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146 火竜召喚

夜の森の中、私はただただ混乱していた。


私を光魔法の檻に閉じこめた友人たちは、「大人しくしていろ」と何度も念押ししていなくなった。残ったのは、俯いたままのティナだけ。彼女はアルたちがいなくなると、そろそろと私の檻の前まで近づいてきた。


「ティナ…なんで」


「あのね、」


呆然と問う私を遮って、水色の瞳がじっと窺うように私を見つめ。


「サアラの代わりに火竜を討伐しようって、アイツが言ったの。サアラがもらった魔石で火竜を呼び出して、みんなでやっつけて、森に落っことせばいいって…」


アイツ…っていうのは、アルのことかな。

私以外でティナのことを知っているのってアルだけだし。火竜のことは、さっきエヴァやフリーデさんが言ってて…



おい。


火竜?!


ちょっと待て?!



火竜って封印された状態で、クシャミしまくって魔法学園裏手の森を火の海にしたヤツだよな?!

封印解けてる奴を呼び出す?!討伐する?!ナニソレ死にたいのか?!


「なっ?!アホかアイツら!」


火竜は確かこう言っていた。



「我を召喚したくばその石に呼びかけるがよい!景気づけに辺りを一帯を灰にして降臨しようぞ!!」



火竜が来るだけで、復興したばかりのウィリスが灰になる!!


「NO!焦土!!うわっちィ!!」


慌てて飛び出そうとして、アルの光魔法に触った私はあまりの熱さにひっくり返った。ゆ…指から煙が出てるし!もうっ!完全に魔物化してるじゃない!


「クッソぅ…アルの鬼畜!阿呆!」


なんてものに閉じこめやがる!

ほんの少し前に、性格までイケメンだと言ったけど前言撤回だ!あんにゃろー…


グルルル…とうなり声をあげた私は、直後身を揺さぶるような強烈な気配に思わず固まった。


このめちゃくちゃな気配は…


カッと空がオレンジ色に染まる。


「ハハハハハ!!!来てやったぞ!!矮小な人間共よ!!!」


空気をビリビリ震わせる魔王ボイス。間違いない。アル(あのド阿呆)、本当に火竜を召喚しやがった!!


◆◆◆


魔の森の真上に、真っ赤で巨大な竜が浮かんでいる。その様子を森の入り口に立ったアルフレッドたちは険しい顔で眺めていた。


さすが伝説の魔物、気配も凄まじいが、ただ存在するだけで焼けるような熱風が吹きすさぶ。


………実際は、火竜が調子に乗ってわざと熱風を吹かせているだけだ。そこにいるだけなら別に熱風なんか吹かない。


そう、火竜は、己の登場に右往左往する人間共に、すっかり舞い上がっていた。


「ハハハハハ!!!矮小な人間共よ!!我は火竜(フレイムドラゴン)!!歓び、跪くがよかろう!!!」

そして、いつもの決めゼリフを吐いた。


いい気分である。

なんならここにも温泉を湧かしてやりたいくらいだ。


と、そんな火竜の所へ金髪碧眼のエルフが近づいてきた。

どっかで見たエルフだ。どこだったかは、忘れたが。

エルフは、火竜の耳元にやってきてコソコソと囁いた。


「ねぇ!ちょっとだけ暴れ…」


「何?!我が力を目の当たりにしたいとな!!よかろう!!!」


「いや、あくまでもフリで…」


「一面火の海にしてやろうぞな!!!」


「ちょっとォ!話は最後ま」


「《灼熱吐息(バーニングブレス)》!!!」


「キャーッ!!」


森を覆うような炎を吐く火竜に、フリーデは堪らず離脱した。



…舞い上がってる火竜に、暴れていいとか言っちゃダメ。



「もう!なんなのよ!あのトカゲ、全っ然ヒトの話を聞かないんだけどぉ!!」


ぷんすか怒るフリーデ。自慢のサラサラストレートな金髪が焦げたじゃないの!顔も煤だらけよ最悪!!


「おい…話はできたんだろうな?どういうことだ、あ゛?」


逃げ帰ってきたら、アルフレッドに襟首掴んでぶら下げられた。あ…めっちゃお怒り。


「話を聞いてくれなかったのよぉ」


長年の勘でわかる。ここは泣き落としが有効…


「知り合いだから任せろって胸張ってたよな?あ゛?」


さっきから「あ゛?」って何なの、怖いわ!!



サイラス!アンタ、男の趣味悪過ぎよ!!



ブラーンとぶら下げられたフリーデは心中で叫んだ。


「し…失敗しちゃったぁあ!!ごめんなさいぃ!!」


マジ泣きしたら、ポイッと解放された。あ~、怖かった。


「本当に討伐しなきゃダメらしいな…」


調子に乗りまくっている火竜は…


「フハハハハハ!!!見たか矮小なる人間共よ!!!」


雄叫びを上げ、バサッと翼を大きく広げて見せた。今日はとてもいい気分だ。もうどうにも止まらないぞなーっ!!


◆◆◆


その頃森の中では…


「おいコラ!!トカゲ!!森が燃えてるじゃねぇか!!!」


光の檻の中でサイラスが吠えていた。


あのトカゲ、絶っっ対調子乗ってるし、周り見えてないぞ…。


空は真っ赤だし、燃えたのか木の葉が雨のように降り注いでくる。このままじゃ、討伐云々の前に森が死ぬ。何より…


「ティナ!」


光の檻にも入れず、しゃがみ込んで小さくなる私の相棒。


守らなきゃ!


「クッソ…この檻から出られれば…」


この光の檻、中で魔法も使えないのだ。なら…


「力づくで突っ…あっちぃ!!」


光に触れただけで、身体が悲鳴をあげる。額の汗を拭った手は、右手も既に真っ黒な鱗で指まで覆い尽くされている。


うん…元に戻るとか、もう思えないよ。アル、みんな…


「もう…どうせ手遅れなんだから、終わるんだから」


低く呟いて、まっすぐ光の檻を睨む。

どうせ終わるんだったら…せめて…



後悔しない選択を!



「きゃああああ!!!」


光が爆ぜ、魔物化した身体を灼こうとする。


それでも、やってみなきゃわかんないだろ!


「人間如きに負けんな!魔の森ィ!!!」


あのトカゲじゃないけど!魔物って人間より頑丈なんだろ?


光で白く染まる視界。全身を針で刺されているかのような激痛と熱も構わず、檻にぶつかり押し破ろうと足掻く――


身体が燃え尽きない保障もない。

自分が息をしているのかもわからない。



頭の芯が…灼ける…ッ!



「ゴホッ!カハッ!」


ドサッと地に倒れた拍子に、口から血が溢れた。

…ハァ、と…突破、できた……い、生きてる…


「サアラ!」


駆け寄ってきたティナを見上げ、小さな手をそっと握って。


「ティ……ナ、力……を、私…竜に、」


空は真っ赤なままだけど、まだ木々は繁っている。相変わらず雨のように葉っぱが降ってくるけど、完全に焼かれたわけじゃない。たぶん……アルやクィンシーたちが結界を張るなりして保たせているんだ。気配でわかる。


「力を…ちょう、だい……ティナ」


今にも泣きそうな水色の瞳を見つめ、哀願した。


無理矢理光魔法を突破したせいで、身体はボロボロだ。喋る度に口からかぷかぷと血が溢れるし、目を開けているのも辛い。確かめようもないけど……たぶんめっちゃエグい見た目になってるんだろうね……ごめん、ビジュアルは勘弁して。


力づけるように、震える背を撫でた。

冷たい背中――


この子は何者なんだろう。


思えば……


名前を聞いて泣かれそうになって以来、彼女の事情には触れないようにしてきた。でも、後悔しているんだよ?死にそうになった今になって、君をちゃんと見ていないと。君の心から目を逸らしていたと。


最近の君はよく、表情のない暗い目をしていたね。

理由を聞いてあげたかった…


「ティナ…」


大丈夫、と声を出せない代わりに唇を動かした。

貴女は、この異世界を生き抜く心強い相棒であって、とっくの昔から私の家族――


ティナの身体が光の粒子になって消えて。


ウォオオオン


魔の森に邪竜の咆哮がこだました。

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