白とも水色ともつかないドレスを纏い、小柄な体軀は二十に届かない少女のよう。抜けるように白い肌には温かみがなく、その整いすぎた(かんばせ)はまるで無慈悲な女王を思わせた。ひと言で言えば、ドスのきいた美女だ。にらみ据えられただけで、身体の芯まで凍りつくかのような迫力。

けど、こういう時弱気になったらいけないんだよね。アイザックが言っていた。私は女をまっすぐ睨みつけた。


「ちょっかい出してきたのはアンタだろ」


そう言えば、軋むような声で「おまえらが森を荒らすからだ…!」とお返事がある。


「別に?何もしなくたっていいんだぜ?そしたら明日、アンタの嫌いな軍隊がこの湖にご挨拶に来るだけさ」


おお、軍隊って言った途端女の(まなじり)が吊り上がった。怒ってる怒ってる。


「昔話聞いたぜ。言っとくけどな、このままアイツらを放置したら昔話の二の舞になるぜ?それをアンタは望んでるのか?」


怯まず問いかけると、女は初めてその表情を驚いたそれに変えた。


「ニ…ノマイ…?」


あ、なんか耳鳴りが治まってきたな。寒気も。よしよし、話を聞く気になったらしい。


「俺に協力するなら、アイツらをこの村から追い払ってやる。その代わり、アイザックには手を出すな」


私が感じた寒気といい耳鳴りといい、契約者のアイザックにもちょっかい出したのは間違いなくこの女だろう。提案に対して女は…


「協力…?力を貸せと言うのか。愚かな人間如きが…」


と、睨み返してきたが、さっきまでの敵意は感じない。逆にまた耳鳴りが始まった。


血を! 血を!

貴女の血を頂戴!

そうしたら、助けてあげる…

貴女のたくさんの秘密

私たちは秘密…貴女が大好き…

欲しい! 欲しい!


「女たちはおまえを契約者に望んでいる」

ややあって、女が苦々しげに言った。


はい…?

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