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192 一難去って

その後。


あっという間に半月が経った。


帝国は何も言ってこない。アル曰く、後継者争いで揉めているらしい。皇帝は独身だった。子もおらず、傍系から次期皇帝を選出することは決まったものの、誰にするかは未だに結論が出ていないと。


…というと、権力の中枢にいる人達だけで内輪揉めしているように聞こえるけど。


「実際は?」

キュッと、アルの腕に身を寄せて上目遣いに彼を見上げる。


アルは…

気まずそうに目を逸らした。そこは、教えてくれないらしい。


「じゃあ、帝国の海路と陸路。安全に通行できるのは?」

真面目な顔で問う。


あの皇帝は、ワンマン社長よろしくいろいろと一人で抱えていたのだ。有能が過ぎる大黒柱を失った弊害は大きい。皆、恐れつつもあの皇帝に依存していたのなら――


「少なくとも海路は安易に使えない。陸路は……まだ問題ないだろうが」

ため息を吐き、「ちょっと前までメロメロだったのに…」とぼやくアル。残念だけど、逆鱗囓り取られた後遺症は、かなりマシになってきている。アル♡を前にしても、今は平常心でいられますとも!


「そっか…」


静かに考えを巡らす。

皇帝が死んだことで、帝国との絹取引はポシャった。ペレアスの通商路が絶たれた状態で、これはかなりの痛手。さらに帝国の海域の治安まで悪化したとなると…


…詰んでる。


悔しすぎるけど、エルジェムの別荘で皇帝から言われたことがガッツリ現実になっている。それに、帝国の陸路だっていつまでも安全とは限らない。




状況はさらに悪化する。


帝国の混乱は、結果的にペレアスを冗長させた。具体的には、帝国の海域にも我が物顔でペレアスの海賊船が姿を見せるようになったのだ。


そして、夏を間近に控えたある日。


「アル!どうしたの…ッ?!」


私をみとめるや、アルは強引に私をソファに押し倒した。服や髪に変色した血がこびりついている。彼自身の顔や身体にも、無数の傷がある。


「アル!どうしたんだよ、その怪我!」


びっくりして身を起こそうとするも、首筋にガプリと歯を立てられ、私は奇声をあげた。


「ぶぎゃあ?!」


「嗚呼…温かいな、おまえは」


耳に、心底安堵した声が染みこんでくる。アル…?


……。


……。


いろいろあって、落ち着きを取り戻したアルから聞けたのは…


「海賊討伐…」


「メドラウドの領海にも出るようになった。エクラも含め、海軍を持つ領主で対応しているが…」

苦み走った顔でアルが言った。曰く、海賊はペレアスだけではないらしい。


「新皇帝の即位を認めない勢力…」


「ああ」


春の終わり。帝国に新たな皇帝が即位した。傍系からエクラ公爵家とメドラウド公爵家が推した新皇帝。しかし、満場一致での即位とはならなかった。


「厄介なことに、反皇帝陣営には、塩鉱を持っている貴族がいてな。豊富な資金をエサに、盟友を募っている」


塩は人体に必要不可欠。塩鉱は金貨の山だ。物流が死にかけたペレアスでは、塩の価格は同量の砂金を上回る額にまで跳ね上がった。阿呆かっちゅー…。


帝国でも、似たような現象が起こりつつある。豊富な資金源=勝算があると考えた人間もたくさんいて、ちょっとやそっとじゃ追い返せない勢力となった。軍船が入り乱れての海戦は、熾烈を極めたという。


アルの傷を一つ一つ手当てして、ようやくひと心地つく。


「すまない…。無体を…」

今更、気まずそうに謝る彼に頭を振る。


「いいよ。タフだし」

苦笑し、アルを柔らかく抱きしめた。乱れた黒髪を梳いて――

それなりに修羅場を潜り抜けてきたアルがこうも参ってしまうのだ。どれほど過酷な戦場だったろう。


「情けないな…。俺は」

珍しく、困ったように目を細めるアル。


しっかりしているけど、彼はまだ十代の若者なのだ。このまま、不毛な戦いに身を投じて欲しいと、誰が望むだろう。


「アル…盤面をひっくり返すよ」


このままじゃ、混乱は延々と続く。非常によろしくない。


嗚呼…。前世で、酒飲んだら語るのが止まらない上司がいたっけなぁ。

『日本』は平和だったけれど、一方国外に出れば、当たり前のように戦争があって。その上司は、よく安い飲み屋でくだを巻いて言ってたよ。


「殺しあいなんざド阿呆のやるこっだッ!真面な脳ミソあンなら、経済で戦えヴォケがぁ!」


まあ、そのへっぽこ上司は「例えば?」って振られても答えられないんだけどね。


私は…答を出さなくちゃいけない。


◆◆◆


ヘロヘロと家に帰って、執務机に突っ伏した。ああは言ったものの…な~んも思いつかないんだよなぁ。


この後本当は魔界に降りて塩を採取してくる予定だったのだけど、いろいろあって腰が重い。アレは重労働なのだ。採取場所が採取場所だから、私以外採りに行けないし。


塩の値は高騰に高騰を続け、ついに堂々と売り捌くのは危険だと、ウィリスでも判断するに至った。いくら多国籍軍が駐屯しているとはいえ、今の情勢で、塩があると知れるや大軍率いて力押しで攻めてこられても不思議ではないのだ。恐ろしい。


噂によれば、ペレアス海賊船の獲物も塩らしい。挙げ句塩の有無で勢力図が変わりそうとか。


ああっ!塩、塩、塩って!もうっ!


なんでこの世界は、海水から塩がとれないんだよっ!


つーか、海賊船!おまえらのおかげでこっちは商売あがったりだっちゅーの!!


ほんの少し前とは真逆のことを心中で喚き散らしながら、溜まった書類を眺めていると、カルビ君が現れた。


「ブヒッ。魔王様が果実水が切れたと仰せだ。ブブー!」


そりゃダンジョン通れなくなっちゃったからね。通行料は支払えないよ。



…ん?

ふと目に入ったのは、ダンジョンの場所を赤丸印でマークしまくった地図。ダンジョンはペレアス国内だけでも、偏ること無く、ほぼ均等にまんべんなく散在している。


「…そうか」

急速に考えが纏まっていく。イチかバチか。やってみる価値はあるかも知れないね。

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