183 仕返し
正教会からの破門状の効果は絶大だった。
「異端ライオネルが次期国王などふざけるな!」
「火刑にせよ!」
宗教というのは、貴賎を問わず人の心に強く根付いている。古参派王妃派を問わず、また貴族民衆を問わず、ライオネルを廃せという声は日増しに大きくなり、また正教会から次なる勧告――異端ライオネルを頂点に据える国には、天の裁きが下るであろう――で、無視することはできなくなった。
だからといって、簡単に処刑などできるわけがない。
ライオネルは、腐っても王家の血筋、国王の唯一の直系である。しかも、宛がった貴族令嬢の誰も、ライオネルの子を孕んでいないのだ。捨てるにはあまりに惜しい。
その結果……
ライオネルの身は、一旦教会に引き渡されることとなった。破門は、破門された当人が悔い改めて善行を積むか、それ相応の金品を納めれば解いてもらえる。現在のペレアスに、教会を納得させられるだけの金品を納める財力はなかった。せめてと、ペレアス貴族出身の司祭に、その身柄を預けるのが精一杯であった。
◆◆◆
急なことばかりだ。
能面のような娘たちとティーテーブルを囲んでいたら、突然完全武装した兵士に両脇を抱えられ、王太子宮から連れ出された。前も後ろも見えないほど、みっちりと囲まれての移動。緊張の糸が張りつめた短い徒歩移動の後、ライオネルは、かつて王妃が戦に出陣するのに使った頑強な馬車に乗せられ、大勢の騎兵に護衛されながら王宮を出立した。
そして。
休憩も挟まずゴトゴトと馬車に揺られ、ライオネルは中央教会へと運ばれた。馬車を降りたら降りたで、また厳戒態勢の中を歩かされ……
「今日からこちらが貴方のお住まいです」
背を押されて入れられたのは、換気用の窓が一つある以外は白い漆喰の壁に四方を囲まれた、ガランとした、異端牢とも言われる部屋。横になるための敷布すら、ない。
しかし、ライオネルが何か言う前に、入口の鉄格子は固く閉ざされてしまった。
ぼんやりと座りこむ内に、いつの間にか窓の外は真っ暗闇に。物音一つしない静寂が、異端牢を支配する。
それからまたしばらく経って。
パタパタと軽い足音が近づいてきた。
「ライオネル様!やった!取り戻したわよ!」
◆◆◆
聖女になったノエルが真っ先に企んだのは、ライオネルの奪還。やられっぱなしで涙をのむのとは真逆。やられたらやり返す。倍返しプラス復讐をとことん愉しむ、それがノエルという娘である。
「アハハッ!能無しの老害貴族!ざまあみなさい!」
唯一残念なのは、彼らの慌てぶりと吠え面をかくところを直接見られなかったことか。鉄格子の向こうでポカンとする獲物に、ノエルは蕩けるような笑みを浮かべた。
「すぐに出してあげますから、もう少しの辛抱ですわ!私と一緒にヤツらにひと泡吹かせてやりましょう!」
牢の中のライオネルは、恋人に再会できたことと、彼女が通常運転なのに安堵したのだろう。
「おう!そうだな!次いこう次!だな!」
と、とりあえず笑顔を見せた。獲物は元気である。
そして宣言通り、ノエルの口添えでライオネルは翌朝には異端牢から下っ端聖職者用の小部屋へ移ることが許された。異端ライオネルの改心を助けるためという名目で、ノエルは三度の食事を彼と摂る許可も取りつけた。
「ライオネル様、破門を解くにはとにかく善行を積むんです。幸いこの教会領は、王都から逃げてきた商人で溢れかえっていてとても豊かです」
ご機嫌でライオネルに己の計画を披露するノエル。輝いている。
「おお。それで?」
いい感じにライオネルが相槌を打つ。
聖職者の朝食は粗末な黒パンにスープのみだが、穴芋農家をやっていたときと大差ない上に、やはり気心の知れた相手と共に摂る食事は格別だった。
「商人で溢れかえっていている……つまり、今教会領は激戦区なのです!」
「ほう?」
「でも、教会領の外はそうではありませんわ!特に王都は、商人に逃げられていろんな物が買いにくくなっているのです。由々しき事態ですよ!これは!」
「そ、そうだな?」
ちょっと話のレベルが上がって、ライオネルは面食らった。
「そこで、です!安売り戦略で身を削る商人の皆様に、王都で安全にぼったくりできるようお手伝いするのです!王都のクソ老害…ンンッ、貴族の皆様はきっと不自由しておいでですもの。困っている方には手を差し伸べる。これぞ善行です!」
力説するノエル。それ、善行なんだろうか。
「そ、そうだな!」
なんだかよくわからないが、恋人が輝いているのでライオネルも「まあいいか」と判断した。
◆◆◆
バカ王子のことを『ロイ』もといジェイクに任せてウィリスに帰ってきた。
留守中に、アルスィル皇帝陛下から私宛に手紙が届いていたらしい。フリッツによると、
「とりあえず風邪ひいて動けねぇって返しといた!」
とのこと。
いいの?そんな理由で皇帝のお誘い蹴っちゃって。
…とは思ったけど、済んだことをどうこう言っても仕方がない。
…忘れることにした。
「風邪ひいてさらに木から落ちてギックリ腰、ついでに食中りってことにしてあるぜ!」
おう……
そりゃ悲惨だね!後が恐ろしい…。
そんな私の元に、ペレアス王都の拠点から耳寄りな情報が届いた。
「王都で教会御用達の商人が寄付を集めている?」
教会所属の商人たちが、隊商を組んで王都でチャリティー活動(?)をしているらしい。なんでも、『戦で困窮した民に愛の手を』と銘打って、通常価格の倍以上の値で商品を売りつけているらしい。取引相手はペレアス貴族。
「……お姉さんは元気そうだね」
その隊商の先頭には、銀朱の髪のそれは美しい聖女様がいるらしい。間違いないでしょ。
「姉は…やられたら倍以上にして返すのが信条……ですから」
しかも仕返しを心から愉しんでいるんです、とフェリックス君。
目に浮かぶよ。
なんでも彼女、バカ王子を破門して王宮から奪い取ったらしいし。やることがクレイジーだ。
言っておくけど『破門』って、『おまえは人間じゃねえ!』と同義だから。破門を喰らえば、例えそれが大国の王様だって身の破滅なのだ。友達や家族に捨てられることはもちろん、店で物も買えないし、そもそも店に入れてもらえない。仕事もクビだ。社会のいかなる善意も受けられない。さらに、『人間じゃねえ』=『殺ってもお咎めなし。むしろ異教徒討伐で褒められる』のだ。教会をマジギレさせたらダメ絶対。
「あの…姉は…」
フェリックス君が不安げに私を見上げる。
「とりあえず放置かな」
報告書を畳み、私はからりと笑った。
バカ王子は種馬からの殺処分を免れたワケだし、ペレアス王都はウチの通商路とは無関係。むしろ、教会領にいる商人の皆さんは、グワルフからの商品を買ってくれる上客だし、彼らが儲かるのはウチの儲けにも繋がる。いいことづくめさ!
◆◆◆
「慈悲深きラップドッグ卿に神の祝福があらんことを」
いかにも聖女らしく言ってやると、目の前の男は実に面白く顔を歪めた。あらあら、素敵な顔だこと。にっこりと得意のスマイルを向けてやれば……あら!舌打ち?まあ…うふふ。
貴族は実にカネのかかる生き物だ。衣も食も住も、そして仕事も。何せ『我慢』というモノを知らないのだ。阿呆な買い物とわかっていても、買わずにはいられない。なんと愚かだろう。
「貴方様に幸福を」
チラッと後ろに睨みを利かせれば、連れてきた聖鳥が嘴からポッと小さな光の粒を吐き出した。特に何の意味もない光魔法だが、信者はコレ目当てに教会に通う。目の前の男は別に有難くも思ってなさそうだが、要はやることに意義があるのだ。
(ウフフッ!いつ破綻するかしら!)
この国で税が入るのは、秋。それをルドラ戦で使い切り、冬に増税。その蓄えを意図的な物価上昇でゴリゴリ削ったら…!春までに二度目の増税?まあ!素敵!やらかしたタイミングで、民を煽るのも面白そうだ。王宮が火の海……嗚呼!
ノエルの目論見通り、『仕返し』はペレアスの財政に大打撃を与えた。しかし、ペレアス首脳陣とて二度目の増税が悪手なことくらいわかっている。そもそも民から絞り上げられる金などたかが知れている。大金は商人が握っているのだ。よって、ペレアスは別の金策を講じる――ルドラを属国とし、海で他国の船を拿捕する私掠船を増やしたのだ。




