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182 乱闘 和解 箱庭

ゴキン!


ガツッ!


メキメキメキ…!


硬質な音が響く。大破した部屋で組んず解れつの大格闘が繰り広げられている。


「カカカカカッ!!(有罪!)」

「ウオォォォーン!!(無罪!)」


巨大な黒竜と同じく巨大な髑髏。髑髏が一瞬の隙をついて黒竜の頭を押さえつけるも、後方から鞭のように飛んできた尻尾に首を跳ね飛ばされた。吹っ飛んだ巨大な頭蓋骨は、魔王城の一部だろう、尖塔にぶち当たる。崩落する尖塔。しかし、スケルトンは不死身だ。瞬く間に仲間のスケルトンを分解して組み替え、頭部を再生させる。その間に黒竜は頑丈そうな背骨にガジガジと牙をめり込ませ、同時に、氷の魔法かビシビシと凍りつく骸骨の股関節。負けじと骸骨は口から巨大な火球を吐き、腰を固めんとした氷は蒸発した。


「で?俺はどうなる、魔王」


ちゃっかり眠るアナベルを膝に乗せ、『ロイ』が隣に座る男に問いかけた。


「後にしてくれ。今いいところだ」


…魔王、巨大火の玉程度では死なない。無傷。

懐から新たに菓子の袋を取り出して、ボリボリやりながら二体の殴り合いを観戦している。


「魔界って緩いな…」


「否定はいたしません…」


『ロザリー』(※本体・タイツ人間)がポソッと同意した。

黒竜とスケルトンの大格闘は、その後一時間続いた。


◆◆◆


いい汗かいた。


廃墟と化した裁判所でスケルトン裁判長と握手して、バトルはお開きとなった。


「例の人間だがな、契約をキチンと結び直せば悪魔法には抵触しない。『ロザリー』は特別に降格処分で済ませてやろう」


「ありがとう。恩に着るよ」


拳骨から生まれる絆って、あるよねっ!


「あー…。邪竜の娘よ、今回は特別だ。跪き、感謝するがいい!」


魔王様よ、アンタは菓子食べながら観戦してただけでしょーが。気づいてたからね?


「…まあ、いい。そこの死に損ない、契約者は…」


魔王様は嘆息し、『ロイ』に向き直った。何やら契約する魔物を選定しているらしい。


しばらくして。


「決まった?」


私に頷き返す『ロイ』。


「本名の……ジェイクの方でリッチと契約した。おまえと同類になるとはな」


曰く、契約に不備があったせいで、魔物なのに脆弱で人間と大差なかったらしい。きちんと契約したことで、彼もまた私みたいに回復が早くなったりするわけか。


「これからどうするの?」


その問いかけに彼は、


「あの女を野放しにはできない。妙なことをしでかさないようにするだけだ」

チラリと膝の上で眠るアナベル様に目をやって、言いきった。つまり、今後も執事よろしくノエルに張りつくつもりらしい。そして、次に私に目を向ける。


「国に帰れ。長く留守にしない方がいい。バカ王子は、俺が対応する」

彼の言葉は揺るぎない。でも――。


なんで君が、バカ王子の世話なんか。


不服そうな顔をさらしていたのだろうか、ボスッと頭に手が置かれたかと思うと、ワシワシと乱暴に髪をかき混ぜられた。


「なぁ。確かにライオネルは真性の馬鹿だが、真性の悪党ではないんだ」

諭すようにそんなことを言われた。


そうかもしれないけど。お人好しが過ぎるんじゃない?


「世の中には…いろんな奴がいる。こらえ性のない奴もいる…むしろ、どこかしらダメな奴の方が多い。上に立てば、そんな奴ともトラブルなく上手くやっていけなきゃダメだ。覚えておけ」


「…ロイ」


最後に肩をポンと叩いて、『ロイ』……いや、ジェイクは私達の前から去っていった。





「…とまあ、そういうことで」


地上に帰還し、拠点で目を覚ましたエヴァ達に経緯を話して。私たちは王都を発つことに決めた。ライオネルについては、ジェイクを信じることにした。


◆◆◆


ペレアス王国王宮。王太子宮にライオネルは軟禁されていた。閉ざされた私室で過ごす日々。やってくる者と言えば…


「ライオネル殿下にはご機嫌麗しゅう…。ラップドッグ伯爵家のニコルですわ」


「シーリオン侯爵家のフィオナですわ」


「リンダですわ」


「カーリーですわ」


……。


……。


日替わりで次々と王太子宮を訪れるのは、古参派貴族の娘たちだ。やれお茶会何だと押しかけてくる娘たち。


しかし…


「我が侯爵家は初代ペレアス王にお仕えした由緒正しき血筋ですの」


「このペリドットの瞳は高名な先祖の先祖帰りと言われておりますの。私は魔力も高くて…」


「ごらんになって?このドレスは殿下にお目通りするために誂えましたの。いかがかしら?」


ライオネルは、ぼんやりと彼女たちの中身のないおしゃべりを聞き流すだけだ。中身――いや、『人』か。ないのは。決まりきった様式通りのアピール。同じ表情。同じ仕草。まるで傀儡だ。見た目こそそれぞれに美しいものの、彼女たちたちと近しくなろうとは思えなかった。


「ノエルとは会えぬのか…」


はじめこそその容姿に惹かれた娘。しかし、彼女は今目の前に群がる能面のような娘達とは違い、ころころと表情が変わる。まっすぐにライオネル自身を見て、気安く話し、寄り添うように傍にいた。


(悪戯が失敗して地団駄を踏んで、やれ司祭を火刑だ投石機だと騒いで……)


南部にいるときは彼女だけが頼りだった。共に、戦ってくれた。つい先日などは、二人で穴芋掘りに明け暮れ、共闘して生意気な執事を穴芋沼に突き落としたな…。ヘトヘトに疲れたが、存外楽しかった。


元の生活に戻ってきただけなのに。

なぜ、こうも寂しいのだろう。


まるで神殿の女神像のようにアルカイックな笑みを浮かべた娘たち。目的は察している。己との婚姻だ。親に命じられ、気に入られようと必死なのだろう。


ライオネルは……そんな彼女たちが隣に立つと思うだけで、酷く気鬱になる。人形の夫など、寒気しかしない。


彼女たちは、ライオネルが相槌どころかまるで反応を返さなくとも、来る日も来る日もやってくる。彼女たちから目を背けるように手に取ったティーカップの中身は、紅茶とは似ても似つかぬ黒ずんだ液体が満たされていた。ライオネルは無言で、カップをソーサーに戻した。


そんな日に、突如終止符が打たれた。


正教会から教皇と聖女の連名で書状が出されたからだ。書状は、ペレアス王国王太子への破門状だった。

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