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205/205

205 エピローグ~ペンが剣より強い国を~

薄暗い森を、艶やかな黒髪を靡かせ、十歳くらいの少女が駆けている。森を飛び出した少女は、紫水晶と空色のオッドアイをきらめかせ、女王の館の窓から中へ飛びこんだ。


暴挙である。


「お父様!」

執務室の扉を蹴り開けて、少女は執務机にいる『父』の背中に飛びつく。


「お父様!お父様!ハゲケブカブタウサギを殴ってきました!」


喜色満面にとんでもない報告をする娘に、私――サイラス・ウィリスは眉を下げた。今年十歳になる長女は、成長するごとにお転婆に拍車がかかっている。既に魔界に出入りし、スケルトンと遊んだとか笑顔で報告してくれる。


「コラッ!貴女また窓から中へ入ったでしょう!」

執務室へ、(まなじり)を吊り上げた女王が殴り込んできた。


「お…お母様、あれは…その…様式美というもので…」


「お黙り!!」


一転、小さくなってしょぼくれる娘。

愛されて、すくすく育ってるんだけどなぁ。オフィーリアの恫喝がよほど怖いのか、怒鳴られる度にニュッと黒い鱗が浮き出てくる――娘もまた真人間ではない。魔物と人間のハーフにさらに魔王様の加護で、やや魔物寄りの娘である。


娘は、血のつながりのないオフィーリアを『母』と呼び、私のことは『父』と呼ぶ。血の繋がった本当の父親であるアルのことは、『公爵様』と呼んでいる。それだけは徹底させたんだ。勘のいい子だから、この子自身も真実は薄々気づいてはいると思うけれど。


「今度、『公爵様』の屋敷へ行儀見習いに行くんだから、ニコラもダメなことはわかっているよね?」

目を見て、諭すように注意する。ウチはともかく、向こうは礼儀作法に厳しいからね?


「おじいちゃんは、元気なのは良いことだって言うもん!」


ま、ここで素直に言うことを聞く、ラノベに出てくるような『よい子』ではないよ。ウチの娘は。屁理屈は日常茶飯事だ。


「いい?礼儀作法は身につけなきゃ、将来誰も見向きしてくれなくなるよ?印象は大事なんだ」


この台詞も何回言ったかなぁ。


「いいもん!ニコは将来、お花屋さんになるんだもん!」

ハイ、言い返した。



ああ…ウチは世襲制ではないよ?変えたんだ、法律を。


我が国は、数年前から議会制を採用している。投票で国のトップを決める――身分制に真っ向からケンカを売るような制度。でも、今のところ上手く機能している。


と、ガチャリと扉が開いて、長い脚が優雅に一歩踏み出した。


「あ!『公爵様ァ』!」

身を翻した娘が、オフィーリアの横をすり抜け、『公爵様』――アルに抱きついた。その頭を、大きな手がよしよしと優しく撫でる。


「ニコ、大きくなったな」

緑玉の目を細めて、アルは、娘に次いで私を見た。相変わらずイケメンだこと。


「早いね。ギリギリになるかと思ってたけど」

仕事の手をとめて立ち上がり、彼が抱っこしていた次男を受け取る。

次男は、オフィーリアの息子としてメドラウドに養子に入っている。次男は私ともアルとも違う金髪に、アプリコットグリーンの明るい瞳。きっと、この色彩は私由来だ。名前も知らない本当の両親の。


私を見つけると、ギャンギャンとグズる次男の背を叩きながら、アルに椅子を勧めた。


「少し、家族とゆっくりする時間が欲しかったんだ」


「『公爵様ァ』、本を読んで下さい!」

すかさず甘える娘。


今夜からみんなで川の字だね。眠れる気がしない。


ん?ヘンかな?

母親を『父』と呼ばせ、父親を『公爵様』と呼ばせ、さらに子供をそれぞれ一人ずつ引き取っているなんて。


日本にそういう家族がいたら、きっと色眼鏡で見られるんだろう。でもね。これが、男装して国を背負う私とアルの在り方で、呼称からは想像できないかもしれないけど、ちゃんと私たちは家族だ。


「国際会議の次は学園祭か。忙しいな」

アルが壁に貼り出されたスケジュールを見て苦笑する。


大陸中から生徒を集める学園も、いろいろと根回しした末に開校し、国際会議も続いている。ウチの商業圏で戦争なんか起こそうとすれば、即刻潰せるほどの力を今や持っている。


好戦的な聖女サマ、もといノエルたちのいる南部とは、綿花のやりとりを始めて既に五年。紡績と染をベイリンで一手に担い、取引量も国にとって無視できない額になった。聖女サマは相変わらずウチと戦おうとかほざいてるけど、ここ最近はライオネルにその都度窘められているらしい。アナベルも目を光らせているし、滅多なことはできないだろう。


ペレアスもようやく安定してきた。ウチの制度を真似て、議会制を導入したいとか、女王は手紙で言っていた。世襲制は、やはり不安があると。そのために、どうしたら身分制と相反する制度を容れられるか、って手紙で聞かれて、先ずは法律を見直せと、アドバイスはしておいた。


身分の上下があるとさ、どうしたって力の差ができてしまうでしょ?ペンが剣より強く……は、なれない。


これは秘密だよ?


ウチの建国史に、とっておきの条文があるんだよ。


『血筋に基づき、王侯貴族はミドルネーム『フォン』を名乗り云々…

……

……

……

但し、王侯貴族は身分を名乗る義務こそあれ、その身分はあくまでも象徴であり、権力を保障するものでも、罪を免除するものでも無い。人は皆、平等である』


完結いたしました。長らく拙作におつきあいいただきまして、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 腐り花を釣ったり、植物紙を作ったり、できるところから一歩ずつ形にしていくところがたまらなくたのしい幼少期から、町に、学園に、魔界にも行って……どんどんと舞台は移っていき、飽きることがありま…
[良い点] 男装少女としての、生き方を貫きつつも、 ちゃんと子をなし、アルとも結ばれた、 一つの形。復讐心に駆られても、 相手が一方的に仕掛けてきても、 戦いではなく、政治で、 きっちりと、落とし前を…
2021/01/08 09:15 退会済み
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