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160 嵐の予感

サイラス:塩下さ~い

魔王様:いいよぉ!絶望と引き換えねぇ!



「っざけんなよ!あの厨二魔王っ!」


魔界から帰還した私は、魔の森を歩きながら地団駄を踏んだ。魔王様は、魔の森に私達を送り返してくれた。カルビ君をつけて。アルも妖気中毒から回復したし、可愛いピンクのブタさんもいるし、それはいいんだけどさ。


塩の対価が人類の絶望……なんだそれ!


「魔王様からいつでも来て良しとは、身に余る栄誉なんだぞブー。わかってるのか邪竜の娘。ブヒッ」


…「いつでも来て良し」って、つまりあの厨二魔王はヒマなのだ。謁見直前まで高笑いの練習して咳き込んでるようなヤツ………


「なあ…ブタ。魔王って閑職なのか?」


「魔界の入口は森に作っといたからなブブッ。魔王城直通のダンジョンだ。ブヒッ」


アルの問いを華麗に無視して、カルビ君が「あそこだぞ」と指差した先は、人型の洞が空いた樹――昔、コソ泥エルフを捕まえて『お祭り』やろうとしたヤツだ。懐かしいね。


「あの洞から先がダンジョンだ。魔物はまだいないけど、そのうち派遣するぞブゥ」


ふーん…魔の森にダンジョンか。


「…それって、ほっとくと魔物が漏れたりしないよね?」


魔の森に元からいる魔獣の類いなら、熟練の狩人がいるから心配ないけど。魔界から変なヤツが来たら困る。主にアマストレ様やアマストレ様だったりアマストレ様とか。


「ブゥ。心配しなくてもこのダンジョンの序列は最下位だぞブブッ。漏れるほど魔物が派遣されるわけないだろうブヒッ」


贅沢なことを言うんじゃないぞブー、とカルビ君。


「序列最下位?ダンジョンに序列なんかあるのか…?」


アルが首を傾げる。まあ、アマストレ様さえ漏れないなら、序列はどうでもいいけどさ。


「魔物を漏れるほど望むなら、人類を絶望させるんだブッヒー!営業成績が伸びれば、魔王様も派遣枠を増やして下さるぞブー」


…気になるんだけどさ。営業成績――『絶望』って数えられるの?抽象名詞って(前世で)習った記憶が…


「人類を絶望させる!魔界貢献……フィランソロピーだぞブヒッ!」


ドヤ顔でふんぞり返るカルビ君。安定の可愛さだ。素敵。

でも…


「そんな意味じゃないと思う…」


…あと、フィランソロピーって営業成績とは別物だよ?


「邪竜の娘はロマンがないブー。世知辛いことを言っちゃうとだな、ここ二十年のダンジョンは不景気なんだブブゥ…」


カルビ君ったら、顰めっ面までもカワイイ。


「昔はボス部屋に宝箱置いとけば、冒険者がわんさかやってきて、我々はそいつらの身ぐるみ剥いでウッハウハのブッヒブヒ。営業成績ウナギ登りだったんだぞブー」


……営業成績ってそういうことなの?


「……追い剥ぎだな」


アルが遠い目で呟いた。至言…。


「邪竜の娘は、不景気に喘ぐダンジョンのホープ「ならないからね?」」


乙女ゲームのラスボス脱却したのに、なんでまたダンジョンのラスボスにならなきゃいけないのよ。ヤダよやらないよ?


「ブブブ…」


「諦めろ、ブタ」


話しているうちに、ウィリスが見えてきた。

魔界観光(?)しているうちに、地上はすっかり昼を過ぎていたらしい。


「アル、念のためシェリルんちの裏を回ろう」


忘れかけてるけど、今朝アルの部屋に泊まったのが父さんにバレて、部屋の壁が投石機で破壊されたし。触らぬ神に祟りなし!


「やあ、おかえり。サイラス、アルフレッド」


…甘かった。


厨二魔王がちびりそうなブリザードを背負った父さんが、回り道をしようとした私達の前に立ちはだかった。


「アルフレッド…姦通は大罪だ。下手人は、全裸バック転で村を一周後、川に飛び込むのが相場と決まっているんだが、もちろん知っているね?」


アルの顔からサァッと血の気が引いた。

ウィリス、村人のレベルが高すぎるため、罰則の難度もパネェことになっている。私は慌てて父さんに縋りついた。


「ごっ…合意のもとっ!姦通じゃないよっ!」


あと、アルはこんなんでも帝国のメドラウド公爵令息だから!全裸バック転とかさせちゃダメ!


「ほーぉ、サイラス…合意ってなんだい?」


父さん…顔が般若だ。笑ってるけど般若。臨界点を突破しておられる…



クッ…!こうなったら…


「わ…アルに全裸バック転させるなら、私もやるからっ!」


覚悟を決めた私は、魔王様にもらったドレスの肩紐をむんずと掴んだ。


「バック転なら私もできるもんっ!」



嗚呼…ペレアスの王宮でバカ王子とストリップ賭けてチキンレースした頃が懐かしい…





Now…Its my turn.



「なっ?!コラ!サイラス!」


「はっ?!ダメだろサアラ!」


父さんとアルに全力で止められたところを、泣き落とし……


「ウィリス全エリアの厩の掃除か…」


「そ。全五十三ヶ所!」


「…今日中に終わるのか?」


「やるしかない…」


鬼畜な仕事だけど、全裸バック転よりは遥かにマシだよ。

あ~~、空が青いなぁ~。


◆◆◆


ライオネルは未だ、広場の片隅からウィリスを眺めていた。


(何故だ…何が違う…!)


目の前にあるものを見ても、考えても、ライオネルにはさっぱりわからなかった。そんなライオネルの視界に、見知った少女が。陽光のような金髪にプライドの高さを匂わせる優雅な立ち姿は…


「アナベルではないかっ!」


なぜアナベルが…婚約者がこんな辺境にいるのかは、考えなかった。


「アナベル!なぜこの辺境はこんなにも豊かなのだ!教えろっ!」


周りの奇異な視線にも気づかず、『婚約者』に駆け寄り、彼女の両肩を掴んだライオネルは、唾を飛ばして命令した。

…悲しいかな。ライオネルにとって、アナベルは実に都合の良い『婚約者』であった。要求すれば応える、不都合を押しつけても口を噤む――それが、ライオネルの知る婚約者、アナベル・フォン・ニミュエだった。


「………は?」


だから、返されたあまりに冷たい声音と眼差しに、短気なライオネルは簡単に激昂した。


「貴様っ!!王太子の命が聞けぬのかっ!!」


感情のままに振り上げた拳……まさか、なよやかな公爵令嬢に封じられようとは、予想だにしなかった。


「ハァァッ!!」


振り抜かれた腕を取っての、見事なまでの一本背負い。尻と背中を強打したライオネルは、己に何が起こったのか理解できなかった。それほどまでに、女子に投げられたことが衝撃だった。


「気安く触らないでくださる?」


冷たく見下ろすブルーグレーの瞳。こんな顔もするのだ…と、ライオネルは今更ながらに思った。


「そなたは王太子妃であろう」


断じるつもりが、声は尻すぼみになる。何か…よくない気配がする。


「王太子妃?婚約は破棄されておりましてよ?」


…確かに、夜会でそんなことを言った。


「あれは…そ、その…そんなつもりは…いや…」


確かに婚約を破棄しようとは言いだした。だが、アナベルがいなければいろいろと不都合が出るのも事実。現に今も…


「何を勘違いなさっているのですか?殿()()()婚約を破棄したのではありません。()()()()()婚約を破棄したのです」


「え…?」


目を瞬くライオネル。ニミュエが婚約を破棄した?どういうことだ?


「婚姻を結ぶ価値はないと判断したまでですわ。貴方は最早王太子ではない。南の領地を任された辺境伯ですわ」


「な…に…?!」


ライオネルの目が限界まで開かれた。頭がクラクラする。

最早王太子では…ない?


「王妃派は瓦解しましたのよ」


『本編』ヒロインもといペレアス王妃が、火竜討伐を妨害した挙げ句、サイラス殺害未遂をやらかして投獄されたとき、ウィリスにはニミュエ公爵と、奇しくもここ最近急にウィリスと近しくなったエレイン領主、ケント公爵もいたわけで。


両公爵はすぐさま王都へ向かった。エレイン公爵がエレイン領の転移陣を発動させたために、両公爵は火竜討伐の翌日には、王宮に王妃死亡の報せを齎し、王太子の廃し代わりに妹姫のイヴァンジェリンを王太女とすること、王妃の座に古参派出身のゲッティモーノ公爵夫人を据えることを国王に吞ませたのである。


古参派筆頭と王妃派から親モルゲン・ウィリス王国に転じたエレイン公爵を相手に、暗愚な国王は頷くことしかできなかった…。瞬く間にペレアスの政権は交代したのだ。


ライオネルは、王族の身分を捨て一辺境伯に降ることで、その命を保障する――ライオネルもノエルすら知らないところでそんな取り決めがされていた。


「そ…んな…」


去っていくかつての婚約者を、ガクリと膝をついたライオネルは呆然と見送った。

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