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201 武道大会

モルゲンの安宿――


「武器は順調に集まっているのね」

懇意にしている商人から、納品が早まりそうだと聞いたノエルは、満足げに微笑んだ。


武器は使い手たる兵士も必要だが、それもサイラスから巻きあげた金で何とかなるだろう。受け取ったのは前金でしかない。近々その数倍の大金を、ノエルは得る予定となっていた。


「あの女は来るのかしら?」


あの女とは無論、アナベルのことである。例の武道大会にはニミュエの子息――つまりアナベルの兄も参加を表明している。


「恐らく、応援に来られるのでは?」


何せ、優勝者には王家に連なる家名が与えられるのだ。貴族たちからしたら、それは大きな栄誉であり、また将来を約束されたも同じ。当然、優勝者の伴侶の座を狙い、年頃の貴族令嬢も大勢詰めかけると予想できた。


「ふふ。必ず来て欲しいわ。楽しみだわ!」

心底楽しそうに、ノエルは顔の横で両手を合わせた。


(バカな貴族たちね。わざわざ一ヶ所に日付を予告して集結するなんて、殺ってくれって言っているようなものじゃない!)


ガラ空きの王都へ攻め入るつもりはさらさらない。ノエルははじめから、武道大会そのものを襲撃しようと考えていた。貴族令嬢まで集まるとなれば、強襲時に逃げ遅れるのは必至。実に楽しい見世物になるだろう。


(やっとこれを使うことができるのね…)


見つめるのは、掌にある紅い宝石――賢者の石。魔物を巨大化させ、放つのも面白いだろう。夢は膨らむ。


「ときに、聖女様」

妄想を楽しむノエルを、商人の声が呼び戻した。


「何かしら?」


長年、教会相手に商売をしてきたという初老の男は、不意に声を小さくした。


「実は…私めの顧客なのですが、聖女様にお目通り願いたいと言われまして…」

チラ、チラと後ろを気にする商人。


ノエルは鷹揚に頷いた。


「いいわ。会いましょう」


敬虔な信徒が、ツテを頼りに面会を望むのは、よくあることだ。安宿の狭い廊下の向こうから現れたのは、四人ほど。先頭にいるのは、燃えるような赤髪をポニーにした背の高い女だった。


◆◆◆


「ルドラの王女殿下?まあ」

訪れた者の正体に、ノエルは目を瞬いた。


(ルドラ王女が聖女に何の用かしら)


居住まいを正した王女は、まっすぐノエルを見つめて切りだした。


「私は、ペレアスを滅ぼすべきと考えている者です。聖女様におかれては、ペレアスの行いを憂えておられると聞き及び、こうして馳せ参じた次第。聖戦をなされる御意思はございますか」


「まあ…!」

聖戦…なんと素晴らしい響きの言葉だろうか。


「私は、武道大会に出るつもりです」


「罪深き者共を自ら葬るとおっしゃるの?」


フフッ!なんて素敵なのかしら!

会場の中で外で繰り広げられる惨劇!心躍るわ!

ノエルは内心のニタニタ顔を渾身の演技力で隠し、聖女らしい控え目な声を絞り出した。


「しかし、王女殿下。武道大会はあくまでもペレアス貴族でなければなりませんぞ。参加は…」


「貴族位を買えばいいのよ!」


渋い声で割り込んだ商人に、すかさずノエルは言葉を被せた。聖女様のネコが剥がれたが、まあよい。そんなことよりも、この素晴らしい計画を実行するために最大限の努力をすべきなのだ。


「どこでもいいわ!ペレアス貴族位、手に入るかしら。これはクソ老…ンンッ愚か者共からペレアスを救うため……神の御意思なのです」

興奮してネコが剥がれかけたことは、サクッと忘れてノエルはしたり顔でルドラ王女を見つめ返した。


◆◆◆


実際、ノエルの思惑通りに物事はスイスイと進んだ。


塩採り冒険者稼業が流行っている中、難航するかと思われた傭兵集め。ヒヤヒヤしていたノエルだが、やってみると多少報酬はつり上げられたものの、数は揃えられた。武器も拘っただけあって、魔道具を多く買うことができた。ルドラ王女の貴族位と、大会に潜り込む根回しも済ませた。彼女は名前をアレクサンダー・フォン・フィオーラと改名――男装して出場することになった。


◆◆◆


あっという間に時は巡り――


ライオネルの代わりにモルゲン・ウィリスの国際会議の議席に座る資格を賭けた武道大会は、賑々しく開会した。アリーナは、四角い舞台の周りをぐるりとすり鉢状に観客席が囲い、国中の貴族が詰めかけていた。観客席は結界を発動する魔道具で守られている。いざ戦いが始まると、観客席から野太い歓声があがった。


「勝者、トビー・フォン・ルッドゥネス!」


膝をついた青年――ネイサンが憎々しげに勝ち誇った鳩胸の男を睨みつけている。戦い、とは言っても、高価な魔道具でフル武装していれば、素の戦闘力の差は簡単に覆される。そして…恐らくだが、勝敗の判定に審判も一枚噛んでいる。ネイサンは膝をついただけ。まだ戦闘を続けられるというのに……


薄々感じてはいたことだが。この武道大会は正しく『舞台』なのだ。はじめから『勝者』など、予定されている。


思えば、トーナメントの組み方からそうだ。序盤で予選じみた潰し合いをさせ、『勝者』はシード権で最初から準々決勝。消耗具合も装備も段違いなのだから。


(しかし…)

ネイサンは知っている。

この武道大会(茶番)を、何のために行っているのかくらいは。


これは、古参派筆頭貴族による新たな王家の創立に他ならない。


武道大会の体を取って首位――英雄を決めて国中に知らしめ、今の王家を廃して新たな王家を…


「やあネイサン、久しぶりだね」

思考に沈みかけたネイサンを、懐かしい声が呼びとめた。


「サイラス…?」


茶色の髪を貴族らしいリボンで結い、細緻な金糸の刺繍が彩る濃紺のジャケットを纏い、クラヴァットを瞳の色に似たアクアマリンのタイピンで留め、すらりとした足はグレイのパンツを穿いている――画から抜け出してきたような美青年が、薄い笑みを浮かべてネイサンを見つめていた。


「少し、話さないかい?」

かつて見た溌溂とした空色の瞳が、今は妖しくさえ感じる。

いや、彼女の気配が奇妙に神経を刺激するからだろうか。


ネイサンは、背が粟立つのを感じつつも、それでも友の提案に頷いた。


◆◆◆


武道大会は、いよいよ決勝を迎えるところだった。舞台には貴公子――トビー・フォン・ルッドゥネスが一人だけ佇み、対戦相手を待っている。が、打ち合わせでは対戦相手は棄権して現れず、トビーの勝利が確定することになっている。


トビーは余裕の表情で立っていた。たっぷり待って余裕を見せつけ、観客がざわつき始めたところで、己の勝利を宣言しよう…などと内心でニヤついていたのだが…


「待たせたな!」


凛と張った声が聞こえたと思うと、来るはずのない対戦相手が悠々と姿を現したではないか!なんでだ!


舞台に立ったのは、フルプレートメイルの騎士然とした若者だ。兜から流れる燃えるような赤髪が印象的だ。


チラと審判に目をやると、審判も対戦相手に目を白黒させている。予想外は同じのようだ。


と。


「アレクサンダー!アレクサンダー!」

観客席の一角から、対戦相手と思しき名を連呼する声が聞こえてきた。


対戦相手は、実に格好よく手を振って声援に応えてみせる。


「アレクサンダー!アレクサンダー!」

気をよくしたのか、声援が勢いにのる。手拍子まで加わり、やがてアウェーな声援が観客席に広がってゆく――


「おいっ!」

思わずトビーは怒鳴った。


「何のつもりだ貴様ァ!」

真っ赤な顔で、赤毛のアレクサンダーとかいう対戦相手を指さすトビー。ここに来て空気をぶち壊す真似など、ルッドゥネスに敵意アリと見られてもいいのか?!


「ご託はいい。さっさと始めようではないか」

トビーの抗議などサクッと無視して、赤毛の対戦相手は言い放った。


ギリリ、とトビーは歯ぎしりした。

これでは戦うしかないではないか。


「それとも、戦えない理由でもあるのかな?」


まるで「俺が怖くて戦えないか」とでも言いたげな声音に、トビーの我慢は早々に限界を迎えた。


「貴様が望むなら、我が強さを教えてやろう!」

意気揚々と言い放ち、トビーは金貨ウン千枚で買った魔法杖を構えた。


「喰らうがいい!《紅蓮の…」

詠唱を合図に杖の先端の宝玉が眩く輝き、焔が渦を巻いて膨れあが………


らなかった。


ボウッ ブシュ~~~


まるで燃え尽きた花火の残り火のごとく、ポンッとオレンジ色の炎が揺らめいた後で、それは白い煙に変わる。


「うぉ?!おおいっ?!」


代わりに杖から大量の毒キノコが生えた。

瞬く間にキノコに覆われ、ボロボロに朽ちてゆく魔法杖――


どこかで見たことのある光景だ。


「忌々しい!《火炎(ファイヤー)》!」

そして大半の人間は、妖しげなキノコを燃やす。


すると…


ぐにゅにゅ…とキノコが寄せ集まって、三十センチくらいの平たい傘に太ましい柄のエリンギが、ヨッコラショと杖の上に立ち上がった。


「いよっ!おいら、エリンギマン・アドバンスジェネレーション!略してエリンギマンAG!夜露死苦ゥ!」


太ましい柄を捻って決めゼリフを吐いたキノコだが、バランスを崩したのか「あ~?!」とかいいながら、地面にボテッと落ちた。


「いや~。魔石、喰いました!ごっつぁんです!」

傘から墜落した逆立ち体勢のまま、キノコがふざけたことを言った。


渋い顔で短い腕を組み、

「あ~ほら、さ。その魔法杖って対人間用でスクイッグには対応できないって免責事項に書いてあったゼ?」

とか抜かした。


スクイッグ?!


「……は?」


ポカンと口を開けるトビーに、キノコは「チッチッチッ」と、人差し指を振ってドヤ顔をした。


「杖に限らず、今の魔道具って大半人間用だってよ?しかも、魔石をたんまり使ってる。おまえの鎧も…」


ポコポコと鎧から生える毒キノコ。トビーは目を剥き、慌ててキノコが生えた肩当てを外して放り投げた。


「うわっ!」


しかし、キノコはみる間に鎧を覆っていく。


ついに防具まですべて脱ぎ捨てたトビーの鼻先に、鋭い切っ先が突きつけられた。

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