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171 いざグワルフへ【前編】

会議を終えた私は、大急ぎで魔の森へ走った。例の人型の洞の空いた木へ滑りこむと…


「ウガ?」


ダンジョン唯一の魔物兼門番のゴブリンが腰をあげた。入ってきたのが魔物()だとわかるや、また定位置である壁際に座りこむ。暇だなぁ、と顔に書いてある――人の来ないテーマパークの駐車場で、ひたすら座ってるおじいちゃんみたいだ。


全長十メートルほどの(短っ!)ダンジョンを抜け、いざ魔界へ。なんとこのダンジョン、魔王城直結。いいのか、それで。


「魔王様いる?暇?暇だよね?!」


バァン!と開けた扉の向こうでは…


「いぎゃあっ?!邪竜の娘?!ノックをせぬか!」


厨二魔王の手には毛抜き。眉毛のお手入れの真っ最中だったようだ。暇だな。


「サイクロプスがラスボスやってる『魔窟』について知りたいの。道は平ら?」


私が切りだすと、厨二魔王はピクリと片眉を跳ね上げた。よくよく見れば、眉にヘンな切れ目がある。毛抜きに失敗したらしい。


「……研修か?」


「違うからね?」


私はラスボスやらないから!


「で?道は平ら?途中に崖とか濁流とか、馬車の隊列が通れないところ、ないよね?」


ゲームのナレーションでは、ラスボスまでの道程は詳しく語られていなかったのだ。あくまでも目的がバトルだから、それ以外の描写はいい加減なのだろう。


「馬車の隊列?カモか?」


一転、ワクワク顔の厨二魔王。早くも追い剥ぎの皮算用をしている模様。顔がにやけ下がってるよ。


「諸事情があって馬車の隊列を通したいの。対価は払うわ。コレよ」


差し出したのは、オリバーの店で仕入れた果実水とクッキー。魔王は目を瞬いてしばし…いや、けっこう長い間私の手許をジィーッと見ていた。やがて…


「対価はそれでよい。して…」


改まった顔の厨二魔王。やっぱ眉毛がおかしい。ぜんぜんキマッてない。笑っちゃいけない…。


「その取引は人類に絶望を齎すのか?」


懲りもせずまた聞いてきた。私はニヤリと笑った。


「もちろんさ!」


◆◆◆


厨二魔王といくつか打ち合わせをした後、私はダンジョンを通って魔の森へと戻ってきた。一息ついて、木の洞から飛び出す。


ガキン!


剣と剣がぶつかり火花が散る――ウィリスからコソコソつけてきたのは、五人。ダンジョンまでついてこなかった、ということは恐らく突然私の気配が消えたから見失ったと思ったんだね。諦めも悪く、待ち伏せしていたらしい。


「誰の命令?」


念のため尋ねたけど、相手は答えない。無言で五人同時に斬りかかってきた。躊躇いのなさとか、身のこなしとか、プロだねコイツら。


「《竜鱗の鎧》」


服は切り裂かれたけど、身体に刃は通らない。目を見開く刺客たちに私は間髪を入れず、


「《瘴霧(ヴェノムミスト)》」


高濃度の瘴気をお見舞いした。


魔物だからね。こういう攻撃もできる。

咄嗟に結界を張れなかった刺客たちは、ものの見事に瘴気を吸いこみ、叫び声もあげずに昏倒した。


「ウィリスに連れて帰って尋問かな…」


とは言ったものの、昏倒した五人の刺客をウィリスまで運ぶのは……やめよ、しんどい。かと言ってこのまま放置しても、また悪さをしにくるだろうし……どうしたものか。


「ダンジョンに入れとけば?」


「ティナ、ナイス」


相棒の提案で、私は刺客を一人ずつ抱えあげると、さっき出てきた木の洞に放り込んだ。ゴブリンのおじさん、仕事だよ~。

身ぐるみ剥がれてスッポンポンになったら、暗殺依頼なんかできないでしょ。寒い格好でウィリスに戻ってきたところを捕まえればよし。


◆◆◆


ルッドゥネス侯爵子息は、物陰から女王の館を窺っていた。


確かにここにイヴァンジェリンが入っていき、待って待ってかれこれ一時間が経過した。しかしいっこうに彼女が出てくる気配がない。女の子絡みなら多少の労力は厭わない侯爵子息もそろそろ焦れてきた。


(ひょっとして、今日はもう出てこないのでは?)


だとしたら、ここで待ち続けるのも時間の無駄だ。


そこで閃いた。


相手は王太女殿下。出てこないということは、彼女は女王の館に滞在しているに違いない。ここに身分の高い『男』はいない。サイラスも中身は女だし、王太女殿下は安心して滞在なさっているのだ。


(そうとわかれば、こちらから訪ねればよいだけのこと!)


相手は逃げない。それに邪魔だてする男もいない。なら焦ることはない。


一度モルゲンの宿に戻って、王太女殿下に失礼のない服装……もちろんパンツまで勝負服に着替えてこよう。伊達にプレーボーイをやってはいない。女の子に好かれるコーデで出直すのだっ!侯爵子息は、意気揚々とモルゲンの宿へ帰っていった。


そして四時間後…


夕暮れの空の下、一張羅を纏い、髪をセットし、真紅の薔薇の花束を持ってウィリスを訪れた侯爵子息の目に映ったのは、今しも出立しそうな数台の馬車。先頭馬車の扉の前にサイラス・ウィリスが立っている。


「あれはっ!」


侯爵子息は見逃さなかった。サイラスの手からほっそりとした女性の手が離れ、馬車の中へ消えていったのを。一拍遅れるように車内に消えた、青いドレスの裾も。


のんびり支度している間に、イヴァンジェリン殿下が馬車でどこかへ行こうとしている?!


侯爵子息は大いに焦った。まさか、彼女はウィリスを発つおつもりでは?!

そうこうする間にも、鞭が鳴り、馬車が出発する。


(まずいぞ!アレはやたら速いという新型馬車では?!)


逡巡は一瞬。侯爵子息は動き始めた馬車の隊列を必死で追いかけ、なんとか最後尾の荷台に飛び乗ることに成功した。薔薇の花束は放り出した。


(どこへ行かれるか知らないが、とりあえず…)


間もなく日が落ちる。侯爵子息は、幌を持ち上げ、荷台の中に入りこんだ。


◆◆◆


夜闇の中を、馬車の隊列が駆けてゆく。


灯りは灯していない。先頭の馬車に夜目の利く使い魔のハチを繫ぎ、エヴァの魔法で召喚した夜目の利くアンデッドが馭者を務めているので、闇の中でも進めている。けっこう長い隊列だし、夜盗にとってはカモでしかないし。目立たないに越したことはない。


「負担かけてごめんね、エヴァ」


いくらエヴァの魔力が高いとはいえ、夜ずっと魔力を使い続けるのはしんどいはずだ。一応、こんな夜間行軍をするのは今夜だけで、街道の分岐点から教会領に入ったら、普通に灯りつけて人間の馭者に交代する予定だ。


「いいよぉ。これくらい余裕」


対するエヴァはニカッと笑った。


「その代わりィ、分岐点過ぎたら膝枕して?サイラス君」


「お安い御用」


「っしゃあ!やる気出たぁ!」


女子二人で笑い合っていると、


「ねぇサイラス君…。本当にその…ダンジョンを通り抜けるの?冗談じゃなくて?」


イライジャさんが不安そうに尋ねてきた。


今回は、フリッツはオフィーリアとお留守番である。よって、イライジャさんについてきてもらった。


「うん。魔王様には話つけたし。いざとなったら、私がサイクロプスと殴り合いするよ」


「サイクロプスぅ~!?」


震え上がるイライジャさん。あれ?言ってなかったっけ?ああ…サイクロプスって一つ目の巨人ね?力自慢の。大きさは知らんけど。


「サイラス君…俺、遺言書書いた方がいいのかな…」


イライジャさんったら、目からハイライトが消えちゃってる。大丈夫だって!まあ…多少荒っぽいことはするけど、ね?

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