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175 混迷する王国

南部の銀山があろうことか売却済みだった。


それが今の今になって判明したことは、小さくない打撃をペレアス古参派に与えたらしい。


「ふーん…ま、管理不行き届きだな」

と、それを知ったサイラスは呆れた。


「大事なモノはきちんと管理監督しないと無くなる。ママが子供に言いきかせるレベルのこともできないのかよ」


南部を下賜すると決めたのは、王妃だ。けれど、間諜を潜りこませ、監視することくらいは古参派にもできた。ライオネルは、民を養う金に困って銀山を売ったという。しかも方々に『カネがない、助けてくれ』と手紙を出していた。兆しはあったのだ。


「怠慢、無能としか言いようがないな」




ペレアスは揺れていた。


ルドラとの戦には勝った。しかし、その間に……というかかなり以前に銀山を失い、またグワルフ国境の砦が崩落、ダンジョンになるという怪奇現象に見舞われた。さらに担ぎあげようと目論んでいたイヴァンジェリン王女までもが病死。つまり、残る王家の血筋は、銀山を売却したバカ王子ライオネルしかいなくなってしまったのだ。




「は?縁談?」


果たして、ペレアス古参派貴族、ラップドッグ伯爵はウィリスにやってきた。彼の横には、ギラギラに着飾った少女が一人。


今や貴族のお屋敷にも引けを取らない女王の館――私の部屋を投石機でぶち抜いて半壊したので、また建て替えた。木造から石造になったよ!――の応接間に通されたペレアス古参派貴族の男女は私を前に椅子にふんぞり返った。


「我が妹を正妃として貴様に娶らせてやるのだ。まずは礼を言うべきだろう!」


…コイツ、阿呆なんだろうか。私、『王配』だよ?


「……私には既にオフィーリアという立派な正妻がいるのだが?」


あくまでも穏やかに、戸惑い気味に私は問い返した。


「たかだか男爵家の賤しい女ごときに何を遠慮する必要がある!わしは伯爵家であるぞ!」


…なるほど?続けて?


「貴様には身に余るほど名誉な話だ。支度金二百万フロリンで、この美しい妹を娶れるのだからなっ!」


…二百万フロリン?

ほほーう。見えたぞ、このおっさんの狙いが。


「ねぇ、アンタ、」


私は伯爵の横でふんぞり返っている少女に話しかけた。


「兄さんに二百万フロリンで売られそうになってる自覚、ある?」


「はぁ?」

目を剥く少女。…わかってなさそうだね。


まさか、伯爵家の娘だからって、ウィリスで歓迎されて崇拝されるとでも思ってるのかな。チラッと侍従っぽいすまし顔で立っているフリッツに目配せする。


王配が一人でお客様に応対するのはよろしくないらしいから、シェリルとかフリッツ辺りにいかにも女官です、侍従ですといった衣装で立ってもらっているのだ。ぶっちゃけ格好だけだけどね。


「これ、何だと思う?」

フリッツから受け取った一枚の紙を彼女に見せてみた。


これ、元奴隷の子供たちに作った算数の課題、失敗作。なんで失敗作かというと、いきなり教えるには内容が難しすぎたから。作成者のオフィーリアは、「こんな簡単なのに?」と言っていたけど。オフィーリア、子供たちと同じ年頃の時のことを思い出して欲しい。計算自体はじめてな子たちに、損益計算書はないやろ…。帳付け教えたかったんだろうけどさ。


まあ、あの子たちにはわからなくとも、目の前にいるオネーサンには理解できる脳みそがあるはず。普通に勉強してればね。


「これは損益計算書というんだよ。表の右側が収益、左側が費用と利益。左側と右側の合計額は()()()()同じ」


ヒント…というか、これだけ言えば商人の皆さんは一発でこの表の有用性がわかったけど。


「収益というのは、例えば小麦を売ってお客さんから受け取った売上金の合計、費用は運送費や農家から小麦を買った時に払ったお金なんかの合計、利益は収益から費用を差し引いた儲けだよ」


さらに丁寧に解説する。こんだけ言えばわかるでしょ!

日本のそれより、項目数も遥かに少ないんだし、子供向けに数字も小さく設定してある。この世界の通貨単位は金・銀・銅貨だから、そこが少しややこしいけど、常識の範囲内だ。


「さて、この表を見てわかることは?」


まずはそんな質問をしてみた。子供向けの問題とあって、実はこの損益計算書、費用の項目が異様に大きいのだ。あと、右側と左側の合計が一致してない。めっちゃわかりやすい、『おかしい』損益計算書なのだ。


「タダの数字ですわ。数字の羅列」


…答え以下なモンが返ってきた。


間違いじゃないけどさ。ほら、いるじゃん?【問】板垣退助が暗殺されたとき言ったとされる言葉は?、に対して【答】ぐはぁ?!って書く子。多分間違いじゃないけど…でも、問題の意図ってあるよね。


「何も読み取れないと?」


「無意味な数字の羅列ですわね!」


…ダメだ、こりゃ。優しくするの、やめよ。


「私はバカと無能が一番嫌いでね、」


伯爵たちの神経を逆なでするように、大仰にため息を吐く。


「これは、妻が子供向けに作った問題だよ。そんな簡単なモノも理解できない女が正妃?笑わせる」


さすがに嫌味とわかったのだろう。伯爵家の兄妹の顔がみるみる赤くなる。面倒くさい。


さっさとお帰りいただこう。


部屋に本物のメイドとして控えていた元奴隷の女性が、サッと応接間のドアを開けた。


「お帰りはあちらからどうぞ」


「貴様っ!ペレアスを敵に回してタダで済むと思っているのか!」


唾を飛ばして怒鳴る伯爵。気に食わないことがあると、すぐこれだ。私は何気なく窓の外を見た。


ズシン ズシン


館を揺らす地響きに、思わず窓を向いた伯爵は次の瞬間、あんぐりと口をあけた。


ズシン ズシン


窓から赤い目玉がこちらをのぞきこんでいた。


「驚かせてしまいましたか?我が国自慢のゴーレム戦士でね」


厨二憧れの機動戦士、シ○ア専用のアレを作ったのさ!完成したとき、エヴァと二人で悶えたのは記憶に新しい。いつかガン〇ムも作ろうと、エヴァとかたく誓い合った。ちなみに、動かしているのはフェリックス君でーすっ!


「一個師団ほど保有していますので、その点はご心配なく」


一体しかいないけどね!しかも、銃の構造なんか知らないから、砲とかぜ~んぶただの張りぼて!なのに細部までうるさく拘り抜いたら、嫌気がさしたジャレッドさんに「もう作らねぇからなっ!」って言われたし。


え?伯爵兄妹?あっという間にお帰りになったよ。銀山を買い戻すお金を、ウィリスからふんだくる目論見は潰えたようだね。


◆◆◆


「重ね重ね、申し訳ない」


伯爵が帰って数日後、今度はニミュエ公爵がやってきた。私は黙ってお茶を勧めた。


「古参派も一枚岩ではないことがわかりましたよ」


聞けば、銀山は国庫を支える財源とあり、古参派内部でも腫れ物扱いだったらしい。ニミュエも手を出さなかった。王妃派の策で、銀山簒奪の濡れ衣を着せられたこともある。南部鎮圧の後は派兵で財政が危うくなった盟友をフォローしたり、元傭兵の夜盗対策に奔走。さらにこの侵略戦争で海が封鎖され、ニミュエは同じ古参派貴族への抗議で忙しかった。


「サイラス君…アナベルは、」


「私の妻は、オフィーリア一人だけです」


他に誰かを娶る気はないから。今やウィリスは大陸北部の一大商都となった。政略の絡む婚姻は、最も警戒しなきゃいけない。


「公爵閣下、婚姻で全てが解決すると本当にお思いですか?」


さっきの伯爵兄妹もそうだったけど。


確かに、金持ちの伴侶は傾きかけた財政に明るい期待を与えるだろう。でもね、根本が変わらないと、どんなにたくさんのお金もあっという間に食い潰してしまう。浪費癖のある人にお金を与えたら、ただ使うだけだ。浪費癖は直らない。破産するのが少し遅くなるだけだ。それに、他国の支援に出せる額は限られてくる。自国を潰すわけにはいかないから。


「ルドラには勝った。しかし、得られた財貨は僅かだ。この課題の失敗作のように、な」


公爵が拾いあげたのは、ラップドッグ伯爵兄妹に見せた間違いだらけの損益計算書。計算すると右側と左側の数字が合わない――収益<費用となっているもの。つまり、大損だ。


古参派貴族の狙いは、ルドラから奪った奴隷を砂糖入りの茶で働かせ、タダ同然で銀の採掘量を上げようとしたこと。しかし、銀山は知らぬ間に余所に売却されてしまっていた。収益の項目が一つ消えたのは、致命的だった。


「見目のいい奴隷を貴族へ売ったところで、金貨千枚が限度。残る手段は、王妃派の二の舞だ。使えば、今度こそペレアスの国庫は止めを刺されるだろう」


しかし、彼の懸念は結局現実のものとなってしまう。


ルドラ侵攻戦のツケを、ラップドッグ伯爵をはじめとした古参派貴族は、増税と王都の商人から供出させて賄ったのである。これに、商人たちは王都から次々と逃げ出していった。王都はマーケットとしては魅力的だが、利益<リスクとわかった途端、商人たちは王都を捨てたのだ。


◆◆◆


ペレアス王国、デズモンド領。


農家は、領特産の穴芋収穫作業に追われていた。この穴芋、泥の中で育った肥った地下茎を冬に収穫するのだ。


「おーい、新しいバイト君!もっと下!」


農家のおじさんがライオネル扮した出稼ぎのバイト君に指示を出す。


「こ…ここか?!あったぁ!」


泥の海をかき分ける王子様。地中の穴芋を掴んだはいいが、これかなかなか重い。


「の…ノエルッ!手伝ってくれ!」


「え゛…」


ノエルは固まった。自分より背の高いライオネルが身体を折り曲げて肩まで泥に浸かっている。深そうだ。小柄なノエルなら…


「気張れ、」


迷っていたら、ムカつく悪魔――コイツも例外なく収穫作業を手伝っている――に尻を蹴られた。


「ふにゅぐっ!」


「ぶっ!」


泥に顔から墜落した二人。お約束の泥塗れである。




「はーい、ご苦労さーん」


今日の作業を終え、ノエルとライオネルの二人も何とか泥沼から這いだした。


「ほいよ、バイト代」


泥んこの手に渡されたのは銅貨数枚。安っ!


「出来高制ですから。レディ?」


とかいう悪魔の手には銀貨がのっている。ヤツは顔に泥をつけていない。余計ムカつく。


「「……。」」


ニヤリと笑って装備を解く『ロザリー』。顔まで泥塗れのノエルとライオネルは顔を見合わせ…


せーの…


ドン!


油断した悪魔の尻を蹴飛ばした。


「!!」


装備を脱ぎかけた格好で、泥沼に墜落した『ロザリー』を見て、二人はハイタッチを決めた。


「ライオネル様、泥を落としましょうか」


「そうだな、風呂だ」


スッキリした気分で屋敷に帰り、湯浴みを終えたところで、呼び鈴が鳴った。


「誰か来たのか?」


まだ悪魔が戻って来るには早い。怪訝な顔で二人が玄関に向かうと、


「あ…あれま、ここはお貴族様のお屋敷でしたかね」


さっきまで一緒だった農家のおばさんが、慌てふためいて帰っていった。湯浴みして、ドレスこそ着ていなかったが、白皙の美貌の攻略対象とヒロイン、ほっかむりで顔を隠していない二人の印象は強烈だった。


そして。


美貌の二人の噂はあっという間にデズモンド領から王都へ、ライオネルを血眼になって探す古参派貴族の耳にも入ってしまったのだ。

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