164 ヒロインの真実
厩の掃除を終えて、疲労困憊で戻ってきたサイラスとアルフレッドを待ち受けていたのは、なかなかにカオスな現場だった。
フェリックス君がなぜか重体で担ぎこまれてきて右往左往したかと思うと、彼を運んできた『ロイ』の紛いモノがぶっ倒れて、今度は教会の下っ端僧侶が駆けこんできて、
「聖鳥様を知りませんか!魔の森に入ったきりご飯の時間になっても帰ってこないんですよォ…あ゛あ゛あ゛ぁ…」
と、泣きつかれ、
「サイラス殿!王太女殿下の居所をご存知ですな!隠し立てはなりませんぞぉ~」
と、ペレアス貴族から濡れ衣を着せられかけ、
「サイラス!大司祭が痴漢で新築の教会が壊れたらしいんだが、修繕はウチがやるのか?!」
と、フリッツが駆けこんできて、
「うっうっ…ワタシ、盗ってな~い、善良な商人なの…」
と、宝石を握りしめた泥棒女が引っ立てられてきて、
「アルフレッド君、荷物は纏めておいた。今日からモルゲンの宿に泊まりなさい」
と、笑顔で父さんが入ってきて…
「もうっ!わけわかんない!!」
私は天を仰いだ。
そして、深夜。
「アル、ごめんね。追い出した挙げ句こんな時間まで付き合わせて」
せめてと、アルをモルゲンの宿まで送りながら、私はため息を吐いた。
いろいろ…そりゃあもう、いろいろ大変だったんだからっ!
重体のフェリックス君は、幸いにも優秀なグワルフの軍医さんが診てくれ、何とか容態が安定した。今はオフィーリアが付き添っている。
ノエル曰く、《傀儡術》でボアに入ったところをアナベル様と『ロザリー』がそうとは知らず討伐してしまったらしい。
ノエルは騒ぐのでライオネルの宿に放り込んだ。その時ライオネルが、私と話したいと言ってきたらしいんだけど……優先順位は最下位だ。さっさとノエル連れて帰れ。
『ロザリー』は、アナベル様曰く食中りらしい。即決で放置した。
聖鳥様は、アナベル様が撃ち落として、四人で鳥鍋とフォアグラを食べたという。……聞かなかったことにした。
王太女殿下ことエヴァは、新ウィリス村エリアの公園で野宿……ホームレスか?!アルを送った後で迎えに行く予定。
新築の教会が壊れたのは…もう明日処理しよう。聞くところによると、扉が木っ端微塵になって水浸しらしい。あと、女がかっ飛んでいったという目撃情報あり。どういうこと??大司祭の痴漢は……知らんよ管轄外だ。教会内部で処理してくれ…
泥棒女は、牢にご案内した(部下が)。ミサンガ売りつけるフリして客の財布をすったらしい。
…以上。
「ふわぁ~~」
欠伸が出るのは仕方ないよ。疲れたもん。
「大丈夫か?サアラ」
宿屋の前で、アルが心配そうに私の顔をのぞき見て、不意に私を抱き寄せた。
「頑張ったな。おまえはよくやった」
ぽんぽんと頭を撫でられて、泣きそうになったよ。ううっ…労ってくれるのはアルくらいだよ~。
「でしょ?私、頑張ったよね?!」
「ああ」
今度は背中をヨシヨシと擦られた。ああ、安心する…。
「アル…好き」
「知ってる」
しばらくくっついて恋人を補給して。よし、元気をもらった!
「エヴァを迎えにいって、アリア婆ちゃんの苦々センブリ茶買って、徹夜でフェリックスの看病乗りきるぞぉーっ!」
ッシャアァ!、と気合いを入れる女らしさの欠片もない恋人にアルは苦笑して、「程々にな」と頬にキスをくれた。
◆◆◆
目を覚ましたら、窓の外は真っ暗だった。空に白い月が浮かんでいる。いつの間にか夜になっていたらしい。
「起きた?」
柔らかな声に視線を横にずらすと、あの人独特の気配がした。なんか…この人――サイラスは気配が魔物のそれと似ている。無意識に魔力の糸を…
「だーめ。まだ魔法使っちゃ」
ちっぽけな手が、温かくて大きな手に包みこまれた。柔らかい……女の人みたいだ。そんな感想を抱いて、フェリックスは苦笑した。サイラスは男性だ。女性なはずがない。
「アナベルは叱っといた。よく頑張ったね」
空色の瞳が優しく笑む。反対の手を伸ばして、額の濡れタオルを交換してくれた。なぜか使用済みのタオルは、宙に浮いて勝手にドアから出ていった。……はて?
「辛かったら言いな」
「……タオル、何で?」
風魔法か何かかな。そう思ったフェリックスにサイラスは苦笑し、「見られちゃったか」と舌を出した。え…?
「秘密だ」
悪戯っぽくそんなふうに言われると、俄然気になる。
「教えてよぉ…」
頼みこむとサイラスは「しょうがないなぁ…」と笑って。
「昔むかし、あるところに…」
看病を交代するために、私ことイヴァンジェリンは、子供が休んでいる部屋の扉をそっと開けた。こちらに背中を向けたサイラス君の手が、眠っている子供の肩をトン、トン、とゆっくり叩いている。
「…そして二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ」
フェリックスは眠っているみたいだ。背中越しに見えた寝顔は、どこか楽しそう。昔話、面白かったのかな。
「代わるよ?」
そっと声をかけたら、サイラス君が振り返った。
…目が虚ろ。私は彼の向かいに座って、居住まいを正した。
「…サイラス君、『チンギス・ハン』と『白雪姫』のお話は、【混ぜるな危険】だよ?」
だって、十三翼の戦いの後でチンギス・ハンが毒リンゴ食べて七人の小人が出てきて……
フェリックス君がどこまで聞いていたかわかんないけど、その流れでいくと、ガラスの棺に眠ったチンギス・ハン(※髭のオッサン)に王子様がキスする画になるじゃん?ハッピーエンドか?それ。
「あ…あれ?私、『オズの魔法使い』を…」
キョトンとするサイラス君。
「ああ…だから、十三翼の戦いの最中に竜巻が起きて、敵にブリキのロボット軍団が出たのね?」
案山子軍団を味方につけたチンギス・ハンは、負けた。それでチンギス・ハンは自害するために毒リンゴ以下略。モンゴル統一は白雪姫が引き継いだ。
「…うん」
「…それであの決めゼリフ、『その時歴史が動いた!』につながるワケね?」
コクリと頷くサイラス君。寝ぼけすぎだよっ!!
「……もう寝な?」
「…そうする」
ふらりと椅子から立ち上がったサイラス君は、よほど疲れていたのか、よろめいて、私は慌てて彼を支えた。よっぽど疲れていたんだね。サイラス君、男装を忘れたみたいで胸がそのまんまだ。柔らかい…Ah♡
「…ごめん、エヴァ…」
掠れた声が色っぽ過ぎる!いい匂いするし耳に吐息…Ah♡
…ナニこの背徳感。ご褒美ですっ!
早々に、重病人の子供のことは私の頭から吹っ飛んだ。
◆◆◆
「記憶喪失??」
翌朝。
医師から回復の太鼓判をもらったフェリックス君。グワルフの貴重なポーションと、エヴァの魔力譲渡が効果を発揮したらしい。まだ起き上がれないけど、峠は越したという。よかった。
そのフェリックス君から聞いた話だ。
「五歳くらい?だったかな。《傀儡術》で猟犬代わりの魔物に入って遊んでいて…」
アーロンの狩りについていった日も、フェリックス君はそのペットの魔物に入って遊んでいたという。
「ウィペットになると、すごく速く走れて、気持ちよくって。兎を追いかけるのが楽しかった」
と、彼は遠い過去を思い出したのか、微かな笑みを浮かべた。
「姉は、まだ紅い宝石を持っていると思います。父がそれを作ったのは、僕のためです。僕さえいれば、魔物化した人間で最強の軍隊が作れるから…。姉もきっと…僕に『来ないか』って言ったから…」
言葉を切り、フェリックス君は不安げに私を見あげた。
「僕は…ここにいたら、ダメでしょうか」
回復したのに、表情が晴れないのは不安故のようだ。私はゆるゆると首を振った。
「そんなことないよ。君が望むなら、いつまでもここにいていいんだよ」
「でも…姉の性格上、また来ますよ。あの人は、諦めが悪いから」
すみません、と謝って小さくなるフェリックス君。
今のところノエルは、傀儡術封じには気づいてないけど、弟にアタックしてくるならフェリックス君に魔除けを買った方がいいかもしれない。それより…
「君はいいの?お姉さんは…」
家族には違いないから。私には、彼らを引き離す資格も権利もないんだよ。
眉を下げる私をどう見たのか、フェリックス君はポツリと、
「コレが初めてじゃないから…」
呟いた。
「あの日……ウィペットに入って遊んでいたら、姉は面白半分に弓を持ち出したんです」
「え…」
「だから…今回も生き延びたんだと思います。僕、頑丈みたいで…ハハ」
乾いた笑いを零したフェリックス君は、その顔を隠すように両の手で覆った。
「わからないんです。姉は、姉ですし、家族だとも、思っています。でも…」
姉として慕うには、あまりにも過去が苛烈過ぎた。記憶を失うほどに。鼻を啜る彼に、どう言葉をかけていいものかわからず、その頭をヨシヨシと撫でることしかできなかった。
「今更なんだけどさ…」
看病をオフィーリアに代わって部屋を出ると、エヴァが声をかけてきた。
「『ゲーム』で邪竜を討伐したの…あの子なんじゃない?」
「…え?」
なんでそうなるの?
「討伐イベントでね…、ヒロインちゃんは光魔法を使うんだけど。画面に白い羽が舞い散るんだよ。聖鳥様って…白銀の魔鳥だよね?確か…光魔法を使えるはず。アレをヒロインちゃんの命令でフェリックス君が操ったとしたら…」
聖鳥フレスベルク……確かに羽は白い。邪竜討伐なら教会も出張って来るだろう。そこまでは、理解できるけど…
「聖鳥って…メタボな白い鳩ぽっぽだよ?邪竜の雷撃でイチコロだと思うけど?」
あんなので竜を斃せたら奇跡だ。
「『賢者の石』で巨大化させたら?」
「あー……」
可能性はあるかもしれない。まあ、今更だけど。
「巨乳が撃ち落として食べちゃったから…」
「うん…」
明日、魔の森から私が骨を回収してきて「魔物にやられたみたいです」って言うつもりだけど……
うあ~、気が進まな~い。
「そんなことより、エヴァは王太女を受けるの?」
気が滅入ってきたので、話題を変えた。まさかエヴァがとんでもない決断をしていたとも知らず。
「私さ…バカ兄を支持しようと思うの」
……。
……。
「ええっ?!」
ちょ…ライオネルにつく、だって?!




