22 植物紙を売り出そう
王国兵は、村人とモルゲン兵総出のドッキリ以来、姿を見せなくなり、冬にはモルゲンとの行き来は再開された。モルゲン兵たちもようやく任務を終えて、村を引き揚げていった。
そして、私は早々にモルゲンを訪ねることになる。なんとダライアスからご指名で呼び出されたのだ。
いつものように執務室に通された私。
後ろにはアイザックとヴィクターと、珍しいことにヘクター爺ちゃんまでいる。あと知らないおじさんが数人。
「早速だがサイラス、おまえに命令だ」
ダライアスが鋭い眼差しで私を見据えた。
「おまえは以前、植物紙を認めれば魅力ある商品を提案できる、と言ったな」
ダライアスは説明した。
グワルフとの戦は、秋に休止した。あくまでも停戦だが、信用できる筋からの情報では、しばらくの間再戦はしないだろうとのこと。王国内で小規模な反乱がぽつぽつと起こったらしい。
戦争するよりもまずは国内の内乱に対処しなくてはならなくなった、というわけだ。…病んでるな~、この国。
よって、停戦している間に王国にむしり取られた損害を取り戻したい。そのために、新たな収益が欲しいと。聞けば、王国兵を追い払えたのはウィリス村くらいで、他の街や村は大なり小なり金や物資を差し出したのだとか。
「そろばんは、モノを見れば簡単に作れる。しかし、植物紙は見ただけでは製法はわからん」
けれど、筆記用具として販売すると羊皮紙を生産しているベイリンを刺激するため、筆記用具とは異なるモノとして売りたいのだという。…ふむ。
「それからな、これが重要なのだが。おまえ達、王国兵を騙して追い返したらしいな」
あらら?ダライアスが珍しく笑っている。
なんだか不気味だ。
「これを大いに利用する。ウィリス村は魔物の暴走により壊滅。だが、そこに村はある。人もいる。つまり、秘密裏にモノを作るにはおあつらえ向きというわけよ…」
うあ~…悪い顔だねダライアスさん!
「よって、これより先のウィリス村のモノの売買は、すべてメリクリウス商会の名で行う。会頭はわしの方で用意したから、商いについてはその男に従え」
ダライアスの声で、私の後ろにいたおじさんの一人が進み出た。
「栄えあるモルゲン領主ダライアス様より会頭の任を預かりました、イライジャと申します。末永くよろしくお願いします」
農民風情の私たち相手に、にこにこと腰を低くしているが、勘でわかる。このおじさん、商売人だ。営業スマイルで三日月になっているけど、抜け目ない目をしている。
「アイザック・ウィリスが息子、サイラス・ウィリスと申します。こちらこそ末永くよろしくお願いします」
笑顔の中に闘志を漲らせ、私はイライジャさんに手を差し出した。
会頭はベテラン商人、オーナーはダライアス、それで私は企画担当といったところだろうか。おもしろくなってきた。
◆◆◆
「それでは早速、商品についての条件を説明いたします」
イライジャさんが敬語と婉曲表現で盛った無駄にわかりづらい説明によると…
商品を作る上で、
一、生産にあたり、モルゲン及び盟友の領地に利があるようにすること
一、その利は、爵位に見合う配分でなければならない
一、紙の生産の最終工程はウィリス村内で行い、製法は盟友にも秘すること
一、商品にかかわる最終裁定はダライアスが行う
一、細かい収支も漏れなくダライアスに報告すること
という条件がつくこと。
「盟友…とは?」
ヴィクターの質問にもイライジャさんが答えた。
「リスティス伯爵オスカー様、ヴィヴィアン男爵モーガン様、パロミデス子爵ラッセル様です」
ふむ。ヴィヴィアン領とパロミデス領はモルゲンに隣接しているからわかる。両者ともモルゲンの南に位置する領で、パロミデス領はベイリンとも隣り合っている。リスティス領は……どこだっけ?
「リスティス伯爵様は中央近くに領をお持ちです」
コソッとヴィクターが教えてくれた。
リスティスだけが飛び地みたいに離れているんだね。
だんだんダライアスの意図が見えてきたよ。ベイリンと王国に対抗するために、他の貴族と秘密裏に同盟を結んだ。味方になってもらう代わりに、何らかの形で各盟友に金が回るようにしたいんだ。
「各盟友とWinWinになればいいんだね?」
「うぃんうぃん…?」
またいつもの「何言ってんだコイツ?」的な視線を感じたけど、スルーした。
「で、モノの原料調達や製造工程を各盟友さんに分担してもらうって考えでいいんですか?」
私の質問に「さよう」とイライジャさんは頷いた。
「参考までに申し上げますと、ヴィヴィアン領は農業が主ですが鉱石も採れます。パロミデス領は多くの職人を抱えるギルドがございます。リスティス領は王都に近く、流行の最先端をいく大変洗練された街がございます。…はい」
うん。ヴィヴィアンとパロミデスについてはヴィクター先生の講義でだいたい知っているよ。けど…リスティス領は?洗練された街って…産業は?
怪訝な顔をする私に、イライジャさんはコソコソコソッと「伯爵様が芸術だけに注力しておりまして…」と言った後、ダライアスに見えないように口パクで「ぶっちゃけ貧乏!」と暴露してくれた。
………そっか~。約一名、身分が上で面倒くさい人がいる、と。
「私の説明は以上です。さて、次はあなた方の提案する魅力ある商品についてお聞かせください」
試すような目線を寄越してくるイライジャさん。
さて、何を提案しようか。
紙だけど、筆記用具ではないもの。且つ、各盟友の領地にお金が落ちるようにするには…
「ねえ、イライジャさん。『カードゲーム』って知ってる?」
「かーどげーむ…何ですかな、それは?」
首を傾げるイライジャさんにホッとする。よかった。じゃあトランプとかもない?
「とらんぷ…?」
よし、それでいこう。
ウィリス村の植物紙はみんな葉書サイズだ。モルゲン兵滞在中にそれを半分に切ってトランプを作って遊び方を教えたら、ウケたんだよね。早速、どんなものか説明したのだけど…
「王子に王妃に王のカードがある?それは…」
「不敬罪を問われたら、言い逃れができん。ダメだ」
ダライアスに一刀両断で却下された。
別にどこの王とか王子とか指定するモノじゃないし。単なる絵柄だよ?
「万が一ということがあります」
もうっ。ケチな王族だわねっ!
トランプなら葉書サイズの紙から作りやすい。紙をモルゲンで作って、ヴィヴィアンの鉱石を砕いて顔料にして、パロミデスの職人さんに木版画の版木を作ってもらえば量産できると思ったのに。芸術が好きでたまんない伯爵様は絵柄の原案作ってもらえばいいしね。我ながらいい案だと思ったのにな~。
「ふむ。しかし、ゲームなら筆記用具とは別物。貴族の皆様の娯楽といえば、馬上槍試合とか狩りなど、外でやるものが主ですからな。屋内でできる娯楽とは珍しい。絵柄を工夫すれば富裕層にも売り込めるでしょう。そろばんも枠に宝石を埋め込んで玉を真珠にした方がおられましたから…」
私の知らないところで、無駄に金のかかったそろばんが開発されていた。シュールだな、その真珠そろばんとやら。パチパチ弾いたら真珠傷だらけやん?絶対飾り物だわ。お正月に高級デパートが売りだす純金製〇〇みたいな見栄だけの置物を思い出してしまうよ。
「とりあえずその『とらんぷ』とやらは却下ですな。他」
イライジャさんが仕切りなおそうとした時、執務室の扉が勢いよく開け放たれた。
◆◆◆
目の前に発光物がいる。そしてここはベ〇ばらの世界…
「やはり、悪だくみをしておいでだった。ンッンー?」
輝く金の長髪を気障な仕草でかきあげ、ダライアスに魅惑の流し目を向ける……えっと、オネエさまでしょうか??
髪はコテでも当てているのか見事なウェーブを描いて肩にかかり、耳にはアメジストのピアスが揺れる。整った顔立ちは女性的で、大きなアーモンド型の目、右目の下に泣き黒子があり、唇は――素肌の色ではないね。ルージュつけてる。そして、衣装はベ〇ばらそのもの。首元のスカーフがやたら凝っていてゴージャスだ。
オ〇カルや…。
そして、呆然とする面々の前に新たな人物が姿を現した。
「兄上、魔法をお忘れ~ですっ」
オ〇カル、二人目登場。
双子か?弟の登場に、オ〇カル(※兄)は蕩けるような笑顔を浮かべた。
「アンッドゥーレ!ああ私としたことが…」
わざとらしく天を仰いだオ〇カルが、パチンと指を鳴らすと……
オ〇カル二人の周りにいくつもの小さな水滴が生まれた。水滴は光を反射してキラキラときらめいている。はっ!これってまさか…
キラキラエフェクトかー!!
目を剥く私の前でオ〇カルは、ドヤァ!って顔で両腕を広げた。
「魔法は芸術的に使ってこそです!攻撃魔法など野蛮に尽きーる!ご覧なさーい!このまばゆい美しさっ!!」
自作のキラキラエフェクト纏う人なんて初めて見たよ。
つーか、この人……誰?
「リスティス伯爵!お待ち下されっ!」
「オスカー殿!」
と、そこへドタドタと転げるように数人が部屋に走りこんできた。み~んなモーツァルトみたいな格好の中年オジサンズ。えぇ~、ずんぐりむっくりなモーツァルト一名、貧相なハイドン一名、あ、ムキムキなカイゼル鬚一名。濃いメンバーだな。あ、貧相なハイドンが水滴で濡れた床に滑った。カツラがズレたよ!!
……なにこれ?あれか?絶対に笑ってはいけないベルサイユ宮殿…?お正月番組か。
◆◆◆
えー。ごほん。
やってきた双子オ〇カルと濃すぎるメンバーは、ダライアスの盟友の皆様でした。
まずキラキラエフェクトの双子オ〇カルがリスティス伯爵。当主は兄のオスカー・ルージュ・フォン・リスティス様なのだが、二人で一つだとか当人たちしかわからない理由で双子の弟アンッドゥーレ・ブラン・フォン・リスティス様も来ている、と。
濃すぎるメンバーは、ずんぐりむっくりなモーツァルトがヴィヴィアン男爵モーガン様、貧相なハイドンがパロミデス子爵ラッセル様、残るカイゼル鬚はリスティス双子の執事様(※お目付役)だそうだ。
それはさておき。
植物紙を売り出す話だった。
現在、イライジャさんが盟友の方々に私たちの説明と悪だくみをしていないとの釈明をしている。
トランプは却下。トランプ以外にカードゲームといえばUNOだけど、アレにするか?でも数字と文字オンリーだから、あの双子伯爵様は満足しなさそう。だったら…だったら…なんか格好いい絵柄のあるカードゲームは…
あ。
ふと思いついた私は、押し問答をする双子のリスティス伯爵に声をかけた。
「ねえねえ、お星様みたいに眩しくて綺麗な伯爵様、」
褒めるときは具体的に褒めろ……の術。
キラキラした上目遣いを心がけて、私は好意全開な笑顔で伯爵様を見上げた。
「おや?なんだいボーイ??ンッンー?」
あ、よかった。褒め言葉正解で。
若様の時みたいに蹴られたらたまんないもんね。
「伯爵様は芸術を愛する素晴らしい方だとお聞きしました。御自身で作品も描かれるのですか?」
私の質問に伯爵様は目を瞬き、傍らの双子(※弟)と顔を見合わせた。小声且つ巻き舌で「オスカーr」「アンッドゥーr」と呼び合う双子。
噴きだしちゃいけない。歯ァ食いしばるんだ、私…!
「もちろん!兄上はそこらの画家より素晴らしい才能がある!」
「おやおや、アンッドゥーレこそ神に愛されたゴッドハンドの持ち主と名高いのだよ、ボーイ!」
興奮して互いを褒めちぎる双子オ〇カル。
「あのっ!じゃあ騎士様やモンスター……ドラゴンは描けますか?」
そう言いながら、私は持ってきた植物紙をササッと二人の前に差し出した。
「「ンッンー?」」
「できれば、この半分の大きさに、構図は…」
描いて欲しい絵を身振り手振りで説明する。インクないかなー?
「この大きさに余白少なめで格好いいポーズの騎士だけを描く?そんなこと簡単だよ、ボーイ!」
さすがこの中で一番身分の高い伯爵様。ダライアスの机からインク壺を取りあげると、即興で描いてくれた。
………。
………。
………。
おおっ!!
ものの数分だったと思う。
伯爵様は、黒一色だけで画家顔負けの細緻で見事な騎士とドラゴンを描きあげた。すごいわ。しかも技術だけじゃなくセンスもあって、馬に跨がり剣を構える図の切り取り方がまた見事!
「絵師様だ…」
思わず純粋な尊敬の眼差しで伯爵様を見てしまったよ。白黒だけでこれなら、色付きならさぞいい絵が出来上がるに違いない。
「ラッセル様、この絵を版画にすることはできますか?」
「はんが…?」
私の問いかけに答えたのは、パロミデス子爵ではなく伯爵様の方。あれ?木版画ってないの?ないのか。
「この絵を木の板に写し取って、絵の周りを削って…」
色毎に版木を作って、重ね刷りする――日本の浮世絵の技法。これなら、同じ絵柄で大量生産が可能となる。
「ふむ。それは新しいな!腕が鳴るよ!ボーイ!」
「色毎に版木を作る。さほど難しいことではないし、うちの職人ならできますな。版木の木材とインクが揃えば、我が領で作れますよ。」
「木材はモルゲンにあるだろう。顔料は我が領の鉱物で作れる。膠もある。」
各領の才能と特産品をいい感じに利用できるね。よし。
「けれど…その大きさの植物紙に絵柄…いったい何にするんです?」
怪訝な顔のイライジャさんに私は、前世で少年たちを虜にしたカードバトルゲームについて説明した。
攻撃力・守備力をそれぞれのカードに設定し、互いの陣を攻撃して相手のHPを削り、0にしたら勝利、というゲーム。最初はこれだけでいい。売り出し時は、わかりやすさが肝要だ。デッキの枚数だけルールで指定して、どのカードをデッキに入れるかは各プレーヤー次第。カードは何枚かのセットで、どのカードが入っているかは明かさず販売する。男の収集欲を刺激する玩具だ。
「ほほお…それはそれは…」
イライジャさんもニタリと笑った。絶対に売れるよね?




