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15 お嬢様の胸の内◇オフィーリア目線◇

私はオフィーリア・フォン・モルゲン。男爵令嬢よ。

今日は、朝からお父様にお小言をもらって、ヴィクターにもくどくどとお説教されて、気分はだだ下がり。家にいるのが嫌になって、お勉強に同伴していたサイラスを呼び止めたの。気晴らしに外に連れて行ってって。


……気晴らしにならなかったわ。


むしろ目が回った。

メインストリートを無理やり渡って揉みくちゃにされたし、怪物みたいに大きな荷馬車にびっくりして、市場では犯罪現場まで見たのよ?楽しくお出かけしたつもりだったのに、怖いところに来ちゃった気分よ。もう…


でも…。


あの子の言うことは、全部胸にしみた。あそこに――街に生きる人達と同じ目線に立ったっていうのもあるわ。私がいかに怠惰で、お馬鹿なのか、嫌というほど思い知らされたわ。いやだ、私の頭の程度ってあの暴力男と大差ないんじゃなくて?


◆◆◆


屋敷に戻ったら、案の定お父様に怒られた。勝手に抜け出すとはどういうことかっ!って。

ぐうの音も出なかったわ。この街は私みたいな子供が安心してお出かけできるところじゃないのは、身にしみてわかったもの。きっと心配で堪らなかったわよね。


素直に謝る私が珍しかったのか、お父様は許してくださったわ。あ!でもこれだけは言っておかないと!


「お父様、サイラスを怒らないで下さいませ。私が無茶を言ってあの子を従わせたの」



「殴られて終わり」



平然と言ったあの子。なんでもないことのように(うそぶ)いたあの子の顔が、目に焼きついて忘れられない。


◆◆◆


その頃。

オフィーリアもサイラスも知らないところで。街道の向こう――ベイリン領。


殺風景な領主の執務室に、ドスドスと苛立たしげな足音が近づいてきたかと思うと、バァンと入口の扉が勢いよく開け放たれた。怒りに顔を歪めて入ってきたのは、ルーサー・フォン・ベイリン。寝間着姿な上、頭部を包帯がヘアバンドのようにぐるりと一周し、さらにガーゼが顔の下半分をほぼ隠してしまっている。ガーゼの上には、治癒を促す魔法印がいくつも描かれている。


そう。


彼こそがモルゲン領主の娘に逆ギレした挙げ句、何者かによって顔に大怪我を負わされた若様だった。ルーサーは、執務机にいる人物に歩み寄った。


「父上!オフィーリアを諦めよとはどういうことですか!!」


「そのままの意味だよ、ルーサー」


唾を飛ばし、激昂する大男に涼しい顔でアーロン――ベイリン領主は告げた。サラサラした銀糸の長髪を気怠げにかきあげた若々しい見目の美丈夫は、到底二十代半ばの息子がいるとは思えない。


「なぜです!相手は私を攻撃した!娘を差し出してしかるべきでしょう!!」


「はじめに手を上げたのは貴方でしょう、ルーサー」


キンキン言い募る息子に淡々と答えたアーロンは、ようやく書類から顔をあげるとまじまじと目の前でゼイゼイと息をつく息子を眺めた。太ましい体の後方で、ガタンと音を立てて壁に飾られていた絵画が落ちた。この国ではポピュラーな、千の軍隊を打ち破る『戦乙女』の絵。あれは買い換えねばならないだろう、と心の隅でアーロンは嘆息した。


「やれやれ。我が息子ながら、ずいぶん醜く肥え太ったものですねぇ。これはオフィーリア嬢に嫌われても致し方ないでしょうねぇ…」


柔和な面差しと声音に似合わぬ毒を吐くと、アーロンは呼び鈴を鳴らして召使いを呼んだ。鈴を鳴らすため腕を伸ばしたときに、チラリと袖の下から黒い石を一つ嵌めただけの腕輪が姿を見せたが、すぐにまた袖の下に隠れてしまった。


妙な静けさが落ちる。


自分を貶める言葉を浴びせられたというのに、ルーサーは身動きどころか、声すらも上げない。いや…封じられていた。


「~~!」


ただ肉に埋もれた目だけが、限界まで見開かれていた。


「もう少しマシな見てくれか脳みそなら、まだ使えたのですが。幼女一人口説き落とせないとは情けない。この金食い虫は用済みです」


アーロンがパチンと指を鳴らすと、ルーサーの巨体が硬直し、まるで操り糸を失った人形のように床にぐしゃりと頽れた。普通の人間ではあり得ないその様は、まさに異様。信じられないものを見るように目を見開き、魚のように口をパクパクさせる息子に無感情な眼差しを送ったアーロンは、


「コレをモルゲンへ。領内で(さば)けば…まあ、多少は役に立つでしょう」


無慈悲な命令を受け、屈強な召使いたちがその巨体を戸板に乗せ、速やかに運び去った。


再び静かになった執務室。


アーロンは、おもむろに机に置かれていた小さな化粧箱を手に取った。中には壊れた耳飾りがある。ルーサーがモルゲン領主の娘と会った時に身につけていた物だ。


「はて」


アーロンはゆったりと椅子に身を沈め、その砕けた石を眺めた。


「宮廷魔術師による魔道具なのですがねぇ。いったい何者の仕業やら…」


耳飾りの形をした魔道具は、身につけた者を魔法による攻撃から守る性能を持っていた。宮廷魔術師が作った品で、効果も折り紙付きだったはず。なのに…


「やはりモルゲンには興味がつきませんね…」


クツクツと嗤う声が執務室の空気を揺らした。


◆◆◆


街に降りた翌日。

この日のお勉強にサイラスの姿はなかった。キョロキョロする私に、ヴィクターが衝撃の事実を教えてくれた。


「え?!サイラス、帰ってしまいましたの?!」


なんということなの…!

あの子ったら、私を屋敷に帰した直後に、お父様にウィリス村に帰りたいと言ったらしい。そのまま、一人で屋敷を出ていった。

どうして…?!

呆然とする私に、ヴィクターがため息を吐いた。


「お嬢様、サイラスは小賢しいところもありますが、まだ五歳の幼児ですよ。里心が湧いても仕方がないかと」


「そんな…」


しょげかえる私に、ヴィクターは追い打ちをかけるように付け加えた。


「それに。ベイリンの若様に殴られて大怪我を負ったのです。ここに留まることに危険を感じたとしても不思議ではありません」


「う…。でも、あれはベイリンの…!」


「お嬢様の失態です」


ガツンと言われて、項垂れた。

そう。

暗にサイラスにも言われたけど、ああなったのには私にも非があった。メイドの諫言を聞かずに目一杯のおしゃれをして、あの男に気があると勘違いさせた。一生懸命お話したけど、話題の抽出が少なくて内心泣きそうだった。相手の興味をそそる話をしたかったのに、言葉を、知識を探しても雲みたいにぼやっとしたことしか浮かばないの。アイツを苛立たせたのは、そんな私の乏しい話術にも大いに原因があるわ。


今思えば、アイツはそんなに頭が良くなかったのだ。言葉で翻弄して何とかできるレベルだったからこそ、お父様は私とアイツとの会談をお許しになったのに。サイラスは万が一の保険。


ううん。


私の方があの時あの子を守らなきゃいけなかったのに。あの子を矢面に立たせた挙げ句、大怪我をさせてしまった。自分のポンコツさ加減に呆れてため息もでない。


「さあ。授業は始まっていますよ。教科書を…」


サクッと切り替えたヴィクターに、私は前から思っていることを聞いてみた。


「ねえ、ヴィクター。もう少し、わかりやすく話してくれない?」


あの子――サイラスが一緒だと(もや)みたいによくわからなかった授業がとても楽しかった。ヴィクターの話をわかりやすく箇条書きにしてくれる上、ヘンテコな絵で楽しませてくれるのだ。ヴィクターだってああしてくれるといいのに。


「…申し訳ございません、お嬢様」


慇懃に謝られて、私はがっくりと肩を落とした。

ダメか…。


「ですが、ご安心くださいませ。明日からは別の教師が参ります。私の授業は今日が最後ですよ」


「え…」


ヴィクター、辞めてしまうの?どうして…?


「私では、お嬢様を教えるに力不足でございました故」


「…そう」


ヴィクターが教科書の朗読を始めた。いつもは眠くてたまらないけど、今日は懸命に聞いた。私は、二人も部下から見放されてしまったのも同じだもの。身分に甘えて、彼の努力を無駄にし続けたから、彼はここから去っていく。だから、最後くらい、せめて。あの子は、ちゃんとヒントをくれたのだし。



「計算が大事なのはわかったわ。でも歴史って勉強しなきゃいけないの?そんな昔のことなのに、どうして覚えなきゃいけないの?」


市場からの帰り道、ふと気づいてサイラスに文句を言った私。そうしたらね、あの子は笑ってこう言ったの。


「歴史って教訓だからさ。なあ、例えばの話よ?重税に不満を持った民衆が反乱を起こして、領主様は軍隊でそれを鎮めました。さて、ここから何がわかる?」


得意げなサイラスだけど、意味がわからなかった。過去に愚かな農民が反乱を起こして、領主様はそれを鎮めました。それだけじゃない。


「重税を課したら、民が耐えかねて反乱を起こした。で、領主様は軍隊でそれを鎮めた。当然、民はたくさん殺されただろうし、畑も荒れたよな?領主様の軍隊だって無傷じゃなかったと思うぜ。そもそも軍隊を動かすには、莫大な金がかかるんだよ」


問題です。愚かだったのは、反乱を起こした農民?それとも重税を課した領主様?


「あ…」


「重税課したのが原因で、領主様は大損したと思わない?鎮圧軍で莫大な費用がかかるわ、民は減るわ、畑は荒れるわ…。人も畑もそう簡単には元に戻らないからね。領主様はその後数年以上、収入減に苦しんだと思うぜ?」


「…だから、教訓?」


「そういうこと」


なんかあった年の前後の歴史を見てみなよ。必ず原因があるし、影響が出ているから。



「モルフォ谷の戦いは、ロトルア軍が勝利をおさめました。さて、ここまででご質問は?」


「ロトルアは勝ったけど、戦争にたくさんお金を使ったわ。相手はそうでもなさそうなのに。かなり消耗したのに、ロトルアは存続できたのかしら?」


私の質問に、ヴィクターは目を瞬かせ、ややあって柔らかな笑みを浮かべた。


「いいえ。戦いの二年後に内乱が起きて、そこを敵国につけ込まれて滅びました。お嬢様からそのような質問をいただけるとは、教師として嬉しく思います」


「……頑張るわ」


「影ながら応援しております。お嬢様」


よかった。最後に褒めて貰うことができて。

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