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156 辺境なのに

ライオネルは一人、ウィリスを眺めていた。


「なぜだ…」

ポツリと呟いた。


目の前では今、投石機から二発目が放たれ、女王の住まいたる建物をぶち破ったところだが、そんなことはどうでもよかった。投石機の横でサムズアップする恋人の姿も目に入らない。


ライオネルを打ちのめしたのは、何よりも『ウィリス』であった。



辺境のはずなのに。

銀山という『金のなる木』もないのに。

なぜ、己の治める南部と違って『何もないはずの辺境』は、これほどまでに活気づいているのだろう。



ウィリスの背後にはひんやりとした冷気を纏う不気味な森。先日、火竜という厄災級の魔物が出たばかりの森だ。そんな恐ろしい地に隣り合いながらも、なぜここまでウィリスは発展したのだろう。


一部が崩落した女王の住まいの前の広場は、様々な人や荷馬車が行き交っているが、馬車の通る『どうろ』と人の歩く『ほどう』がそれぞれ敷いてあるせいか、人と馬車がごちゃ混ぜに行き交う王都のメインストリートよりもむしろ整然としている。

取り巻く建物は皆、頑丈な石造り。その向こうにある、装飾のない無骨で大きな平屋建ての建物は、植物紙の『こうじょう』だという。出入りする人間に、男性以上に女性が多いことにライオネルは驚愕した。


そして、ウィリスの中心部から堀を渡れば、商館が軒を連ねる賑やかな区域に辿り着く。庶民の口にするような食材から宝飾店まで、揃わない物はないだろう、業種の幅広さ。物を売るだけではない。『ゆうびんや』という、手紙の配達を請け負う店や、女たちが各家庭の洗濯物を請け負うという店までもあった。


無論、その区域の道も、『どうろ』と『ほどう』とに厳格に仕切られている。驚いたのは、大きな交差路には朱の大旗を持った役人が立っていて、猛スピードで走る馬車の接近を告げたり、時には馬車を止めて歩行者を渡らせていたりするのだ。よって、ここもまた行き交う人や馬車が滞ることなく、スムーズに流れていた。


しかし、発展して何もかも密集しているのかと思いきや、ウィリスではどこでも、少し進めば不思議な庭に行きあたる。サイラス曰く『こうえん』という庭らしい。火事や災害時の避難所になるという。ライオネルが見た時は、足下も覚束無い小さな子供たちがはしゃぎまわって遊んでいたり、腰の曲がった老人が据えつけられたベンチで寛いでいた。


一見、それがなんだ?と思ってしまうモノだが、確かに辺境は活気に溢れていて。

ライオネルはわけがわからなかった。


◆◆◆


その頃。


「邪竜の娘!あとオマケの人間!スケジュールが押しているんだぞブヒ!歩くんだぞブー!」


カルビ君の魔法で、私とアルは魔界――それも魔王城に来ていた。訳もわからないまま、私はドレスに着替えさせられ、アルはそのまま…。赤絨毯の回廊をカルビ君にグイグイ押されて歩かされている。


「ねぇ。私たち、なんで魔界に?」


尋ねたけどカルビ君は答えずに、


「ほら、もう皆様待ってるんだぞブブッ!」


グイッと両開きのどっしりした扉の前に私達を押し出した。ギギィ…と扉が開く。


「魔王様謁見の間だぞ、ブゥ」

カルビ君が胸を張った。


「…なぁ。魔王様とやらは、ここのトップなんだよな?俺たちみたいな馬の骨を会わせて大丈夫なのか?」


アルが眉間を揉む。…アル、光魔法使いだもんね。


「魔王様はお忙しいのだ人間。遥か遠くにご尊顔を拝めるだけでありがたいと思えブー」


「謁見の間ってそんなに広いか??」


首をかしげるアルを、カルビはグイと押した。


「ゴチャゴチャ言ってないで入れ!ブヒッ」


押しこまれた部屋は、やけに天井の高い広い円形の部屋だった。例えて言うなら、バチカン宮殿のドームっぽい…。


ただ…


「……人、多くね?」


大企業の営業所並に人(?)が多くて、出入りが激しい。熱気がムンムンする。私達の横を、くたびれたスーツを着たいかにも平社員ですといった体のオッサン(但し、頭に角がある)が、山盛りの書類を載せた箱を抱えて追い抜いていった。


…アレだ。

エアコンの効きが悪い昭和の事務所を彷彿とさせる…


「あっちだぞ。ブヒ」


カルビ君が示す先には…



『歓迎★サイラス・ウィリス様』

『Welcome!魔界』

『LOVE♡邪竜』



人垣の向こうで、頭に角を生やしたカラフルな人達がプラカードを掲げてニコニコしていた。


「……。」


「……。」


何コレ。海外の空港か?


「ほら、待たせてるんだぞブブッ」


カルビ君が背中をグイグイ押してくる。ちっちゃいのに力強いなぁ。あれよあれよという間に、プラカードの人達の前まで押し出された。すると…


「ようこそ魔界!」


「ぐっ?!」


プラカードの人の後ろから、デーモン(?)みたいなマッチョマンが進み出て、アルの頭をアイアンクロー…じゃなかった、ガシッと押さえつけ、ハワイのお花レイならぬ髑髏のネックレスを力づくで首にかけた。豪快。

次いで、同じモノを私にも…


「うわあっ!?」


そんなん要らないよ!ギョッと目を剥く私に、


「頭蓋骨は重いもんね!じゃあこっちで!」


軽いノリの全身黒タイツなおにーさんが、別のレイをシャランと私の首にかけた。


尾椎骨(びついこつ)…ざっくり言うと、お尻の骨で作ったレイだよ~」


「…お返しします」


ヤダよ。人骨レイなんか。

既に頭蓋骨レイをかけられたアルは、目が死んでる。


「そっかぁ~。邪竜ちゃんは小柄だもんね~。おーい!骨粗鬆症(こつそしょうしょう)のレイ持ってきてぇ~!」


「要らないよっ!」


そういう配慮も要らないから!つーか人骨でレイなんか作るなよっ!



…ウィリスに帰りたい。


◆◆◆


ウィリス。


ノエルは地団駄を踏んで悔しがっていた。


ついさっきまでは投石機でサイラスを狙い撃つというイベントに狂喜乱舞していたのだが、その場でペレアス王妃がパァになって投獄されたことを聞いたのだ。人生の楽しみを一つ失ったノエルの怒りは大きかった。


しかも、だ。


ノエルの知らないところで王子会談が開かれてしまい、ペレアス、グワルフ、メドラウド間で不戦条約が結ばれてしまったのだ!大いに不服だが、国家権力が絡んで結ばれてしまった条約を、小娘一人が覆せるはずもない。


「もうもうもうっ!!ライオネル様のバカっ!!」


困ったことに、ここにきて自慢の《傀儡術》が一向に使えない。要人を操ってやろうにもなぜか結界が張られるだけだ。解せぬ…。


「フニャアァ~!!」

ノエルは奇声をあげた。


広場では投石機の片づけが終わり、今は数人の兵士が広場にせっせと穴を掘っている。


「ギッギッ」


…気のせいかな。頭がちょっと重い。

きっとウィリスが平和なせいだ。長閑な時間――広場では穴掘りが終わり、大きな樽がロープて吊られて、穴に降ろされている。


地団駄を踏んで奇声をあげ、汗をかいたせいか、頭が痒い。ますますイライラする。


「ガウゥゥ…」


呻ったら、頭をカシカシされた。


アレか。こちらに来てから、もてなし役の村人が張りついているので、彼ないし彼女がノエルの不快感を察してくれたのだろうか。


「もうちょっと右、」


「ギ?」


「そう、そこよ」


「ギー♪」


うん。気持ちよくなった。できたもてなし役だ。


少し機嫌を直したノエルの少し前を、聖鳥フレスベルグの鳥籠が通過していく。よほど重いのか、運搬役が大汗をかいている。教会で崇められている聖鳥フレスベルグは、人間顔負けの美食を一日三食プラス信者さんからの餌付けもされているため、原形が想像つかないほどに肥っているのだ。


「デブい聖鳥よね」


「ギィ(訳:だよね)」


眺めていると、おデブな聖鳥がよたよたと鳥籠から出てきた。お散歩の時間である。白銀の大きな翼を羽ばたかせ、地上二メートルくらいの高度をフラフラしながら飛んでいく。そろそろダイエットしないと…。


「フン。たかだか光魔法を使う魔鳥じゃないの。不細工だこと。聖なる象徴?笑わせないでよ。美食の成れの果てでしょ!」


「ギッギー!(訳:だよねぇ!)」


同じ光魔法を使う魔物でも、キラーシルクワーム(蛾)とフレスベルグ(鳥)では、扱いの差が酷すぎる。キラーシルクワームの使い魔は激しく同意した。


「脳ミソもトロくさそうね。きっと阿呆よ、聖鳥」


「ギッ!(訳:間違いないっ!)」


美味しいモノばっかり食べて、いつか病気になるに違いない。オマエの未来はフォアグラだっ!


「ん?阿呆なら手懐(てなづ)けやすいかしら?」


「ギッギギー?(訳:エンゲル係数ヤバくね?)」


「聖鳥フレスベルグを思うがままに操れれば…あら!それって聖女にならないかしら!」


「ギ?ギー?(訳:聖女?投獄されたいの?)」


「フェリックスさえいればできるわっ!あの子は魔物を操るもの!フフッ…神のお告げとか何とか言ったら王子会談の条約なんか反故にできるじゃない!なんて名案なのっ!」


聖女になるわっ!、ノエルは嬉しさのあまり、きゅるんきゅるんと身体を捻ってぶりっ子ポーズをし…


「ギギッ?!(訳:落ちるッ)」


「へぷっ!?」


顔を粉っぽいモノが掠めた――ワッサワッサと鱗粉をまき散らしながら目の前を飛ぶ……蛾。


「キャアアアアア!!!」


ノエルの絶叫が青い空にこだました。

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