193 そうだ、ダンジョン改革しよう
「厨二魔王!ヒマか?ヒマだよな!」
魔の森の木の洞――魔王城直通ダンジョンからかなりお久しぶりに魔界にやってきた私。謁見の間は……
「ジュース…ジュースが欲しいッ!嗚呼ァ!!」
半狂乱で手をガタガタさせている迫力満点な病んでる厨二魔王と、
「フェッフェッフェッ…教皇の椅子をついに我が手に!」
死に神っぽい変などヤツが、嗄れた声で高笑いし、
「寒いぃ~…寒気が止まらんん~」
「コレのどこが!理想的な隠れ家なのよっ!」
その横で瘴気中毒でガチガチ震えるバカ王子、怒鳴り散らすノエル。
「軟弱な。情けないぞ、人間共」
もうすっかり人外なジェイク。その背には…
「白い宝石を民に施して、聖女として世界征服する野望…貴様の根性はその程度か?」
籠に山盛りの、塩。
聞き捨てならないことも聞こえたような?
謁見の間は、カオスだった。いろんな意味でこっちも詰んでいる。
とりあえず、ガクブルしている魔王様に、手土産の果実水を手渡した。目の色を変えて一気に飲み干す魔王様。飢えてたな。
「ダンジョンを……いや、ジュース飲み放題でダンジョン業績がうなぎ登り!絶望もまき散らせるウッハウハ欲張りプランがあるんだけど、乗る?」
苦笑して問うと、
「乗る!」
目をキラキラさせて魔王様が飛びついてきた。
うわぁ。子供みたいだよ、この人。
次いで、さっきからぎゃんぎゃんとうるさい三人組に目をやる。ひとまず、アイツらから絶望させようかな。
早速、私は魔王に思いついたジュース飲み放題…以下略のプラン詳細を語って聞かせた。
ウィリスに戻ったら、即刻仲間たちに招集をかけた。
「植物紙の生産に今以上に力を入れるよ!品質は悪くてもいいや。それからイライジャさん、パロミデスにこれくらいの大きさの素焼きの壺、大量に頼めない?あとフリッツ、帝国のツテというツテを全部頼って…」
次々に注文を出す私に、エヴァやオフィーリアをはじめとした仲間たちは目を丸くする。
「サイラス君、何を…」
わけがわからないという顔をするエヴァに、私はとびきりの笑みを浮かべた。
「盤面をひっくり返すのさ!」
「冒険者ギルドに依頼ですか?構いませんが……え?大陸中の冒険者ギルドに一斉依頼?!」
ウィリスのギルド支部に話を持ち込むと、ギルドマスターは案の定、目を丸くした。
「馬や遣いの人間なら、こちらで用立てますよ?」
あわあわするギルドマスターに助け船を出しつつ、依頼書を示すとギルドマスターの目がそれに釘付けになる。
「こりゃあ…何です?『魔塩の壺』…?初めて見るモノですが…」
そりゃそうだ。つい今しがた私が考案した『お宝』なのだから。世の中をひっくり返すんだから、演出まで力入った企画にしなきゃ。何より、失敗は許されないのだから。
◆◆◆
夏の陽射しがきつくなる頃。変化は起きた。
「真っ先に貧困地域――ペレアス南部に仕掛けた反応は上々。あとは帝国の…」
各支部からまわってきた報告書に、私はほくそ笑んだ。大陸中を巻きこんだ『宝探し』イベント。第一弾は、思った以上に早く効果が出た。
「とりあえず、ペレアス南部に大量の小麦を運ぼうか。あとワインも」
ついでに道も整備すれば、ウチの商業圏も広がって一石二鳥。
ド貧困な地域の金回りが急に良くなったら、否が応でも注文される。ウチの目立つ連結馬車が品物を満載して行き来すれば、なおさら注目を集めるだろう。
「ここいらで傭兵の募集、かけさせるか」
「そろそろね」
小金を貯め込んだところで出るのは、夜盗と相場が決まっている。広告塔には、順調に金持ちになってもらわねば、アピールにならない。
「南部のボスはライオネル?なら、丸め込むのは簡単だけど。話が通じる人も欲しいよね」
今回のことで骨身に染みたんだ。中立に意味なんてない。むしろ利害関係でガッチガチに固めた方が、相手を御せる。共存が最大の利益を生み出すなら、余程のことが無い限り、争いは起きないのだ。
「人は変わらない。ライオネルもノエルも、根底は変わるわけがない。でも、窓口にする人間は選べるはずだ」
何なら人当たりのいい人間を、こっちから送りこんだっていい。それで…少しずつ影から陣地を侵蝕して、トップでも滅多なことやらかしたら牢屋にぶち込める体制を作る…!
長大な計画だなぁ…。
「おい!壺の生産が追いつかねぇ!」
皮算用をやっていたら、フリッツが怒鳴りこんできた。仕掛け人側では、トラブルも頻発する。
「次のイベントエリアは…けっこう広いよ?在庫ってどれくらい?」
今や執務室にベッドを運びこんで寝泊まりしているエヴァが、在庫を聞き出して「たったの三百?!嘘っ!」と悲鳴をあげた。全然足りないし…。
イベント第二弾の対象エリアは、ペレアス中央。広範囲でダンジョンの数も多い……悩み所だ。
ダンジョンの『お宝』――『魔塩の壺』。はい、ぶっちゃけただの塩が入った怪しげな壺でしかない。生産しているのはウィリスだし。
世界をひっくり返すために、私は、『魔塩の壺』をダンジョンの宝箱に仕掛け、わざわざ大陸中の冒険者ギルドに採取依頼をかけたのだ。
今の詰んだ情勢の核は、戦乱。
戦争にはカネがかかる。なのに戦争をする。使う以上に儲かる見込みがあるからだ。だから、その儲かる見込みがぶち壊れて他で稼げる当てができれば、戦争なんかしてないで新たな金蔓に方向転換すると思ったわけだ。
そこで、ダンジョンだ。
ダンジョンは、アルの話を聞くに、帝国内にもかなりの数があるらしい。そして、このダンジョンは、割と国内に均等に散在しているのだ。
そしてダンジョンと言えば宝箱。お宝目当てに、冒険者たちはダンジョンに潜る。その宝箱に、宝石の代わりに魔界の塩を仕込む。今高騰に高騰している塩だ。下手な宝石より、余程高値で売れる。いいエサになると思ったのだ。
かと言って、塩を袋に入れて放置したって有難みが薄いでしょ?薄暗いダンジョンで白い粉を見つけたって、小麦粉と区別がつかないじゃん?
そんなわけで、わざわざ怪しげな壺を大量生産して塩を詰め、いかにも「これは特別な有難~い『薬』的なものですよ~」と設定したのだ。ウチで壺詰めして、魔王様に頼んで指定のエリアのダンジョン内にセッティングしてもらった。
で、その壺の生産が追いつかなくなったと。
さて、どうするか…。
「紙袋は、ウチが仕掛けてるってバレるよなぁ」
「木箱だと安っぽいか?」
「麻袋はないわなぁ…」
あーでもないこーでもないと、代替の容器を考える仲間たち。
「ガラス瓶は?」
それなら用意できそうだね。でも、ただ詰めるだけなのはつまらない。素焼きの壺は、表面に縄や貝殻を押しつけて怪しげな文様をつけている――ザ・縄文土器!――けど、ガラス瓶だとその辺り、やれなくもないけどコストがかかるんだよねぇ。
ふぅむ……。
あ、そうだ!
「エヴァ、口径がこれくらいの瓶ってないかな?」
確か、エヴァの化粧品にそんなのがあったはず…!うろ覚えだけど。
「クリームを入れていた瓶のこと?あるけど…」
首を傾げるエヴァに、私は得意げな笑みを向けた。
えー…。まず用意しますのは細~い針金に白い糸。それから塩と水、鍋で~す!
鍋に水と塩をぶち込み、グツグツ煮立て。その間に針金を成形して糸を巻きつけておく。今回はシンプルに六芒星――三角を二つ重ねるだけ!――にして…。それを煮立てた塩の飽和水溶液に一晩ほどつけておくと…
「これは…宝石ですか?!」
「塩の結晶…そっか。こっちの塩って岩塩か塩鉱オンリーだから珍しいかも」
びっしりと小さな四角い結晶を纏った六芒星。コレを瓶詰めして、瓶の底に塩に紛れさせた夜光石という淡い緑色に光る石の欠片を入れれば…
「どうよ?」
「おおっ!」
お宝感増し増しな『魔塩の宝玉』、できました!問題があるとすれば、手間をかけた割に採れる塩の量が少ないことだろうけど、宣伝効果は抜群じゃない?
私の読みは当たり。
イベント第二弾でばら撒いた『魔塩の宝玉』は、冒険者ギルドを通じて大陸の貴族たちがこぞって買い集め、大いに注目を集めたのだった。




