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180 奇跡

「フレスベルク!!」


彼方の空をヘロヘロと飛ぶ聖鳥。追いかけるサイラスたちだが、いかに美食の成れの果てなデブ鳥でも、相手は空の上。建物の屋根を越え、一本向こうの通りへ飛んで行かれると、地を走るサイラス達は大きく迂回する羽目になるわけで。しかも、フレスベルクは時折自身の重さに負けて低空飛行をするので、見失いそうで怖い。


「どこ行った?!」


「わっ!あそこに!」


人通りの多い王都を上を見ながら走るのは危険行為でしかない。


「ブルルルッ!!」


「フェリックス!」


硬い衝撃音の後に、地を転がる。


「サイラスさん?!」


彼に庇われたと気づいてギョッとする。ぶつかったのは、馬だ。生身の人間が無事で済むはずがない。


「ったぁ……大丈夫。フェリックスは?」


なのにサイラスさんは顔を微かに顰めただけで、庇った自分を抱えてヒョイと起き上がった。


「僕は平気だけど…」


「私も奇跡的に無傷だよ。さあ、追いかけよう」


差し伸べられた手を握る。顔を見ても、彼はもう彼方を飛ぶ聖鳥を見ていた。


◆◆◆


間一髪。間近に迫った馬を見て、咄嗟に身体を鱗で覆ってフェリックス君を庇い、何とか彼を守れた。


あっぶなー。つい、ウィリスにいるときの感覚でいたよ。


ペレアス王都の通りは、数年前のモルゲンの大通りよろしく、歩行者も荷馬車もいっしょくたなカオスである。気をつけないと…。


相変わらずヘロヘロと飛ぶフレスベルクを追いかけていると、キノコが追いかけてきた。


「マスタ~…串焼き盗られたぁ」


残念だけど、その串焼きはデブ鳥のお腹の中だ。食い意地はったデブ鳥め。


「え…」


そうか。アイツ…昼時だから…


思いついたら即実行だ。


「おいコラ!デブ鳥!!串焼きだ!見ろ!!」


自分用に勝った串焼きを大きく振ってやると、聖鳥がクルリと振り返った。よしっ!


「ほら!欲しいだろ!こっち来いよ!!」


さらに大声で呼びかける。しかし…


「?!」


聖鳥は、あっさりこちらに背を向け、ヘロヘロと飛んで行くではないか!なんで?!

チラッと私の脚で涙と鼻水を拭うエリンギを見た。もう一回投げてみよっか。


「ままま…マスタ~!おいら投げたってダメだよぅ!」

察したエリンギが慌てる。


「コレ!ふりかけあげるよ!安~い串焼きもAランク牛肉に大変身なふりかけだよっ!」


「ふーん…」


その時だ。


「来た!サイラスさん!」


フェリックス君の声に振り返ると、あのデブ鳥が頭上に…


「ギャッ!」


「フェリックス君!」


詐欺なふりかけ付の串焼き目がけて滑空してきたフレスベルクの足が、フェリックス君の頭をぶん殴ったのだ。フェリックス君に躓き、前のめりになったフレスベルクは、ゴールテープを切る陸上選手がごとく(くちばし)を前に突き出し、串焼きを執念でパクつこうとして、


「ブボホ?!」


肉に埋もれた目を大きく見開いた。そのままズザザザッと胴体着陸。…鳥が胴体着陸するところを初めて見たよ。


「ハッ!大丈夫?!フェリックス君?!」


衝撃の胴体着陸で一瞬忘れていたフェリックス君を振り返り、倒れた彼を揺すぶるが…


「ブボホゥ、ブボゥ」


「は…ブフッ?!」


「ッボフフ?!」


……。


……。


いやね…急に聖鳥がすり寄ってきたもんだから。ああ~、久々に光魔法のダメージ喰らったわ…。キノコは…フェリックス君の串焼きを奪い取った状態で溶けていた。


「え…えっと、フェリックス君?」


また近寄ってきた聖鳥に問いかけると、コクコク頷く聖鳥。傀儡術は成功したらしい。


「飛べそう?」


意識を失ったフェリックス君を抱え、彼が操る聖鳥に尋ねると、任せておけとばかりに聖鳥は白銀の両翼を広げた。


◆◆◆


ノエルの処刑が始まる――


魔術師団が磔の周りをぐるりと囲み、結界で防御しての厳戒態勢の中、いよいよ司祭様――こういう楽な仕事の時には教会上層部の金ピカな司祭様が派遣される――が、罪人に最後の祈りを捧げ、王国兵が火刑を始めるべく松明に火をともす。


「ちょ…結界とか聞いてないわよ!」


「剣で特攻できないぞ」


野次馬に紛れた時間稼ぎ組は焦りまくっていた。


「破れないことはないかも…。でも、私が魔法使ったら百パーバレるし、追いかけられたら逃げられないよぅ」

エヴァが己の足を恨めしげに見つめる。


「大罪人ノエル・ベイリンに裁きを!」


朗々と響く口上。松明の焔が大きく膨らんだ、その時だ。猛然と砂煙を上げて、何かが刑場に突進してきたのは。


「ギィエエ!!ブゥッ…ボホッ!」


聖鳥の勇ましい鳴き声……に心底苦しげな喘ぎが混じる。広場に集まった民衆が何事かと振り返った先に。


「ブホッ…ブゥ、ブゥ…」


よほどしんどいのか、死にそうな喘鳴(ぜいめい)を漏らしながら………


おデブな聖鳥が、地を駆けていた。


「え…聖鳥様??」

誰かがポカンと呟いた。



もう一度言う。

聖鳥は、地を駆けていた。鳥足で。



巨大な聖鳥様の登場に、広場の人垣が割れて道ができる。そこを左右にふらつきながらも、聖鳥はヨタヨタと走り、魔術師団が慌てて結界を解く。ただでさえ超肥満で、生活習慣病気味なデブ鳥が結界にぶつかってショック死したら、さすがのペレアス魔術師団とて無事では済まない。


ズザザザッ!!


聖鳥様は、スライディングで磔前にゴールインした。おめでとう!


「ブゥ、ブゥ…ボホッ!ボホヘッ!」

デブ鳥に地を駆けるという激しい運動は、キツすぎた。鳴き声がオッサンになってる。


辺りは水を打ったように静まり返った。


なぜここに、聖鳥様が飛ばずに敢えて走ってきたのか。なぜ今、このタイミングで来たのか。ご飯は食べたのか。疑問は尽きないが。

聖鳥様は何を思ったのか、ヘロヘロと立ち上がり白銀の両翼を広げた。


バサッ バサッ


羽ばたいている。飛ばないが。


バサッバサッバサッバサッ


まだ飛ばない。


「ブホ~~」

バサッバサッバサッバサッバサッバサッ


…ようやく、巨軀が地を離れた。


「ママ~、聖鳥様は飛べない鳥なの?」

あまりにもお粗末な飛び方に、見物に来ていた幼児が無邪気に聖鳥を指さした。


「僕の方が飛べるよ!ほら!」


ピョンピョン跳ぶ幼児。聖鳥、まだ三十センチも飛べてない。


「ブホッ!ブボボ!(訳:だって重いんだよっ!)」


身体を乗っ取ったフェリックスが、飛ぶより走った方が速いと判断したくらいなのだ。デブ鳥を舐めるな。


苦心していると、見かねた王国兵のおっちゃん数人がやってきて、お尻を持ち上げてくれた。高さを稼げた!おっちゃんたちが鬼の形相で「うおぉらあああ!!」とすんごい声をあげ、野次馬が拍手したのは聞こえなかったことにした。あと…あと少しで目標に届くっ!


「ブホッ!ブホォ~~!!」


しかし、聖鳥はあまりにデブで、かつ疲れていた。ヘロヘロと高度を落とす。


「《風よ!》」

そこへ、凛とした詠唱が響く。


「聖なるフレスベルクを助けたまえ!《上昇》!」


ふわりと風が落ちかけた聖鳥を支える。


「おい!俺たちも聖鳥様をお助けするぞ!」


「《風よ!持ち上げよ!》」


誰かの声を皮切りに、野次馬の中からも次々と風魔法の詠唱が始まり――


「ブゥ!」


フレスベルクは持ち直し、一路磔にされた少女へと飛翔する。そして…


ドサッ!


「エグッ!」


少女の頭の上に落下……いや、着地した。


「ボエエエ~~!!」


…広場はまた、水を打ったように静まり返った。何だ?今の。


(さえず)ったのに何だよ!もっとマシな声出ないのかよっ!)

聖鳥を乗っ取ったフェリックスは、自己嫌悪に陥っていたが。


ミシッ…ミシミシッ…


なんか軋んでるよ!




刑場に聖鳥が乱入してきた。何かしら。野次馬が美味しい餌でも隠し持っていたのかしら。スライディングする鳥なんか初めて見たわよ。

見ていたら、何をとち狂ったのかデブな聖鳥はここに来てようやく飛ぼうとし始めた。


「……。」


ヘボい。鳥鍋にしたヤツもそうだったけど、聖鳥フレスベルクって、飛ぶのにこんなに苦労するの?鳴き声がヤバいわ。オッサンのゲップみたいじゃない!


ノエルは、これから己が処刑されそうなことを忘れ、おデブな聖鳥のお粗末過ぎる飛行を見守った。


しばらくしても状況は変化せず。見かねた王国兵がやってきて聖鳥のお尻をでりゃああぁ!!!と、持ち上げた。グイッとじゃないのよ?でりゃああぁ!!!と。どんだけ重いのよ。


なのに聖鳥は、疲れたのかヘロヘロと墜落しかけ…


「《風よ!》」


誰かが咄嗟に風魔法で聖鳥を支援した。それをきっかけに次々とチャチな風魔法が群衆から聖鳥に放たれる。


「《聖鳥の翼に!》」


「《風の重量あげ》」


「《肉塊よ!翔べ!》」


……最後のは風魔法なのかしら。


ともあれ、デブな聖鳥はなんとか飛び上がったわ。このままどっかへ飛んで行くんでしょ、きっと。と、思っていたら。


ドサッ!


「エグッ!」


こ…こここ、コイツ!!アタシの頭に…!のりやがったのよっ!!

でもって。


「ボエエエ~~!!」


鳴いた。


正直、(からす)が頭に乗っかって「ア~ホ♪」って鳴いた方がマシだと思えたわ。何なのよその鳴き声はっ!あと…ぐうぅ…お、重い…!首!首がぁ!!


……。


……。


ねぇ…。ちょっと、待って?

これは……フグゥ、ち…チャンスかもしれないわ…!ぐうぅ!

聖鳥は…!わざわざ私に飛んだ…。そして、今も…居座ってるわ。なら…


「せ……聖鳥、様…」


どうしたのよ!私!!腹から声出しなさいよぉ!!


()()()…!!助けに来てくださったのです…ね!!」


私の台詞に……民衆が騒ぎ始めた。よく見えないけど。聖鳥がわざわざ助けに来た――つまり、私は……


聖女!!!


聖女となれば、処刑なんかできないわ!教会は私を新しい聖女として存分に利用したいと考えるはず!


……。


……。


気張れ…!私!!

鞭打ち症になりそうだけど!


「ちょっと…フレスベルク!」


私は、人の頭と首に多大な負担をかけているデブ鳥に話しかけた。


「ブホッ?」


「ここでバーンと聖魔法をぶっ放しなさいよ!」


奇跡を起こすのだ。そうしたらここ生きてから降りられる。


「ボヘ?」


「聖魔法よ!聖魔法!ほら!《浄化の光(ホーリーラディアンス)》とか!」


「…ボゥ」


…わかったのかしら。返事(?)の後にデブ鳥は大きく翼を広げ…


「ボエエエ~~!!(訳:《浄化の光(ホーリーラディアンス)》)」

広場に、キラキラと光の粒子が降り注いだ。


◆◆◆


「ボエエエ~~!!(訳:《浄化の光(ホーリーラディアンス)》)」


キラキラと降り注ぐ光の粒子。心洗われる光魔法が広場に降り注いだ。民衆は突然の奇跡に目を瞬いて見惚れた。


「にぎゃあっ?!」


そんな広場から脱兎のごとく駆けだした者が二人。フェリックスを担いだサイラスと、『ロイ』の姿をした『ロザリー』である。


「光魔法なんか聞いていないぞ!?殺す気か?!」


「私悪くないもん!」


そんな吠え面が、王都の空にこだました。

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