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203 愛し、慈しめ

キャンキャンと煩い老害貴族を黙らせ、容赦なく馬車――いつか私も乗せられた護送用の罠付き馬車。お貴族様のために、中身だけはせいぜい豪奢に作らせてもらった――に放り込んで。ノエルにも傀儡術が効かないゴリマッチョを付けたところで、私のところにルドラ王女がやってきた。


「サイラス殿、貴殿の望みはわかった。傀儡の王にでも何にでもなろう。だが一つ、叶えてはくれないか」


私の顔色を窺いつつ、彼女が視線を投げたのは、ペレアス貴族を押しこんだ護送馬車だ。


「我がルドラは、アイツらに蹂躙され、既に多くを失った。我が家族も――兄を殺されたのだ。このままでは私も、故国も納得はできぬ。どうか、この手で志を遂げさせてはくれないか」


兄、と明かしたとき、彼女のそれまで張りつめていた表情がぐにゃりと激情に歪んだ。彼女もまた、耐えがたい憎しみを胸に燻らせているのだ。かつての私と同じように。


せめて、仇をうたせてくれ。


その願いは、痛いほどにわかるよ。


「貴殿は、既にペレアスの頂だと私は言ったよ」

彼女の潤んだ瞳を見上げて、私は言った。


「貴殿は国王だ。国王は臣民を愛し、慈しむものだよ。……断ち切るんだ」


「ッ」


ヒュッと息を呑む音が聞こえた。君なら、生粋の王族たる君なら、わかっているよね?トップになる意味を。


その瞬間から、仇敵は護るべき民になるのだと。


憎しみ、恨み……そりゃあたくさんあるだろう。忘れろとまでは言わないよ。ただね、武器を捨てるのは、勝者にしかできないことなんだ。因縁を断ち切るのも、また。


「そんなっ…!それでは納得できない!私も!我が民も!!」

赤毛を振り乱し、ルドラ王女は叫んだ。慟哭のような、声だった。


「私は…そんな、できた人間ではない」

弱々しく吐かれた、呟き。


うんうん、わかる…って言ってあげたいけど。

でもね、私も貴女の暴挙を許したわけじゃないから。落とし前は、つけてもらうよ。


「ああ。国が安定するまで、我がモルゲン・ウィリスは全力で支援しよう」


棒読みになったのは許してね。エレインを荒らされた怒り――その感情だけは、どうしようもできないから。その代わり、有言実行はする。


「仇を…それだけでいい。貴殿は、アレらから権力を取りあげるのだろう?政の中枢から遠ざけるのだろう?なぜ…なぜダメなんだ!」


悲鳴のような叫びを叩きつけてきた女の胸ぐらを、私は掴みあげた。


「甘ったれるな!!」


女の子を泣かせるな?それで非難できるのは、野郎だけだ。あいにく私の中身は『女』だからね。容赦しないさ。


「アンタが終わらせなくて誰が終わらせるんだ!!見たんだろう?戦で荒れる祖国を!家族を失ったんだろう?死んだ人間は!クソ貴族の首を飛ばしたって!戻ってこねぇんだ!!復讐は!自己満足でしかねぇんだよ!!」


興奮に朱に染まった頬を、一筋、二筋と透明な雫が伝う。


「アンタがやるべきことは!修復だ!!悲劇を繰り返さねぇことだ!!わかれ!!上に立ったらなぁ、イヤなヤツとでも付き合わなきゃ、折り合いつけなきゃ、平和なんて手に入らねぇんだよ!!私と違って!アンタは生粋の王族だろ!血税喰って!ここにいるんだろ!責任果たせぇ!!!」


力尽きて王女を放すと、彼女はガクリと膝をついて、肩を震わせた。


「アッ…アアアアッ!!」

慟哭が、晴れ渡った春の空に消えていった。


◆◆◆


首脳陣を捕らえられたペレアスは、ロクな抵抗もできないまま、サイラス率いる部隊を王宮に招き入れた。そして、その場で国王は降ろされ、新たに女王が即位した。新王朝の誕生である。その際、ペレアスはモルゲン・ウィリス王国と下記のような協定を結んだ。


一、新女王に、モルゲン・ウィリスでの国際会議の議席を与える


一、ペレアスは、防衛専用を条件に、モルゲン・ウィリスと年一万フロリンにて傭兵契約を結ぶ


一、ペレアスは、南部諸領をライオネル・フォン・ペレアスに割譲し、独立を認める


一、モルゲン・ウィリスは、ペレアスの女王の後見を引き受け、街道の整備及び治安向上の目的でのあらゆる支援をおこなう


旧政権の中枢にいた者達は皆その地位を降ろされ、多くの領地では領主が別の者に入れ替わった。その際、今までミドルネームにあった『フォン』は消え失せ、代わりに『ゾーン』に置き換えられた。女王の故郷、ルドラの慣習に従い、『女王は国の母、そして臣民はその子である』という意味をこめて。


「ルドラにそんな慣習あったのか?」


聞いたことないんだが、と首を傾げるアルに、ウィリスに戻った私は淡く笑んだ。


「大丈夫。ちゃんと『創って』おいたから」



いつの間にか、季節は夏へと移行していた。

新女王は今、領地を一つ一つ視察してまわっている。目的は『知る』こと。地道な融和策だけど、ぜひとも効果を出し、一刻も早く安定した治政を実現しなければならない。


王都から――女王の留守を預かるネイサンをはじめとした、かつての騎士学校の仲間たちからの報告の手紙の文字がぼやける。最近、眠気がすごいんだ…。


「サアラ…?」


「ん…」


風通しのよい部屋のカウチに並んで座るアルの肩に、寄りかかって目を閉じた。風がふわりとカーテンを膨らませて、ゆっくりと落ちてくる。


「少しだけ…」


相変わらず忙しいけど、ここ数日は穏やかな日々が続いている。

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