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161 魔の森で狩りを

ライオネルをざまぁしたアナベルは、足取りも荒く魔の森へ向かっていた。


「私は殿下のモノじゃなくてよ!」


ざまぁはしたが、アナベルは腹を立てていた。相も変わらず己が便利な道具と思われていること、短絡的でなんの成長も見られなかったところ…数え上げればますます苛々する。


「フェリックス!狩りをするわ!いらっしゃい!」


森の入口で他の子供と遊んでいたフェリックスを拉致して、アナベルは魔の森を睨んだ。


「ムシャクシャしましたわーっ!」





銀糸の髪の子供――間違いないわ!あの子よ!フェリックスだわ!


さっきは頭に蛾がとまっていて卒倒しかけたが、やっと運が向いてきた。しかも、あの女(アナベル)も一緒だ。


「ロザリー、行くわよ」


どこをほっつき歩いていたのか、若干埃っぽい執事を護衛に、ノエルは内心でガッツポーズをした。


(チャンス!チャンスだわっ!)


ノエルが傀儡術でフェリックスを操り、魔物をあの女に(けしか)ける――なんて心躍る実験なのだろう。懲りもせずきゅるんきゅるんと身体を捻って、ノエルもまた、魔の森へと足を踏みいれた。


◆◆◆


その頃、ウィリスではまた新たな動きが。


「王太女殿下、我らと共に王都へお戻り下さい」


「すぐにでも立太式を執り行う予定でございます。王配には、ビーンスプラウト侯爵子息、ラップドック伯爵、ルッドゥネス侯爵子息など…」


イヴァンジェリンを囲むのは、王都から転移陣で駆けつけた古参派貴族の使い。彼らとしてはできるだけ早く、新政権の旗頭が欲しかったのだ。


「王太女殿下は幼少のみぎりから英邁(えいまい)であられた。さぞ立派な女王にお成りあそばすでしょう」


…彼女が『うつけ』になる前の事まで、事細かに調べられていた。


「んもおぉ~!!モヤシ男もおべっか使いも淫蕩野郎もごめんだよっ!!」


半泣きでサイラスたちが掃除中の厩へ逃げてきたエヴァの第一声である。彼女の後ろには、迷惑そうな顔のリチャード。脚の悪いエヴァをおんぶして、ペレアスの古参派貴族から逃げてきたらしい。


「あたしはっ!サイラス君の恋人なんだからぁ~!!」


結婚してぇ~、と泣きつくエヴァ。


あかんって。

今私がエヴァを掻っ攫ったら、ペレアス古参派の恨みを買いまくっちゃうよ。


「何だよ…助けてもくれなかった癖に。目を背けた癖にさぁ…」


今更だよ…と、厩の壁に背を預けてエヴァはポツリと零した。


「いっそ帝国にでも行ってみる?さすがにそこまでは追っかけて来ないでしょ」


「う~ん……でも、王女を迎えに来たって使節送りこまれたらアウトじゃん?」


「それはここでも同じだと思うけど…」


「う…」


言葉に詰まるエヴァ。いや…力になってあげたいけどさ。大っぴらに匿うのもでき…


「あ」


あった…匿ってもらえるところ。


「教会は?」


◆◆◆


「アナベル様…あの、どこまで行くんですか?」


弓を携え、魔の森をずんずん進むアナベルに、不安になったフェリックスはもう何度目かの問いかけをした。


「カルガーモを仕留めますわっ!」


この答えもかれこれ八回目だ。


ちらちらと後ろを振り返る。さっきから誰かの視線を感じるのだ。


(アナベル様が止まってくれれば、その辺の魔物の視界を借りて後ろを見れるんだけど…)


歩きながら《傀儡術》が使えるほど、フェリックスはまだ器用ではない。そして、魔の森のこんな奥にまで入ったのは初めてだ。不安しかない。何より…この景色に何となく既視感がある。




高い木々が生い茂っていた。

枯葉を踏む音、遠くで聞こえる鳥の囀り…

あれは、いつのことだったか…




「もうっ!どうしてカルガーモがいないのよっ!」


「……。」


フェリックスは知っている。村の子供たちから聞いたのだ。火竜が出たとき、カルガーモをはじめとした鳥たちは、いの一番に魔の森から逃げ去ったのだ。当分戻ってこない。…そのおかげで、魔の森に生息する魔物の数が一時的にだが減り、こうして森に慣れない二人が彷徨いていても魔物や獣に襲われないのだが。




森は静かだった。

誰かがきゃらきゃらと嗤っている。

あれは…




「姉上?」

フェリックスはぼんやりと呟いた。



ぼんやりと佇む弟を、巨木の影からノエルは見つめていた。


(魔物…何か肉食の魔物はいないかしら)


見つけ次第、弟に傀儡術をかけて魔物を操らせ、あの女と楽しく追いかけっこ…しかし。


(…な~んにもいないわ)


生態系の頂点たるグラートンですら、火竜が出た夜を境に森の最奥へと引っ込んでいるのだ。こんなところにはいない。


(最悪、あのいけ好かない執事を宝石で魔物に変える…?)


けど、人間の身体に受肉した悪魔ってどういう扱いになるのだろう?


……。


……。


チラと後ろを振り返る。紫水晶の瞳の執事は、ノエルの数メートル後ろからようやく追いついてきたところだった。さっきから何も喋らないし、お腹でも痛いのかしら?


(やめときましょ)


ここは名高き魔の森だ。魔物はいるはず。それに…


(森の奥に行けば、あの黒竜がいるんじゃない?きっと肉食だわ!)


…確かに黒竜は肉も食べるし好きだが、今ウィリスで厩の掃除中だとノエルは知らない。


そこに。


魔の森の四人の沈黙を破るモノが姿を現した。


「グルッボゥ…ボォー…」


間抜けな鳴き声と共に現れたのは、聖鳥フレスベルグ。魔の森にお散歩に飛びたったフレスベルグは、すっかり迷子になっていた。もうお昼ごはんの時間をとうに過ぎている。お腹と背中がくっつきそうなフレスベルグは、相も変わらず地上二メートルの高さをヘロヘロと低空飛行していた。


(どうしようかしら…あのデブ鳥も…まあ、一応…肉も食べるのよねぇ)


せっかく肉食の魔物が現れたが、アレは酷い。宝石を使っても、あの巨体でアナベルと楽しく追いかけっこは厳しい。楽勝で逃げられる…


(でもせっかくの、魔物…)


ノエルは迷っていた。




「獲物ですわーっ!」


フェリックスは、アナベルの歓声で我にかえった。見れば、なんだかトロくさい巨大な…というよりおデブな白い鳥がヘロヘロと飛んでいる。


「大物ですわ!」


アナベルが気合も十分に矢を番え、引き絞る。


「アナベル様…あの、アレは聖鳥フレスベルグに似ているような…」


フェリックスがアナベルの服の裾を引っ張って止めるが…


「あれだけ肥っているんですもの!鳥鍋と天然のフォアグラを食べますわよっ!」


残念なほどに、アナベルは冷静であった。





ノエルは…


(むぅ…。そうよ、ここで聖鳥を弄っちゃったら、手懐けて聖女になる計画がポシャるじゃない…うう、やっぱり悪魔を使…)



バビューン! ドスッ!!

「ギィエエエエエッ!!!」



「「あ…」」

姉弟の声が被った。



フェリックス(聖鳥射落としたぁーっ!!)

ノエル(聖女になる計画がぁー!!)



アナベル「っしゃあぁっ!!」


魔の森の真ん中にこだまするアナベルの雄叫び。ボテッと地に落ちた聖鳥を指差しながら、ノエルは悪魔の執事を揺すぶった。


「アンタ!悪魔なんでしょあのデブ鳥を生き返らせなさいよぉ!」


ノエルは必死だった。半狂乱で指差した先の聖鳥は…


「フェリックス!羽を毟って頂戴!」


着々と鳥鍋への道を歩んでいた。コラ弟!捌くの手伝ってんじゃないわよっ!


「ラムソン…あとフンギ!探してきて!」


ちなみに、ラムソンは森に生えているネギの野生種で、フンギは香りの強いキノコ。どちらもこの辺りではポピュラーな鍋の具材である。ノエルは堪らず飛び出した。


「フェリックス!」


鋭く叫ぶと、弟は顔をあげてきょとんとした。その手には既にラムソンとフンギがある。


「姉上?」


「鳥鍋を阻止するのよっ!」


鬼の形相で言われても…。虚ろな目でフェリックスは、後ろを振り返った。


「姉上…聖鳥は死にました」


アナベルが「フォアグラですわーっ!」と、何かを掲げている。もうダメだ。


「姉上…獲物を殺して食べないのは罰当たりです。残さず食べるのが一番の供養なんです…きっと」


フェリックス、達観している。ノエルは言葉を失った。

と。


「アハハハハッ」


背後からの突然の笑い声に、姉弟はギョッとして振り返り、爆笑する執事を見てさらに目を丸くした。


「ろ…ロザリー?貴方何を笑って…」


口許をひくつかせるノエル。そして…


「ロイ…様?」


ブルーグレーの瞳を驚愕に見開き、アナベルが呆然と呟いた。

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