190 サイラスVSアルフレッド【後編】
逆鱗触った→お約束のハードモード突入です
噛み千切った逆鱗を、測ったように駆け寄ってきたレダの手に吐き出す。観覧席へと駆けてゆく背を見送って、第一ミッション達成だと束の間安堵したアルフレッド……
「ぐはぁ?!」
……の頬に、強烈な右フックが直撃した。
驚愕するアルフレッドの目に、涙を浮かべたサアラの顔がちら見えて、すぐに視界いっぱいの地面に切り替わった。
グーパンで吹っ飛ばされた。サアラに。
恋人やってたら一度は経験する修羅場……おい、ちょっとまて?!
ゆらりと立ち上がるサアラ。
気のせいだろうか。さきほどまでより、殺気が増し増しになっているような…
逆鱗は竜の弱点であり、触れられると竜は激怒する。
地に転がったアルフレッドが立ち直る前に、サアラが飛びかかり馬乗りになると、情け容赦など一切ない拳骨の雨を降らせてきた。涙目で。
「なっ?!グフッ!サアラ?!」
砂や石礫が跳ね上げられ、頬を掠める。
結界で防御しつつ、なんで涙なんか…、と口にしたら、泣きそうな顔のサアラの口許が震え……
「……エッチ」
……え?
そんなことしてないぞ?!
なに?逆鱗囓り取ったから?どういう判定だよそれっ?!
非力な女の子にポカポカされる――とはわけが違う。
一発一発が速いし重いし、殺気が籠もっている。何せ腕を結界で守っているのにも関わらず、肩まで衝撃でビリビリするのだ。
このままフルボッコはマズい。
下手したら痴漢(もしくは変態)の濡れ衣着せられたまま死ぬ。理不尽だ!
「くっ!」
片腕はさっきへし折られかけて力が入らない。両足首掴んでひっくり返すのは厳しいな。振り抜かれた拳をまだ動く利き腕で掴み、勢いと己の腹筋を利用して…
ゴッ!
渾身の頭突きに、双方額を押さえて悶絶する。何とか馬乗りポジからは脱却した。しかし、立ち直ったのは二人ほぼ同時。殺気だって飛びかかってきたサアラと取っ組みあいの大格闘になる。
「うおおおっ!!」
苛ついたのか、叫び声を上げて襲いかかってくるサアラ。
一撃一撃は強烈だが、冷静さを欠いている。攻撃を見切りやすく、片腕が使えず背にも傷のあるアルフレッドでも、何とか対応できる……のだが。
泣きながら殴りかかってくる恋人と戦うのは、どうしてもやりにくい。
と。
サアラが、ハッとしたように顔をあげた。
視線の先には、皇帝のいる玉座――
隔離魔法が消えた!?
サアラが腰をあげる。
(すまない、サアラ…!)
よそ見をした彼女の身体を、利き足で力いっぱい横に蹴り飛ばす。華奢な身体が吹き飛ぶ。
すかさず、駆けた。
「《砂嵐》!」
視界を砂で埋め皇帝に肉薄、手にしていた淡い鈍色に光る魔石を奪い取るや、剣の柄で叩き割った。
◆◆◆
「う…ん…」
脇腹に鈍い痛みがある。目を開けると、砂が吹き荒れていた。
あれ?私は…なんで…?
ややもすると、次々に記憶が蘇ってくる。奇妙な遺跡に誘い込まれて、皇帝に奴隷紋を入れられて。命令に従って、アルと戦って……
うん。アル、大好き♡超絶かっこいい。
……ほへ?
私はまだ混乱しているらしい。ふと見た己の胸に奴隷紋はない。跡形もなく消えていた。アル素敵♡
……ん?なんか変。
「殺せ!」
耳が何者かの声を拾う。
この声…皇帝?!
次いで、少し離れたところで…
「キャーッ!」
オフィーリア!?
彼女の悲鳴が不自然に途切れ…椅子が倒れる音に混じり、重さのあるモノが落ちた僅かな音を耳が拾う。
「…皇帝、」
記憶はより鮮明に。
あの野郎…よくも!
奴隷紋の縛りは消えた。練兵場の一角、魔力が一気に膨張した。
◆◆◆
立ちこめる砂煙に視界を奪われた中、突如現れた膨大な魔力。
誰がどこにいるのか、つぶさにわかる。
狙うのは、ただ一人――
「《風よ…》」
今頃視界を取り戻そうとしたって遅い!
人任せが仇になったな!
「ガウウッ!!」
目に映ったのは、詠唱の途中で驚愕に目を開きかけた、皇帝。それを、
バクリ
巨大な竜が、大きな口で丸ごと呑み込んだ。
◆◆◆
「《風よ》!」
誰かの詠唱で、砂嵐が晴れる。時間にして、砂嵐が発生してから数十秒ほどだろうか。
「ひ…ひいぃ!?」
ああ、びっくりした?至近距離に竜を見たフルプレートメイルの兵士――皇帝の護衛兵が、奇声をあげて尻餅をついた。
こないだティナに約一メートルの棒切れを当てて測ってもらったところ、竜化した私の体長は約十七メートル。恐竜サイズだ。人間なんか軽くひと飲みにできる。
そこへ、突撃してくる気配が。
「オオアアアッ!!」
長剣がまっすぐ私の眼を狙う――ディルク、長年メドラウドに潜み皇帝に私たちの情報を流し続けた『裏切り者』。隔離魔法という絶対防御が消えて、オフィーリアを始末し、ワケの分かんないバケモノ(※私)を斃そうとする行動は理に適っている。眼を狙うのも悪くない。有効打になるだろうね。当たれば、だけど。
カン!と渇いた金属音が響く。
当然、回避しましたとも。
眼以外は硬い鱗に覆われた身体だ。剣なんか刺さらない。攻撃が通らず目を見開くディルク。その彼を、私は尻尾で容赦なくはじきとばした。骨が折れる感触がしたから……助からないだろう。
観覧席は大混乱だ。何せ、突如練兵場のど真ん中に十五メートル越えの巨大な竜が現れたのだから。そして、その竜がつい先ほど、屈強な騎士を尻尾で彼方へ吹っ飛ばしたところだ。皆、先を争うように逃げ出した。
「なぁ、」
そこへ。
綺麗な短刀を手にしたまま、もう一人の『裏切り者』――フリッツが歩いてきた。




