167 そうだ 奴隷買おう
王子会談も終わって、季節は秋に移行した。
テナント料という収益のおかげで、今は国庫に少し余裕がある。帝国との絹取引も順調。モルゲン・ウィリス王国は、中立国だからグワルフとも貿易できるしね。
貯め込むのもアリだけど、私は投資に回したいと考えている。例えば学校の設立。実学も大事だけど、最低限の読み書きと計算くらいは身につけた方がいいと思う。騙されたり、搾取されないためにもね。ゆくゆくは庶民が通える学校を国内の各地に整備したい。
「学校?なら、もうちょっと規模を大きくしようよ」
エヴァが口を挟んだ。
「ペレアスの魔法学園……というより『あっち』の大学みたいなのを。国の価値を高めることも大事だよ」
研究機関も兼ねた学校ってこと?
「そ。レベルの高い学校には国内外問わず人が集まるし、学校の存在自体が抑止力になるでしょ?」
なるほど。そこも多国籍にしちゃえば、侵略しにくくなると。
「まあ、まだ先の夢だけどね。さすがにそんなモノいきなりは無理だよ」
と、エヴァは苦笑した。
ポソッと、日本の知識とか道具とか再現したいな、と。
確かに、せっかく二人分の知識があるなら活かしたいよね。
「問題はヒトなんだ。商人は増えたけど、働き手が足りない」
急速に発展したこの国は、戦後すぐとあって人手不足。道路整備はほぼ終わり、植物紙はエリンギマンたちが大きな戦力になっているけど、いつまでも彼ら頼みというわけにはいかない。私の寿命なんかたかが知れてる。私が死んだ後も彼らがそのまま残るとは思えないんだ。魔物にも寿命はあるしね。
「そんなわけで奴隷を買おうと思うんだ」
◆◆◆
やってきました!
ここはペレアス王国ニミュエ領内の奴隷市場。
ちなみに、召使い用の奴隷市場だから、いつかの奴隷オークションのような豪華な会場はありません。青空マーケットです。
再三言うけど、奴隷売買は違法ではない。ごくフツーの商売だ。愛玩用の奴隷(エルフとか、見目のいい獣人とか、美少女とか)は値が天井知らずだけど、召使い用や護衛用の奴隷は男性なら一人あたり金貨50~60枚、女性ならその半額くらいで買える。子供ならもっと安くて一人あたり金貨10枚前後。相場はこんなところかな。
彼らは戦争に負けた国の人間だったり、親や身内から売られたり、スラムから奴隷商人が拾ってきたりと、抱える事情は様々だ。ああ、元犯罪者も奴隷になってたりするね。
そんな彼らは、だいたい鎖に繫がれタグを付けられ、マーケット内に突っ立っている。オフィーリアと二人で彼らをゆっくり見て回る。ふと立ち止まって、俯いている女の手を拾いあげた。
「この人、買うよ。いくら?」
右手にペンだこがある――つまり、字が書けるということに他ならない。
「ん?」
あの子、私を見て明らかに怯えたね。ふーん…
「そいつはクラーケンに襲われた船で拾ったガキだ。安くしとくぞ?」
前に行ってしゃがみこむと、彼は私や私の上に頻りに目をやる。ほほう?
「いくら?」
「金貨10枚だ」
彼は、私の気配の異常と少し上空にいるステルスなレオに気づいた。感覚を研ぎ澄ませば、周りと比べてずば抜けて魔力が高い。彼もお買いあげ、と。そんな感じで、気になった奴隷を買いながらマーケットを一巡した。それで…
「ここからここまでと、あそこからここまで。全部下さい」
◆◆◆
同時刻、ウィリス――
「ブヒブヒッ!邪竜の娘~、魔王様がお呼びだぞブヒッ」
牛柄のつなぎを着たブタ――カルビは、サイラスを探してウィリスを彷徨っていた。
ウィリスの人間は皆親切だった。約一名、「豚舎はあっちだ」とか言ってきた黒髪のオマケ人間がいたが、それ以外は頭をナデナデしてくれたり、さっきはちびっ子から「ブタさんお花あげるぅ~」と素朴な野の花をもらった。その前に胸の大きな優しそうな人間からはお菓子ももらった。女性に大人気の喋るブタの魔物、カルビ。自覚がないのは本人(豚?)だけだ。
「ブゥ。魔王様が遊んでやるってお誘いなんだぞブー…」
ぶっちゃけ魔王様は暇なのだ。ダンジョンは客が来ないし、魔物も暇を持て余している。会議をすれば、厳しいことこの上ない売上を直視しなければならない。息抜きだってしたいさ!魔王様も!
…その辺を生真面目にオブラートに包んだ言い方をするカルビは、気遣いのできる配下である。
「ブヒッ。ありがたいお誘いなんだぞブーブー」
サイラス、いないなぁ。どこ行った?
◆◆◆
「どうも。しめて金貨869枚だね」
奴隷市場。
そして疲れた風情の奴隷商人が代価を示した。
「600枚で」
もちろん値切りますとも!
「そりゃ酷いな。850は譲れないね」
「じゃ、やめる」
あっさり立ち去ろうとすると、慌てた商人に呼びとめられた。
「ちょちょ、ちょい待ち!旦那ァ、わかったよ830!」
「ええ…ぼったくりだよ。この人達、どーせ売れないし。このままだとご飯代だけかかっちゃうね」
そうさ、私が指定した商品は絶対売れない不良在庫。身体の欠損した奴隷、しかも、女子供ばっかりなんてさ。
「ああ~っ!クソッ!わかったよ!730!これ以上はダメだ!」
「ふふ。商談成立だね。どーもぉ」
買い叩いた奴隷、103名。一人あたり金貨10枚も出してない。その場で奴隷紋の譲渡を受け、引き取った。ま、最初はこんなモンかな。
ウィリスに連れて帰った彼らを、まずは身綺麗にさせて食事を振る舞い、その後一人ずつ手分けして面接することにした。もちろん、その前に奴隷紋を消させてもらったけどね。アレがあると、制限がかかって喋れないこともあるから。
「君、名前は?」
私の前にいるのは、奴隷市場で私の正体とレオの存在に気づいた子。けど…あれ?魔力は割とフツーなのかな。ウィリス村民と大して変わらないよ?
…ま、いっか。
私のことは、魔物だと思っているのか(事実だけど)怯えるので、エヴァを呼んだ。
「エヴァー!面接代わってぇ!」
面接を代わったエヴァが、後になって「魔力がフツー?ウィリス村民のスペックが異常なんだよ!」と吠えていたことを、私はついに知ることはなかった。
◆◆◆
その頃。
「ブッブッブッブッ…」
カルビは、ひたすら地面を掘っていた。
ピンクの短い手を泥んこにして『ここ掘れワンワン』ならぬ『ここ掘れブヒブヒ』に勤しむ様は微笑ましく、村の女性の視線を独り占めしていた。やはり当人(豚?)は、注がれる生温~い視線にまったく気づいていない。
「ブヒッブヒッブヒッ」
ひたすら掘っている。あまりにも作業に夢中で、探していたサイラスが真横を通ってもまったく気づかなかった。
◆◆◆
面接から外れた私は、身体の欠損した奴隷たちを連れて、商業エリアを訪れた。向かったのは、義手と義足の専門店。戦争が多いと、手足を失う人も多く出る。よって、こういう店の需要が生まれたわけだ。決してバリアフリー的思考から発展した技術じゃないよ。
「強制はしない。望むなら作ってあげる」
こういうのって、装着時に痛みを感じることもあるらしいから。作るかどうかは本人の意思に任せることにした。
「費用はこっちで持つから、安心して」
そう笑いかけると、奴隷たちは一様に驚いた顔をした。
まあ、手足があるに越したことはないけど。ウィリスで働いてもらうに、それぞれが片方あれば充分だ。紙作りの工程は単純作業も多いし、人口の増えたモルゲンやウィリス周辺エリアでは、交通整理や道路整備の人員、街道のポイントポイントでの交換用の馬の世話係とかがまだまだ足りないんだ。さらにメイドさんとか、収税係だとかいろいろ…私たちの手足となって働いてくれる人達も欲しいし。
ちなみに購入した奴隷の半数は、まだ子供だからすぐには使えない。その分、教育に時間をかけるつもりだ。読み書き計算プラスアルファができれば、数年後には頼もしい戦力になる。教育係はヴィクターの他、彼のウィリスの教え子たちにお願いした。プラスアルファの部分はエヴァとオフィーリアが暇を見つけて担当するそう。頭があがりません…。
◆◆◆
「ノエル、南部へ帰らないのか?どこへ行く?」
街道を疾走する馬車の中。
ライオネルは隣に座る恋人に戸惑いを露わに問いかけた。
「ライオネル様、貴方は追われる身になったんです!だから、どこかに身を隠すんですよ!」
「な…なに?!」
ライオネルが王太子でなくなった、ということは恐らく妹のイヴァンジェリンが王太女になる。なら、最終的に王家の血を継ぐライオネルは邪魔になるわけで。
(最悪私もまとめて消されるわ!逃げるっきゃないじゃないのーっ!)
このまま南部に帰れば、刺客が追いかけてくるか若しくは王国兵が捕まえに来るか。ノエルにもそのくらいは予測がついた。
(絶対っ!モルゲンはぶっ潰してやるんだからぁ!)
このまま終わるつもりはない。
サイラスもアナベルもみんなやっつけてやる…!
「見てなさい…私が…」
フツフツと怒りの言葉を漏らすノエルの横で、ライオネルがそわそわと窓の外の景色を追う。
「しかし、このままでは南部の民が…」
「民のことは教会に頼みました!悪いようにはなりません!」
…ものは言い様である。
実質、鉱山は既に教会のものである。聖職者が何人も派遣されてくるし、民が搾取されることはないと思われる。間違いは言っていないはずだ。
「そ…そうか。なら、いいんだが…」
ライオネルは大人しく引き下がった。ノエルと『ロザリー』の前では、バカ王子もしおらしい。アナベルにフラれた今、彼にとってこの二人だけが頼りなのだ。
(とりあえず教会領かしら。聖女になるにはコネが必要よね!)
ウィリスで火刑にしようと思った司祭は、いつの間にか消えていた。まあ、アイツは失脚するだろう。フレスベルグが鳥鍋にされた責任を取らされるのは、あの脂ギッシュ司祭だ。
「次行くわよ!次!」
司祭など掃いて捨てるほどいるのだ!
「そ…そうだな!次行くぞ!」
なんかわからないけど、ライオネルも拳を突き上げた。一瞬だが、車内の雰囲気が明るくなった。
「教会領へは参りませんよ」
そこへ、水を差す者が。
御者台にいる『ロザリー』である。
「お忘れですか?レディ。教会はウィリスと近しい。潜伏先には向きません」
それ以前に、悪魔に教会へ入れとは死ねと同義である。『ロザリー』は少年の肉体を得ているが、人間ではない。聖域には入れない。
「ッ!じゃあどこ行くのよ!」
「レディ、お声が猿のわめき声のようですよ」
「アンタ…言うようになったわね…」
ノエルの唸り声を、「お静かに。お喋りなさるな」と窘めて、『ロザリー』は行き先を告げた。
「デズモンド領にご案内します」
◆◆◆
「ブヒッ!ブゥッ!近いんだぞブブー!」
穴の深さがかなりのものになってきた。何があるのかと問われれば、『ブッヒブヒなモノ』としか答えようがない。
「ブウッ、ブヒヒッ、ブヒヒッ」
目標はすぐそこだ!掘れ!掘るんだカルビ!
尚も掘り進むと、地中から黒ずんだ樽が姿を現した。土の臭いの中に隠しきれない芳香がある。カルビは鼻をヒクヒクさせた。間違いない。樽の中身はブッヒブヒなモノだ!いそいそと樽の蓋に打ちつけられていた封印を解くと…
ボッシュワ~~!!
「ブヒーーッ!!!」
妖しげな紫色の噴煙が、穴に充満した。




