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151 乙女ゲームの顛末は

「アル…大丈夫?私、重くない?」


私は今、夜明けの森をアルにお姫様抱っこされてウィリスに向かっている。竜体から人型に戻ったはいいけど、服が消失してたんだよねぇ…。


光魔法の檻を無理矢理突破した時点でボロボロだった服は、第二形態になったときに溢れ出た瘴気で消し飛んだ。よって、私は裸身の上にアルから借りたジャケットを羽織っている。アルはズボンも貸してくれようとしたけど、固辞した。だってそんなことしたら、アルが女の子をお姫様抱っこして、パンツ丸出しで魔の森を駆ける画が出来上がる。乙女ゲームの神様にタコ殴りにされそう…。


「重くない。むしろ役得だ」


私を引き寄せ、アルが私に笑いかけた。


「わっ!」


体勢が変わると服がっ!


アルのジャケットは夏用のものだ。長袖だけど、前をボタンで留められないタイプ。ボタン穴は開いているけど、ただの装飾だ。私は両手で前をかき合わせて身体を隠しているんだけど、走って揺れるし、体勢を変えられるとはだけるっ…!


「もうっ!わざとやったでしょ!」


腕を伸ばして捲れかけた服の裾を押さえ、ムッとしてアルを睨むと、


「サアラ。赤くなってかわいい」

…色気のある笑みを返された。


むうぅ!

指摘されると余計、頬に熱が集まる。見られるのも癪な気がして、私はアルの胸にぐりぐりと額を押しつけた。んにゃろー…。


けれど、降ってきたのはからからと楽しげな笑い声だ。

コイツ…楽しんでやがる!


「それより、そろそろウィリスだ」


アルの言葉に顔をあげる。白み始めた夜明けの空の下、木々の向こうに村と、行き交う大勢の討伐兵の姿が見え始めた。


◆◆◆


森の入口でアルに降ろしてもらい、髪を男装時のように一つに縛って、私はウィリスに足を踏み入れた。


「アルフレッド様!ご無事でしたか!」


私たちに気づいた討伐兵が駆け寄ってくる。


「サイラス殿?」


討伐兵が私の格好を見てキョトンとする。…ですよね!……体型、誤魔化せてるかな?


「森の様子がおかしいからと、昨夜彼が森に入った直後に火竜が出たからな。怪我をしている。奥で手当を」


「あ、ああ…それで服を」


アルがなんとか誤魔化してくれた。ホッ。


「あのクソアマ、どこ行った」


「それが見あたりませんで」


ペレアスの王妃様がクソアマ認識されてる件!


そういや王妃様って、若かりし頃は自ら戦場に出てたけど、年取った今はたまにしか出ないらしい。だから、ペレアスの主力部隊でさえ、彼女の顔をよく知らないのだとか。


戦乙女の絵が出回り過ぎてアレンジされまくり、元のモデルがわからなくなった、という説もある。また、エヴァ曰く、白髪染め的なこととか、更年期的なこともあって、王妃様はあまり表に出てこないのだとか。年取ると、人に見られる職業の女性は大変なんだね!


「あ、サイラス殿、お怪我は大丈夫ですか?」


私に付き添って救護所にしている建物に向かいながら兵のおにーさんが尋ねた。


「ああ…大したことはないよ。でも、服がダメになってね。この通りさ」


平静を装って答えると、


「災難でしたなぁ」


おにーさんは屈託なく笑った。


…よかった。

この兵のおにーさん、私の中身を人間の男性と信じて疑っていないようだ。「誰か!サイラス殿に靴と外套を!」と、仲間の兵に呼びかけてくれた。

さすがに大勢の中でこの格好は恥ずかしかったのでありがたい。すぐさま用意された靴を履き、外套で身体を隠す。ふぅ…ヒヤヒヤした。後は救護所で着替えてちゃんと男装しよ…


「な?!サイラス・ウィリスですって?!」


すぐ後ろでキンキンした素っ頓狂な声が聞こえたか、と思うと


「わっ!」


グイッと誰かが、私の肩を乱暴に掴んで振り向かせた。いったぁー。足を捻っちゃうじゃん!


「へ~え。コレがサイラスか」


目の前に王妃様(?)がいた。王妃様にとっちゃ初対面か。アナベル様についていった夜会では大勢の中に紛れていたし、あの時私は女装していたしね。


「ゲームで見たよりイケメンじゃな~い?」


目の前で、ピンクのケバケバしいドレスを着たオバサンが、ジィーッと私を上から下まで無遠慮に眺めまわす。


「…クッ!」


後ずさっただけの私を褒めて欲しい。いや、すんごいキツい香り……もはや刺激臭、濃縮トイレの芳香剤みたいな強烈な臭いがしたんだもん。「くっさっ!」って言わなかった私は偉い!


「あら。私が怖いの?」


首を傾げる王妃様は気づいているのだろうか。殺人鬼みたいな顔してるよ?

また一歩、私は後ずさった。コイツは危険だ。

刹那、


「《破邪の刺撃(エヴィルスレイヤー)》!」


数多の光の(やじり)が、空を切って私目がけて殺到してきた。な!?私、人型なのに攻撃する?!しかも至近距離。傍に兵のおにーさんもいるんだよ?!咄嗟に前に出て、兵のおにーさんを庇う。聖魔法は人間には無害でも、光魔法はそうではない。攻撃魔法は正しく人を傷つける。


「《竜鱗の鎧(ドラゴンスカル)》!」


光の鏃が外套(がいとう)を切り裂く。今の私は光魔法の結界が使えないので、身体を竜の硬い鱗で覆って凌ぐ。しかし、至近距離の攻撃なだけに、勢いまでは殺せなかった。


「ぐっ!」


半径一メートル、グルッと囲まれて投石を受けたら、いくら鎧を着てたって衝撃は相当のものでしょ?それと同じ。


しかも、大勢の人間が見ている中だ。顔面まで鱗で覆う勇気が出ず、鱗で覆った腕で無防備な顔を守ろうとしたのがダメだった。ガラ空きになった身体に投石もとい光魔法の鏃をモロに喰らってしまい、バランスを崩した私は地を転がった。


「隠しキャラが出ないのよォ」


悠々と地に伏す私の傍まで歩いてきた王妃。物を…虫けらを見るような目で私を見下ろした。


「アンタを斃さないと、魔王ルシアンが出てこないの。《時戻し》でゲームをリセットできないじゃない」


「魔王…?」


そんなモノもこの世界にいるのかよ。思わず呟いた私を、王妃の飾り靴が踏みつけ……はしないで、切り裂かれた外套を引っ掛けて剥ぎ取った。


「?!」


露わになる黒い鱗。王妃が鼻で笑った。


「ほら見なさい!コイツが邪竜よ!この世界を滅ぼす悪!討伐されるべき魔物よ!」


キンキンした声が勝ち誇ったように喚く。狂気を孕んだ瞳を私に向け、赤い唇がニタリと嗤った。


「あ~ら。屈辱に歪んで素敵な顔だこと。ふふ…モブだけどいい男ね。リセットしたら、邪竜になる前にテキトーに遊ぼうかしら」


…反吐が出る。

コイツ、さっきからジロジロジロジロ見てくるなと思ったけど、異性として、淫欲の捌け口として見ているんだ、私を。


くっそ…人目があるし、コイツは腐ってもペレアス王妃だ。私がやり返したら、せっかくの目論見――火竜封印を大義名分に平和を維持する――が水の泡だ。火種を産むどころじゃない。この作戦は、あくまでもサイラス・ウィリスは邪竜とは何の関係もない、シロでなくては成り立たないのだ。


「フフン。演出がショッボイけどいいわ。さっさと殺して、隠しキャラを出さなきゃ」


王妃の皮を被った女が吐き捨てた。周りに人はたくさんいるけど、手出しはしてこない。私が…魔物とわかったから。


「パラレルワールドで逢いましょう?《浄化の(ピューリファイング)(レイ)》!」


私を囲むように眩い光の円が現れる。聖魔法は魔物の私には殺戮光線だ。威力が……さっきの鱗で防げるかどうかわからないぞ、これ!


光の包囲が狭まる。くっそぉ…時間がない!


「サアラ!」


「え、アルフレッド?ゴッふぁ!?」


光の向こうで、王妃のちょっとアレな悲鳴が聞こえた直後。

光の壁を突き破り、飛竜に乗ったアルが現れた。腕を引かれ、飛竜に引き上げられる。そのまま、飛竜は真上に急上昇した。


「すまんな。明後日の場所を捜査していて遅くなった」


見れば、私を浄化しようとした光の円が、中心まで眩く輝いている。ふわぁ~…間一髪。助けてくれたアルのズボンには、鮮血が飛び散っていた。え、えっと…まさか…


「…顔を狙ったの?!」


鼻血だよね?!たぶん。



『続編』攻略対象が、『本編』ヒロインの横っ面に膝蹴りをぶちこみました。


事件です!!



いや、殺されかけた身としては、全っ然構わないけど!

むしろ「ざまぁ?」だけど!



……(王妃の)死体は見ないことにしよう。夢に出そう。


「クソアマは牢にぶちこんでおこう」


「い、いい…生きてるんだよね?」


「顔面は死んだな」


「……。」


…深く考えるのはやめよう。現実逃避万歳!


◆◆◆


飛竜に乗って、アルと一緒に討伐隊の首脳陣がいる天幕の前に降りたった。私は身体を鱗にしたままだ。アルが元に戻さなくていいと言ったのだ。まあ、すでに大勢に見られているしね。


「サイラス殿?!その身体はっ?!」


私を見た初老の男性――ニミュエのギルドマスターだね――が椅子を蹴倒して身を乗り出した。


「そういえばただならぬ気配がするな。もしや、呪いを受けているのか?」


険しい顔をしたのは、正教会の司祭様。横に座ったセヴランは無言。「どうするんだ?」という目を私に向けている。


「実は、皆に隠していたことがあるんだ」


口火を切ったのはアル。皆の視線が彼に集まった。


「彼はあの黒竜と契約しているんだ」


…ああ、そういうことにするのね。なるほど。


「なっ?!まさかアレも従魔だと言うのか?」


「あり得ないだろう!」


ざわつく面々。


「この鱗は、黒竜の加護だ。しかし、見てくれがこの通り、魔物だからな。黙っていてくれと、彼からは釘を刺されていたんだが。どこぞのイカレ女のせいで、明かさざるを得なくなった」


アルの説明に、司祭様が眉間に皺を寄せたまま口を開く。


「では、黒竜はそもそも何者なのか?」


気になるのだろう。私に好奇の滲んだ視線が突き刺さる。…うあ~、居心地悪いなぁ。


「魔の森の化身であり、ウィリスの守護、だな」


「俄には信じがたいが。よもや、サイラスよ。魔物に魅入られておるわけではあるまいな?」



魔物に魅入られている――この異世界では、もっとも恐れられることだ。ゲーム上で『邪竜』が悪しきモノ、という認識もそこからきているんだろうね。実際、湖の呪いも影響していたし、アレはアレで間違いなく『悪しきモノ』だったんだろう。


でも、呪いは解けたんだ。黒竜は魔物だし闇属性だけど、同時に今は清廉な水の女王の夫でもあるわけで。魔力の質も、呪いが解ける前とは変わっているんだよ。


「魅入られてはいないよ」


司祭様の目をまっすぐ見つめ返して、私は淡く笑んだ。


「私と黒竜、どちらが上というわけでもありません。言うなれば私の半身です」


ティナやレダは、この異世界を共に生き抜く相棒で大切な家族。秘密を暴露するわけにはいかないから、こんな言い方でいいかな?互いが互いにとって必要で、対等。それさえ伝われば…


「…うむ。それでこの地には教会がないのか。不思議には思っていたが、竜種に遠慮していたというのなら頷ける」


「冒険者ギルドがないのも、黒竜の住処を荒らされることを恐れたと…?」


「サイラス殿、まさか邪竜討伐というのは、かの竜の住処を守るための…」


…なんか話が明後日の方向に飛びかけてない?大丈夫か?


「しかし、竜種の住処なら多国籍軍が駐屯した方がよかろう。戦などで下手に刺激すれば、あの竜が人間を敵と認識するやもしれぬ」


「確かに。火竜ほどではないが、間違いなく厄災級。人間が支配できるはずもない」


まあ、多国籍軍が駐屯してくれる方向に話が進んでるからいいのかな?


「ところでサイラス殿、身体はその…元に戻らぬのか?」


ギクッ!

それ、今聞きますか…。


「あー……。戻るは戻るんですけど」


だって……ねぇ?


「戻ると裸をご覧にいれることになるので」


ついでに性別もバレちゃう。戻れない。無理。


「誰か!サイラス殿に服を。配慮が足らず、申し訳なかった」


ギルドマスターさんが、近くにいた冒険者さんに頼んで、服を持ってきてくれた。はーい、今度こそ着替えてきまーす。

天幕の裏でコソッと着替えようと、私が踵を返した時。突風が吹きつけ、天幕をバタバタとはためかせた。


「久しぶりですねぇ…サイラス」


まるで無から滲み出たように、黒いフード付きローブを纏った長身の人物が現れた。


「なっ?!貴様どこから?!」


反応したメドラウドの将軍が剣の柄に手をかけるも、フードの人物は無視してやってきた。


「ッ!」


コイツ…!気配が人間じゃないぞ!…いや、魔物の私が言うのも変だけど!


警戒する私の前で、フードの人物は被っていたフードを取り払った。


「……え?」


私どころか、アルまでもが目を見開き、言葉を失った。ふわりと立ちあがった黄土色の髪、無表情ならば鋭さを感じる目鼻立ち――


「ロイ…」


喪ったはずの友が、そこにいた。

《竜鱗の鎧》:魔物化して結界が使えなくなってしまったので急遽考案しました。身体強化魔法っぽいもの、です(^◇^;)

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