177 迷う心
「ふーん…バカ王子、捕まったんだ」
ライオネル達が拘束された三日後、ウィリスにて私はその報を聞いた。
陸路でグワルフと貿易するようになってから、ペレアス各地にテキトーな偽名で家を買い、人を置いている。何かあるとそこからウィリスの私の元に手紙で知らせてくるのだ。お貴族様も使う伝書用の鷹を大人買いして実現した。情報が早くて助かるよ。買ってよかった。
「教会領か。道理で最近、王国兵が彷徨いていたわけだ」
荷馬車の移動は深夜に限っているけど、面倒なことこの上なかった。王国兵、あっちこっちにいるんだもん。教会領付近は特にガードが堅くて入れず、仕方なく教会に賄賂を渡して迎えにきてもらったりしたのだ。捕まった、ということは各地に散らばってた王国兵は引く。荷馬車通行のトラブルはなくなるわけで…
「……。」
喜ばしいことなのに、気分は浮き立たない。無言で、窓の外に目をやる。灰色の空からは今にも雪が舞い落ちてきそうで、暗鬱とした気分に拍車がかかる。
「処刑されるのか…アイツら」
手紙では、捕まったのはライオネルを含め三人。残る二人はノエルと、『ロイ』の姿をした悪魔『ロザリー』だ。王家の血筋は消せないとして、残る二人は古参派貴族にとっては不要。そして、古参派貴族たちは先のルドラ侵攻に銀山売却の損を抱えている。加えて、それらを補うために商会と王都の民から金貨を巻き上げた。
ペレアスは、これ以上ないほど民の怒りを買っている。不満は放置すれば爆発を起こすから――
「王太子がバカなのも、エヴァが病死したのも、ルドラ侵攻が失敗だったのも、増税もなにもかも、み~んなノエルと『ロザリー』が悪いってことにして、衆目の中で火刑かな…」
処刑は、正しく『祭り』なのだ。その異様な高揚で『大罪人』の断末魔を聴かせ、不満をうやむやにするための。
「サイラス君、どうしたの?」
今やすっかりドレスより町娘みたいな格好が板についたエヴァに、私は手紙を見せた。
「…そう。兄、捕まったの」
声のトーンが落ちる。
ポツリと「ヒロインちゃんは、処刑かな…」と呟く。
しばしの沈黙があって。
「サイラス君、わかってはいると思うけど、ペレアスには気をつけて。兄は傀儡。多分、貴族の女を宛がわれて、王家の血を継ぐスペアができたら…」
その先は言わなかった。憂いを湛えた茶色の瞳が、訴えるように私を見つめる。
「ゲームのバッドエンドでさ…」
あくまでもシナリオ上の結末を、エヴァは苦笑交じりに話し始めた。
「ライオネルがヒロインを庇って死んじゃうバッドエンドがあるの。そしたら、悪役王女のイヴァンジェリンはね、テキトーな貴族の男を何人も宛がわれて…」
ゲーム画面上はナレーションでサラッと語られただけだが、想像したらそれはあまりに陰惨な結末。イヴァンジェリンは王家の血を遺す腹として散々使われた挙げ句、心を病み幽閉された塔から飛び降りて亡くなる。
「ハッピーエンドなら磔で火刑だから、どっちもどっちなんだけどね…」
今思えば、悪役王女の咎自体がおかしいのだ、とエヴァは言う。
「ぶっちゃけゲームのイヴァンジェリンって、短絡的なチビデブスの阿呆だから。あの脳ミソじゃ、せいぜい学園でヒロインに古典的な嫌がらせするのが関の山なんだよ。なのに罪状が、私利私欲のために諸外国に戦を吹っ掛けた、とかあるんだもん。おかしいよね」
もしかしたら、とエヴァは遠い目をして。
「イヴァンジェリンも、国の…もしくは誰かの失敗の尻拭いに処刑されたのかもね」
と、結んだ。
皮肉なものね…。
心の内で、平和な国の日本人な『私』が他人事みたいに嘆息する。
「ペレアスは…きっと荒れるし、最悪滅びると思う」
ハハ…と、渇いた声でエヴァは私に言った。彼女の目は、私と同じ。どこか虚ろで――
まあ?『ヒロイン』と『攻略対象』でバッドエンドを分かち合ったのね。
「切り捨てることも考えて」
念を押され、半ば脊髄反射で「わかってる」と、答えた。
このまま悪役はグチャグチャになって、舞台からサヨナラするの!スッキリするわね!
ざまあみろ!!
そう…。よくある展開なのだ。悪役は今までの悪行のツケをその身で贖う。間違ってなんかいないんだ…。
なのに、どうして。
やるせない気持ちになるんだろう。
ライオネルは『ロイ』を殺した。ノエルは彼の遺体に悪魔を宿らせ、弄んだ。
憎むには、充分過ぎるはずなのに。
ま、ノエルも災難よねぇ。王妃様に唆されてアナベルの部屋に侵入したってだけで、貴族令嬢人生終わってさー。アナベルを憎んだって、仕方ないよねぇ…。
そうだ…。
この気持ちの正体は、『負い目』。
私は知っているのだ。ノエルの暴走は巻きこまれたことから始まったのだと。男爵令嬢の彼女が、自分から王妃やヴァンサンに働きかけたとは考えにくい。恐らく、動いたのは王妃。彼女は、ノエルが『続編のヒロイン』と知っていたから。
でも――
ノエルは傀儡術で殺した…!
それは……変えられないし、許せるものじゃない。そこまで寛大には、なれない。このまま、放っておけばいいとも、確かに思っている。なのに…
「サイラス君?」
名を呼ばれて、我にかえった。
ダメだね。考えだしたらドツボに嵌まるよ…。
困惑するエヴァについ、
「エヴァは、これでいいの?」
空気を読まない問いを投げかけてしまった。
「!」
目を見開いて固まるエヴァを見て、すぐに後悔した。なんてこと聞いているんだ、と。
エヴァにとってライオネルは、異父兄でありかつて自分を毒殺しようとした人間。こないだ話した限り、ライオネルはエヴァを使い勝手のいい部下としか見てないように思えた。でも、エヴァは――
「兄、だからね…」
そんなヤツでも、家族……とはいかないまでも身内だとは、まだ思っている。普段のエヴァは、バカ兄バカ兄と言うけれど…
「兄、残念だけど今の貴方に、助ける価値を見出せないの。兄を助けてウィリスにも何らかのメリットがあるなら私たちも…」
本当に興味も愛想も尽きていたら、こんな優しい台詞は出てこないから。
「でも……この国のために、兄を助けるのは、リスクが有りすぎるよ」
第一、助けたところでお荷物にしかならないし、と、エヴァは苦笑した……つもりなのだろう。泣きそうな顔に、それ以上問うことはできなかった。
エヴァと別れてしばらくして。
「や~い、ギリでBカップのマスター!突然だけど、おいら旅に出るぅ!」
ウキウキしたミニエリンギがやってきた。
「路銀ちょ~だいっ!」
「…フェリックス君」
ミニエリンギの後ろに、小さくなったフェリックス君がいた。彼の手には小さな鞄がある。さらにその後ろに…
「アナベル様…」
彼女は弓矢を背負っていた。
「サイラス、牢破りに必要なものって何かしら。針金は用意したんですけれど…」
ねぇ、まさか君たちは…
「姉は…性格がああですけど…」
口ごもりながらフェリックス君が私を見上げた。
「正直、嫌いですし、会いたくないし、関わるのもイヤです…!でも…」
言葉を探し、目を泳がせ。
「でも…!『姉を見捨てた弟』になるのは…あの姉のせいで枕を高くして眠れないとか…腹立つじゃないですかーっ!」
半ばヤケクソに叫んだ。
ああ…そっくりだ。やっぱり姉弟だね。
「私も、『ロイ』様のお身体をこねくり回されたくないだけですの。ええ、これっぽっちも『ロザリー』のためではなくてよ。単なるエゴですわ」
「アナベル様…」
「大嫌いですけど、死なれたら私が気に病みますわ。それは嫌ですもの。路頭に迷おうが、スッポンポンになろうが、生きていれば私の気が済みますの。それだけですわっ!」
嗚呼…。
みんな、揃いも揃って。
長い長い沈黙の後。
「わかった…。」
私は…
「はぁ…。仕方ないから、私も行くよ。『お祭り』は胸糞悪いから、冗談の中だけがいい」
ニタリと笑ってみせた。
いいさ、仕方なく…この三人を解き放ったら心配でならないから、だから――仕方なく、その火刑とやら、邪魔してやるよ。




