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195 闖入者

「ッ?!誰だよ!アンタら?!」


部屋の中に立ちこめる異臭。


そして、ベッドの私の上に跨がる少女は、何をとち狂ったのかスケスケのベビードール姿だ。あと表情が……頬は紅潮しているし、目が据わっている。そして、何を思ったのかベビードールの裾をピラッと…


「ギャアアアッ!!やめろストーーップ!!」


その先に行ったら、例え跨がってる相手が女でも後戻りできないぞ!?


裾を死守せよっ!!


脱がせてなるか、と彼女を止めようと身を乗り出した私は、突然何者かによって背後から羽交い締めにされた。


「うわっ!」


「アリス!父様が押さえているから、やってしまいなさいっ!」


私を羽交い締めにしているのは、親父らしい。え?親子?!


混乱する私を余所に、親父が喚いた。


「ミラ!薬が効いてないぞ!もっと焚け!」


薬?!


「まあ素敵!薬が効きにくいなんて、壮健な男子の証ですわ!アリス、お母様も命懸けで応援するわ!サイラス様をモノになさい!」


は?!おまえら何言ってんだよ?!


「フ…フフ、フフフ…サイラス様ァ~」


そうこうする間にも、アリスとかいう透け透けベビードールの少女が、もったいつけるようにベビードールを脱ぎ始めた。

おおいっ?!


「おい!ミラ、こっちに来てズボンをおろせ!」


「は~い♡」


怪しげな香炉(?)を持った細身の中年女性が近づいてきて、私のズボンのベルトを外しにかかる。


香炉から漂う異臭が鼻をつく――あ。これ、シンナーだ。なんか花っぽい香りも混ざってるからわからなかったけど、紛う事なきシンナー。ヤベェ。


「頭パァになるぞ!窓開けろ!!」


脳細胞が死ぬー!


怒鳴る私に、何でかアリスはとろんとした目を向ける。


「サイラス様ァ…罵ってくださいィ」


ドMか?!


「この雌豚ッてぇ~」


「うわああっ!近づくなぁ!!」


なんてことだ…。


起きたら部屋にシンナーが充満してて、痴女が跨がってハァハァやってて、逃げようにも痴女のパパに羽交い締めにされてて、しかも痴女のママがトドメにズボンを下ろそうとしてて……女だし、期待しているブツはないけど!


絶体絶命ーー!!


こうなったら魔法だ!

風邪魔法で部屋の窓をぶち抜こう。まずは換気!何をおいても換気!


「《風よ…》って、あれ?!」


魔法が使えない。よくよく見たら、両手に手錠みたいなモノが嵌まっている。魔封じ?!


「アリス!早くしなさい!」


親父うるさいよ!

くっそ……なら力づくで!


「うおぉらぁあ!!!」


「ぬおおおおー!!!」


「お母様も命懸けで!アリスちゃんのためにぃいいいっ!!!」


なっ?!痴女ママが予想外に怪力?!

なら、魔封じに魔力大量にぶちこんでぶっ壊して…


「《かぁあぜぇえええーー!!!(訳:風)》」


バキッ!


やった! 


メキメキメキ…


バリバリドッカーン!!!


「「「キャーッ!!!」」」





嗚呼…。新鮮な空気…。


暴発した風魔法で四方の壁が吹き飛び、すっかり見通しと風通しのよくなった……大破した客室で。


とりあえず、床で伸びている痴女に毛布でフタをし。太腿までずり降ろされたズボンを、私は手早くはき直した。


◆◆◆


結局。


事後処理――実際の性別は女でも、社会的には男なのだ。放置して帰ったら、下手をうてば痴女パパと決闘とかになりかねない――をいろいろやっていたら、いつの間にか夜になっていた。


痴女親子は、なんとグワルフの貴族だった。驚きである。

私と既成事実を作ろうとした目的は、やはりというか清々しいほどの財産狙い。一説によれば、セヴランを故国から追いかけてきてフラれたとか?


「アンタも金持ちな優良物件になったってワケだ。身辺には気をつけろ」


と、当のセヴランは、引き攣った顔で助言をくれた。


ちなみに、痴女親子の武器たるシンナー擬きは、グワルフではポピュラーな媚薬らしい。


「ふぅ~ん。輸入したいな、それ」


平然と持ちかけたら、セヴランは可哀相な子でも見るように眉を下げた。


「おまえな…。アレは吸い続けると廃人になるんだぞ?頭クラクラしただろうが」


うん。吸いこんだら頭パァになるけどさ。


シンナーは溶剤だ。


銅板印刷に必要な材料が手に入るなら、是非とも買いたい。グワルフと貿易でやり取りする商品が増えれば、両国のパイプもそれだけ太くできるのだし。


それに、銅板印刷が実現するなら、今まで手書きオンリーだった本を手軽に量産できる。前にエヴァと話し合った、研究機関を兼ねた学校を作る計画が、大きく前進するに違いない。


「ふえぇ~~…ぎぼぢわるぅ~い…」


と、そこまで考えて、せり上がってきた吐き気に私は泣き声をあげた。


シンナーのこと考えてたら、あのえもいわれぬ刺激臭を思い出しちゃったよ…。胸がムカムカする。

中途半端に寝て、シンナーのクッサイ臭いを満喫して、痴女がお腹の上に乗っかって、無理矢理魔力開放して、事後処理で今の今まで休みなし……


体調不良に思い当たる節がありすぎる。

こりゃダメだ。身体が切に限界を訴えている。



ああ…前世でもあったなぁ…。

徹夜して疲労が限界超えて…。気がついたら病院のベッドだったってことが。


アレ、倒れたのが外だったから救急車を呼んでくれた人がいたけど、家の中で同じことになったら、死んでたかもなのだ。たかが疲労、されど疲労。侮れない。


ちなみに、サイラスの前世の状況を詳しく解説すると…


仕事後の飲み会ハシゴでそのままオール、眠気覚ましにコーヒー&栄養ドリンクガブ飲み、炎天下のバーベキューに誘われ、はしゃぎすぎてダウン。仕事はほぼ関係ない。平和な世界のタダの阿呆である。




何とかウィリスに帰れた……。

疲労が過ぎてひどい倦怠感と吐き気があり、とても夕食どころではなかった。というか、今すぐ倒れて泥のように眠りたい…。けれど、自宅を前にして私は立ち止まった。


自分、感染性の病気になってないか?


明らかな腹痛こそないが、吐き気が続いている。細菌性腹風邪の可能性を否定できないのだ。


細菌が原因なら、村人にうつす可能性があるので、家に帰らない方がいい。この世界の医療水準は低い。『日本』では抗生物質で楽勝なバイ菌でも、この世界では昨日までピンピンしていた若者を殺すこともあるのだ。


(疲れが原因なのは間違いないけど…。感染症が否定できないなら、帰るべきではないよね)


ここまで発展しながら、王配の保菌していたバイ菌が原因で疫病発生とか。笑えない。


(う~~む…)


流行病にかかった場合、どこの集落にも感染を防ぐために患者を隔離しておく施設、病み小屋みたいなモノはある。けど、それだと結局看病人を巻きこむことになるので、感染拡大は防げないのだ。


さらに、感染症に魔法の類は効かない。ポーションの効果も怪しい。つーか…薬理作用の概念からしてないからね。薬は、効くから、治るから使ってるってだけなのだ。効く理由や治る原理はよくわかっていない。経験則、それだけだ。


「ま、数日様子見かな」


そんなわけで。


「魔王様ァ~、風邪ひいたんで泊めてくださぁ~い」

魔王城にお泊まりすることに決めた。


いつものように謁見の間を訪れた私を見て、魔王様はアメジストのような瞳を眇めた後、珍しく柔らかな笑みを浮かべた。


なんだ??


「よく来たな、邪竜の娘。魔王として祝福する」


「………へ?」


それは、その……人類に絶望を齎したから?

急に改まっちゃって、どーしたのよ。


目を瞬いて魔王様をポカンと見上げていると、普段は根が生えたように玉座から立ち上がらない魔王様が、なんと自分から立ち上がり、緋の階を降りて私の目の前までやってきたではないか!え?え?なに?槍でも降るんですかね?


「おめでとう、サアラ。魔王として心より祝福しよう」


頭の上に乗る重みが、よしよしとばかりに私の髪をかき混ぜる。


「しかし…人間が混じった子か。どれ、加護をかけてやろう」


……。


……。


………え?!

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