21 王国兵が来た!【後編】
「ちょいと邪魔するぜ!」
光を背に入り口に現れたのは、熊親父もといリチャードパパだった。熊親父は私の姿をみとめると「よぅ!」と手を上げてニタリと笑った。そして、机に広げられた地図を見て「なんだこりゃ?」と首を傾げた。
ちなみに熊親父も他の村の大人同様、文字はわからない。村の外に出ない限り、文字は生活に必要ないもんね。
「地図ですよ。アイザック殿に見てもらいたいのですが…」
ヴィクターが困ったように、先ほどの話を熊親父にもした。話を聞いた熊親父は難しそうな顔で考えこむと、ふと地図に目を落とした。
「すまんな、俺は文字がわからんから読めないんだが。ベイリンというのはどこにある?」
「「ベイリン?!」」
私とヴィクターは二人同時に叫んだ。
なんで熊親父の口からベイリンが出てくるんだ?!
私たちの反応に怪訝な顔をした熊親父だが、ややあって、
「ああ、いや。さっき俺はニマムから戻ったんだが、ヘクターの爺さんから言伝を頼まれたんだ。ベイリンが不穏な動きをしとる。物売りと街道の通行を当面控えろ、とな」
私たちは顔を見合わせた。
「このことはアイザック殿には?」
「いや、これから行くところだ」
「すぐに行きましょう!村の大人を集めてもらえませんか?」
何かを察した熊親父が急いで村へ向かい、ヴィクターと私もその後に続いた。
◆◆◆
広場の真ん中に机を持ち出し、それを村の大人たちが取り囲んでいる。机の前にはヴィクターがいて地図の説明をし、熊親父がベイリンの不穏な動きについての情報を皆に伝えた。
なんでもベイリンは、「モルゲンはそろばんの発明で大儲けをしている。周りの村も相当金を貯め込んでいる」という噂を広めているのだという。
よって領主のダライアスが、ニマムを通じてウィリス村に物を売るのを控え、街道を通るのも当面控えろと通達が来たのだ。これはそろばんの他に、ヴィクターが植物紙を売っていることもバレてるっぽい。輪の中心にいるアイザックは、困った顔で話を聞いている。
「植物紙とそろばんについては、販売をいったんやめましょう。それから、村の在庫も埋めます」
ヴィクターが言った。
「ヴィクター殿がそう言うのならば」
と、アイザック。
他の村人たちも重々しく肯いたところで…
「おい待った!どうして村の在庫まで埋める必要があるんだい?」
熊親父が手をあげた。
「先ほども話しましたが、王国が戦を始める気配があります。恐らくベイリンは王国から戦に協力せよと、金か物資を求められたのでしょう。それを自領ではなく、モルゲンに負わせようと企んだのではないかと。だとすれば、そう遠くないうちにここに王国兵がやってくる可能性があります」
ヴィクター先生、相変わらず小難しい言葉を使われる。
「ざっくり言うと、この国の王様は今、お金が欲しくてたまらないの。ベイリンは「モルゲンはお金をたくさん持ってますよ~」って噂を流して、お金が欲しい王国兵をモルゲンに行かせようとしてるんだ。自分の領地に王国兵が来て欲しくないから。だから、王国兵が村のお金を狙ってここに来るかもしれない。お金になりそうな在庫は、盗られないように埋めて隠した方がいい。そういうことだよね?ヴィクター先生?」
私が説明を翻訳すると、ヴィクターは肯いた。
「なるほどな。わかった、在庫も金目の物も埋めよう。俺たちゃ田舎の貧乏人だ。何も持っちゃいねぇ」
熊親父は納得したようだ。
誰も好き好んで自分たちの財産差し出そうなんて思わないもんね。
「具体的にあとどれくらいで王国兵とやらは来るんだ?」
また別の大人が手をあげた。
ヴィクターが地図を指す。
「少なくともベイリンの近くにはいるでしょう。すると、早ければ明日来てもおかしくありません」
だよね。
スマホとか文明の利器もないこの世界では、通信手段は手紙か直接赴くかの二択。ベイリンは隣領だし、ダライアスからの通達だって時間差がある。
「そうと決まりゃあ、すぐ作業に入るぞ。穴掘りだ」
熊親父の掛け声に大人たちが続く。
「アイザック殿、」
ヴィクターはアイザックを呼びとめていた。念のため私も傍に行く。
「森を抜けるご許可をいただけませんか。アルスィルに助力を請えば…!」
「森は兵士を嫌う。通す手引きをすれば、村に何が起こるかわからない」
苦い顔でアイザックは言った。
アルスィルって、森の向こうにあるっていう隣国のアルスィル帝国?ヴィクターは、隣国に助けてもらおうとしているのだろうか。
「しかし…万が一ここに王国兵が来てしまえば、森が荒らされるのは見えています!」
言い縋るヴィクターだったが、「まずはできることをしよう」というアイザックの言葉に肩を落としていた。
◆◆◆
数日経った。
王国兵はまだ姿を現していない。しかし、彼らの代わりに来た者があった。モルゲン領の紋を入れた甲冑を纏い、軍馬に跨がった兵である。即座に村人たちが広場に集められた。
「モルゲン領主ダライアス様の名代として命じる!これより、村から外へ出ることを禁ずる!」
ざわめく村人たちを睥睨し、兵はさらに村人たちに街道に駐屯する兵士に食糧を提供するよう命じた。
「いったいどういうことだい?!」
「ここから出るなって…」
なんとなく私にはダライアスの考えていることが読めているんだけど、大半の村人は情報が少なすぎて混乱している。
「兵隊さ~ん!」
ざわめきを割って、私はピカピカの甲冑姿に声をはりあげた。
◆◆◆
ヴィクターの家に、先ほどの兵士のおっちゃんを招き入れ、薬草茶でおもてなしする。ホスト役は私、ヴィクター、アイザックに熊親父。え?むさ苦しい?しょうがないじゃん!
「王国兵が来たのですか?」
ヴィクターの問いかけに兵のおっちゃんは重々しく頷いた。
「ベイリンの浅知恵のおかげでな、我が領に兵と戦費を要求しに来たのだ」
曰く、ダライアスは街にいる兵士の大半をニマムとウィリスに繋がる街道に派遣したのだという。名目は魔物討伐。
ああ、やっぱり。
兵士をこっちに避難させたんだ、ダライアスは。たぶんだけど、アイツも物資を埋めたね。
「ウィリスの森で魔物による甚大な被害が発生。戦況は悪い。そういうわけで、賑やかに行き来してもらっては困るのだ」
と、兵のおっちゃんは申し訳なさそうに言った。
魔物が暴れていると聞けば、王国兵はその先に進むのを躊躇う。だから、ボロが出ないようにしたいと。
前から思っていたけど、王国の心象悪いね。不毛な戦争を起こしては、お金を要求してくるなら当然っちゃ当然だけど。
ダライアスの兵士は、村が見えないギリギリの地点に野営しているという。つまり、ダライアスを押し切って王国兵が来ても、そこで食い止める気だ。私はアイザックたちを振り返った。熊親父が大きく頷く。
「わしらの代わりに矢面に立ってくれるんだ。食糧はなんとかしよう。村人にはアイザックから話してくれ」
「わかった」
こうして、ウィリス村はダライアスの兵を受け入れることになった。
◆◆◆
季節は真夏。太陽がギラギラと街道を照りつけている。
ダライアスの兵士は、大半がウィリス村の中に野営地を移していた。魔物討伐が難航していると装うのもあるけど、村の方が涼しいからだろう。あの不気味な湖があるせいか、ウィリス村は夏でもひんやりした風が吹く。まるで、標高の高い避暑地にいる気分だよ。
アイザックの要望で、村では兵士たちは鎧を脱いで過ごしている。そうしていると見た目は普通の村人と大差ない。村人と兵士もだいぶ打ち解け、穏やかに日々が過ぎていた。まだ、王国兵が村までやってくる気配はない。
「差し入れ持ってってきな、サイラス」
そんなこんなで、夕方、村のおばちゃんたちからの差し入れを持たされて、私は街道にいる兵士のところへ向かった。
「魔物討伐だと?たかだか男爵の手下どもが。子爵たるゲイソン様に逆らってタダで済むと思うのか?」
見慣れない人間の姿に、咄嗟に鍋を持ったまま近くの繁みに身を潜めた。聞き耳をたてると…
「貴様らはモルゲン領主の家来である前に王国の家来だろうが」
「たかだか田舎の村なんぞより王命が重要であろう」
モルゲン兵とは違う形の鎧を着た二人組が、居丈高に街道に立つ兵士に迫っている。
あれ…もしかしてアイツらって王国兵なの?
モルゲン兵と王国兵?は押し問答を続けている。しばらくして日暮が迫り、空がオレンジ色から紫紺にその色を変える頃、
「チッ。日が落ちるか。今日は帰るぞ」
「明日は村を見るからな」
王国兵は舌打ちして背を向け………たと見せかけて、不意をついてモルゲン兵を持っていた杖みたいなもので殴り倒した。
「!!」
そして倒れた兵士を満足げに見下ろして、ゲラゲラ笑いながら街道を戻っていった。
…心象悪いと思っていたけど、なんて奴らだ!
二人組の姿が遠ざかるのを見計らって、私はモルゲン兵にかけ寄った。
「おじさん!大丈夫?!」
夕闇の中よく見えないけど、頭から血が滴っている。かけ寄ってきたのが私だとわかると、モルゲン兵は大丈夫だという風に片手を挙げてみせた。
「はは。このくらいでくたばるほど、おじさんはヤワじゃないよ」
そうは言っても何もしないわけにはいかない。応急処置にと、傷口を押さえて魔法で冷やすと、モルゲン兵は気持ちよさそうに目を細めた。
◆◆◆
王国兵が来た。
なんとかしなければならない。
ウィリス村の大人たちの話に耳をそばだてると、あの二人組が持っていた杖みたいな物は魔道具なのだそうだ。厄介な代物で、カメラみたいに魔道具が視た映像を離れたところにいる人間が見ることができるらしい。派遣された王国兵はたった二人でも、背後には王国の目がある。反発すれば王国が動くと脅しているのだ。
「アイツらを殴れば、王国に反逆の意志ありと見なされ、最悪モルゲン領ごと潰されるでしょう」
ヴィクターが難しい顔で言った。
「明日、村に来ると?」
熊親父が憮然とした顔で腕を組む。
絶対ろくなことしないよ、あの二人組。
「森に逃げるにしても、グラートンがいるしな…」
「なんとか諦めさせられればいいんだが…」
アイザックのそのセリフで私はふと閃いた。
……そうだよ!諦めさせればいいんだ。
兵士も物資提供もめっちゃ無理な画を作ればいいんじゃない?
私は思いついたことを実行に移すため、熊親父の服を引っ張った。
◆◆◆
そして翌日。
昼を回る頃、またアイツら――二人組の王国兵がやってきた。
彼らは昨日モルゲン兵を叩きのめした場所を見た途端、ギョッとした。
「兵隊さ~ん」
「うえ~ん」
昨日までモルゲン兵が立っていたところにいたのは、みんな年端もいかない子供ばかり。それが揃って縋りついてきたのだから。その中に私も紛れ込んで嘘泣きをしているんだけどね。
「魔物が…魔物が…」
「みんな死んじゃったのぉ…」
ピーピー泣きだした子供たちの背後――村の方向からタイミングを見計らったかのようにモクモクと怪しげな黒煙がたちのぼる。そして謀ったかのように、薄ら寒くなる空気。さらに遠くから獣の遠吠えが聞こえ、さすがの王国兵も異様さに息を呑んだ。そして、何の予告もなく大きな火球が飛んできて、王国兵の足元に着弾。
「うわぁっ!」
「ひっ!?」
杖を取り落とし、尻餅をつく二人組。
子供たちは、火球が落ちた途端、火がついたようにわあわあ泣きだした。
「魔物っ!魔物が来るぅ!!」
「火竜が来るよぅ!!」
パニックでこんなことを叫ばれたら…ビビるよね?
ちなみに、ウィリスの森に火竜なんか生息していません。
ちなみに獣の遠吠えは、村人――狩人たちの鳴き真似。
薄ら寒い演出は、街道から少し離れた繁みに隠れた村人たちの魔法。
黒煙を焚いているのはモルゲン兵。
飛んできた火球は死角からヴィクターが放ったもの。
そうさ!ドッキリだよ~ん!
「何?!火竜だと?!」
だけど、そんなことなど知りもしない王国兵は、昨日の威勢が嘘のように慌てふためき、先を争うように逃げていった。
「………。」
「………。」
「やったぁー!!」
二人組が見えなくなるなり、泣き真似をやめて快哉を叫ぶ子供たち。私も笑顔だ。
この作戦を話したら、大人たちからも次々にアイディアが出たのだ。特にモルゲン兵はノリノリだったね。小屋を一つ派手に吹っ飛ばそうとか、ヴィクターが止めなきゃ危うく乗っかるところだった。
ちなみにヴィクターは、子供たちを出すことについて、「そんな危険なことを」と渋い顔をしていたけど。結果オーライだ。
王国兵め、ざまあみろ!




