157 ドラゴニュート女子
「邪竜女子とオマケの人間、ご案内するよっ!」
魔界――
あれから無理矢理人骨レイを首に装着させられた私とアルを前に、ツアコンよろしく旗を振るのは、レベッカさんというきゃぴきゃぴなドラゴニュートの女の子だ。上半身は人間と大差ないけど、お腹から下が爬虫…ゲッホゲッホ!竜です、ハイ。
私が人型のまんま身体を鱗で覆ったのと違うところは、まず色。レベッカさんの鱗は瑠璃色なのだ。綺麗。でもって、耳が爬ちゅ…水掻きみたいなドラゴンの耳。あと、背中にコウモリみたいな羽があって、際どい丈のワンピースからは、太くて長い尻尾が伸びている。
「ええ~、あちらに見えるのがぁ~、レイスクイーン、アマストレ様の城ですっ!」
レイスクイーン……サーキットにいる人かな?
「死者の国の女王だぞブー」
あ、そうなんだ。
「アマストレ様とのお茶会にしゅっぱーつ!」
レベッカさんが元気いっぱいに旗を掲げた。
◆◆◆
「ンフフ…逢いたかったわよ?邪竜の子猫ちゃ~ん」
…ヤベェ。
私とアルは、アマストレ様を見て固まった。
「(コイツ…破廉恥な格好で男を踏みつけたり叩きのめしてたヤツだよな?!)」
「(アル…目を合わせちゃダメだよ)」
…そう。
艶やかな黒髪を背に流し、ボンキュッボンのお色気ボディ……胸の大きさで私はまたしても敗北した……を漆黒のボンデージに包み、お茶会なのに鞭を装備したアマストレ様は、カルビ君が見せてくれた魔界CMに出てきたSMの女王様だったのだ!
となると当然…
「あ~ら。その人間は私への貢ぎ物かしら?」
鞭を弄びながら、アマストレ様がアルを見た。
「ちが」
「ハイ!オマケの人間ですっ!」
私を遮って、レベッカさんが元気いっぱいに答えた。
するとアマストレ様は、真っ赤な唇で妖艶にアルに向かって笑いかけた。
「あらぁ…オマケなんて可哀想ねぇ。お姉様が足置きの仕事をあげましょうか」
ねっとりと絡みつくような視線をアルに向けるアマストレ様…と、
「フッ…ぐぅっ…!か、身体が勝手にっ…!」
「アル?!」
な、なんか!アルが引っ張られてるんですが?!
「ンフフ…子猫ちゃん?私、貴女にはとっても感謝しているの。大罪魔法で下僕を大量にプレゼントしてくれたんだもの」
屈強な男たちの調教…楽しかったわぁ、と艶やかに笑う女王様。私が戦争で殺した兵士は、漏れなくアマストレ様の下僕になったらしい。
うあ~……手にかけといて言うのも変だけど、激しく申し訳ない。
隣に座ったレベッカさんが無邪気に、
「まあ~、人間死んだらみぃ~んな、アマストレ様の下僕になるんだしィ、早いか遅いかってだけだからぁ」
と、背をポンポン叩いて慰めてくれた。
え……じゃあ、アルも?
死んだら、アマストレ様の下僕…
「嫌だあ!!」
想像しちゃったよぅ!
椅子から崩れ落ち、私は地に両手をつけた。
「あら?絶望したの?フフ…魔王様がお喜びになるわぁ。ああ、これはほんの気持ちよ?受け取って♡」
手渡されたのは…
黒光りするボンデージと、鞭。
「要らな」
「名入れしといたわっ!」
…嗚呼。ウィリスが恋しい。
◆◆◆
アマストレ様のお茶会後。
「アル!アル!しっかりしてぇ!」
彼氏が停止しました…。
死んだ魚の目になったアルを揺すぶってみるけど、反応しない。
アレかな…。アマストレ様に引き寄せられたアルを取り戻そうと、「コレは私の胸置きですっ!」って、アルの顔を自分の谷間に押しこんだのがいけなかった?つーか胸置きって何だよ。
アマストレ様は、とち狂った私を「あら?嫉妬?」と評しただけで、余裕の笑みを浮かべた。ダメージゼロ。その後私は、泣きながら彼氏を胸置きだと訴え続けた……だから胸置きって何だよ…。
「ねぇねぇ、邪竜ちゃ~ん?予定にはないけど、淫魔愛ランド♡行くゥ?その人間、一瞬だけならちょ~ぉ元気になるよ?」
レベッカさんがアルを突っついて、そんな提案をくれたけど。
「嫌だぁ!アルは私のっ!私の胸置きなんだからぁ!」
…私は混乱していた。
「ウィリスに帰るっ!」
「ええ~…でも魔王様が会いたいって」
「アル~!生き返ってぇ~!」
「……。」
……。
……。
「ねぇ、邪竜ちゃん」
しばらくして。
レベッカさんが私の横にしゃがみこんだ。下から顔をジィーッとのぞきこんでくる――レベッカさん、瞳の色が澄んだマゼンダ。宝石みたい。
「一緒に温泉入ってくれたらぁ、お家に帰してあげるよっ」
ニコッ♡
「レベッカさん…」
希望の光を与えられた私は、縋るようにレベッカさんを見上げた。
「さん付けは余所余所しいなぁ~」
「…レベッカ?」
「もう一声っ」
「え…と、ベッキー?」
「そぉ!サアラ、お友達っ!」
キュッと私の手を取るレベッ……ベッキー。めっちゃ嬉しそう。魔界にドラゴニュートの友達ができた。
◆◆◆
「温泉♪温泉♪」
ノリノリなベッキーに連れてこられたのは…
真っ黒な……沼。
「………黒いんですけど」
「だって濃縮瘴気だもん♪魔力が漲るよぉ!」
真っ赤な……川。
「………赤いんですけど」
「血の川温泉♪足は鱗にしてっ!蛭がいるからっ!」
お湯は透明だけど、問題は前衛的な造形……
「骨……」
「コレがホントの白骨温泉♪カルシウムたっぷり!美鱗の湯だよっ!」
どれにしますか?
「オゥ!ジーザス!!」
私は頭を抱えた。
十分後。
ウジウジしてても始まらないと、覚悟を決めて鬼畜な選択肢に挑むことにした。
……。
……。
うん…黒と赤はないな。片や沼だし。片や血と蛭だし。
白骨温泉にしよう。目瞑って入れば怖くない。アルのためだ。
一番奥まったところにある白骨温泉。
ドレスを脱ぎ、それを丸めて枕代わりにアルを寝かせ。念のため身体を鱗で覆って、前衛的な造形美に近づく。恐る恐る入ったお湯は……よかった、普通の無害なお湯だ。ホッ。
「邪竜ちゃんは黒竜なんだねぇ」
私の中途半端な竜体を見て、ベッキーは「尻尾がな~い」と自分との違いを見つけては楽しそうに笑う。
「ベッキーは?水竜なの?」
瑠璃色の鱗だけど…あ、翼があるから水竜ではないのかな。
「私はねぇ、ご先祖様が古竜なの。あ、私は先祖帰りだから竜体になれるよぉ」
見る?と聞かれると見たくなる。
頷くと、「じゃあサアラの竜体も見せて」と言われた。
白骨温泉は湖並に広い。ベッキーの竜体が私と同じくらいの大きさなら余裕だろう。火竜並だと溢れちゃうけど。
「「せーのっ」」
光の粒子が舞い、二人の少女の姿が掻き消える。代わりに宝石のように輝く瑠璃色の竜と、東洋風の漆黒の竜が現れた。
ベッキーは、西洋風の竜だったけど、火竜ほどずんぐりとはしておらず、細く長い首と尻尾が全身をスレンダーに見せている。
『ベッキーは美人(?)さんだね』
『フフッ。そぉ?』
褒められて、まんざらでもなさそうなベッキー。背の羽を嬉しそうにパタパタと動かす。私は羽がないから……蛇みたいに全身をバネにしてジャンプはできるけど、空は飛べない。
『サアラは水竜かな…泳ぐの得意?』
そういや、湖の呪いが解けてから水魔法も使えるようになったね。この格好で泳いだことはない……けど。
温泉で泳ぐ……行儀悪いけどやってみるか。
『おおっ!泳げた!速い!』
小型クルーザー並のスピードは出てるんじゃないかな。スイスイと骨の湖ならぬ巨大温泉を泳ぐと、対岸の少し向こうにもう一つ湖らしきものがあるのを見つけた。
『?』
見たところ、白い湖(?)
……いや、水がない。真っ白でキラキラ輝く砂みたいなもの…。え…あれってまさか…。
対岸まで泳いで、ニュッと首を伸ばす。白くてキラキラした砂をちろりと舐めて。
『塩だ…』
私は目を丸くした。




