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155 露見 豚 魔界

ヒーローと結ばれてハッピーエンド?

いえいえ。あの人が黙ってないです。

窓から差しこむ朝日に、微睡みから覚めた。

身体が温かくて、少し気怠い――傍らの彼はまだ眠っているようだ。ゆっくりと背が上下している。起こさないようにそっとベッドから降りて、落っこちていた服を拾いあげた。


若いし、魔物だし、無駄に体力あるからね。

初めてだったのに気絶も寝落ちもしなかったよ。徹夜明けだったのにあれこれして……タフ過ぎて女子としてどうかと思う。


「ブヒッ!」



…ん?

今何か…気のせいかな。


「ん…サアラ?」


後ろから腕が伸びてきて、腰に絡みついた。


「早い……わけでもないか。身体は辛くないか?」


甘さのある低い声。腰に回された手が労るように腹部を撫でる。


「うん。大丈夫」


気怠さや鈍痛はあるけど。ちゃんと働けますとも!強いていえば水浴びしたいかな。


「ブヒッ!」


「ふふ。アル、寝癖ついちゃってる」


「ああ…水つけとくか」


アルの寝癖を梳いていると…


「サイラス!アルフレッド!」


怒号と間髪を入れずして部屋のドアがドンドンと激しく叩かれる。


「?!」


こ、この声は…!


「そこにいるのはわかっている!出てきなさい!」




父さん?!




裸のまま、二人してフリーズした。

な、なんで父さんが?!


「あ…あああ、アル、どうしよう?!」


これ、バレてるよね?絶対バレてるよね?!


でも、アルが隔離魔法かけてたから、ナニしてる声とか音は漏れなかったはずなのに!


「すまん…途中から正気がぶっ飛んだ」

青い顔でアルが呟いた。



どんな魔法も、術者が正気でないと解けてしまう。



寝てる時とか………ナニしてて正気が保てていないと、魔法は解ける。私とアルは顔を見合わせた。


ドンドンドン!


「ととと…とりあえず服着よう!」

全裸でいるところを押さえられたら、言い逃れができないィ!


ドンドンドンドン!!


「はいはい!開けます!今、開けますよぉ!」


アルがドアに向かって裏返った……なぜか敬語で叫ぶ。アルも父さんだけは怖いらしいんだ。慌て過ぎてシャツのボタンを掛け違えている。


その時。


「ブッヒー!」


何かが朝日を背にジャンプした。


「ふぉっ?!」


「ダッ!」


アルの後頭部を蹴った小さなシルエットは…



ちっちゃいピンクのブタさん?!



私の横に着地したブタさん。その大きさは小型犬くらい。垂れたピンクの耳の間には、小っさい帽子が乗っかっている。


「あの悪魔は、仕事が雑なんだぞブブブ…」


ブタさんがブツブツ誰かの文句を言いながら、チョッキのポケットを漁る。これは…


「カワイイーッ!!」



ムギューッ



「ブッヒー?!」


好みどストライク!

あまりの可愛さに、つい自分が裸なのも忘れて、私はブタさんを引っ摑んで胸に抱きしめた。


「ブブ?!何をする!ブヒーッ!」


すかさずブタさんが文句を言う。アルからは気のせいか殺気が漂っている。ま、いっか。だって…


「だって可愛いんだもん!」


目の癒し!小動物サイコー!!



しかし、ブタさんは心外だったらしい。


「気安く触るなぁ!ブヒーッ!」


ぷんすか怒って、私の腕の中からヨチヨチと這いだした。いや、その一生懸命な仕草が可愛いのだよ。


「我は由緒正しき百六代目牛魔王ぞ!ひかえおろー!ブッヒー!!」


「嘘だぁ!可愛いブタさんだぁ!」


「ブタだな…」


ほら。アルも、あれは可愛いブタさんだって言ってるよ?


「…そんなことひと言も言ってないぞブー…じゃなくてっ!牛魔王だ!ブヒーッ!」


ピンクのお鼻をヒクヒクさせながら、ブタさんは「見てるんだぞブブブ…」と呟き…

ブタさんを中心に魔力が渦を巻いたかと思うと、ブシューッ!とブタさんが膨らんだ。


「どうだ。我こそは百六代目牛魔王カルビ。ひかえおろーだぞ!ブヒーッ!」


いやいや、第二形態でちょこっとだけ大きくなって二足歩行になって、頭にちっちゃい角が生えて、それっぽい服にアクセサリーをジャラジャラさせてるけどさ。


「ミニ猪八戒!」


「ブタだな…」


「ブヒヒ?!」


ズバビシィ!と指さして指摘したら、ブタさん――カルビ君はズザザッと後退った。

もうもうもうっ!第二形態でも何やっても可愛いな!この生き物!


ドンドンドンドン!!


「コラッ!!サイラス!!いるんだろう!!出てきなさい!!」


ふわあああ?!父さんが!!


ドアが…これ叩いてるんじゃない。蹴ってる。攻撃性がアップした?!


「ちちち、違うよ父さん!私、今ブタさんと…」


「開けなさい!!!」


「ヒィッ」


ダメだこりゃ…。

と、ブタさん――カルビ君がクイクイと私を突っついた。なあに?


「ブブ…ほら見るんだぞ!これが由緒正しき牛魔王の証だっ!ブヒーッ!」


おもむろに被っていた帽子を取るカルビ君。帽子の下には、ほんのちょっとだけ白い毛が前髪みたいに生えている。ああ、毛を守るために帽子被ってたのね。可愛い。


「…やっぱミニ猪八「違うっ!ブー!」」


「ええ~」


「たまたま!ご先祖様が続けて猪だったり豚の嫁を迎えただけで!」


「…お嫁さん側の遺伝子が濃くなっちゃったのね?」


「だからっ!さり気なく膝に乗せるなっ!ブヒーッ!」


ぷんぷんブヒブヒ怒るカルビ君。ああ…マスコットとは君のことを言う。そのカルビ君は私の顔を見上げて「ブブ?」と小首を傾げた。可愛すぎる。キュン死する。扉の外の恐怖も忘れられたらいいな…


「ブーッ!ありがたい魔王様の血印を消したな!ブヒーッ!」


「…血印?」


プンプンしながら、よじよじと私の身体を登ってきたカルビ君は、チョッキのポケットを漁り、筆とインク壺みたいなものを取り出し…


「ブー!」


私のおでこにタシタシッとバツ印を描いた。


「「犯人はおまえかー?!」」


ドンドンドンドン!!!


「あなた達は完全に包囲されている!投降しなさいっ!!」


「?!」


この声、ヴィクター先生?!


「くそっ!サアラ、窓からうおっ?!」


パリン!と窓が割れて、矢がアルの真横すれすれを掠めていった。矢ァ?!

ツンツンと小脇を突かれる――カルビ君だ。マイペースだよね。そこも可愛い。うん。


「そういうわけで、邪竜の娘!魔界に来るんだぞブー!」


「ッ!今それどころじゃ…」


何とか服を着た私とアルの前で、カルビ君は憤慨した。


「ブーッ!とってもとっても名誉なことなんだぞブヒーッ!」


いや、そんなこと言われたって。矢が飛んで来たってことは…


「窓に結界を張る!」


アルが叫んでいる。私は…入口にバリケードを作るよ!


ドンドンドンドン!!


ド…ドアが軋んで、木屑がぽろぽろと…。マジで破壊する気ですかぁ?!


「物分かりの悪い邪竜の娘だな。ブブー、仕方ないブー。特別にコレを見せてやるブー」


マイペースなカルビ君は、ごそごそとチョッキの中から、自分の体ほどもある大きな石板を取り出し、ベッドの上に置いた。


「なっ!その小っさいチョッキのどこにそんなデカいものが!?」


結界を張っていたアルが振り向いて、驚愕の表情を浮かべる。空間鞄的なものかな?厨二的勘がそう言ってる。その石板が淡く光ったかと思うと、空中に四角い画面が現れた。



《動画を見るときは、部屋を明るくして離れて見て下さい》



…DVDか?

ポカンとする私たちを前に…



《忘れられない思い出が、ここにある》


魔界の様子(?)だろうか。ボンデージの女王様や全身黒タイツのシ〇ッカーみたいなのとか、スケルトンとかの映像が次々と流れる。


《ディスカバー ヘル》

《そうだ、魔界行こう》


「……。」

「……。」


何コレ。鉄道会社のCMですか??



「どうだ邪竜の娘!魔界に行きたくて堪らなくなっただろう!ブー!」

カルビ君が胸を張る。可愛い。萌える。でも…


ドンドンドンドン!!!


「サイラス出てこぉい!!」


うわあぁ~!こっちもヤバい!!

ドオォン、と破砕音がしたかと思うと、窓に結界を張っていたアルが吹っ飛んだ。


「なっ…巨石が飛んできた?!」


「ヒィエ~~!」


アルは奇跡的に無傷だった。直撃を免れたからだけど……

わざと外した可能性が濃厚なのが怖い。


客室の壁が破壊されて、爽やかな青空が見える。風が気持ちいいね。人が行き交う平和な村の広場……のド真ん中、当たり前のように投石機がこっちを向いている。有り得ねぇ!


「魔界へ行くぞ、ブー」


二発目をセットする村人が見える。その横でキャッキャとはしゃぐノエルも。


「サアラ…死ぬ前にもう一度おまえを抱きたかった…」


「あ…アル~!」


「ブー…阿呆な人間共ブゥ。《暗黒転移》」


黒い靄が噴出し、私たちの足元から床が消えた。

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