194 未来のために
新商品『魔塩の宝玉』で、ダンジョンから塩が採れる話は、あっという間に大陸中に広まった。しかも、それはダンジョンの入口付近で手に入るという。やはりというか、真っ先に動いたのは商人だ。手早く人を集めるや、ダンジョンに潜らせ、手に入れた『魔塩』を売りさばく。そこから先は芋づる式に、貴族が自分の私兵を使って、挙げ句の果てには、盗賊の類いまで一攫千金を目指してダンジョンへと繰り出した。
そして、ついに。
海路に蔓延っていた海賊たちが、丘に戻ってきたのだ。
「ぃよっし!ダンジョンの攻略難度上げるぞ!」
これまでは、『ダンジョンで塩が採れる』という情報を広めるために、ズブの素人でもお宝ゲットできるようにしてあったけど、その仕様をやめる。宝箱の位置を少し奥まったところに変え、罠も増やす――素人お断り仕様に変えるのだ。
「これで精鋭部隊をダンジョンにかかりきりにさせるってか?」
フリッツの問いにニヤリと笑う。
「そ。ヤツらに新しい職場を提供してやるのさ」
塩は今回のばら撒きで多少値下がりしたものの、高値は高値。高級品に変わりは無い。
塩は大陸中のどこででも採れる。但し、ある程度の手練れでなければ、採取は難しい。
こうなれば、塩は高級品に留まったまま、且つ精鋭部隊をダンジョンに引きつけることができる。兵士に戦争より旨味のある商売を提供して、「戦争なんか割に合わねぇ」と思わせるのだ!
大陸中どこででも採れるとなれば、いくら精鋭頼みでも流通量は今までと比較にならないほどに増える。結果として、塩鉱や岩塩坑を持つアドバンテージも低くなるだろう。帝国の反体制勢力への牽制にもなるはずだ。
これで…
アル、君を戦場から救い出すことができただろうか。
◆◆◆
まあ、平和になったよ。
海路も海賊がいなくなったおかげで、対グワルフ貿易も復活したし、塩をばら撒く過程で少しずつペレアスの有力者とも繋ぎを作れている。改めて、現地の人達とちゃんと話をすると、今まで埋もれていて存在を知らなかった商品や地域の特徴なんかも見えてきた。なんと松を見つけたんだ。松明というだけあって、アレは素晴らしい燃料だし、確か良質なインクの材料になるとか。強い植物だし、この辺の原野に植えようかな。
今まで敢えて考えないようにしてきた南部、私の大嫌いなヤツらの本拠地とも、少しずつだけど、交流を始めることにした。
敵対は何も生まないと、わかったから。
◆◆◆
さて。平和になったらなったで、忙しくなった。
ダンジョン改革の一環で、私たちはダンジョンの入口に冒険者向けの店を開くことにした。扱うのは主にポーションや医薬品、魔石に携帯食。さらに武器のメンテナンスも引き受ける。いわゆるコンビニエンスストアだ。でも、ただのコンビニじゃない。ダンジョン探索人口も絞られてきたところで、保険料の皮を被った入場料を取ることにしたのだ。
ダンジョンで待ち受ける魔物は、ご存知の通りみ~んな追い剥ぎだ。よって、探索で魔物にフルボッコにされた挙げ句身ぐるみ剥がれてフルチンになった冒険者のために、保険事業を開始しました、という態を取った。
それに、店の位置はダンジョンの真正面。魔物と隣り合わせな危険な立地、と謳えば、たいていの冒険者は、入場料にご理解を示していただけましたとも。
…裏では、その収益で魔王様への貢ぎものを買っているのだけどね。これぞWinWin!
……詐欺って言うなよっ!持続可能な共存のためっ!世界平和のためだっ!
「それで?肝心の絶望を撒き散らす件はどうなったのだ」
魔王城、謁見の間にて。
もうすっかり果実水断ちによる禁断症状から回復した魔王様が質問してきた。
ええーと、その件はねぇ…
まず、あとちょっとで下剋上できそうだった帝国の反体制勢力の皆さん。塩鉱の価値が下がる=資産価値が暴落からの盟友の離反で絶望したでしょ?
それから、ペレアスで海賊船の指揮を執ってた貴族。船長以下全員から辞表を叩きつけられた→絶望。あと、大陸中の岩塩坑&塩鉱から暴利を貪っていた人達。たぶん給料が爆下がりした、もしくは経営能力がダメダメな商会が潰れた→リストラor失職→絶望。
そして、教会。戦乱が終わって、海路輸送が復活したから、受け取れる通行料が激減→絶望。全部合わせるとけっこうな人数が絶望したと思うよ?
「うむ。教会が絶望したならよい」
鷹揚に頷く魔王様。
最近、肥ったよな?果実水と菓子が原因なんだろうけど、下っ腹が出てきてベルトがキツそう。
◆◆◆
魔界から帰ってきたら、早速商談へ。
「ウチに金属の加工を頼みたいって?ついにアンタの胸像でも作るのか?」
商談のテーブルについたのは、セヴラン。去年よりも日焼けして、長かった白銀のロン毛はショートヘアになっていた。なんか逞しくなった?野性味溢れるイケメンになったね。
「アンタも海賊討伐?」
聞くと、セヴランは「ああ」と首肯した。
「船の上じゃ水は貴重品だからな。一週間過ぎた辺りからベタつきがひどくなって、臭いから切って捨てたよ」
長いと鎧に絡みついて面倒だしな、と乙女ゲームの攻略対象サマは苦笑した。一週間以上風呂なしのカレ……
この世界の衛生事情はイケメンにも容赦ない。
ゲームにその手の描写はないんだろうけど、清潔って贅沢。例えそれが王族であっても、だ。
「与太話は置いておいて。金属加工って何するんだ?」
セヴランの台詞に現実に引き戻される。私は用意してあった懐かしい遺物――その昔、王国兵が大量に置いていった金属ゴミもとい鎧兜一式――をテーブルに並べてみせた。
「…なんだと思ったら、屑鉄以下のペレアス鎧か?こんなモン加工したって…」
ま、溶かしても金属ゴミにしかならないと言われた、ザ・粗悪品だけど。だからこそ使いたいんだよ。
「グワルフって金属加工技術がペレアスより優れているって聞いたんだ。コレを溶かして、これくらいのサイズの板金にしたいんだけど…」
大きさを示すために用意した植物紙を見せると、セヴランは片眉を上げた。
「その程度、お安い御用だ…というより、この程度の加工なら、自前でできるんじゃないか?」
「んー…やっぱりグワルフの技術の方が安心感があるし」
にっこり笑って返したら、胡乱な目を向けられた。
「おまえ…。なんか企んでるだろ」
「まあね。でも邪なことじゃないからさ」
「うーむ…」
探るように私を見つめるセヴラン。その顔があまりにも真面目で、私は笑ってしまった。
「そんなに勘ぐることでもないよ」
実はね。銅板印刷をやろうと思うんだ。あの金属ゴミ、傷つけやすさだけは一級品だから。腐り花の植木鉢に使ってみたら、腐食効果も一級品だったのだ。防食剤はこの間手に入れた松脂で、溶剤はまだ見つけていないけど確かアルコールがいけたはず…。
敢えてグワルフに加工を頼むのは、これをきっかけにペレアスとの間に物のやり取りが生まれて欲しいから。国同士の『おつきあい』のきっかけになって欲しい。
まあ実際、ペレアスは長い財政難の賜物で安物作りの技術というかアイディアはあるけど、こう…品質のいいモノを作るのは苦手。剣より魔法が評価されてて、金属加工の職人の価値は高くなかったからね。
その点、グワルフは剣も他の金属製品も品質がよかった。銅板画には、真っ平らな板金じゃないと厳しいから、グワルフ品質なら安心できる。
仇敵の因縁はそう簡単には消えないけど、物の交流が始まれば少しずつ…というのは甘すぎる考えだろうか。
「近々、そっちにも挨拶に行くよ」
そう笑顔で商談を締めくくって、立ち上がる。
「ん…」
「おいっ?!」
気がついたら、紅玉の瞳を見開いたセヴランの顔が至近距離にあった。どうやら、立ち上がりざまに立ちくらみをしたらしい。
「ああ…大丈夫。最近忙しかったから」
何せ必死だったし。塩の仕込み然り、魔王様サイドとの打ち合わせ然り、さらにはダンジョン前に店を一斉オープンとか…。徹夜フツーだったし。気が抜けたのかな。
ヘラヘラする私をジトッと睨み、セヴランはわしゃわしゃと私の髪を乱暴にかき混ぜた。
「ちゃんと、寝ろ」
「…そうだね」
要人の前で疲労でぶっ倒れるとか、ないわ。体調管理大事!
セヴランを見送ると、後ろに控えていた侍従(フリッツの代打・新人ちゃん)が遠慮がちに「宿を手配しますか?」と聞いてきた。ここはモルゲン。ウィリスへ戻ると休む時間が減ると、気を利かせてくれたんだろう。
「じゃあ、お願いしようかな」
そういや身体も怠いし、本格的な風邪をひく前にちゃんとベッドでひと眠りした方がいい。
…うん。慢心があった。
私はちょっとやそっとじゃやられない魔物の身体だし、新人ちゃんの手配してくれた宿は、いつも使っているところと違いこそすれ、要人向けの高級宿だったから…。
夢の世界へ旅立っていくらもしないうちに、私は現実に呼び戻された。
「ブホッ?!くっっさ!!」
本能的にヤバい臭いだと察し、換気しようと飛び起きて…
「ッ?!誰だよ!アンタら?!」




