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202/205

202 勝負つくとき

観客席――。

茶番を仕組んだペレアス古参派重鎮たちは、予想外の展開に目を剥いていた。


舞台では優勝させるはずのルッドゥネスの倅が、酔狂なことに金貨ウン千枚の魔法杖をキノコにやられ、さらに汚染された鎧も自ら脱ぎ捨てて、見苦しくも丸腰になったところだ。


「ええい!審判め!何をしておる!」


「それより兵じゃ!あの赤毛の首を刎ねろ!事故の体で殺せば問題なかろう!」


しかし、喚きたてる老害たちを余所に、赤毛の対戦相手は両手剣を鞘から抜くや、まっすぐ構えの姿勢を取った。それに合わせて、観客席のどこからか聞こえてくるコールも熱くなる。引き返せない状況ができてしまっていた。


「さあ、正々堂々勝負といこう!魔法でも剣でもかかってこい!」


対戦相手はヤル気満々である。そして明らかに、素の戦闘力は向こうの方が上である。トビーはチートな装備をすべて外した上、短剣すら持っていない。


「貴様っ…!明らかに不公平だぞ!」

何の非もない対戦相手を詰るトビー。格好悪い。


しかし、対戦相手はできた人間だったらしい。彼の配下と思しき騎士が数名駆けつけ、赤毛の対戦相手のと同じ両手剣と防具をトビーに寄こしていった。いそいそとそれらを身につけるトビー。観客の視線とか自分の立場などは頭から追い出した。


ようやく戦う準備ができたトビーは、ふらふらヨタヨタと剣を構えた。元々生粋の貴族であるトビーに、鉄の武具を操る筋力などついてはいない。なにせ、当初の武器たる魔法杖も軽さ重視で選んだのだ。

でも、ここまでしてもらってもう後には引けない。


「てあぁぁ!!」

余裕ぶった態度に挑発され、重い剣を引き摺るように赤毛の騎士に斬りこみ、


ガン!


「べぶしっ」


剣の腹で横っ面を軽く張りとばされて、地に墜落した。


「…フゥッ…ハァ…」


だが、トビーはもう後には引けないのだ。鼻血を垂らしながら立ち上がり、


「はぁあ!!」

斬りかかり、またもあしらわれて地に転がる。延々それを繰り返した。






我が国を降した大国の頂には、こんな軟弱なバカ共しかいないのか。


フルプレートメイルに身を包み、アレクザンドラはただただ虚しかった。足許に奈落の口が開いたような心地さえする。


また、あしらう。稚児の遊び以下の茶番――


「こんなもののために…」

呻くように呟いた。


視線の先では、先ほど弾き飛ばした男が無様に尻を突き出し、蠢いている。


「こんなものの…ために…!」


頬を伝ったのは、悔し涙だ。故国を倒した敵が盤石かつ堅牢な組織なら、まだ納得できた。仕方なかったのだと。だが、実際はどうだ?先日の令嬢然り、目の前の対戦相手然り。なんと…危うい連中なのだろう。


故国を攻めたペレアス軍は強かった。しかし…その首領たちは?真っ当に勝ち上がったアレクザンドラにとって、骨があったと感じたのはアレックスという少年のみだ。他はあまりにも情けない実力で…


霞んだ視界を取り戻すべく、アレクザンドラは兜を脱ぎ捨てた。艶やかな赤髪が背を流れ落ち、鋭く整った美貌が露わになる。


「な…?!き…貴様、女ではないか!」

ようやく起き上がったトビーが喚いた。


観客席もざわつく。優勝候補の貴族を完膚なきまでに打ち負かしていた者の正体が、まさか女とは…!


「ふっ…フハハハッ!見よ…女なのだ、アレは」

据わった目でトビーはアレクザンドラを指さした。


「よって私の勝利!勝利なのだぁ!!」


舞台の中心で、無様に顔を腫らした男が喚く。


「私が!優しょ」

トビーが宣言しかけた時だ。


ドォオン!!


轟音が会場を揺すぶった。


◆◆◆


突如響いた轟音。観客席は、水を打ったように静まり返った後、一転ざわざわとどよめきだした。


外で何かが起こった。それも、よくないことが。


怒号やわめき声が飛び交い、警備に当たっていた兵が奔る。そして齎されたのは…


「申し上げます!兵の一団がこの建物へ接近してきております!さきほどの衝撃は魔道具による攻撃かと!」


つまり奇襲だ。兵が報告をあげた重鎮の一人、ラップドッグ伯はすぐさま迎え撃つよう魔術師団の兵団に命じた。自らも指示を出すために外へと飛び出す。抜け駆けされてはならぬと、政治の中枢にいる古参派貴族の面々も次々に後を追った。


「追え追え!完膚なきまでに潰すのだ!」


一転、逃げに転じた奇襲部隊を見て、古参派貴族たちは愉悦の笑みを浮かべた。しかし…


「おい!あっちにもいるぞ!」


進む先から次々と少数の兵団が湧いて出る。それらはペレアスの精鋭兵を追い立てるがごとく、渦を巻くように精鋭兵団に絡みつき、あっという間に取り囲んだ。そして包囲の輪の中にいた兵士たちがバタバタと倒れてゆく――


誰も、何も言えなかった。


最強と名高い兵士たちだが、有能ゆえに冒険者に鞍替えするなどして、数を減らしていたこともあるだろう。ようやく、囮に誘い込まれて壊滅させられたのだと気づいた頃には、ペレアス貴族たちは、視界を埋めつくす敵兵に包囲されていた。


誰もが呆然と立ちつくす中、敵兵の向こうから鈴を振るようなころころと愛らしい笑い声が聞こえてきた。サッと兵の包囲が割れ、銀朱の髪に純白のドレスを纏った銀朱の髪の娘が現れた。ノエルだ。


「神の羊たちよ」


玲瓏とした声が、厳かに言葉を紡ぐ。


「跪きなさい。貴方方の中に王の器などおりません」


いけしゃあしゃあと武道大会を認めないと発言するノエル。


「そうだな。この程度の奇襲も見破れず、指揮を誤った者を将軍とは呼ばないね」


痛いところを突かれ、顔を真っ赤にするペレアス貴族たち。ノエルは尚も続ける。


「王家の血筋を「ああ、ルドラの姫君はその点、実に見事だった。武道大会で優勝したばかりか、会場へ奇襲を仕掛けて物にしてしまったのだからな!」


……。


「は?」


「え?」


ノエルと表に出てきたアレクザンドラは、突如被せられた声に目を点にした。


「私が、勝った?それでいいのか?」


「は?!貴女まさか優勝したの?!」


女二人の頓狂な声がかぶった。

そして何より、この妙な違和感の正体は――


「サイラス・ウィリス?!」


いつからそこにいたのだろうか。すっかり貴族じみた格好をして、空色の瞳に妖しげな光を宿した青年が、目を細めて佇んでいた。


◆◆◆


「見事な手腕だったよ、アレクザンドラ王女」

弧を描く口許で柔らかく言ったサイラスは、パチパチと拍手をした。しかし、その声音にも表情にも言い得ぬ圧がある。


「ちょっ!何言っているのよ!これは私の…」


「聖女様は黙ってくれ」


噛みついたノエルをもぴしゃりと黙らせ、サイラスは呆然と立ち竦むペレアス貴族に目をやった。鋭く、冷めた目だった。


「引き比べて、貴殿らの体たらくには失望した。兵の使役では、貴殿らの方が歴史が上だったはず。それを囮に惑わされてこうもあっさりと負けるとは。さらには、チャンバラごっこでも女に勝てなかったとは」


何人かの、現実に立ち戻ってきたペレアス貴族たちが顔を真っ赤にして震えているが、意に介さずサイラスは言葉を続けた。


「いっそ、アレクザンドラ王女を国王に戴いてはどうかね?彼女は紛う事なき王家の血筋だ。彼女は女だが、さきほど男の頂点より優れていることが証明された。モルゲン・ウィリスは認めよう」


「なっ?!貴様!ふざけるな!!」

堪らず唾を飛ばして喚いた老害――ルッドゥネス侯爵。


「その女はルドラの賤民!何が王家の血筋だ!」


「貴様、平民の分際でぬけぬけと!」


口々に喚くペレアス貴族。


「貴殿らはまだ、わからないのかい?敵兵に囲まれ、気勢をあげるなど。死にたいのかな?」


しかし、サイラスの言葉を合図に槍の穂先を向けられ、一斉に沈黙した。それを見て、サイラスは今度はアレクザンドラ王女に向き直った。


「アレクザンドラ王女殿下こそ、ペレアスの頂とモルゲン・ウィリスは認めよう。国際会議の議席に座る要件も、此度のことで満たされた。以後、よしなに」


自信満々に差し出されたサイラスの手を、戸惑いながらもアレクザンドラ王女は握り返した。


(私は…勝ったのか?ペレアスに。雪辱を果たしたのか?)


今一度、槍を向けられ動けないペレアス貴族たちを見た。

コイツらの頂点に、私が…?


「アンタ!何勘違いしてるのよ!取り囲んでいるのは私の軍!アンタは部外者でしょーがっ!!」

睨みが効かなかったのか、再びノエルが喚いた。


そうだ。聖女様との打ち合わせでは、会場を包囲して外から攻撃するのが聖女様、会場の内側から貴族たちを屠るのが、己が役割だったはずだ。ここにいるサイラスは部外者でしかない。

なのに…


なぜだろう。とても、嫌な予感がする。


「フフッ。聖女様、貴女はこの軍を、武器を()()()()買ったのかな?」


凄みを効かせた問い。

アレクザンドラは悟った。


そうか…。すべて彼が…サイラスが仕組んだことなのだ、と。


(にわか)仕立ての指揮官よりも、付き合いが長く実績もある私に従うに決まっているだろう。なあ、みんな!!」


サイラスの呼びかけに、一斉に武器を掲げて応える軍。ペレアス貴族もノエルも、そしてアレクザンドラ自身も、この場ではただの『駒』に過ぎない。『使役者(ロード)』ではないのだ。すべては、弱小国と侮ってきたモルゲン・ウィリスの年若い王配の手にある。


彼の合図で、流れるような動きで軍がペレアス貴族たちを取り押さえ、一ヶ所に纏めてしまった。ここにいる誰にも覚らせず、これほどまでに見事な謀略を成した彼のことだ。ガラ空きの王都を見逃すはずがない。


「クーデター起こすのか」

静かに問えば、彼は口許に淡い笑みを浮かべた。


つまり、ペレアス貴族を人質にアレクザンドラを玉座に据えるつもりなのだ。一向に纏まらない大国の柱を挿げ替えに。

視界の端に、「なんでよ…」とへたり込む聖女様の姿がちら見えた。

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