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165 エヴァの決断

すみません…。長いです。

「私さ…バカ兄を支持しようと思うの」


予告もなく、エヴァが爆弾を投下してきた。


私は顎を落とした。だ…だって、アイツだよ?政治能力皆無の阿呆だぞ?


「そうでもしないと、私の人生が詰む……わかるでしょう?この世界は徹底した男尊女卑なの。王太女だろうが女王だろうが…所詮、『女』なんだよ…」


「う…」


そう言われると何も言い返せない。

だって…このモルゲン・ウィリス王国だって、トップは女王のオフィーリアだけど、実質命令を下して動いているのは王配の私……『男』なのだ。オフィーリアの意思も反映しているけれど、それはあくまでも内部での話。外面の彼女は血筋という名の飾り物だ。


「王太女になって、宮殿に閉じこめられて、好きでもない男宛がわれて、王家の血を継ぐ子を産むだけなんて…そんなの絶対に嫌!死んだ方がマシだよぉ」


訴えるエヴァの顔は悲壮だった。


「だからっ!バカ兄を利用するのっ!サイラス君には絶対敵対させないから…。お願い、協力して…」


エヴァに協力する――モルゲン・ウィリス王国もペレアスの後継にライオネルを推すスタンスを取る。それはニミュエを含むペレアス古参派と対立することに他ならない。また、ライオネルはあの通りのバカ王子で、厄介なことに魔力だけはクソ高い。王妃派が御輿に担ぐに、これ以上の人材はいないだろう。リスクしかない…


でも。


「当然でしょ」


エヴァの肩を抱いて、私はニヤリと笑ってみせた。


「貴女を見捨てるわけ、ないじゃない。上等じゃん。徹底抗戦しようぜ?」


エヴァは、私のためにこんな辺境まで来て、姿が変わっても誰よりも寄り添ってくれて、新参国家のスタートダッシュでも骨を折ってくれた。王家の血筋?王族の義務?何それ既存貴族の権益守る言い訳でしょ?そんなモノのために友達の人生が食い潰されてたまるかよっ!


ただ、私も産まれたばかりの国のトップだ。ただ敵を作るだけの行為はしてはいけない。さあ…どうしようか。


◆◆◆


そしてやってきたのは、『ロイ』の見た目をした汚いクソ野郎……もとい悪魔『ロザリー』を放置している、部屋。

アナベル様が豊満な胸を腕に押しつけ、縋りついてお願いしてこられたから仕方なく、部屋を用意したのだ。こんなヤツ、厩だって勿体ないくらいなのに。


ヤツは相変わらず眠ったままだ。傍でアナベル様が甲斐甲斐しく看病をしてるけど。


「アナベル様、悪いけどフェリックスの看病を少しだけ代わって欲しいんだ。彼は私が監視…ゴホッ見ておくから。いいかな?」


私が笑顔で持ちかけると、アナベル様はキョトンとこっちを見た。その視線は私の隣に立つモノに向けられている。


「彼の職場の知り合いなんだ。お見舞いに来たんだって」


「ブヒッ!来てやったんだぞブー(部署違うけどなっ!ブゥ)」


嘘は言ってない。カルビ君曰く、コイツも魔界の住人、厨二魔王の配下らしい。


「まあっ!喋りましたわ!可愛いブタさんが同僚の方?」


ぱあっと笑み崩れるアナベル様。わかる。可愛いよね。


「牛魔王だモガッ」


「そう、同僚なんだ」


笑顔でゴリ押す。


「少しだけ彼に時間をくれないかな?」


畳みかけると、「そういうことなら、」とアナベル様は快く部屋を出ていって下さった。


…よし。


これで君を守ってくれる女神はいないよ、『ロザリー』。

さあ、お話しようか。


「《魔力譲渡》」


眠る『ロザリー』の上に手をかざして、私の魔力を分けてやる。魔物と悪魔だからね。魔力譲渡は問題なくできるはず。ややあって、『ロザリー』がゆっくりと目を開けた。


「やあ、『ロザリー』。お見舞いに来てあげたよ」


声をかけると、ヤツはバッと身を起こしかけ、呻いて頽れた。


「軟弱な悪魔だぞブブブ…」


「…牛魔王ですか。部署の違う貴方が、何の御用で?」


「食中りした間抜け野郎って、指差して笑おうと思ってさ」


私が割り込むと、『ロザリー』の紫水晶が射殺しそうな殺気を放つ。


「言うこと聞いたら、傷と食中り、治してやるぜ」


『ロザリー』は無言。チラチラと視線を彷徨わせ、


「《暗黒転…》」


「《光の牢獄》!」


奴の詠唱を隠れていたエヴァが光魔法で阻んだ。エヴァ、実は全属性適合者だったりする。逃げ損ねた『ロザリー』が舌打ちをした。


「悪魔、『取引』しようぜ?」


「…断ったら?」


私は無言で、ポケットから取り出したブツを悪魔に近づけた。


「ぐはぁっ!や…やめろっ!」


飛びすざって光魔法の檻にぶつかりそうになって慌てる悪魔。いい眺めだ。


「ほ~れほ~れ♪」


ブツ――今朝、魔の森から拾ってきた聖鳥フレスベルクの骨をかざし、私は逃げる悪魔を追い回した。え?私?骨を持つ手は竜の鱗でばっちりガードしていますよ!もちろん!


「邪竜の娘…陰険だぞブゥ…」


「悪い顔したサイラス君も素敵っ!」


檻の外で、外野が好き勝手に喋ってる。


「くっ…『取引』は何だ!」


逃げながら悪魔は『取引』に応じると喚いた。よしよし。


「二度目の王子会談を開くんだ。その時、アンタのバカ王子が余計なことを言わないように押さえろ。それが俺の要求。で、見返りにアンタの傷と食中りを治してやる」


傷はポーション塗りゃ治るし、食中りは魔界の真っ黒な瘴気温泉にコイツを蹴落とせば治るんじゃない?


「私は今、マスターがいるのです。他の方のお願いは…」


「んじゃ、コレ」


ヒョイとフレスベルクの骨を差し出す。


「ふがぁっ!」


「断ると、悪魔が魔界の掟を破ったって厨二魔王にチクっちゃうぞー!」


カルビ君曰く、悪魔は基本、人間から持ちかけられた『取引』には応じなきゃダメなんだぞブブブ…とのこと。


「くっ…魔王様の名を出すとは卑怯な!」


「私、アマストレ様とも仲良しなんだよねぇ」


「!!」


ボンデージの女王様の名を出した途端、悪魔の顔から表情が抜け落ちた。覿面に効いたようだ。フッ…悪魔を『ざまぁ』したぜ!


◆◆◆


そして。


私は、今一度セヴランをはじめとした各地の代表を招集した。


ライオネルの阿呆も、宿に村人を派遣して引っぱり出してきた。当たり前のように『王子様』用の椅子に座ったライオネルに、視線が集中する。そこへ私がエヴァとオフィーリアを伴って入場すれば、その視線が一斉に私たちに集まった。何事か?!ってね。


「皆様にお集まりいただいたのは他でもありません。イヴァンジェリン王女殿下にお願いされましてね」


笑顔でそう切りだせば、ざわめきが大きくなる。セヴランにアルまでもが胡乱な眼差しをこちらに向けている。


「王太女への立太を、殿下は辞退されたいと仰せです。ね?」


いっそ清々しいほどの内政干渉だね!


私の振りで、豪奢なドレスに身を包んだエヴァが前に出て、議場の面々を見渡した。シン、と静まり返る室内。


「私は…」


エヴァが震える声で話し出す。繫いだ手を力づけるようにキュッと握った。大丈夫、私がついてるよ。


「王太女にはなりません。王太子には、ライオネルお兄様を推挙いたします…!」


彼女が言い終わるや否や、


「何をおっしゃいますか!王太女殿下ァ!」


ペレアス古参派貴族が声を張りあげた。予想通りの展開だね。


「ライオネル殿は政治能力に欠ける!夜会での酔狂は記憶に新しく、彼の治める南部も行き詰まっていると聞きますぞ!不適格じゃ!」


「ライオネル殿は血を分けた妹である貴女様を疎んじ、挙げ句毒殺しようとしたのですぞ!暗君にしかなりませんぞ!」


「貴女様は魔力も高く、お子もその高い魔力を受け継がれるはず。国母たるに相応しいのは王太女殿下しかおられぬ!」


「貴女様は幼き日より神童と誉れ高く、英邁であられた!優れた女王を我々は望んでおります!」


口々に叫ぶペレアス古参派貴族たち。


「静粛に!!」


それを腹から声を出して押さえつける。目顔で促すと、エヴァが今一度、いきり立った古参派貴族たちを見回し、静かに口を開いた。


「私は、『女』ですわ。国の頂点に立つにあまりに相応しくありません」


シン、と静まり返る議場。エヴァは言葉を続ける。


「『女』が『男』の上に立つ……そのような非常識があって良いのでしょうか」


誰も是と言わない。


ぶっちゃけ『女王』ってのはお飾りだ。実質権力を握るのは『王配』なのが、暗黙の了解。でも、そこを堂々と「女王様はお飾り!美味しいところはぜ~んぶ王配の男がやりますんで!」なんて言えやしない。それはそれで血統主義に風穴をぶち開けちゃうからね。だから、古参派貴族の面々は、苦虫をかみ潰したような顔をしておられる。


『…すごいブーメランだな』


憮然としたアルからの念話が飛び込んできた。アル、魔界で妖気中毒になった時から、念話を完全マスターした。


『女』が『男』の上に立つ非常識――かなり直裁に女王を戴くモルゲン・ウィリス王国をディスってる。まあブーメランには違いない。


「私は、イヴァンジェリン王女殿下のお考えを支持しようと思ってね。皆様のご意見をお伺いしたく…。私は徹底した実績主義なんだが、『女性』がこの会議に参加することをどうお考えだろうか」


チラリと意味ありげに後ろのオフィーリアに目をやって、私は議場に問いかけた。上手く騙せたかな?


「もしや…サイラス殿…?」


「己のために、ライオネルを支持すると言うのか?」


ざわつく面々。手応えはあったみたい。


「私個人としては、『女』が国の頂点に立つは愚の骨頂と思うのだが。『女』に表の世界で何ができる?彼女たちに政治的な力……何らかの実績があるだろうか?」


この世界は徹底した男尊女卑。その『常識』で、エヴァの王太女立太をひっくり返す――もちろんオフィーリアとは事前に打ち合わせ済み。


私がバカ王子を支持する理由は、『男』なのに『王配』で『女王』の下にいる自らの権威を高めるため。私が貴族出身でないのは周知の事実だし、動機は充分だよね。つまり、オフィーリアを差し置いて権力を握ろうとする『王配』を私は演じているわけだ。


『…おまえも女だし、いろいろやらかしてるだろ』


アルから念話でツッコミが入った。ちなみにアルは、王太女立太をぶっ壊す企みには入れていない。彼はメドラウド公子息。ペレアスを虎視眈々と狙う帝国からすれば、ペレアスが女王を戴けば、それこそ婚姻なりで乗っ取りの画策ができるわけで。よって企みを明かさなかった。寝耳に水なアルは、茶番に呆れているらしい。


「確かに、つい先日もイカレた女が馬鹿をやって投獄されたばかり。同じ『女』を国の頂点に、とは馬鹿げているな」


あら意外。セヴランが援護射撃をくれた。


「だが、貴殿の発言はペレアスへの明らかな内政干渉だ。違うか?」


おっと。


「ごもっとも。ここからが本題だ」


不敵に笑い、私は議場の面々を見渡す。


「会談を開いたのは他でもない。この席に座る資格について皆様の同意をいただきたい」


王女殿下の決意表明だけじゃ王子会談は開けない。いずれ釘を刺そうと思っていたから、今それを言う。


「火竜の監視に当たり、それぞれ精鋭部隊を派遣していただいたことは感謝してもしきれない。しかし、兵士は使い方によっては要らぬトラブルを招く恐れもある。よって、この議席に着く資格について、詳細を詰めておきたい」


私の合図で、フリッツが立派な装丁の羊皮紙を配ってまわる。


「なっ!これはっ…!」


ひょろりとした古参派貴族……誰だっけ。あ、ビーンスプラウト侯爵か。息子がエヴァの伴侶候補だっけ?


「議席に着く代表者を『王族もしくはそれに相当する身分且つ将軍経験のある男子に限る』だと?!貴様我がペレアスを排除する気か!」


「何か問題でも?」


あからさまに侮蔑の視線を投げ、唇の端を持ち上げる。清々しいほどの悪役っぷり!


「先ほども言った通り、私は徹底した実績主義でね。この重要な会議の席に、実績のない無能な人間を座らせたくないのだよ。身分だけ高くて無能な人間がいれば、協調などできはしないし、他国にも失礼だ」


私が懸念しているのは、危機感が薄れたときに軍のことなんかな~んも知らない箔をつけることだけが目的のぐーたら貴族が派遣されること。権力持った阿呆に軍という名のオモチャを与えてごらん?国際問題起こすに決まってるでしょ。


私の言葉に、ビーンスプラウト侯爵は顔を真っ赤にして、


「何を言うか!我らが王太女殿下は、御幼少のみぎりより化粧水、シャンプー、リンスなるものを発明し、ご自身の領地を大いに発展させたのだ!実績はある!無能とは無礼なっ!!」


とか喚いた。


私の横でエヴァがため息を吐く。


「サイラス様の仰った実績は、軍の実績でしょう?私、将軍経験なんてありませんわ。軍のことは何もわかりませんし…」


「ハッ?!」


「それに幼少期に発明だなんて。あり得ませんわ。私はただ、面白い発明をした我が家礼を後押ししただけ。私自身は何もやっていなくてよ?」


「………へ?」


目を点にするビーンスプラウト侯爵。


あー…発明したのは間違いなくエヴァなんだけどね。女…それも幼児が事業など立ち上げられるはずがない。よってエヴァは家礼(下位貴族出身の成人男性)を隠れ蓑に使った。だから、公式な書類はすべて家礼の名前に、家礼の功績になっているんだよ。


ビーンスプラウト侯爵は撃沈した。


『で?本当のところどうなんだ?』


…後で教えてあげる、アル。


「しかし!なれば王太女殿下の立太と共に私を王配に迎え…」


「そうだ!私は領兵を指揮している!条件に当てはまるぞ!」


今度はラップドッグ伯爵とルッドゥネス侯爵か。


「貴殿らに将軍のご経験は?()()はお有りか?」


両名は黙り込んだ。


ああ…ちなみに。セヴランもそっちの経験はあり。私とアルは言わずもがな。ライオネルは南部鎮圧をやったからね。…実を言うとエヴァも戦場経験あるしアンデッド軍団を指揮してたんだけど…、そこは黙っておく。


ここにいるペレアス古参派貴族の面々は、生粋の貴族だ。戦場とは無縁の人達です。当然、将軍経験もなければ従軍経験もありませんとも!


言っとくけど、実績に『領兵を指揮している』なんて入らないからね!そんなの支配者なら当たり前だ。『ちゃんと使ったことがある』かどうか、『それで結果を出したのかどうか』が重要なのだ。


「実績もない人間をどう信用しろと?多国籍の兵が駐屯する故、トップに知識と経験があるかは、大変重要でね、」


言葉を切り、あくまでも穏やかな表情をライオネルに向けた。


「ライオネル殿下は、魔物討伐に応え、我が国を助けてくださった。昨年の内乱を見事に封じられたとも聞く。彼なら信頼できる。ぜひ今後も、この議席に座って欲しい」


そう言えば、セヴランがやれやれと肩を竦めた。


「ま、ライオネル君はさておき、この『条件』には賛成する。馬鹿と話す気はない」


彼が羊皮紙にサインすると、アルも同様にサインした。ライオネルは……『ロザリー』が無理やりペンを持たせてサインさせた。よし!これでいい。




二度目の王子会談の後、エヴァを推すペレアス古参派貴族――主に伴侶候補に名乗りを挙げた三人はすごすごとウィリスを後にした。今後のことを考えれば、ライオネルを降ろして議席を失うのは損だ。情報収集然り、商取引然り。それだけの価値が、この国にはあると私は信じている。


まあ、残る問題は…


「サイラス、話がしたい!」


ライオネル(コイツ)かな。

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