173 いざグワルフへ【後編】
ゴブリンに見送られて、また不思議な透明な壁を抜けると、眼前には視界を遮る茶色の巨大な岩壁。その岩をくりぬくような形で、砦が聳えている。
「ふわぁ!コレって絶対ペトラ遺跡を参考にしてるよ!知ってる?」
壮観にエヴァが興奮した面持ちで言った。
「えっとぉ……いいよね?」
あまりに目を輝かせておいでなので、念のため確認してしまった。…確認するも何も、突破するしかないんだけど。
ちなみに、この砦の向こうは、荒野を挟んで同じような造りのグワルフの砦があるらしい。
望遠鏡をのぞけば、砦から馬車の隊列を見つけた兵士たちが次々と飛び出してくるところ。
「カルビ君、やるよ?」
ちゃんと魔王様に合図がいくんだよね?信じてるよ?
◆◆◆
酷い目にあった。
二股がバレてリンダとブリトニーに詰め寄られた時もここまで酷い目にはあわなかったのに。
サイラス達に少し出遅れて、身ぐるみ剥ぎが完了したルッドゥネス侯爵子息は、ダンジョンの外に放り出された。さっきまで自分のものだったパンツを穿いたゴブリンが、片言で「マタノオコシヲ?」とか言ったけど、もう来ないからなっ!
「ぶふぇっくしっ!…ん?」
大きなクシャミをしたルッドゥネス侯爵子息は目の前の光景に、一瞬自分がパンツすら穿いていないことも忘れた。
「ぶふぇっくしっ!!」
…思い出した。
「国境の砦?!ペトラじゃないか!」
…やはり、ゲーム制作陣は世界遺産をパクったらしい。
それはさておき。
ドゴオオオオン!!!
ガラガラガラ…
侯爵子息の目の前で、数百年の歴史を誇る砦が崩落した。
「おおいっ?!」
砂埃が舞い上がる中、崩落した砦へ突き進む馬車の隊列。え?アイツらが壊したの?!
呆然と立ち竦んでいると、スッポンポンの侯爵子息の元へ数人の兵士がやってきた。
「おい!貴様!何者だ!」
砦が崩壊したからか、兵士が殺気立っている。怖い。
「俺はルッドゥネス侯爵が嫡男、トビーだ。無礼ぞ!」
裸で部下を叱責したことは、経験がある。ナタリーとベッドでお楽しみの最中に部屋に入ってきた部下を怒鳴ったことが。
「はあ?」
顔を歪める兵士。かなり怖い。
「将軍を呼んでこい!話がある!」
それでも、侯爵子息は命令した。なぜなら、この砦は先の政権交代で王妃派貴族の手から古参派のビーンスプラウト侯爵へ管理が移譲されたのだ。サイラスが砦をぶっ壊したことを報告しなければ。
おまえなんか怖くないぞ!平兵士風情が!おまえより俺はモテるんだからなっ!
謎の自信を拠に、侯爵子息は裸の……若干ぷよぷよの胸を反らした。
◆◆◆
久々に大罪魔法を使った。
《暴食》で砦を呑み込み、それを合図に魔王様に跡地をダンジョンにしてくれと頼んである。敵国との国境、砦の跡地。きっと双方から屈強なお客さんがたくさん来るに違いない。強力なラスボスを十体くらい投入してもいいんじゃないかな?
景気づけに、荒野を挟んだグワルフ側の砦も同じくぶっ壊して跡地をダンジョンにした。砦にお勤めの兵士は、勤め先が破壊されて職を失った。己が身に降りかかった突然の悲劇。さぞや絶望したことだろう。魔界貢献、フィランソロピーだ。うん。
こうして、私たちは悠々とグワルフ国内に入り、ダウンコートを届けたのである。
「めでたしめでたし」
「ンなワケあるか!この馬鹿者っ!」
グワルフ王妃様に最新デザインのダウンコートを献上して、王宮の客室で寛いでいたら、セヴランが怒鳴りこんできた。そういやこの王子様、軍関係のお仕事もしてたっけ?
「国境の砦だぞ?しかもペレアスとのだ?あ゛あ゛?」
「大丈夫だって。強力なラスボス付のダンジョンにしたし。ある意味、砦なんかよりずっと堅いぜ?」
国境に難攻不落のダンジョン。これほど攻めるに向かない国境もないでしょ。
「戦争できないと平和になる。そしたら大量の兵士がクビになる。リストラによる絶望が溢れる!素晴らしい!」
「ぐあぁっ!クソッ!!」
セヴランがティーテーブルに突っ伏し、私とエヴァは悠々とお茶を飲む。いい気分だ。
「いいじゃん?戦争しなきゃ、国家予算削減できてウハウハだろ?」
そ。戦争なんか不経済だ。やめろやめろ。
「簡単に言ってくれるな。どうするんだ?国境をダンジョンにしたら、それこそ行き来ができんだろうが」
海には、ペレアスの海賊船擬きが蔓延ってるんだぞ?と、セヴラン。
あら、もしかしてあのルートで貿易しようとしてたの?
「ああいう砦はな、賄賂さえ渡せば通行自由なんだよ!」
「あらま」
ま、今頃わかっても遅いね。壊しちゃったし。けど…そうか。ちょっといいこと思いついたぞ。
◆◆◆
王宮を出た私たちは、グワルフの王都へ繰り出した。
北部のこの地域では、秋だというのに毛皮のコートがなければ外を歩けない。私はカルビ君を抱えた上にポンチョ型のコートを着て、早速商館が軒を連ねる通りに足を踏み入れた。
「サイラス君、商館で何をするの?」
「仕入れ。ほら、イライジャさんの出番だよ」
商人は商品を売ったら空っぽの馬車で帰ってくるわけではない。行く先々で新たな商品を仕入れて、帰路の道中で売りながら帰るのだ。これ、行商の基本。
密輸窓口をぶっ壊されて、売れなくなった商品があるはずだ。その代理販売を請け負う……といっても焦げ付いた商品だ。買い叩く!もちろん!
狙いは食品、生鮮品かな…。
王家の息がかかってそうな商館に赴けば、喜んで売ってくれた。グワルフ特産のソーセージなどの肉類、さらにジャムやコンポートの類。冬に採れるという干しキノコや薬種、ドライフルーツも仕入れた。後はお酒。
他数軒の商館をハシゴして、さらに毛皮やら何なら様々な商品を仕入れた。
「びっくり…こんなにたくさん仕入れるんだねぇ」
荷で溢れそうな馬車に、エヴァが目を丸くする。
「日持ちしない食品は、通行料代わりにダンジョンで降ろすとして…、サイラス君、馬車を買ってもう少し仕入を増やそうか。相手は在庫を焦げ付かせている。強気に行くよ!」
イライジャさんも元気になった。やっぱ商売は楽しいよ。
ダンジョンが通行料払えば通り放題っていうのは伏せてある。セヴランには悪いけど、明かすつもりはない。運送業で大儲けができるぜ!
◆◆◆
帝国、エルジェムの別荘。
急な命令で修復工事がなされ、皇帝が到着する前々日にようやく工事が終わった別荘は、真新しさこそなかったが、不快を感じることはなかった。隅々まで歩いて別荘の間取りを頭に入れた皇帝は、さらにいくつか注文を出した。
「森を視察する」
なぜエルジェムに来たか。それは、貴族共の横槍が入らぬからだ。そしてもう一つ…
「陛下、鷹便にございます」
馬を呼んだところで、報告書が届いた。それに目を通した皇帝の表情は、一転、不機嫌極まりないものになった。
「アレが自らグワルフに赴いた、だと?」
報告書によれば、陸路の貿易ルートの視察らしい。羊皮紙をグシャリと握りつぶす。愉しみは当分先延ばしにせねばならなくなった。どうしてくれよう…。




